新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2018年02月06日
拓馬篇−2章5
休日明けの昼休み、拓馬は人目につくが人の出入りはすくない中庭にいた。昼食がてらにヤマダと情報共有する目的で、今日は教室を離れた。他言しづらいことも話すつもりだからだ。
この場にはシズカが寄こした狐もいる。狐は鈴の付いた首輪をつけていた。人の手が加えられている狐は、太い尻尾をヤマダの膝に乗せている。
「お前のひざにキツネのしっぽが乗ってる。わかるか?」
「うーん、わかんないなぁ。このへん?」
彼女が左右に手を動かすと、手は狐の尾をすり抜ける。この狐は幽霊に近い存在ゆえに、常人は視認することも接触することもできない。だが、拓馬はちがった。
「ああ、そこにいる」
「感触はないけど、きっとフカフカの毛なんだろうね」
「たぶんな。でもあんまり意識すんなよ、はたから見ると変な人になっちまう」
それは拓馬自身が念頭に置くべき注意事項だ。狐は普通の獣ではない。シズカが呼べば姿を現す、使い魔のような生き物だ。この世界とは異なる場所へ迷いこんだシズカが、契りを交わした獣だという。
狐はヤマダの膝元に顎と前足を乗せた。人に懐いた犬を思わせる仕草だ、と拓馬は自身の飼い犬と照らし合わせて思った。狐の前足に黒く小さな、まりも型の物体が乗る。それは拓馬たち二人が出会った時からヤマダに憑く化け物だ。存在理由は不明である。ヤマダへの害はないため、放置中だ。狐も敵ではない化け物だと知っており、無視している。
「前にシズカさんの猫ちゃんが来てたよね」
「そんなこともあったな」
「その子はわたしでも見れたね、ふつうの猫だった」
「シズカさんが捜している相手によって、霊体のまんまか実体化するかを変えるんだってさ」
その使い分けの理由を拓馬はシズカから聞いていた。知ってはいても、シズカの判断が適切か否かを断ずるほどの理解はまだできていない。
「捜す相手っつったら、だいたいなにかの犯人なんだけどさ。犯人が人じゃない相手には、普通の人にも見える姿がいいんだって。シズカさんの猫たちが姿を消しても見つかるし、反対に普通の動物だと思わせとけば相手が油断するかもしれない、らしい」
「ふーん? わたしにはいつでも姿を見せてくれていいのに」
「学校に犬猫を連れてきたら先生に叱られるだろ。野良の出入りは黙認されてるけど」
「そのへんも考えてて、姿を見せないのかな」
二人は弁当をたいらげ、教室にもどる支度をしたままで話を続ける。
「んー、それでこの子はいま、ナルくんを倒した人を捜さないでわたしの近くにいるんだよね。わたしが犯人に出会うと思ってて、スタンバイしてるのかな」
「さあ……けど、お前がいるところに面倒事はふってわいて出るよな」
「そんな推理物の主人公みたいな特技……あ、美弥ちゃんだ」
ヤマダが校舎の窓を指さす。指の先に転校生の女子がいた。他の女子生徒と一緒に廊下を歩いている。なにかしら談笑しているように見えた。
「よかった、女の子とうまくやってるね」
「須坂のこと、下の名前で呼んでるのか?」
「直接は呼んでない。まだ、仲良くなれてないから」
「三郎にツンケンしてたもんなぁ。ちょっと気難しいんじゃないか?」
「うーん、女子相手ならそうでもないよ」
「じゃ、あいつは男が苦手なのか」
「そう。ナルくんと足して割ったらちょうどいいくらい」
「極端な転校生が来たもんだな」
シズカ絡みの話題から逸れていくことに、拓馬は多少安心感をおぼえた。なんでもない日常が継続するのだと思える。だが、ヤマダは「ナルくんの事件のことなんだけどね」と新たな話題を持ち出す。
