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2018年01月22日
拓馬篇−1章6
昼休みになった直後、名木野が同じ写真部のヤマダの席へ逃げてきた。男子の転校生は苦手のようだ。拓馬と千智も二人と一緒に昼食をとる。三郎だけは行方をくらましていた。
「ナギちゃん、災難ね。ああいうスケコマシのとなりじゃ落ち着かないでしょ」
千智が気遣うとナギは軽く首を横に振った。
「いまの席は後ろにチサちゃんと根岸くんがいるから平気」
「そうねぇ、なにかあったら拓馬が彼氏だって言っときゃ大丈夫よ」
「二次被害が出るからやめろ」
拓馬の指摘を千智は気に留めず、新たな話題を口にする。
「転校生は大体どんな子かわかったからいいとして……次は英語の先生ね!」
千智は入学式で見かけた銀髪の教師の話を切りだした。黙々と英語の教科書を眺めていたヤマダが反応を示す。その隣りに座るジモンも話に加わる。
「始業式も入学式もハンパに出ておった先生か。昼イチの授業に出るんかの」
ヤマダが本摩から聞いた新任教師の情報はすでに仲間内に伝えた。それ以外のことは今日わかるかもしれない。拓馬は教師よりヤマダが英語の勉強をする光景が気になった。
「ところでなんで英語の本を見てるんだ?」
「えーと、先生情報の整理」
教科書にはメモ用紙が数枚はさんである。一枚のメモに長いアルファベットが一行書かれていた。人名らしき羅列の大文字の箇所だけ丸が付いている。
「この長い単語、先生の名前か?」
「うん、そう。頭文字であだ名ができそうでね。先生がお堅い人だったらお蔵入り」
ヤマダがあだ名を付けることは多々ある。例えばジモンの本当の名は実門(みかど)という。天皇を意味する「帝」と同じ音が彼の雰囲気に合わないとヤマダが感じて「ジモン」と命名した。本人もこの名称は気に入り、以後彼の身近にいる者は彼をジモンと呼ぶ。今回もヤマダは相手が度量の広い者だった場合、新たな名前を付ける気だ。
「へー、それでなんて言うの──」
千智が質問しかけた時、教室の戸が荒々しく開いた。戸口には息を荒くした三郎がいる。拓馬は普段と異なる様子の三郎を興奮させないよう、細心の注意を払って声をかける。
「三郎、どこ行ってたん──」
「職員室だ! 例の先生、かなりできるぞ!」
三郎が嬉々として答える。興奮している三郎の言う「できる」の意味は一つだ。
「初対面で喧嘩ふっかけたのか?」
「端的に言えばそうなる。だが! オレの攻撃は相手の力量を見定めるためのもの。決して暴力ではない! そこを勘違いしないでほしい」
「やられる側にとっちゃ同じだ」
拓馬のつっこみに三郎はひるまず、職員室で起こした事件を回想する。
「オレが職員室に入った時、その先生は優雅にコーヒーを飲んでいた。居住まいだけで並みならぬ強さを感じ、そこでオレは背後から手刀を放った!」
「ふっかけるどころか不意打ちか」
「茶々を入れてくれるな! ……先生は見事にオレの攻撃を受け止めた。そしてオレの顔を見ることなく言ったんだ、勝負は場所を改めてしよう、と」
「不意打ちを食らっても怒らなかったのか。いい人だな」
「着眼点が違う! あの先生は普通の武芸者じゃないぞ。ぜひとも指南を受けるべきだ。空手家のお前にはうってつけだろう」
三郎は新任の教師が強者であることに歓喜している。その感性は三郎と同じ剣道部所属のジモンだけが理解しており、爽快な笑顔を浮かべる。
「剣術もできる先生ならわしらにちょうどいいのう!」
「体術を学ぶだけでも剣道に活かせると思うぞ!」
剣道部員の二人は盛り上がっている。見かねた千智が三郎に言う。
「それで、その先生は午後の英語の授業に出るの?」
「そうらしいぞ! おっと、いまのうちに英気を養っておかないとな」
三郎はそそくさと自席に着き、新しい教師の話題は止んだ。実物を目にすれば早いと皆が思ったのだ。残りの休み時間は千智がアイドルのドラマ初出演などを話して過ごした。
「ナギちゃん、災難ね。ああいうスケコマシのとなりじゃ落ち着かないでしょ」
千智が気遣うとナギは軽く首を横に振った。
