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2018年01月27日
拓馬篇−2章2
授業が始まって十日を経た。その間にヤマダは新人教師の評判を集めた。授業の合間の休み時間に、それらを拓馬に報告する。
「みんな、優しくていい先生だって言うね。タッちゃんが感じたほど悪い人じゃないみたい」
「人は見かけによらないってっこったな……」
拓馬は第一印象が的外れだったことに気恥ずかしさを覚えた。新任の教師の人となりはたしかに人格者だ。相手が誰であろうと丁寧な口調と物腰で接し、生徒の突拍子のない発言を受けてもきちんと応対する。三郎の要求に応えて本当に組手に付き合うこともあった。その様子を見聞きして、お人好しが過ぎるとさえ思えた。
「でもね、ワルに見えた気持ちはわかるよ」
ヤマダは拓馬のフォローをしだす。
「黒いシャツとサングラス、ガタイがいいうえに髪の色が明るいとカタギには見えない」
「スジもんってことかよ」
「うん、きっと裏で画策するインテリタイプだね、あの雰囲気は」
「本人には言うなよ、失礼だから」
なぜあの教師は他者の警戒心を煽る服装をしているのか、その疑問は解消されない。黒シャツは色黒の肌をごまかすためだと聞いたが、サングラスはなぜ必要なのか。
「校長の許可を取ってまでサングラスをかけるか、普通」
拓馬はひとり言として本音を口に出した。ヤマダは拓馬の疑問を受けて、メモ帳のページをめくる。
「んーと、あんまり目のことをとやかく言われたくなかったみたい」
「青色だっていう目が?」
「日本だと珍しがられるでしょ。それがちょっとヤなんだって」
「へー、そんなことをホントに気にするのか?」
授業中、端々に冗談を飛ばす教師の姿を思い出して拓馬は言った。気さくな先生という印象に似合わぬ苦手意識だ。しかしながら、その本質は真面目一本気な雰囲気はある。
「うん、わたしたちが見てる先生は明るい人。そう演じてるのかもね。それで……」
「ぼくの評判も聞いてるかい?」
成石が二人の会話に割って入る。その目線はヤマダに注いでおり、拓馬は眼中にない。ヤマダはメモをちらりと見たが、すぐに首を横にふる。
「うーん、あんまり」
「なんてことだ! 容姿端麗、頭脳明晰なスターをほめそやさないなんて」
成石はわざとらしく額に手を当て、首を横に振って呆れてみせた。ヤマダは「ふーん」と気のない返事をする。
「お笑いの星になるにはパンチが効いてないかなー」
「ぼくは芸人を目指していない! きみはどうもぼくの魅力に気づかないようだね」
「ナルくんの魅力? それってマジメなかっこよさのこと?」
「そうとも! それ以外の要素は求めていないよ」
「わるいけどシド先生の前じゃかすむよ、ねえタッちゃん」
いきなりのフリながら、拓馬はうなずいた。拓馬の感性において、率直にシドのほうが風采に秀でている。なにより嫌味のない性格が好ましかった。完全無欠とも言える教師に比べると、自意識過剰な転校生は狂言回しだ。
成石は己の満足する反応を得られないことにいらだっていた。髪をかき上げ、ため息をつく。
「はぁ、そんなにあの先生がステキかい? 頻繁に校長室に通う変人だっていうのに」
「あ、それホントの話なの?」
ヤマダは成石の言葉に興味を示す。その情報自体は初耳ではないらしい。成石はようやく女子が自身に関心を持ったことに気を良くし、笑顔になる。
「本当さ。女の子三人に聞いて、実際にぼくも見たからね」
「ほう! それは何曜日の何時?」
「曜日までは覚えてないよ。わかるのは放課後ってことくらいだ」
ヤマダは「放課後ね」とメモに書きつけた。
「なにをするんだい?」
「密会の目的が知りたい。ロクなことしてないんだろうけど、確かめておかなくちゃ」
「ずいぶん好奇心が旺盛なんだね」
「自分を守るためだよ」
成石は珍妙そうにヤマダを見た。校長の性分を熟知しない転校生なら当然の反応だ。そのうちわかるだろうと思い、拓馬たちは説明を加えなかった。
「みんな、優しくていい先生だって言うね。タッちゃんが感じたほど悪い人じゃないみたい」
「人は見かけによらないってっこったな……」
拓馬は第一印象が的外れだったことに気恥ずかしさを覚えた。新任の教師の人となりはたしかに人格者だ。相手が誰であろうと丁寧な口調と物腰で接し、生徒の突拍子のない発言を受けてもきちんと応対する。三郎の要求に応えて本当に組手に付き合うこともあった。その様子を見聞きして、お人好しが過ぎるとさえ思えた。
「でもね、ワルに見えた気持ちはわかるよ」
ヤマダは拓馬のフォローをしだす。
