2019年03月25日
クロア篇−6章4
ルッツは文官に案内を受けて、訓練場までやってきた。クロアの知らない青年も一緒だ。
案内人がカスバンに一礼し、客を残して立ち去った。カスバンは槍を持つ武人を見るや、目礼を交わした。言葉を発さないやり取りにはひっそりとした緊張感があった。その空気の中、ルッツの後ろにいた青年が前へ出てくる。自分の番だ、と言わんばかりだ。カスバンが彼を二十歳前後と形用したが、その顔立ちは十代の後半のようだとクロアは思った。
「それじゃあ僕が試合とやらに挑戦してもいいだろうか?」
若い男性は自信満々で申し出る。腕におぼえがあるらしいが、若干その態度は非常識だ。
「はじめにどちらさまなのか、教えていただけます?」
クロアが言うと青年はふっと笑い、懐に手を入れた。取り出したのは折りたたんだ紙。紙を広げ、自慢げに見せる。それは帝王国学都にある学府の高等部を卒業した証書だ。この大陸において学才に秀でる証拠である。紙面には彼の氏名が記名してあった。
「マクスウィン・オレアティ?」
「オレアティって、帝都の宰相の家名じゃないですか?」
レジィはそう言うが、クロアは知らない。
「そうだったかしら?」
「有名ですよ、エミディオ王の片腕だった人の家系なんですから」
「その名前で演劇に出てくれないとおぼえられないわ」
クロアが正直に言うと青年がため息を吐く。
「はぁ……まあ、予想通りの反応だな」
「なんですの、嫌味っぽいですわね」
クロアは小馬鹿にされた気がして、不愉快になる。
「他国出身のあなたが、わたくしのなにをご存知でいらっしゃるの?」
「『アンペレ第一公女は武勇ありて才知なし』」
クロアは一瞬どういう意図の言葉をかけられたのかわからなかった。それが侮辱の言葉だと理解が追いついたとき、ふつふつと怒りが生じてくる。
「……『才知なし』ですって?」
「風にのった噂だよ。きみはそう評価されて、よその国にまで広まっているわけだ」
クロアは不当な評価だと思い、憤った。だがそう言われてしまう欠点は自覚している。
「わすれやすいことと知恵がないことは別ですわ!」
「そんなもの、他人にとっては大差ないさ。人は物を知っているだけの人間でも『賢い』と思ってしまうんだからね」
「どこのだれがわたくしにそんな評価をくだしたんですの?」
「出所は知らないな。第一公女はめったなことじゃ領地を離れないというから、この土地の人間がそう言ったんだろうけれど……」
「腹立たしいですわね! 民衆の暮らしを良くしようと、はげんでいますのに」
激昂するクロアをよそに、青年は「そういきり立たないでほしい」と言いながら卒業証書をしまう。
「どんなに立派な行為をしてたってケチをつける輩はいるさ。そういう連中を見返すには、結果を出すのが効果的じゃないかな」
「結果?」
「きみが言っただろう、『民衆の暮らしを良くしようしてる』と。その一端が賊の討伐だろ?」
マキシは片目をまばたかせた。どういうつもりの仕草だかクロアはわかりかねたものの、彼はクロアのなそうとすることに同調しているらしいと伝わった。
「僕も賊の討伐に志願しよう。どうやって志願者をふるいにかけるんだね?」
ユネスが「俺と戦ってもらう」と言い、マキシの腰に提げた小剣を見る。
「あんた、剣士なのか?」
「いや、これは術士の杖のようなものだ。僕は斬り合いが得意じゃない」
「それなら術対決だな」
「術もいいが、僕は招術が大の得意なんだ。招獣を戦わせてもいいかい?」
「ああ、いいぜ」
ユネスはカスバンの顔を見ながら答える。老官は同意の合図として頭を縦に動かした。
試験官が訓練場の柵へと入り、飛び入りの挑戦者が意気揚々とついていく。出入口が封鎖されたのち、マキシは悠然と手を前方に出す。手の下に氷のような粒が集まった。粒がめまぐるしい回転をしたのちに消え、そこから大きな爬虫類の姿が現れた。雪のように白く、たてがみのような襟巻きが首のまわりに生えている。体つきは狼のようでいて、節々に黄金の鱗がある。なかなかに美しい魔獣だ。
ユネスは対戦相手の美麗さなど露にも気にかけず、いつも通りに試合条件を述べる。ただ一点、いままでにない注意事項があった。
「おれは招獣じゃなく、あんたに当てにいくからな」
「え、僕の招獣と戦うんじゃ?」
「さっき、招術は術の範疇だと方針が決まったんでな。だったら術士を叩くのがスジだ」
余裕綽々だったマキシがどよめく。自身は観戦する気でいたらしい。ユネスの水球は招獣の背を越えて、招術士へと撃たれた。
