2018年03月15日
拓馬篇−4章3 ★
病院帰りのさなか、拓馬の父は息子の負傷の経緯をたずねてきた。拓馬は電話口では話せなかった仔細を、包み隠さず話した。すると父は息子が友人のために傷を負ったことを理解し、かえってその心意気を奨励した。ただ一点、苦言を呈する。
「小山田さんとこの娘さんには、危険なことをさせてほしくないな。あの子は、あの家族の心の支えだから──」
ヤマダを精神的支柱とする人物──拓馬はヤマダの母親を一番に想像した。拓馬はヤマダの母にもノブ同様の疑似親的な情愛を感じている。当然、彼女を悲嘆に暮れさせる真似はのぞんでいない。それでも父の願いを「わかった」とは即答できなかった。もとよりヤマダは自分の意思であの状況下におちいった。拓馬にできることとは、危険に首をつっこむ彼女と運命を共にすることくらいだ。それゆえ拓馬は「努力はする」と返答した。
拓馬たちが他校の少年らと再戦した翌日、拓馬の傷口はふさがった。早く治癒できた理由は自身の回復力と、父の手当てのおかげだ。拓馬はガーゼを外し、なに食わぬ顔で登校した。教室に入ると、ジモンがびっくりする。
「拓馬! ケガはどうしたんじゃ、ちゃんと看てもらったんか?」
「病院に行って、ガーゼを貼ってもらったよ」
「もう外してもええんかの」
「だって、傷はないだろ」
拓馬は昨日出血したこめかみを指差した。ジモンは目を丸くしながら拓馬の額を見る。
「医者いらずの体じゃな!」
ジモンは感嘆と同時に拓馬の背を叩いた。その力の入り方は強い。拓馬は痛みにむせる。
「うぐっ……もうちょっと加減を……」
「いやースマン! うっかり力んでしもうた」
ジモンが豪快に笑う。楽天的な性格とはいえ、傷を負った友人の心配をしていたらしい。
「ほんで、拓馬はヤマダと一緒に病院に行ったんじゃろ? あいつの調子は聞いとるか」
「ああ、元気にしてたよ。病院の帰りはノブさんにおんぶされていった」
「おとなしくノブさんにおぶさるようじゃ、元気とは言えんの」
「あいかわらず悪態をついてたから平気だよ」
ジモンもヤマダが父親と仲がわるいのを知っている。顔をあわせればつい憎まれ口を叩くのが小山田父娘の在り方だ。ノブと波長がマッチするジモンは「あんなにいい人なのにな〜」とヤマダの嫌悪を理解できないでいた。
「ジモンには合っててもヤマダには合わねえ人なんだよ」
拓馬はそれらしいことを言っておいた。ジモンと話がすんだ拓馬は自席に向かう。付近の席にいる、名木野という内気な女子と簡単な挨拶を交わす。彼女はヤマダと親しい女子で、拓馬とも多少の親交がある。拓馬は彼女との話はこれで終了したと思ったが、名木野が「あの」と続行する。その表情は暗い。
「根岸くん、ケガしたんだって?」
「ああ、ちょっとだけな」
「ごめんなさい、痛い思いをさせて……」
「なんで名木野が謝るんだ?」
「私、仙谷くんの計画を知ってたのに……先生に言おうかどうしようか、ぐずぐずして。それで先生に知らせるのがおそくなったの」
拓馬はこの事実を想定していなかった。
(先生が独断で、助けにきたのかと思ってたが……)
本摩が「体育祭がおわるまでは待て」と言っていたのだから、その直後に仙谷らが活動を起こすことは容易に予想がつく。その推測のもと、あの教師がタイミングよくあらわれたのだと拓馬は想像していた。
「まえに校長の呼出しを受けたんでしょう? 先生に知らせるとまた叱られそうで……」
名木野の迷いとは、拓馬らの不利益が出ると考えたために生じた。彼女らしい気遣いだ。
「先生に言ってくれたおかげで、軽いケガだけですんだよ。ありがとうな」
名木野の心が幾分か晴れ、表情が明るくなる。名木野は「ありがとう」とつぶやいた。
拓馬は授業の準備をした。その最中、ヤマダが入室する。彼女の手に平たい小箱があった。なにを持ってきたのだろう、と好奇がつのったが、そこへ三郎が話しかけてくる。
「拓馬、医者にかかってきたんだろう?」
「そうだよ。もう傷はもう治ったから──」
拓馬は同じことを何度も言うことに気怠さをおぼえた。だがその感情は瞬時に吹き飛ぶ。
拓馬に一枚の紙幣がつきつけられた。それはこの国で二番目に価値の高いお札。生徒が携行する昼食代金や交通費にしては高すぎる。
「なんだよ、この金?」
「見舞い金だ」
「なんでまた……」
「オレが言いだしたことだ。なのに診察料も出さんのでは義にそむく!」