「黒いシャツとサングラス、ガタイがいいうえに髪の色が明るいとカタギには見えない」
「スジもんってことかよ」
「うん、きっと裏で画策するインテリタイプだね、あの雰囲気は」
「本人には言うなよ、失礼だから」
なぜあの教師は他者の警戒心を煽る服装をしているのか、その疑問は解消されない。黒シャツは色黒の肌をごまかすためだと聞いたが、サングラスはなぜ必要なのか。
「校長の許可を取ってまでサングラスをかけるか、普通」
拓馬はひとり言として本音を口に出した。ヤマダは拓馬の疑問を受けて、メモ帳のページをめくる。
「んーと、あんまり目のことをとやかく言われたくなかったみたい」
「青色だっていう目が?」
「日本だと珍しがられるでしょ。それがちょっとヤなんだって」
「へー、そんなことをホントに気にするのか?」
授業中、端々に冗談を飛ばす教師の姿を思い出して拓馬は言った。気さくな先生という印象に似合わぬ苦手意識だ。しかしながら、その本質は真面目一本気な雰囲気はある。
「うん、わたしたちが見てる先生は明るい人。そう演じてるのかもね。それで……」
「ぼくの評判も聞いてるかい?」
成石が二人の会話に割って入る。その目線はヤマダに注いでおり、拓馬は眼中にない。ヤマダはメモをちらりと見たが、すぐに首を横にふる。
「うーん、あんまり」
「なんてことだ! 容姿端麗、頭脳明晰なスターをほめそやさないなんて」
成石はわざとらしく額に手を当て、首を横に振って呆れてみせた。ヤマダは「ふーん」と気のない返事をする。
「お笑いの星になるにはパンチが効いてないかなー」
「ぼくは芸人を目指していない! きみはどうもぼくの魅力に気づかないようだね」
「ナルくんの魅力? それってマジメなかっこよさのこと?」
「そうとも! それ以外の要素は求めていないよ」
「わるいけどシド先生の前じゃかすむよ、ねえタッちゃん」
いきなりのフリながら、拓馬はうなずいた。拓馬の感性において、率直にシドのほうが風采に秀でている。なにより嫌味のない性格が好ましかった。完全無欠とも言える教師に比べると、自意識過剰な転校生は狂言回しだ。
成石は己の満足する反応を得られないことにいらだっていた。髪をかき上げ、ため息をつく。
「はぁ、そんなにあの先生がステキかい? 頻繁に校長室に通う変人だっていうのに」
「あ、それホントの話なの?」
ヤマダは成石の言葉に興味を示す。その情報自体は初耳ではないらしい。成石はようやく女子が自身に関心を持ったことに気を良くし、笑顔になる。
「本当さ。女の子三人に聞いて、実際にぼくも見たからね」
「ほう! それは何曜日の何時?」
「曜日までは覚えてないよ。わかるのは放課後ってことくらいだ」
ヤマダは「放課後ね」とメモに書きつけた。
「なにをするんだい?」
「密会の目的が知りたい。ロクなことしてないんだろうけど、確かめておかなくちゃ」
「ずいぶん好奇心が旺盛なんだね」
「自分を守るためだよ」
成石は珍妙そうにヤマダを見た。校長の性分を熟知しない転校生なら当然の反応だ。そのうちわかるだろうと思い、拓馬たちは説明を加えなかった。
タグ:拓馬
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2018年01月25日
拓馬篇−2章1
午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。担任の教師が入室した。新しい先生が来る、と期待していた生徒が気落ちする。それを察した本摩はすぐに授業を説明する。
「まだ教科書はいらないぞ。新人の先生が来ているので、まずは自己紹介してもらう」
本摩が拍手をし、担任を模倣した生徒も手を叩く。戸が開くと灰色のスーツを着た男性が現れた。拓馬が入学式で見た長身の男だ。式典と変わらず色の薄い髪と黒灰色のシャツが印象的で、さらに黄色のサングラスが加わる。不良度が増した姿だ。唯一の救いは、彼の表情が親切そうな、いわゆる良い人の雰囲気があることだ。新任の教師は教壇に立つ。
「Hello, everyone! My name is Sage Ivan Dale. いまから名前を書きますね」
突然、自然な日本語が出てきて生徒たちは面食らった。セイジと名乗る男は黒板にチョークでアルファベットを書く。彼の左手には指輪が光っていた。
「私の名前はまるきり西洋人ですけど、国籍は日本です。日本での暮らしは長いですよ」
教師は名前を書き終え、生徒に体の正面を向ける。
「一学期の間だけのお付き合いになりますが、精一杯皆さんと楽しく学んでいけるようにがんばります。どうかよろしくお願いします」
