2018年11月23日
拓馬篇後記−*2
稔次は自身の子に会いたがっている。そうすることで彼の区切りがついたとき、シズカに真相を明かしてくれるのだろう。シズカは稔次の計画を後押しすることに決める。
「じゃ、おれがお子さんを捜すのを手伝おうか?」
「捜さなくてもわかる。オレの兄貴が知ってるはずなんだ」
「『はず』? 教えてもらってないってことか」
「まだ、聞くタイミングをはかってる。知ったらすぐに会いに行ってしまいそうで」
「どうしたら準備がととのう?」
「身の回りのことが落ち着けば……」
「落ち着くって? 仕事のこと?」
「そう、それがけっこう気になってるんだ。ムショ関係の人にも口すっぱく言われてるしね」
シズカは首をかしげる。稔次ならすでに紹介を受ける機会があったと思ったためだ。
「出所後に就く仕事の紹介は、なかった? このあたりの県一帯、ある企業のえらい人がそういう支援に力を入れてると聞いたんだけど」
「あ〜、一個あったね……」
「蹴ったんだ?」
「そう。ちょっとハードなガードマンの仕事、みたいだった」
「トシは強いんだからちょうどよかったじゃないか」
「二十代だったらやれたかもしれないけど、もう四十路ちかいからね〜」
そう言ってかなしげに笑む稔次の風貌は若々しい。シズカは思った以上に歳がはなれている友をじっと見る。
「もっと普通な仕事がいい?」
「そうなんだよ。他人を痛めつけるのは、ヤだな」
「トシらしいな。でも、おれのツテをあてにするのは……」
シズカは身近な職場を思い出した。まず第一に自身が在籍する警察署。しかしこれは犯罪歴のある者には就けない就業場所だ。第二に大学以来の親友の職場。こちらは専門性のある職務だ。勉強の不得意な稔次ではついていけそうにない。
「……いいところはないなぁ。おれは警官をやってるんだが、この仕事は前科者だとお断りされる」
「この寺の人手もいらない?」
「ああ、わるいけど、おれの周りじゃトシにあっせんできる仕事は思いつかない」
稔次は肩を落とし、わかりやすく意気消沈した。しかしシズカは彼の失望をぬぐいさる自信があった。シズカの周辺には職場の候補がなくとも、よそにある。
「うまく取り入ってくれそうなのは……拓馬くんの周りかな」
「あの子が、どんな人と関わりがあるんだ?」
「彼のかよってる学校。あそこに、異界の住民が教師として勤めてる」
稔次は興味深げに前のめりになる。彼とて異界の者が長期間この世界に滞在するのはむずかしいと知っているのだ。
「よくバレないな、それ」
「ああ、その異界の人は頭が回るほうでね。いまはうまくごまかせてる」
シズカは「いまは」の部分を少々強調した。それはシドの偽装がボロを出しかねないイベントが将来ひかえていることを承知していたためだ。が、この会話には不要な情報なので、稔次に益のありそうな情報を伝える。
「それに、あそこの校長さんは他人の過去にこだわらない人らしいんだ」
「でも、オレじゃ先生には……」
「用務員とか事務員とか、先生の資格がなくてもやれることはあるだろ?」
「んー、まあ考えておく。ほかにはどっかない?」
シズカが提示できる就業場所はのこっている。従業員の後ろ暗い経歴を不問とするお好み焼き屋が一件。そのような逸話を拓馬づたいに聞いたためしがある。
「あとはあのへんのお好み焼き屋さんが──」
店長の懐が広いという噂をシズカが言おうとしたところ、稔次が頭をぶんぶんと左右に振る。
「お好み焼きは、ちょっと……」
「苦手だっけ?」
「あ、まあ、料理全般がそんなに得意じゃないし……」
「その店はお客が自分で焼いて食う形式だそうだよ。料理の腕の良し悪しはあんまり関係ないんじゃ?」
「そう、か……うん……」
稔次は釈然としないふうに冷茶の入ったコップを口につけた。お好み焼き屋には因縁があるのだろうか。あまり深追いしてはいけない内容だと見たシズカはべつの話題に誘導する。
「道場のほうはどう? それで生活費は稼げるのかな」
稔次はパっと笑顔にもどる。
「それだけで食ってくのはムリだ」
「やっぱり副業どまり?」
「そのとおり。それに、お金だけが目当てじゃない。いまのうちにあの道場を盛り上げておきたかった」