「サブちゃんがナルくんに事件のことを聞いてさ、いろいろわたしに教えてくれた。タッちゃんも聞きたい?」
「いや……土曜日に知った事件をもう調べてるのか、あいつ」
「行動力がピカイチだもんなぁ、サブちゃん。感心するよ」
「お前も他人のことは言えないぞ」
「なんで?」
「そりゃあ、シド先生をかぎ回って──」
拓馬は渡り廊下を通る人物を見つけた。話題にしようとした人物がそこを歩いている。
「噂をすれば影がさす、か。先生、こっち見てるぞ」
「え? あ、ホントだ」
ヤマダは銀髪の教師にむけて、手を大きく振った。異色な髪は地毛だという教師も手を上げて軽く振る。そのやり取りを数秒続け、ヤマダはもとの居住まいにただす。
「先生、あの様子だとなにも気にしてないね……」
「なにがあった?」
「えっと……シド先生が校長と密会する実態を暴こうとして、潜入したんだよ」
「いつの間にやってたんだ、そんなこと」
「ナルくんが襲われる前。天然なほうの事務のおねーさんに協力してもらってね」
「へえ、で、なにがあったんだ?」
ヤマダは言いにくそうに口をすぼめる。
「あんまり、おもしろいことはなかったよ。校長との密談は、まじめな話をしてたみたいだし」
拓馬は彼女の言い方から、どうも触れてほしくない内容なのだという壁を感じた。
(ま、俺は最初から興味なかったことだし……)
拓馬は追究しなかった。ヤマダが「教室にもどろうか」と立ち上がる。それに伴って狐が体を起こす。二人と一匹は校舎に入った。拓馬は教室に帰る間、三郎が事件の事情聴取した話を聞きそびれたことに気付く。
(俺が聞かなくてもあいつから話してくるだろ)
変事が起きるたび、三郎は拓馬の助力を仰ぐ。その傾向をふまえ、彼からの働きかけを待つことにした。
この場にはシズカが寄こした狐もいる。狐は鈴の付いた首輪をつけていた。人の手が加えられている狐は、太い尻尾をヤマダの膝に乗せている。
「お前のひざにキツネのしっぽが乗ってる。わかるか?」
「うーん、わかんないなぁ。このへん?」
彼女が左右に手を動かすと、手は狐の尾をすり抜ける。この狐は幽霊に近い存在ゆえに、常人は視認することも接触することもできない。だが、拓馬はちがった。
「ああ、そこにいる」
「感触はないけど、きっとフカフカの毛なんだろうね」
「たぶんな。でもあんまり意識すんなよ、はたから見ると変な人になっちまう」
それは拓馬自身が念頭に置くべき注意事項だ。狐は普通の獣ではない。シズカが呼べば姿を現す、使い魔のような生き物だ。この世界とは異なる場所へ迷いこんだシズカが、契りを交わした獣だという。
狐はヤマダの膝元に顎と前足を乗せた。人に懐いた犬を思わせる仕草だ、と拓馬は自身の飼い犬と照らし合わせて思った。狐の前足に黒く小さな、まりも型の物体が乗る。それは拓馬たち二人が出会った時からヤマダに憑く化け物だ。存在理由は不明である。ヤマダへの害はないため、放置中だ。狐も敵ではない化け物だと知っており、無視している。
「前にシズカさんの猫ちゃんが来てたよね」
「そんなこともあったな」
「その子はわたしでも見れたね、ふつうの猫だった」
「シズカさんが捜している相手によって、霊体のまんまか実体化するかを変えるんだってさ」
その使い分けの理由を拓馬はシズカから聞いていた。知ってはいても、シズカの判断が適切か否かを断ずるほどの理解はまだできていない。
「捜す相手っつったら、だいたいなにかの犯人なんだけどさ。犯人が人じゃない相手には、普通の人にも見える姿がいいんだって。シズカさんの猫たちが姿を消しても見つかるし、反対に普通の動物だと思わせとけば相手が油断するかもしれない、らしい」