話す内容は至極普通なもので、口調には誠実さがある。再び拍手が起こった。
「さー、質問タイムだ。先生に気になったことを聞いてみよう! 何語でもいいぞ」
最初に挙手した者が千智だ。手をあげたのを本摩が当て、質問の権限を与える。
「How old are you?」
「I will be twenty-seven this year. 皆さんとは十歳違いでしょうか」
「へー、二十七歳ね。この学校に来る前はなにをしてたの?」
「警備の仕事です。おかげで体力には自信があります」
三郎が「体力に自信がある」の言葉に反応し、右腕をぴんと上へのばした。
「先生はどんな武術を学んでこられたのですか?」
「ジャンルは特にありません。私が師事した方は我流で武術を会得していたもので」
「では、どんな武器が扱えますか?」
三郎の質問は趣味に走っている。だが教師は年齢を聞かれた時と同じ態度で返答する。
「剣や長刀、弓などいろんな武器を学びました。基本的になんでも扱えると思います。ですが武器を使うことはあまり好きじゃありません」
「消去法でいくと、拳で戦うことが好ましいのですか?」
「そうです。むやみに拳をふるうのも考えものですけどね」
「よくわかりました! 回答ありがとうございます」
三郎は折り目正しく礼を言った。三郎の満足げな様子を見たヤマダが質問する。
「先生のサングラスはファッション? よく教頭になにも言われなかったね」
「ファッション、ということにしてください。ちなみに校長の許可は下りています」
「わざわざ校長に……あ、あとその黒シャツも聞きたい。あんまり仕事で黒シャツを着る人はいない気がするんだけど、黒を選んだのも理由ある?」
「私は見ての通り色黒です。黒いシャツを着たら色白に見えてきませんか?」
生徒たちは吹き出した。色白を美徳とする日本女性らしい主張が不似合いだったせいだ。
「あはは、そうかもしんない。でもその肌は先生に似合っててカッコイイと思うよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ヤマダは質問を終えた。しばしの間が空く。あー、とうなりながらジモンが手を上げた。
「先生の名前、三つもあるんじゃろ。どの名前で呼んだらいいんかの」
「どう呼んでもらってもかまいません。Anything is OK!」
ジモンが「迷うのう」と悩むとヤマダは二度めの質問をする。彼女は照れくさそうだ。
「名前のイニシャルを並べたニックネーム、どうかな? 『シド』って呼べるんだよ」
若い教師は目を見開く。人当たりの良い笑みは薄れ、茫然自失なまでに驚いている。テンポよく質問に答えてきた者がはたと言葉を詰まらせた。その異変にヤマダが焦る。
「あ……あだ名はまずかった?」
軽い気持ちで発した言葉に悔いる者をよそに、ジモンは妙案を得たように手を打つ。
「『シド先生』か! そりゃあ呼びやすいし覚えやすいのう。わしは気に入った!」
ジモンはやっと腑に落ちる答えを見つけて明朗に笑った。千智も「カッコよくていいんじゃない?」と同調する。独り合点な二人に向かって拓馬がとがめる。
「俺らじゃなくて、先生がいいって思わなきゃ呼べねえんだぞ」
拓馬の主張に三郎がうなずき、本人への確認を投げかける。
「先生、ヤマダのネーミングセンスをどう思われますか?」
三郎の問いに、銀髪の教師はやっと反応を示した。その口角は上がっている。
「いいですね。素敵なニックネームをもらえるとは思っていなくて、ついぼうっとしてしまいました。ぜひ、私をシドと呼んでください。Please call me Sid! OK?」
オッケー、という声が上がった。本摩が教壇に上がり「先生と打ち解けたところで授業に入るか」と教科書を開く。ジモンが嫌そうな顔をした。
「今日ぐらい、勉強なしにはならんかの?」
「今日の分を後回しにして、後の授業がぎゅうぎゅう詰めになったら苦しいぞ?」
ジモンは「あ〜い」と渋々了承する。そのやり取りを新人教師はにこやかに眺めていた。
「まだ教科書はいらないぞ。新人の先生が来ているので、まずは自己紹介してもらう」
本摩が拍手をし、担任を模倣した生徒も手を叩く。戸が開くと灰色のスーツを着た男性が現れた。拓馬が入学式で見た長身の男だ。式典と変わらず色の薄い髪と黒灰色のシャツが印象的で、さらに黄色のサングラスが加わる。不良度が増した姿だ。唯一の救いは、彼の表情が親切そうな、いわゆる良い人の雰囲気があることだ。新任の教師は教壇に立つ。
