2018年03月27日
拓馬篇−4章4 ★
「拓馬、聞いてくれ!」
本日最後の授業がおわったとたん、今朝に見舞い金をくれた友人が話しかけてきた。
(まだなんかあるのか……)
拓馬が三郎を見てみると、彼は授業でよく使うノートを持ってきている。
「近所に出没する不審者の話、していいか?」
「また俺らで退治しようってのか?」
「その前準備だ。ほら、シド先生との約束があるだろう?」
喧嘩の処分が決まるまでは問題を起こすな──シドはそう忠告した。三郎はその言い付けを守るつもりだ。彼は自己の正義に反しない範囲において、教師に従順な優等生である。
「オレとて数日は自粛しようかと思ったんだが……計画を伝えるだけならきっと平気だ」
「計画ぅ?」
拓馬は「聞きたくない」と言わんばかりに口をすぼめたり眉をうごかしたりして、拒絶の意思表示をした。ところが三郎はどういうプラス思考なのか「ふふふん」と笑う。
「案ずるな。作戦決行日は金曜の夜だ。それまでにオレたちの処遇は決定するだろう」
「前回は反省文を書かされたろ? 昨日の件で一回、その計画とやらでもう一回反省文を書いてもいいのかよ」
それでは見せかけの反省だ。生徒らの不遜な態度を知った教師陣は「反省文では罰に値しない」と判断しそうである。そうなれば作文が優しい処罰だったと思えるほどの罰が待ち受けているかもしれない。
拓馬が不安を掻きたてるのとは反対に、三郎は胸の前に握りこぶしをつくる。やる気に満ちた顔で、拳をぶるぶると震わせる。
「弱者をおびやかす悪の実態をあばくためだ。その程度の罰に屈してはならん!」
「反省文よりきっつい罰だったら?」
「そのときに考える!」
「学校を出てけと言われたら?」
退学は生徒にとって最悪の処罰である。校長は変人といえど温情のある大人ゆえに、校長ひとりの判断では下されにくい決断だ。しかし、権威ある教員は校長以外にもいる。校内の二番手である頭デッカチな教頭が、退学処分を最善だと主張したなら、あるうる未来だ。
「オレは出ていこう。だが拓馬たちは巻き添えをくわないよう、懇願する」
決然とした態度だ。そこに「そんなことが起きるはずがない」という楽観は無い。
「そこまでしてやることか?」
自己犠牲の精神を尽くす動機があるのか。拓馬には提案者の並々ならぬ気迫を感じた。
三郎が神妙にノートをめくりだした。無地の裏表紙と、ノートのタイトルが書かれた表表紙が見える。表のほうには大きく「極秘」の文字がマジック書きしてある。
「ずいぶん自己主張の強い『極秘』だな」
「些末な……話をすすめるぞ! オレが引き下がらん理由は、須坂だ」
須坂は男子とまともに口を利かない女子。暑苦しい性格の三郎とは接点がなさそうだが。
「え、あいつ男嫌いだろ。どういう仲だよ?」
「仲はよくない! 事情を聞けただけだ」
「どうやって?」
「連休中にオレはバイトをしていたんだ。ヤマダの提案でな。そのときに須坂と会った」
「俺の姉貴が通ってる店か?」
「ああ、その喫茶店だ」
ヤマダと拓馬の姉は同じ店で短時間の仕事をしている。ヤマダは勤めだしてから長い経験者だ。一方で拓馬の姉はまだ半年経たない新任者。姉はあまりに家事下手なので、その矯正代わりに就労している。拓馬の身内がはたらく店に、三郎もいたとは。
「どういう風の吹き回しだ?」
「ヤマダに『友だちに頼みごとをするのにも限界がある』と言われた。拓馬たちの善意に甘えるばかりではいけない、というわけだな」
「で、今朝の見舞い金か?」
「そうだ。事件がおさまるまで、オレたちが危険にぶつかっていくことは予想できていた。万一だれかが負傷したら……そのときの治療費を確保しようと思って、ヤマダのいる店で稼がせてもらったわけだ」
拓馬は謎がふたつ解けた。三郎が気前よく支払うお金の出所と、そのお金へのヤマダの反応がうすかった原因。もとよりヤマダは見舞い金の存在を認知していたのだ。朝に感じた疑問はそれですっきりした。しかし三郎が転校生の女子と接触した経緯はまだわからない。
がらがらと教室の引き戸が鳴る。三郎が教室の戸口を見た。拓馬も音の鳴った方向を見ると、そこに担任がいる。本摩は「いい報せが入ったぞ」と笑っている。
「お前たち、今回の反省文は無しだ」