「べつにいいよ、友だちだし……」
「『親しき仲にも礼儀あり』だ!」
三郎はお札を拓馬の胸へと押しつけた。拓馬が返却しようにも、三郎が離れていってしまった。三郎はヤマダにも同様の見舞い金を支払っている。
(勝手についてきたやつにもか)
拓馬は三郎から同行をたのまれていた。そのため拓馬がこうむった損害を三郎が保障することは理にかなっている。しかしヤマダは三郎による参加依頼を受けていない。自由意思においての負傷は自己責任になりそうなだが、三郎は動機の区別をしていないらしい。
(それはいいけど、どっから出た金なんだ)
三郎はヤマダにも拓馬と同額の紙幣をあげている。合計すると、学生のポケットマネーでポンと出せる額ではない。部活と勉強と生徒会で忙しい彼が、学生バイトで稼いでいるとは思えないのだが。
(親からもらったこづかいだと、気の毒だな)
そういった遠慮をヤマダも感じている、と拓馬は思いながら二人の動向を見守った。ところがヤマダはあっさりお金を受け取る。そしてそそくさと退室した。どうも彼女は気持ちが明後日の方向へいってしまって、三郎が眼中に入らないようだった。
義理を果たした三郎は得意満面に席へもどる。これで拓馬たちへの負い目を解消できたらしい。
(もらっておくのが、礼儀か)
かたくなに拒否すればきっと三郎が不愉快になる。それは彼に対して失礼だ。拓馬はもらったお金をいったん預かっておき、あとで三郎のために使おうと思った。ありきたりな使いどころは誕生日プレゼントだろうか。
(そういや、いつの生まれだか知らないな)
拓馬は付き合いの長いヤマダやジモンの誕生日を知っているものの、三郎とは高校で知りあった仲なので、案外知らないことがあるのだと気づく。機会をみて三郎のプロフィールを知っていそうな人に聞こう、と見当をつけた。
なんとなく、三郎の誕生日を知っていそうな生徒の様子を見る。いま教室にいるのは千智だ。彼女は名木野相手に、昨日起こったことをしゃべっている。シドが起こした暴挙への言及もあり、あまり他言してよい内容ではなかった。話をやめさせようか、と拓馬はあせったが、別段シドから口止めされていないことだ。拓馬の判断で「しゃべるな」と千智に言っても彼女が不満を感じるだけかもしれず、拓馬は友人の口外を止めなかった。
「小山田さんとこの娘さんには、危険なことをさせてほしくないな。あの子は、あの家族の心の支えだから──」
ヤマダを精神的支柱とする人物──拓馬はヤマダの母親を一番に想像した。拓馬はヤマダの母にもノブ同様の疑似親的な情愛を感じている。当然、彼女を悲嘆に暮れさせる真似はのぞんでいない。それでも父の願いを「わかった」とは即答できなかった。もとよりヤマダは自分の意思であの状況下におちいった。拓馬にできることとは、危険に首をつっこむ彼女と運命を共にすることくらいだ。それゆえ拓馬は「努力はする」と返答した。
拓馬たちが他校の少年らと再戦した翌日、拓馬の傷口はふさがった。早く治癒できた理由は自身の回復力と、父の手当てのおかげだ。拓馬はガーゼを外し、なに食わぬ顔で登校した。教室に入ると、ジモンがびっくりする。
「拓馬! ケガはどうしたんじゃ、ちゃんと看てもらったんか?」
「病院に行って、ガーゼを貼ってもらったよ」
「もう外してもええんかの」
「だって、傷はないだろ」
拓馬は昨日出血したこめかみを指差した。ジモンは目を丸くしながら拓馬の額を見る。
「医者いらずの体じゃな!」
ジモンは感嘆と同時に拓馬の背を叩いた。その力の入り方は強い。拓馬は痛みにむせる。
「うぐっ……もうちょっと加減を……」
「いやースマン! うっかり力んでしもうた」
ジモンが豪快に笑う。楽天的な性格とはいえ、傷を負った友人の心配をしていたらしい。
「ほんで、拓馬はヤマダと一緒に病院に行ったんじゃろ? あいつの調子は聞いとるか」
「ああ、元気にしてたよ。病院の帰りはノブさんにおんぶされていった」
「おとなしくノブさんにおぶさるようじゃ、元気とは言えんの」
「あいかわらず悪態をついてたから平気だよ」
ジモンもヤマダが父親と仲がわるいのを知っている。顔をあわせればつい憎まれ口を叩くのが小山田父娘の在り方だ。ノブと波長がマッチするジモンは「あんなにいい人なのにな〜」とヤマダの嫌悪を理解できないでいた。
「ジモンには合っててもヤマダには合わねえ人なんだよ」