「いまの席は後ろにチサちゃんと根岸くんがいるから平気」
「そうねぇ、なにかあったら拓馬が彼氏だって言っときゃ大丈夫よ」
「二次被害が出るからやめろ」
拓馬の指摘を千智は気に留めず、新たな話題を口にする。
「転校生は大体どんな子かわかったからいいとして……次は英語の先生ね!」
千智は入学式で見かけた銀髪の教師の話を切りだした。黙々と英語の教科書を眺めていたヤマダが反応を示す。その隣りに座るジモンも話に加わる。
「始業式も入学式もハンパに出ておった先生か。昼イチの授業に出るんかの」
ヤマダが本摩から聞いた新任教師の情報はすでに仲間内に伝えた。それ以外のことは今日わかるかもしれない。拓馬は教師よりヤマダが英語の勉強をする光景が気になった。
「ところでなんで英語の本を見てるんだ?」
「えーと、先生情報の整理」
教科書にはメモ用紙が数枚はさんである。一枚のメモに長いアルファベットが一行書かれていた。人名らしき羅列の大文字の箇所だけ丸が付いている。
「この長い単語、先生の名前か?」
「うん、そう。頭文字であだ名ができそうでね。先生がお堅い人だったらお蔵入り」
ヤマダがあだ名を付けることは多々ある。例えばジモンの本当の名は実門(みかど)という。天皇を意味する「帝」と同じ音が彼の雰囲気に合わないとヤマダが感じて「ジモン」と命名した。本人もこの名称は気に入り、以後彼の身近にいる者は彼をジモンと呼ぶ。今回もヤマダは相手が度量の広い者だった場合、新たな名前を付ける気だ。
「へー、それでなんて言うの──」
千智が質問しかけた時、教室の戸が荒々しく開いた。戸口には息を荒くした三郎がいる。拓馬は普段と異なる様子の三郎を興奮させないよう、細心の注意を払って声をかける。
「三郎、どこ行ってたん──」
「職員室だ! 例の先生、かなりできるぞ!」
三郎が嬉々として答える。興奮している三郎の言う「できる」の意味は一つだ。
「初対面で喧嘩ふっかけたのか?」
「端的に言えばそうなる。だが! オレの攻撃は相手の力量を見定めるためのもの。決して暴力ではない! そこを勘違いしないでほしい」
「やられる側にとっちゃ同じだ」
拓馬のつっこみに三郎はひるまず、職員室で起こした事件を回想する。
「オレが職員室に入った時、その先生は優雅にコーヒーを飲んでいた。居住まいだけで並みならぬ強さを感じ、そこでオレは背後から手刀を放った!」
「ふっかけるどころか不意打ちか」
「茶々を入れてくれるな! ……先生は見事にオレの攻撃を受け止めた。そしてオレの顔を見ることなく言ったんだ、勝負は場所を改めてしよう、と」
「不意打ちを食らっても怒らなかったのか。いい人だな」
「着眼点が違う! あの先生は普通の武芸者じゃないぞ。ぜひとも指南を受けるべきだ。空手家のお前にはうってつけだろう」
三郎は新任の教師が強者であることに歓喜している。その感性は三郎と同じ剣道部所属のジモンだけが理解しており、爽快な笑顔を浮かべる。
「剣術もできる先生ならわしらにちょうどいいのう!」
「体術を学ぶだけでも剣道に活かせると思うぞ!」
剣道部員の二人は盛り上がっている。見かねた千智が三郎に言う。
「それで、その先生は午後の英語の授業に出るの?」
「そうらしいぞ! おっと、いまのうちに英気を養っておかないとな」
三郎はそそくさと自席に着き、新しい教師の話題は止んだ。実物を目にすれば早いと皆が思ったのだ。残りの休み時間は千智がアイドルのドラマ初出演などを話して過ごした。
タグ:拓馬
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2018年01月16日
拓馬篇−1章5
授業開始日、教壇に立つ本摩がホームルームを始める。
「みんな、おはよう! 前にも言った通り、さっそく転校生を紹介したいが……」
本摩は左腕に付けた腕時計を見る。
「長いこと校長に捕まってるみたいだなぁ……さて、どうするか」
本摩が「先に出席確認するか」とつぶやく。顔を上げた本摩は室内後方の戸を見て表情を明るくした。教室の戸の上部にはすべからく窓が付いている。廊下になにかいるようだ。