「ほんとうに? オレたちの処分はそれでいいんですか」
三郎はおどろきと望外のよろこびを顔に出した。反対に本摩は渋い面構えをする。
「ああ、その代わりにシド先生が校長にコッテリしぼられたそうだ」
歓喜していた三郎が悲痛な面持ちに変わる。
「どうして……シド先生はオレたちを助けてくれたんですよ」
「生徒の監督の、度を超えたらしいな」
拓馬は「度を超えた」の意味することが、シドの行き過ぎた対応を指すのだと思った。
「そうせざるをえない相手だったんです」
三郎も同じ解釈をし、シドを擁護した。本摩は微量の不安をうかべながら拓馬を見る。
「仙谷がシド先生のしたことを好意的に見てるのはいい。だが、ほかの連中はどうだ? 肝を冷やしたんじゃないか」
本摩にとっては拓馬の反応がより平均点、常識的なもの、と思っているらしい。拓馬は無言でうなずいた。本摩はにこやかになる。
「これに懲りて、ムチャはしないことだ」
本摩は「命あっての物種だぞ」と言い残した。三郎は申し訳なさそうに拓馬に向き合う。
「シド先生にも謝礼をあげるべきだろうか?」
「いらねえと思うぞ。あの人は全部『仕事だから』で今回のことをすませようとしてる」
「むむ、そうなのか……?」
三郎が恩義に報いれないことを残念がる。そのなぐさみというわけではないが、拓馬は教師が必要とする物をひとつ提案する。
「あ、でもネクタイはいけるか」
「おお! そういえば先生のネクタイがダメになったな。ではネクタイの弁償を──」
「好みの色や柄があるだろうし、買うなら一回、先生に聞いてからがいいんじゃないか」
「そうだな! では『拓馬との話がおわったあとで』聞きにいく」
三郎は計画の発表をまだ続けるつもりだ。 拓馬は内心、三郎の関心がシドにむかえば彼の計画がうやむやにならないかと期待していた。しかしまがりなりにも三郎は才子だ。彼は自身の目的を見失っていない。ジモンならはぐらかせたのに、と拓馬はわずかばかりのくやしさが浮上した。
(ま、次やらかしても即退学はなさそうか)
新任教師が身代わりになったことにより、加速度的な罰則の強化は中断できた。これならあと一度くらい、三郎の趣味に付き合っても平気かと思えてきた。
「えーと、オレのバイト中、喫茶店に須坂がきたんだ。もちろん客でな」
三郎は本摩登場まえの会話を再開する。
「おかげでいろいろ聞けた。須坂が夜に駅へ行き、その帰りで倒れた人を見つけた、と」
シズカもそのように言っていた。その情報源は三郎なのだから当然である。
「そいつが成石だったんだよな」
三郎は目をかっと見開いた。だがすぐに元通りの顔になる。
「ヤマダに教えられたか?」
「シズカさんに聞いた。成石が襲われた話を伝えてみたら、調べてくれたんだよ」
三郎は「おお!」と感嘆した。彼もシズカのことは知っている。三郎の姉はシズカの同僚だ。そのつながりから三郎はシズカの仕事ぶりを聞いているらしい。だが異界に関することだけは、三郎は知らされていない。ゆえに三郎はシズカの功績を、彼自身の卓越した能力によるものと見做し、全幅の信頼を寄せている。
「それなら犯人の目星はついているのか?」
「そうかもしれない。だから俺らがうごくのはやめに──」
「それとこれはまたべつの話だ」
「なんでだよ? シズカさんにまかせりゃいいじゃねえか」
「せめて今週は付きあってくれ。須坂がこわがっているんだ」
「あいつがそんな弱音を?」
「いや、本当は須坂本人じゃないんだが……まあ近しい人だ」
三郎は拓馬が知らぬ第三者の詳細を明かさないまま、ノートのページをめくる。
「その人は、成石が被害にあったのを、タイミング次第では自分が襲われていたかもしれない……と思っている。だがもっと悪質なケースも考えられる。成石を襲った犯人が、須坂たちにつきまとっている可能性だ」
「須坂『たち』って、だれのことなんだ?」
「須坂の姉だ。姉がいることを須坂は秘密にしたいそうだから、ここだけの話だぞ」
「へえ、あいつにも姉貴がいるのか……」
拓馬は須坂のしっかりした雰囲気ゆえに、上の兄弟姉妹がいるとは思っていなかった。彼女の学内での素行や成績は平均以上でそつがなく、おまけに一人暮らしをしていると言う。精神的に自立した生徒だ。しかし精神面では拓馬も似たようなものである。拓馬の姉はおっちょこちょいゆえに拓馬がその尻拭いをさせられ続け、その結果、拓馬はいやがおうにも長子的な自立精神がそだった。須坂も、どこか隙の多い姉をもっているのかもしれない。
