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2018年10月21日

拓馬篇後記−10

 体験会の後片付けがおわり、拓馬は帰宅する。家の玄関の戸に鍵がかかっていた。姉は喫茶店の仕事中、両親は昼から出かけると言っていたのを思い出す。
(じゃ、トーマはケージの中か)
 家にだれもいないときは飼い犬を檻に入れることになっている。そのことに留意して、戸を開錠した。
 まっさきに居間へすすむ。室内は冷房が稼働していた。これは拓馬が昼に帰ってくることを想定した気遣いではなく、飼い犬のための処置だ。犬用の檻には尻尾をふる犬がいる。犬は元気そうだ。
「ちょっと待っててくれよ」
 拓馬は飼い犬に異常がないのを確認するだけして、次に洗濯場へ向かう。稽古後は使った道着をすぐ洗う。その習慣はむかしからつづけていて、ごく自然に行動にあらわれた。
 洗濯機に道着と洗剤を投入したのち、居間へもどる。トーマを檻から出した。興奮したトーマは自身の体を拓馬にこすりつける。檻の拘束が解けたよろこびを全身で表現しているかのようだ。拓馬はすこし犬の胴をなでた。しかし気がかりなことがあるので、犬の相手は後回しにする。
(シズカさん……仕事中かな?)
 拓馬は知人への連絡に取りかかる。連絡先の人物は現在勤務中か非番なのか、知らない。職務柄、所持する通信機器の受信音が鳴っても周囲からは責められない立場の人だ。遠慮せず、今日拓馬が目撃した人外情報を送った。
 連絡内容に緊急性はない。それゆえ拓馬は即時連絡を期待しなかった。あとは先方が時間のあるときに返事をよこしてくれればいい。それで二、三日のうちに反応がなかったときは返事の催促をする。その算段のもと、しばらく反応を待つことにした。
 いろいろと用事をすませた拓馬は空腹を感じた。いまは昼食時である。
(なんかあるかな……)
 拓馬は居間とつながった台所で食べものを探した。フライパンがのった電子コンロのそばに、耐熱ガラス鍋で蓋をした深皿がある。皿にはチャーハンが盛ってあった。この暑い時期に食べものを冷蔵庫に入れていないということは、これはただの余りものでない。すぐ食べられることを想定した食事、ようは拓馬の昼食として用意されたものということになる。
(父さんたちも食べていったみたいだ)
 流し台には使用済みの食器が水に浸かっている。拓馬は両親と同じ昼食をとった。食卓につく拓馬の足元にトーマがくっついてきた。おそらく食べこぼしをねらっている。うっかり落とさないよう注意して食べた。
 昼食がすみ、使った器を水に浸した。ヒマだし皿を洗おうか、と拓馬がふと思った頃合いに、洗濯機の稼働終了の音が鳴る。優先順位の低い皿洗いは意識から抜け、さっそく洗いおえた道着の陰干しをした。
 さあのんびり休もうか、と思って冷房の効いた居間へもどる。居間のソファへ移動したとき、ズボンのポケットが振動した。携帯用の電子機器が外部からの連絡をキャッチした。即座に機器の画面を見てみる。シズカからの返事を受信したとわかった。ソファで横になり、返信内容を確認する。話題は道場にあらわれた忍び風の不審者についてだ。
(知り合いの友だち……ねえ)
 かの覆面はシズカの知る異世界人である可能性が高いという。シズカのほかにもシドのような異世界人を友とする人がいて、その人物に協力する忍者ではないか、とシズカは述べている。彼らは拓馬たちに害を与えることはないので放置してよい、とあった。ただし実物を確認しないうちから断定するのもよくないので、あとでシドに確認してみる、ともシズカは宣言した。シズカが言うには、忍者はシドの近辺をさぐっているらしい。
(忍者が先生をさがしてて、道場にくる理由って……)
 あの道場はシドには縁のない建物だ。しかし彼は体験会の見学をするつもりだったとヤマダは言った。
(あのとき、先生もきてたのか?)
 道場にこなかったとおぼしきシドだが、それは追手の忍者の接近に気付いて、逃亡したせいだった──そう考えると忍者が道場内を見ていたのも辻褄が合う。しかしなぜシドを追う必要があるのだろうか。以前、拓馬もシドの正体を知らないうちはシズカに調査してもらってはいた。真相を知ったいま、シドをさぐる理由はない。
(シズカさんと情報がうまく共有できてないのかな)
 忍者を使役する者はかつての拓馬たち同様、シドが人間に不義をなす生き物だと危険視しているのかもしれない。その誤解はシズカによって解くことができる。そのあたりの対応は拓馬が口出しせずともシズカが配慮してくれるはずだ。この件は不問にすることとした。
 拓馬は了解と礼の返事をシズカへ送った。本音を言えばこれだけだと物足りない。忍者とその主人についてたずねたい気持ちはある。忍者はどんな生き物で、どういった理由でこちらの住民に協力するのか。そして忍者の主人もまたどういう人間で、なぜ異世界の者をこちらの世界によぶのか。知りたいとは思っている。しかしいまの状況で根掘り葉掘り聞きだすのは気が咎めた。そう感じるきっかけは目下のシドの行動にある。
(金髪がらみで忙しいときに……)
 シドはみずからの犯した罪と向き合い、その一環として不良少年の更生に尽力しようとしている。その後方支援をシズカが務めるという。彼らが真剣に事にあたろうとする中、余計な詮索をしかけるのはまずい。それは自己中心的な、和を乱す行為だと拓馬には思えた。
(みんなのやることが落ち着いてから聞こう……)
 時が経つのを待つ。その結論に至った拓馬は睡魔におそわれ、ソファで寝そべったまま寝入った。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 01:23 | Comment(0) | 拓馬篇後記
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