シズカは道場の経営状況を拓馬からそれとなく聞いている。あまり門下生が大勢いる道場ではないらしい。稔次がいる間に客寄せしたい、という目論見(もくろみ)はもっともだと思い、シズカはうなずく。
「拓馬くんが言うには生徒さんが多くないところなんだってね」
「宣伝をやらないせいだ。そんなんじゃ、あたらしい門下生はなかなか増えない」
「お客が増えたら増えたで、人手がいるようになるんだろ?」
その道場はおもに師範代とひとりの指導員の二人だけで指導役をこなしているという。門下生がすくないゆえに小規模な運営ができている側面もある。
「現に拓馬くんはそのせいで手伝いをやるって言うし、そこんとこはいいのかい」
「有無を言わさず巻きこんじゃったもんね〜」
稔次は口では「ちょっとわるかったかな」と言う。本気でわるいとは思っていないようで、茶目っ気いっぱいに笑っている。
「でもオレの勝手な見込みだと、それがあの子のためになりそうだと期待してる」
「拓馬くんのためって?」
稔次は持っていたコップを床にあるコースターに置いた。空いた両手のひらを膝小僧にのせる。
「あの子を見てると、むかしのシズカを思い出す」
「おれと、拓馬くんが?」
シズカは拓馬のような空手家でなく、運動神経のよい少年でもなかった。能力の差異の大きさゆえに、腑に落ちない。
「おれは肉弾戦がヨワヨワだったと知ってるだろ?」
「戦いの強さじゃない。オレが言ってるのは、自信のなさだ」
「自信、か……」
そこが拓馬と共通する部分だ。シズカ自身、前々からわかっていた。己に価値を見いだせない、そんな卑屈な思考が拓馬と自分の人格形成の根底にあるのだと。だがあまり他者との論題にする内容ではないと思い、意図的に避けていた。
「他人に誇れるものをもっているのに、自分に自信がない。あの子がそんな子だ」
「ああ、よくわかる」
「道場で格下の子に技を教えていけば『自分はすごいんだ』っていう自信がつくんじゃないかと」
「そうなったらいいな……」
「そうならない複雑な事情がある?」
稔次はいたわるような目でシズカを見る。その情けは拓馬のみならず、シズカにもそそがれていた。
「じゃ、おれがお子さんを捜すのを手伝おうか?」
「捜さなくてもわかる。オレの兄貴が知ってるはずなんだ」
「『はず』? 教えてもらってないってことか」
「まだ、聞くタイミングをはかってる。知ったらすぐに会いに行ってしまいそうで」
「どうしたら準備がととのう?」
「身の回りのことが落ち着けば……」
「落ち着くって? 仕事のこと?」
「そう、それがけっこう気になってるんだ。ムショ関係の人にも口すっぱく言われてるしね」
シズカは首をかしげる。稔次ならすでに紹介を受ける機会があったと思ったためだ。
「出所後に就く仕事の紹介は、なかった? このあたりの県一帯、ある企業のえらい人がそういう支援に力を入れてると聞いたんだけど」
「あ〜、一個あったね……」
「蹴ったんだ?」
「そう。ちょっとハードなガードマンの仕事、みたいだった」
「トシは強いんだからちょうどよかったじゃないか」
「二十代だったらやれたかもしれないけど、もう四十路ちかいからね〜」
そう言ってかなしげに笑む稔次の風貌は若々しい。シズカは思った以上に歳がはなれている友をじっと見る。
「もっと普通な仕事がいい?」
「そうなんだよ。他人を痛めつけるのは、ヤだな」
「トシらしいな。でも、おれのツテをあてにするのは……」
シズカは身近な職場を思い出した。まず第一に自身が在籍する警察署。しかしこれは犯罪歴のある者には就けない就業場所だ。第二に大学以来の親友の職場。こちらは専門性のある職務だ。勉強の不得意な稔次ではついていけそうにない。
「……いいところはないなぁ。おれは警官をやってるんだが、この仕事は前科者だとお断りされる」
「この寺の人手もいらない?」
「ああ、わるいけど、おれの周りじゃトシにあっせんできる仕事は思いつかない」
稔次は肩を落とし、わかりやすく意気消沈した。しかしシズカは彼の失望をぬぐいさる自信があった。シズカの周辺には職場の候補がなくとも、よそにある。
「うまく取り入ってくれそうなのは……拓馬くんの周りかな」