「お姉さんのほうはまだ協力的でな、オレたちが須坂の見張りをしたことがバレても怒らないと思うんだ」
「じゃあなんだ、俺たちが須坂の夜歩きをストーキングするってことか?」
「そうだな」
三郎はあっさりと認める。自分らが不審者と同じことをやる、という側面を理解しているのかいないのか。
「須坂が移動するルートは決まっているから、一人ひとりが区間を担当して──」
「俺とお前だけで?」
「二人では手が足りん。ほかにも声をかけるつもりだ」
「それがいいな。俺らがそのストーカーにおそわれても、何人かでバラけていりゃ全滅はしなさそうだ」
三郎が眉をあげて「盲点だった」と言う。
「そうか、オレたちも襲撃の対象になるか」
「そりゃあな。俺らが須坂の仲間だなんて、他人にはわからない」
だから成石が被害に遭った、と拓馬は自分の推論を肯定した。
「みなが気絶の危険がある……そのうえで単独行動とくれば、女子の参加は厳禁だな」
「ああ、そっちはカネで解決できる被害じゃすまなくなるかもな」
二人は口外しづらい懸念を明言することなく意識を共有した。実際にそういった被害を受けたという地域の声は聞かない。とはいえ、現在進行形で不審者が夜道に跋扈《ばっこ》するいま、軽視はできない危険性だ。
三郎はノートをぱたんと閉じる。
「よし、くわしい作戦は人手があつまったときに話そう。それでいいか?」
「ああ、まあ……」
拓馬は正直乗り気ではない。だが盛り上がっている三郎に水を差せば、会話が長引く。それゆえあたりさわりなく答えた。
(須坂が夜に出かけなきゃいいんじゃ……)
と、考えるのはなんの事情も知らない外野だからだろう。聡明な女子が危険をかえりみずにすることだ。きっと彼女の敢行には理由がある。そして、それは三郎が須坂から聞かされるたぐいの内容ではなさそうだ。そのため、拓馬は疑問を疑問のままにしておいた。
本日最後の授業がおわったとたん、今朝に見舞い金をくれた友人が話しかけてきた。
(まだなんかあるのか……)
拓馬が三郎を見てみると、彼は授業でよく使うノートを持ってきている。
「近所に出没する不審者の話、していいか?」
「また俺らで退治しようってのか?」
「その前準備だ。ほら、シド先生との約束があるだろう?」
喧嘩の処分が決まるまでは問題を起こすな──シドはそう忠告した。三郎はその言い付けを守るつもりだ。彼は自己の正義に反しない範囲において、教師に従順な優等生である。
「オレとて数日は自粛しようかと思ったんだが……計画を伝えるだけならきっと平気だ」
「計画ぅ?」
拓馬は「聞きたくない」と言わんばかりに口をすぼめたり眉をうごかしたりして、拒絶の意思表示をした。ところが三郎はどういうプラス思考なのか「ふふふん」と笑う。
「案ずるな。作戦決行日は金曜の夜だ。それまでにオレたちの処遇は決定するだろう」
「前回は反省文を書かされたろ? 昨日の件で一回、その計画とやらでもう一回反省文を書いてもいいのかよ」
それでは見せかけの反省だ。生徒らの不遜な態度を知った教師陣は「反省文では罰に値しない」と判断しそうである。そうなれば作文が優しい処罰だったと思えるほどの罰が待ち受けているかもしれない。
拓馬が不安を掻きたてるのとは反対に、三郎は胸の前に握りこぶしをつくる。やる気に満ちた顔で、拳をぶるぶると震わせる。
「弱者をおびやかす悪の実態をあばくためだ。その程度の罰に屈してはならん!」
「反省文よりきっつい罰だったら?」
「そのときに考える!」
「学校を出てけと言われたら?」
退学は生徒にとって最悪の処罰である。校長は変人といえど温情のある大人ゆえに、校長ひとりの判断では下されにくい決断だ。しかし、権威ある教員は校長以外にもいる。校内の二番手である頭デッカチな教頭が、退学処分を最善だと主張したなら、あるうる未来だ。
「オレは出ていこう。だが拓馬たちは巻き添えをくわないよう、懇願する」
決然とした態度だ。そこに「そんなことが起きるはずがない」という楽観は無い。
「そこまでしてやることか?」