拓馬はそれらしいことを言っておいた。ジモンと話がすんだ拓馬は自席に向かう。付近の席にいる、名木野という内気な女子と簡単な挨拶を交わす。彼女はヤマダと親しい女子で、拓馬とも多少の親交がある。拓馬は彼女との話はこれで終了したと思ったが、名木野が「あの」と続行する。その表情は暗い。
「根岸くん、ケガしたんだって?」
「ああ、ちょっとだけな」
「ごめんなさい、痛い思いをさせて……」
「なんで名木野が謝るんだ?」
「私、仙谷くんの計画を知ってたのに……先生に言おうかどうしようか、ぐずぐずして。それで先生に知らせるのがおそくなったの」
拓馬はこの事実を想定していなかった。
(先生が独断で、助けにきたのかと思ってたが……)
本摩が「体育祭がおわるまでは待て」と言っていたのだから、その直後に仙谷らが活動を起こすことは容易に予想がつく。その推測のもと、あの教師がタイミングよくあらわれたのだと拓馬は想像していた。
「まえに校長の呼出しを受けたんでしょう? 先生に知らせるとまた叱られそうで……」
名木野の迷いとは、拓馬らの不利益が出ると考えたために生じた。彼女らしい気遣いだ。
「先生に言ってくれたおかげで、軽いケガだけですんだよ。ありがとうな」
名木野の心が幾分か晴れ、表情が明るくなる。名木野は「ありがとう」とつぶやいた。
拓馬は授業の準備をした。その最中、ヤマダが入室する。彼女の手に平たい小箱があった。なにを持ってきたのだろう、と好奇がつのったが、そこへ三郎が話しかけてくる。
「拓馬、医者にかかってきたんだろう?」
「そうだよ。もう傷はもう治ったから──」
拓馬は同じことを何度も言うことに気怠さをおぼえた。だがその感情は瞬時に吹き飛ぶ。
拓馬に一枚の紙幣がつきつけられた。それはこの国で二番目に価値の高いお札。生徒が携行する昼食代金や交通費にしては高すぎる。
「なんだよ、この金?」
「見舞い金だ」
「なんでまた……」
「オレが言いだしたことだ。なのに診察料も出さんのでは義にそむく!」
「べつにいいよ、友だちだし……」
「『親しき仲にも礼儀あり』だ!」
三郎はお札を拓馬の胸へと押しつけた。拓馬が返却しようにも、三郎が離れていってしまった。三郎はヤマダにも同様の見舞い金を支払っている。
(勝手についてきたやつにもか)
拓馬は三郎から同行をたのまれていた。そのため拓馬がこうむった損害を三郎が保障することは理にかなっている。しかしヤマダは三郎による参加依頼を受けていない。自由意思においての負傷は自己責任になりそうなだが、三郎は動機の区別をしていないらしい。
(それはいいけど、どっから出た金なんだ)
三郎はヤマダにも拓馬と同額の紙幣をあげている。合計すると、学生のポケットマネーでポンと出せる額ではない。部活と勉強と生徒会で忙しい彼が、学生バイトで稼いでいるとは思えないのだが。
(親からもらったこづかいだと、気の毒だな)
そういった遠慮をヤマダも感じている、と拓馬は思いながら二人の動向を見守った。ところがヤマダはあっさりお金を受け取る。そしてそそくさと退室した。どうも彼女は気持ちが明後日の方向へいってしまって、三郎が眼中に入らないようだった。
義理を果たした三郎は得意満面に席へもどる。これで拓馬たちへの負い目を解消できたらしい。
(もらっておくのが、礼儀か)
かたくなに拒否すればきっと三郎が不愉快になる。それは彼に対して失礼だ。拓馬はもらったお金をいったん預かっておき、あとで三郎のために使おうと思った。ありきたりな使いどころは誕生日プレゼントだろうか。
(そういや、いつの生まれだか知らないな)
拓馬は付き合いの長いヤマダやジモンの誕生日を知っているものの、三郎とは高校で知りあった仲なので、案外知らないことがあるのだと気づく。機会をみて三郎のプロフィールを知っていそうな人に聞こう、と見当をつけた。
なんとなく、三郎の誕生日を知っていそうな生徒の様子を見る。いま教室にいるのは千智だ。彼女は名木野相手に、昨日起こったことをしゃべっている。シドが起こした暴挙への言及もあり、あまり他言してよい内容ではなかった。話をやめさせようか、と拓馬はあせったが、別段シドから口止めされていないことだ。拓馬の判断で「しゃべるな」と千智に言っても彼女が不満を感じるだけかもしれず、拓馬は友人の口外を止めなかった。
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