「お、一人来たな。お前たち、ちょっと待っててくれ」
本摩が廊下へ出ると彼の話し声が聞こえた。話は短く済み、すぐに本摩がもどる。
「お待ちかねの転校生の登場だ。自己紹介してもらうから静かにするよーに」
本摩は窓際に立つ。皆が教室の戸に注目する中、一人の女子生徒が手に鞄を提げて進み出た。彼女の髪は長く、後頭部にある髪留めで頭頂付近の髪をまとめていた。女子は無言で黒板に字を書く。自身の姓名を書き終えると振り返り、教室にいる生徒に顔をお披露目した。ファッション雑誌に現れそうな均整のとれた顔立ちだが、表情に柔らかさがない。
「須坂美弥です。よろしくお願いします」
玲瓏な声による非常に簡潔な自己紹介だった。本摩は物足りないと言いたげな顔をする。
「ほかに、言っておきたいことはあるかね?」
教師の問いに女子生徒は首を横に振るだけで答えた。長い髪が揺らいで、静止する。
「じゃ、須坂さんの席は最前列の真ん中の席だ。目の前の空いてる席に着いてくれ」
須坂は本摩の指示通りに三郎の左隣の席へ座る。三郎が須坂に片手を差し出した。
「オレは仙谷三郎という。このクラスに入ったのもなにかの縁だ、仲良くしよう!」
三郎は熱く握手を求めた。須坂は隣人の手を一度見たきり、そっぽを向いてしまった。三郎は己の予想とは違う展開に驚きを隠せない。目的を果たせなかった手で頭を掻く。
「嫌なら、いい」
先ほどとは真逆の態度だ。どこか堅苦しい雰囲気だった教室に笑いがこぼれる。
「三郎! めげるなよ!」
ジモンの激励を受けた三郎は大きくうなずいた。生徒のやり取りを傍観した教師は笑う。
「女子人気の高い仙谷でもフられることがあるんだなぁ」
「先生! オレにそんな気はありません。同じ仲間として……」
「わかってる。お前は義侠心の強い男だからな。そう急ぐな、追々打ち解ければいい」
本摩は飄々とした言い方で三郎をねぎらった。続いて本摩は二人目の転校生を待つ。
「さーて、もう一人転校生がいるんだが…」
本摩が言いかけた時、教室の後ろの戸が勢いよく開いた。栗毛色の髪の少年がわが物顔に教室内の真ん中を歩き、教壇に上がる。そして教卓に両手をつき、生徒を見回す。
「ぼくは成石ハイル。父が日本人で母がイギリス人のダブルだ。以前はイギリスに住んでいたけど、晴れて日本の高校へ通うことになった。いわゆる帰国子女というやつだね」
男子の転校生は先ほどの女子生徒とは対照的によく喋る。表情もまるで違い、活き活きとして自信にあふれている。能弁な生徒に対し本摩が声をかけた。
「あー、すまんが成石くん。一限目の授業があるのでシメに一言頼む」
本摩は演説に水を差した。現にホームルームの時間は終わろうとしている。一人目の自己紹介が短かったとはいえ、複数人の紹介を満足にできる時間は初めからないのだ。
「そうですか? じゃあ一つだけ。……ぼくは恋人募集中です!」
「正直な男だな。まぁ頑張れ。このクラスの女子以外ならお付き合いできるだろう」
男子生徒は意外そうな顔をしたが、すぐに自信満々の表情にもどった。
「えー、成石くんの席は最前列のドア側だ。名木野の隣だな」
「おや、かわいらしい子の隣だなんてラッキーだ」
成石は大人しい女子生徒の右隣の席へ堂々と座る。彼が隣りの生徒へウインクを飛ばすと、名木野はノートを盾のように構えて視線を塞いだ。
「恥ずかしがり屋なのかな? まあいいさ」
成石は名木野に拒絶されたことを気にする様子はない。本摩が手を叩く。
「よーし、これで転校生の紹介は終わり! みんな、一限目の用意をしなさい」
本摩は出席簿を抱え、急ぎ足で退室した。とうとう本摩が生徒の名を呼んで出席状況を確認することはなかった。だが転校生が着席したことで席がすべて埋まっている。再度確かめる必要はなかった。担任と入れ替わりに数学担当の女性教師が入室する。生徒たちの浮付いた気分が徐々になくなり、意識は学生の本分たる学業へと切り替わっていった。
「みんな、おはよう! 前にも言った通り、さっそく転校生を紹介したいが……」
本摩は左腕に付けた腕時計を見る。
「長いこと校長に捕まってるみたいだなぁ……さて、どうするか」