自己犠牲の精神を尽くす動機があるのか。拓馬には提案者の並々ならぬ気迫を感じた。
三郎が神妙にノートをめくりだした。無地の裏表紙と、ノートのタイトルが書かれた表表紙が見える。表のほうには大きく「極秘」の文字がマジック書きしてある。
「ずいぶん自己主張の強い『極秘』だな」
「些末な……話をすすめるぞ! オレが引き下がらん理由は、須坂だ」
須坂は男子とまともに口を利かない女子。暑苦しい性格の三郎とは接点がなさそうだが。
「え、あいつ男嫌いだろ。どういう仲だよ?」
「仲はよくない! 事情を聞けただけだ」
「どうやって?」
「連休中にオレはバイトをしていたんだ。ヤマダの提案でな。そのときに須坂と会った」
「俺の姉貴が通ってる店か?」
「ああ、その喫茶店だ」
ヤマダと拓馬の姉は同じ店で短時間の仕事をしている。ヤマダは勤めだしてから長い経験者だ。一方で拓馬の姉はまだ半年経たない新任者。姉はあまりに家事下手なので、その矯正代わりに就労している。拓馬の身内がはたらく店に、三郎もいたとは。
「どういう風の吹き回しだ?」
「ヤマダに『友だちに頼みごとをするのにも限界がある』と言われた。拓馬たちの善意に甘えるばかりではいけない、というわけだな」
「で、今朝の見舞い金か?」
「そうだ。事件がおさまるまで、オレたちが危険にぶつかっていくことは予想できていた。万一だれかが負傷したら……そのときの治療費を確保しようと思って、ヤマダのいる店で稼がせてもらったわけだ」
拓馬は謎がふたつ解けた。三郎が気前よく支払うお金の出所と、そのお金へのヤマダの反応がうすかった原因。もとよりヤマダは見舞い金の存在を認知していたのだ。朝に感じた疑問はそれですっきりした。しかし三郎が転校生の女子と接触した経緯はまだわからない。
がらがらと教室の引き戸が鳴る。三郎が教室の戸口を見た。拓馬も音の鳴った方向を見ると、そこに担任がいる。本摩は「いい報せが入ったぞ」と笑っている。
「お前たち、今回の反省文は無しだ」
「ほんとうに? オレたちの処分はそれでいいんですか」
三郎はおどろきと望外のよろこびを顔に出した。反対に本摩は渋い面構えをする。
「ああ、その代わりにシド先生が校長にコッテリしぼられたそうだ」
歓喜していた三郎が悲痛な面持ちに変わる。
「どうして……シド先生はオレたちを助けてくれたんですよ」
「生徒の監督の、度を超えたらしいな」
拓馬は「度を超えた」の意味することが、シドの行き過ぎた対応を指すのだと思った。
「そうせざるをえない相手だったんです」
三郎も同じ解釈をし、シドを擁護した。本摩は微量の不安をうかべながら拓馬を見る。
「仙谷がシド先生のしたことを好意的に見てるのはいい。だが、ほかの連中はどうだ? 肝を冷やしたんじゃないか」
本摩にとっては拓馬の反応がより平均点、常識的なもの、と思っているらしい。拓馬は無言でうなずいた。本摩はにこやかになる。
「これに懲りて、ムチャはしないことだ」
本摩は「命あっての物種だぞ」と言い残した。三郎は申し訳なさそうに拓馬に向き合う。
「シド先生にも謝礼をあげるべきだろうか?」
「いらねえと思うぞ。あの人は全部『仕事だから』で今回のことをすませようとしてる」
「むむ、そうなのか……?」
三郎が恩義に報いれないことを残念がる。そのなぐさみというわけではないが、拓馬は教師が必要とする物をひとつ提案する。
「あ、でもネクタイはいけるか」
「おお! そういえば先生のネクタイがダメになったな。ではネクタイの弁償を──」
「好みの色や柄があるだろうし、買うなら一回、先生に聞いてからがいいんじゃないか」
「そうだな! では『拓馬との話がおわったあとで』聞きにいく」
三郎は計画の発表をまだ続けるつもりだ。 拓馬は内心、三郎の関心がシドにむかえば彼の計画がうやむやにならないかと期待していた。しかしまがりなりにも三郎は才子だ。彼は自身の目的を見失っていない。ジモンならはぐらかせたのに、と拓馬はわずかばかりのくやしさが浮上した。
(ま、次やらかしても即退学はなさそうか)
新任教師が身代わりになったことにより、加速度的な罰則の強化は中断できた。これならあと一度くらい、三郎の趣味に付き合っても平気かと思えてきた。