案内人がカスバンに一礼し、客を残して立ち去った。カスバンは槍を持つ武人を見るや、目礼を交わした。言葉を発さないやり取りにはひっそりとした緊張感があった。その空気の中、ルッツの後ろにいた青年が前へ出てくる。自分の番だ、と言わんばかりだ。カスバンが彼を二十歳前後と形用したが、その顔立ちは十代の後半のようだとクロアは思った。
「それじゃあ僕が試合とやらに挑戦してもいいだろうか?」
若い男性は自信満々で申し出る。腕におぼえがあるらしいが、若干その態度は非常識だ。
「はじめにどちらさまなのか、教えていただけます?」
クロアが言うと青年はふっと笑い、懐に手を入れた。取り出したのは折りたたんだ紙。紙を広げ、自慢げに見せる。それは帝王国学都にある学府の高等部を卒業した証書だ。この大陸において学才に秀でる証拠である。紙面には彼の氏名が記名してあった。
「マクスウィン・オレアティ?」
「オレアティって、帝都の宰相の家名じゃないですか?」
レジィはそう言うが、クロアは知らない。
「そうだったかしら?」
「有名ですよ、エミディオ王の片腕だった人の家系なんですから」
「その名前で演劇に出てくれないとおぼえられないわ」
クロアが正直に言うと青年がため息を吐く。
「はぁ……まあ、予想通りの反応だな」
「なんですの、嫌味っぽいですわね」
クロアは小馬鹿にされた気がして、不愉快になる。
「他国出身のあなたが、わたくしのなにをご存知でいらっしゃるの?」
「『アンペレ第一公女は武勇ありて才知なし』」
クロアは一瞬どういう意図の言葉をかけられたのかわからなかった。それが侮辱の言葉だと理解が追いついたとき、ふつふつと怒りが生じてくる。
「……『才知なし』ですって?」
「風にのった噂だよ。きみはそう評価されて、よその国にまで広まっているわけだ」
クロアは不当な評価だと思い、憤った。だがそう言われてしまう欠点は自覚している。
「わすれやすいことと知恵がないことは別ですわ!」
「そんなもの、他人にとっては大差ないさ。人は物を知っているだけの人間でも『賢い』と思ってしまうんだからね」
「どこのだれがわたくしにそんな評価をくだしたんですの?」
「出所は知らないな。第一公女はめったなことじゃ領地を離れないというから、この土地の人間がそう言ったんだろうけれど……」
「腹立たしいですわね! 民衆の暮らしを良くしようと、はげんでいますのに」
激昂するクロアをよそに、青年は「そういきり立たないでほしい」と言いながら卒業証書をしまう。
「どんなに立派な行為をしてたってケチをつける輩はいるさ。そういう連中を見返すには、結果を出すのが効果的じゃないかな」
「結果?」
「きみが言っただろう、『民衆の暮らしを良くしようしてる』と。その一端が賊の討伐だろ?」
マキシは片目をまばたかせた。どういうつもりの仕草だかクロアはわかりかねたものの、彼はクロアのなそうとすることに同調しているらしいと伝わった。
「僕も賊の討伐に志願しよう。どうやって志願者をふるいにかけるんだね?」
ユネスが「俺と戦ってもらう」と言い、マキシの腰に提げた小剣を見る。
「あんた、剣士なのか?」
「いや、これは術士の杖のようなものだ。僕は斬り合いが得意じゃない」
「それなら術対決だな」
「術もいいが、僕は招術が大の得意なんだ。招獣を戦わせてもいいかい?」
「ああ、いいぜ」
ユネスはカスバンの顔を見ながら答える。老官は同意の合図として頭を縦に動かした。
試験官が訓練場の柵へと入り、飛び入りの挑戦者が意気揚々とついていく。出入口が封鎖されたのち、マキシは悠然と手を前方に出す。手の下に氷のような粒が集まった。粒がめまぐるしい回転をしたのちに消え、そこから大きな爬虫類の姿が現れた。雪のように白く、たてがみのような襟巻きが首のまわりに生えている。体つきは狼のようでいて、節々に黄金の鱗がある。なかなかに美しい魔獣だ。
ユネスは対戦相手の美麗さなど露にも気にかけず、いつも通りに試合条件を述べる。ただ一点、いままでにない注意事項があった。
「おれは招獣じゃなく、あんたに当てにいくからな」
「え、僕の招獣と戦うんじゃ?」
「さっき、招術は術の範疇だと方針が決まったんでな。だったら術士を叩くのがスジだ」
余裕綽々だったマキシがどよめく。自身は観戦する気でいたらしい。ユネスの水球は招獣の背を越えて、招術士へと撃たれた。
タグ:クロア
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