「ふーん? わたしにはいつでも姿を見せてくれていいのに」
「学校に犬猫を連れてきたら先生に叱られるだろ。野良の出入りは黙認されてるけど」
「そのへんも考えてて、姿を見せないのかな」
二人は弁当をたいらげ、教室にもどる支度をしたままで話を続ける。
「んー、それでこの子はいま、ナルくんを倒した人を捜さないでわたしの近くにいるんだよね。わたしが犯人に出会うと思ってて、スタンバイしてるのかな」
「さあ……けど、お前がいるところに面倒事はふってわいて出るよな」
「そんな推理物の主人公みたいな特技……あ、美弥ちゃんだ」
ヤマダが校舎の窓を指さす。指の先に転校生の女子がいた。他の女子生徒と一緒に廊下を歩いている。なにかしら談笑しているように見えた。
「よかった、女の子とうまくやってるね」
「須坂のこと、下の名前で呼んでるのか?」
「直接は呼んでない。まだ、仲良くなれてないから」
「三郎にツンケンしてたもんなぁ。ちょっと気難しいんじゃないか?」
「うーん、女子相手ならそうでもないよ」
「じゃ、あいつは男が苦手なのか」
「そう。ナルくんと足して割ったらちょうどいいくらい」
「極端な転校生が来たもんだな」
シズカ絡みの話題から逸れていくことに、拓馬は多少安心感をおぼえた。なんでもない日常が継続するのだと思える。だが、ヤマダは「ナルくんの事件のことなんだけどね」と新たな話題を持ち出す。
「サブちゃんがナルくんに事件のことを聞いてさ、いろいろわたしに教えてくれた。タッちゃんも聞きたい?」
「いや……土曜日に知った事件をもう調べてるのか、あいつ」
「行動力がピカイチだもんなぁ、サブちゃん。感心するよ」
「お前も他人のことは言えないぞ」
「なんで?」
「そりゃあ、シド先生をかぎ回って──」
拓馬は渡り廊下を通る人物を見つけた。話題にしようとした人物がそこを歩いている。
「噂をすれば影がさす、か。先生、こっち見てるぞ」
「え? あ、ホントだ」
ヤマダは銀髪の教師にむけて、手を大きく振った。異色な髪は地毛だという教師も手を上げて軽く振る。そのやり取りを数秒続け、ヤマダはもとの居住まいにただす。
「先生、あの様子だとなにも気にしてないね……」
「なにがあった?」
「えっと……シド先生が校長と密会する実態を暴こうとして、潜入したんだよ」
「いつの間にやってたんだ、そんなこと」
「ナルくんが襲われる前。天然なほうの事務のおねーさんに協力してもらってね」
「へえ、で、なにがあったんだ?」
ヤマダは言いにくそうに口をすぼめる。
「あんまり、おもしろいことはなかったよ。校長との密談は、まじめな話をしてたみたいだし」
拓馬は彼女の言い方から、どうも触れてほしくない内容なのだという壁を感じた。
(ま、俺は最初から興味なかったことだし……)
拓馬は追究しなかった。ヤマダが「教室にもどろうか」と立ち上がる。それに伴って狐が体を起こす。二人と一匹は校舎に入った。拓馬は教室に帰る間、三郎が事件の事情聴取した話を聞きそびれたことに気付く。
(俺が聞かなくてもあいつから話してくるだろ)
変事が起きるたび、三郎は拓馬の助力を仰ぐ。その傾向をふまえ、彼からの働きかけを待つことにした。
タグ:拓馬
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
2018年02月05日
拓馬篇−2章4 ★
補習の夜、拓馬は自室のパソコンの電源を入れた。目的は古典の授業の予習をすることと、知り合いと連絡をとること。連絡相手は他県に住む寺の人で、現役の警官だ。なにかと厄介事を抱えがちな拓馬にとって、この警官は守り神のごとき存在だった。