「えーと、オレのバイト中、喫茶店に須坂がきたんだ。もちろん客でな」
三郎は本摩登場まえの会話を再開する。
「おかげでいろいろ聞けた。須坂が夜に駅へ行き、その帰りで倒れた人を見つけた、と」
シズカもそのように言っていた。その情報源は三郎なのだから当然である。
「そいつが成石だったんだよな」
三郎は目をかっと見開いた。だがすぐに元通りの顔になる。
「ヤマダに教えられたか?」
「シズカさんに聞いた。成石が襲われた話を伝えてみたら、調べてくれたんだよ」
三郎は「おお!」と感嘆した。彼もシズカのことは知っている。三郎の姉はシズカの同僚だ。そのつながりから三郎はシズカの仕事ぶりを聞いているらしい。だが異界に関することだけは、三郎は知らされていない。ゆえに三郎はシズカの功績を、彼自身の卓越した能力によるものと見做し、全幅の信頼を寄せている。
「それなら犯人の目星はついているのか?」
「そうかもしれない。だから俺らがうごくのはやめに──」
「それとこれはまたべつの話だ」
「なんでだよ? シズカさんにまかせりゃいいじゃねえか」
「せめて今週は付きあってくれ。須坂がこわがっているんだ」
「あいつがそんな弱音を?」
「いや、本当は須坂本人じゃないんだが……まあ近しい人だ」
三郎は拓馬が知らぬ第三者の詳細を明かさないまま、ノートのページをめくる。
「その人は、成石が被害にあったのを、タイミング次第では自分が襲われていたかもしれない……と思っている。だがもっと悪質なケースも考えられる。成石を襲った犯人が、須坂たちにつきまとっている可能性だ」
「須坂『たち』って、だれのことなんだ?」
「須坂の姉だ。姉がいることを須坂は秘密にしたいそうだから、ここだけの話だぞ」
「へえ、あいつにも姉貴がいるのか……」
拓馬は須坂のしっかりした雰囲気ゆえに、上の兄弟姉妹がいるとは思っていなかった。彼女の学内での素行や成績は平均以上でそつがなく、おまけに一人暮らしをしていると言う。精神的に自立した生徒だ。しかし精神面では拓馬も似たようなものである。拓馬の姉はおっちょこちょいゆえに拓馬がその尻拭いをさせられ続け、その結果、拓馬はいやがおうにも長子的な自立精神がそだった。須坂も、どこか隙の多い姉をもっているのかもしれない。
「お姉さんのほうはまだ協力的でな、オレたちが須坂の見張りをしたことがバレても怒らないと思うんだ」
「じゃあなんだ、俺たちが須坂の夜歩きをストーキングするってことか?」
「そうだな」
三郎はあっさりと認める。自分らが不審者と同じことをやる、という側面を理解しているのかいないのか。
「須坂が移動するルートは決まっているから、一人ひとりが区間を担当して──」
「俺とお前だけで?」
「二人では手が足りん。ほかにも声をかけるつもりだ」
「それがいいな。俺らがそのストーカーにおそわれても、何人かでバラけていりゃ全滅はしなさそうだ」
三郎が眉をあげて「盲点だった」と言う。
「そうか、オレたちも襲撃の対象になるか」
「そりゃあな。俺らが須坂の仲間だなんて、他人にはわからない」
だから成石が被害に遭った、と拓馬は自分の推論を肯定した。
「みなが気絶の危険がある……そのうえで単独行動とくれば、女子の参加は厳禁だな」
「ああ、そっちはカネで解決できる被害じゃすまなくなるかもな」
二人は口外しづらい懸念を明言することなく意識を共有した。実際にそういった被害を受けたという地域の声は聞かない。とはいえ、現在進行形で不審者が夜道に跋扈《ばっこ》するいま、軽視はできない危険性だ。
三郎はノートをぱたんと閉じる。
「よし、くわしい作戦は人手があつまったときに話そう。それでいいか?」
「ああ、まあ……」
拓馬は正直乗り気ではない。だが盛り上がっている三郎に水を差せば、会話が長引く。それゆえあたりさわりなく答えた。
(須坂が夜に出かけなきゃいいんじゃ……)
と、考えるのはなんの事情も知らない外野だからだろう。聡明な女子が危険をかえりみずにすることだ。きっと彼女の敢行には理由がある。そして、それは三郎が須坂から聞かされるたぐいの内容ではなさそうだ。そのため、拓馬は疑問を疑問のままにしておいた。
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