「あの子が、どんな人と関わりがあるんだ?」
「彼のかよってる学校。あそこに、異界の住民が教師として勤めてる」
稔次は興味深げに前のめりになる。彼とて異界の者が長期間この世界に滞在するのはむずかしいと知っているのだ。
「よくバレないな、それ」
「ああ、その異界の人は頭が回るほうでね。いまはうまくごまかせてる」
シズカは「いまは」の部分を少々強調した。それはシドの偽装がボロを出しかねないイベントが将来ひかえていることを承知していたためだ。が、この会話には不要な情報なので、稔次に益のありそうな情報を伝える。
「それに、あそこの校長さんは他人の過去にこだわらない人らしいんだ」
「でも、オレじゃ先生には……」
「用務員とか事務員とか、先生の資格がなくてもやれることはあるだろ?」
「んー、まあ考えておく。ほかにはどっかない?」
シズカが提示できる就業場所はのこっている。従業員の後ろ暗い経歴を不問とするお好み焼き屋が一件。そのような逸話を拓馬づたいに聞いたためしがある。
「あとはあのへんのお好み焼き屋さんが──」
店長の懐が広いという噂をシズカが言おうとしたところ、稔次が頭をぶんぶんと左右に振る。
「お好み焼きは、ちょっと……」
「苦手だっけ?」
「あ、まあ、料理全般がそんなに得意じゃないし……」
「その店はお客が自分で焼いて食う形式だそうだよ。料理の腕の良し悪しはあんまり関係ないんじゃ?」
「そう、か……うん……」
稔次は釈然としないふうに冷茶の入ったコップを口につけた。お好み焼き屋には因縁があるのだろうか。あまり深追いしてはいけない内容だと見たシズカはべつの話題に誘導する。
「道場のほうはどう? それで生活費は稼げるのかな」
稔次はパっと笑顔にもどる。
「それだけで食ってくのはムリだ」
「やっぱり副業どまり?」
「そのとおり。それに、お金だけが目当てじゃない。いまのうちにあの道場を盛り上げておきたかった」
シズカは道場の経営状況を拓馬からそれとなく聞いている。あまり門下生が大勢いる道場ではないらしい。稔次がいる間に客寄せしたい、という目論見(もくろみ)はもっともだと思い、シズカはうなずく。
「拓馬くんが言うには生徒さんが多くないところなんだってね」
「宣伝をやらないせいだ。そんなんじゃ、あたらしい門下生はなかなか増えない」
「お客が増えたら増えたで、人手がいるようになるんだろ?」
その道場はおもに師範代とひとりの指導員の二人だけで指導役をこなしているという。門下生がすくないゆえに小規模な運営ができている側面もある。
「現に拓馬くんはそのせいで手伝いをやるって言うし、そこんとこはいいのかい」
「有無を言わさず巻きこんじゃったもんね〜」
稔次は口では「ちょっとわるかったかな」と言う。本気でわるいとは思っていないようで、茶目っ気いっぱいに笑っている。
「でもオレの勝手な見込みだと、それがあの子のためになりそうだと期待してる」
「拓馬くんのためって?」
稔次は持っていたコップを床にあるコースターに置いた。空いた両手のひらを膝小僧にのせる。
「あの子を見てると、むかしのシズカを思い出す」
「おれと、拓馬くんが?」
シズカは拓馬のような空手家でなく、運動神経のよい少年でもなかった。能力の差異の大きさゆえに、腑に落ちない。
「おれは肉弾戦がヨワヨワだったと知ってるだろ?」
「戦いの強さじゃない。オレが言ってるのは、自信のなさだ」
「自信、か……」
そこが拓馬と共通する部分だ。シズカ自身、前々からわかっていた。己に価値を見いだせない、そんな卑屈な思考が拓馬と自分の人格形成の根底にあるのだと。だがあまり他者との論題にする内容ではないと思い、意図的に避けていた。
「他人に誇れるものをもっているのに、自分に自信がない。あの子がそんな子だ」
「ああ、よくわかる」
「道場で格下の子に技を教えていけば『自分はすごいんだ』っていう自信がつくんじゃないかと」
「そうなったらいいな……」
「そうならない複雑な事情がある?」
稔次はいたわるような目でシズカを見る。その情けは拓馬のみならず、シズカにもそそがれていた。
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