本摩が「先に出席確認するか」とつぶやく。顔を上げた本摩は室内後方の戸を見て表情を明るくした。教室の戸の上部にはすべからく窓が付いている。廊下になにかいるようだ。
「お、一人来たな。お前たち、ちょっと待っててくれ」
本摩が廊下へ出ると彼の話し声が聞こえた。話は短く済み、すぐに本摩がもどる。
「お待ちかねの転校生の登場だ。自己紹介してもらうから静かにするよーに」
本摩は窓際に立つ。皆が教室の戸に注目する中、一人の女子生徒が手に鞄を提げて進み出た。彼女の髪は長く、後頭部にある髪留めで頭頂付近の髪をまとめていた。女子は無言で黒板に字を書く。自身の姓名を書き終えると振り返り、教室にいる生徒に顔をお披露目した。ファッション雑誌に現れそうな均整のとれた顔立ちだが、表情に柔らかさがない。
「須坂美弥です。よろしくお願いします」
玲瓏な声による非常に簡潔な自己紹介だった。本摩は物足りないと言いたげな顔をする。
「ほかに、言っておきたいことはあるかね?」
教師の問いに女子生徒は首を横に振るだけで答えた。長い髪が揺らいで、静止する。
「じゃ、須坂さんの席は最前列の真ん中の席だ。目の前の空いてる席に着いてくれ」
須坂は本摩の指示通りに三郎の左隣の席へ座る。三郎が須坂に片手を差し出した。
「オレは仙谷三郎という。このクラスに入ったのもなにかの縁だ、仲良くしよう!」
三郎は熱く握手を求めた。須坂は隣人の手を一度見たきり、そっぽを向いてしまった。三郎は己の予想とは違う展開に驚きを隠せない。目的を果たせなかった手で頭を掻く。
「嫌なら、いい」
先ほどとは真逆の態度だ。どこか堅苦しい雰囲気だった教室に笑いがこぼれる。
「三郎! めげるなよ!」
ジモンの激励を受けた三郎は大きくうなずいた。生徒のやり取りを傍観した教師は笑う。
「女子人気の高い仙谷でもフられることがあるんだなぁ」
「先生! オレにそんな気はありません。同じ仲間として……」
「わかってる。お前は義侠心の強い男だからな。そう急ぐな、追々打ち解ければいい」
本摩は飄々とした言い方で三郎をねぎらった。続いて本摩は二人目の転校生を待つ。
「さーて、もう一人転校生がいるんだが…」
本摩が言いかけた時、教室の後ろの戸が勢いよく開いた。栗毛色の髪の少年がわが物顔に教室内の真ん中を歩き、教壇に上がる。そして教卓に両手をつき、生徒を見回す。
「ぼくは成石ハイル。父が日本人で母がイギリス人のダブルだ。以前はイギリスに住んでいたけど、晴れて日本の高校へ通うことになった。いわゆる帰国子女というやつだね」
男子の転校生は先ほどの女子生徒とは対照的によく喋る。表情もまるで違い、活き活きとして自信にあふれている。能弁な生徒に対し本摩が声をかけた。
「あー、すまんが成石くん。一限目の授業があるのでシメに一言頼む」
本摩は演説に水を差した。現にホームルームの時間は終わろうとしている。一人目の自己紹介が短かったとはいえ、複数人の紹介を満足にできる時間は初めからないのだ。
「そうですか? じゃあ一つだけ。……ぼくは恋人募集中です!」
「正直な男だな。まぁ頑張れ。このクラスの女子以外ならお付き合いできるだろう」
男子生徒は意外そうな顔をしたが、すぐに自信満々の表情にもどった。
「えー、成石くんの席は最前列のドア側だ。名木野の隣だな」
「おや、かわいらしい子の隣だなんてラッキーだ」
成石は大人しい女子生徒の右隣の席へ堂々と座る。彼が隣りの生徒へウインクを飛ばすと、名木野はノートを盾のように構えて視線を塞いだ。
「恥ずかしがり屋なのかな? まあいいさ」
成石は名木野に拒絶されたことを気にする様子はない。本摩が手を叩く。
「よーし、これで転校生の紹介は終わり! みんな、一限目の用意をしなさい」
本摩は出席簿を抱え、急ぎ足で退室した。とうとう本摩が生徒の名を呼んで出席状況を確認することはなかった。だが転校生が着席したことで席がすべて埋まっている。再度確かめる必要はなかった。担任と入れ替わりに数学担当の女性教師が入室する。生徒たちの浮付いた気分が徐々になくなり、意識は学生の本分たる学業へと切り替わっていった。
タグ:拓馬