「Hello, everyone! My name is Sage Ivan Dale. いまから名前を書きますね」
突然、自然な日本語が出てきて生徒たちは面食らった。セイジと名乗る男は黒板にチョークでアルファベットを書く。彼の左手には指輪が光っていた。
「私の名前はまるきり西洋人ですけど、国籍は日本です。日本での暮らしは長いですよ」
教師は名前を書き終え、生徒に体の正面を向ける。
「一学期の間だけのお付き合いになりますが、精一杯皆さんと楽しく学んでいけるようにがんばります。どうかよろしくお願いします」
話す内容は至極普通なもので、口調には誠実さがある。再び拍手が起こった。
「さー、質問タイムだ。先生に気になったことを聞いてみよう! 何語でもいいぞ」
最初に挙手した者が千智だ。手をあげたのを本摩が当て、質問の権限を与える。
「How old are you?」
「I will be twenty-seven this year. 皆さんとは十歳違いでしょうか」
「へー、二十七歳ね。この学校に来る前はなにをしてたの?」
「警備の仕事です。おかげで体力には自信があります」
三郎が「体力に自信がある」の言葉に反応し、右腕をぴんと上へのばした。
「先生はどんな武術を学んでこられたのですか?」
「ジャンルは特にありません。私が師事した方は我流で武術を会得していたもので」
「では、どんな武器が扱えますか?」
三郎の質問は趣味に走っている。だが教師は年齢を聞かれた時と同じ態度で返答する。
「剣や長刀、弓などいろんな武器を学びました。基本的になんでも扱えると思います。ですが武器を使うことはあまり好きじゃありません」
「消去法でいくと、拳で戦うことが好ましいのですか?」
「そうです。むやみに拳をふるうのも考えものですけどね」
「よくわかりました! 回答ありがとうございます」
三郎は折り目正しく礼を言った。三郎の満足げな様子を見たヤマダが質問する。
「先生のサングラスはファッション? よく教頭になにも言われなかったね」
「ファッション、ということにしてください。ちなみに校長の許可は下りています」
「わざわざ校長に……あ、あとその黒シャツも聞きたい。あんまり仕事で黒シャツを着る人はいない気がするんだけど、黒を選んだのも理由ある?」
「私は見ての通り色黒です。黒いシャツを着たら色白に見えてきませんか?」
生徒たちは吹き出した。色白を美徳とする日本女性らしい主張が不似合いだったせいだ。
「あはは、そうかもしんない。でもその肌は先生に似合っててカッコイイと思うよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ヤマダは質問を終えた。しばしの間が空く。あー、とうなりながらジモンが手を上げた。
「先生の名前、三つもあるんじゃろ。どの名前で呼んだらいいんかの」
「どう呼んでもらってもかまいません。Anything is OK!」
ジモンが「迷うのう」と悩むとヤマダは二度めの質問をする。彼女は照れくさそうだ。
「名前のイニシャルを並べたニックネーム、どうかな? 『シド』って呼べるんだよ」
若い教師は目を見開く。人当たりの良い笑みは薄れ、茫然自失なまでに驚いている。テンポよく質問に答えてきた者がはたと言葉を詰まらせた。その異変にヤマダが焦る。
「あ……あだ名はまずかった?」
軽い気持ちで発した言葉に悔いる者をよそに、ジモンは妙案を得たように手を打つ。
「『シド先生』か! そりゃあ呼びやすいし覚えやすいのう。わしは気に入った!」
ジモンはやっと腑に落ちる答えを見つけて明朗に笑った。千智も「カッコよくていいんじゃない?」と同調する。独り合点な二人に向かって拓馬がとがめる。
「俺らじゃなくて、先生がいいって思わなきゃ呼べねえんだぞ」
拓馬の主張に三郎がうなずき、本人への確認を投げかける。
「先生、ヤマダのネーミングセンスをどう思われますか?」
三郎の問いに、銀髪の教師はやっと反応を示した。その口角は上がっている。
「いいですね。素敵なニックネームをもらえるとは思っていなくて、ついぼうっとしてしまいました。ぜひ、私をシドと呼んでください。Please call me Sid! OK?」
オッケー、という声が上がった。本摩が教壇に上がり「先生と打ち解けたところで授業に入るか」と教科書を開く。ジモンが嫌そうな顔をした。
「今日ぐらい、勉強なしにはならんかの?」
「今日の分を後回しにして、後の授業がぎゅうぎゅう詰めになったら苦しいぞ?」
ジモンは「あ〜い」と渋々了承する。そのやり取りを新人教師はにこやかに眺めていた。
タグ:拓馬