拓馬が予習作業を続けていくとピコピコと音が鳴る。音声通信を打診する音だ。拓馬は作業を中断し、マイク付きのヘッドホンを用意する。そして通信の許諾ボタンを押す。
「シズカさん、こんばんは」
『こんばんは、拓馬くん。いまはなにをしてたんだい?』
「古典の予習を……」
『お、えらいね。勉強の邪魔はしないほうがいいかな』
「いえ、平気です。もう終わりますから」
『そうかい。なら聞きたいことをひとつ』
シズカのこの言葉は、拓馬との音信不通の期間が長かったときによく出てくる。
『二年生になって、変わったことはある?』
問われた拓馬はひとりの新任教師と二人の転校生を連想した。いずれも個性的な人物だ。彼らの紹介をしようかと思ったが、そのうちのひとりが何者かに襲われたことを思い出す。それこそが本日シズカに連絡すべきことだ。
「転校生の男子が最近、不審者に襲われたんです。夜に走っていたら急に、という話で」
シズカは早速この事件を追究してきた。しかし情報がすくない状況ゆえに、事件解決の糸口は一切見えてこない。
『わかった、未知数の事件なんだね。いまから友だちをそっちに送るよ』
シズカの言う「友だち」とは特殊な動物を意味した。シズカの目となり手となる、変わった生き物で、シズカの本業で役立つ存在である。そのことを知る拓馬は気が引ける。
「え、でも、深刻な騒ぎじゃないんですよ」
『ここ一ヶ月くらい送ってなかったから、ちょうどいいんじゃないかな』
拓馬は断る理由もないので承諾した。シズカが『そっちに着いたら連絡をちょうだい』と言い、通信が中断する。拓馬は耳にあてていたヘッドホンを首にかけ、椅子の背にもたれた。
このような派遣は過去に何度かあった。そのときも拓馬の近辺に変事があり、シズカが対応した。別段拓馬に危険がせまるような出来事ではなかったのだが、シズカは親切に対応してくれる。今回の協力姿勢といい、彼はつくづく人が良いのだと拓馬は思った。
拓馬が思いふける中、ガラス窓の叩く音が聞こえる。拓馬は部屋の窓を見た。そこに白い羽毛を持つ烏と、白い毛皮の狐がいた。拓馬が再度ヘッドホンを装着し、通信を始める。
「着きました。白いカラスとキツネです」
『白いキツネのほうがお世話になるよ。その子は調査半分、ヤマダさんにベッタリが半分になるかな』
『ヤマダを? なんでまた──』
ヤマダは今朝、成石に被害状況をたずねていた女子。彼女は成石の事件になんら関わりがない。そんなヤマダを守る意味とはなにか。そう拓馬が問いかけたのを、シズカは笑う。
『あはは、そのキツネはヤマダさんを気に入ってるんだよ』
大した理由ではないらしい。そう言うとシズカはまた連絡をしてほしい旨を告げ、通信を終えた。
拓馬は一番にやりたかった目的を達成できた。ふーっと一息つく。そうやって小休憩していると、部屋の戸が叩かれた。縁の太い眼鏡をかけた中年が戸を開ける。彼は拓馬の父だ。興奮ぎみに「白い狐がいたぞ! お稲荷様かな?」とはしゃいだ。拓馬はその喜色に水を差す事実を告げる。
「ああそれ、シズカさんの」
父が一転して、不安そうな顔をする。
「若いお坊さんの? また……厄介なことが起きたのか」
「そんなオオゴトじゃないよ。父さんは心配しなくていい」
父は息子の言葉を信用しきれない様子で、顔をしかめた。拓馬が無理に笑顔を作る。
「大丈夫だって。シズカさんの手にかかれば悪党も悪霊も逃げていくんだからさ」
正確にはシズカではなく、その友が悪者を退治する。この際、同じこととして扱った。
「……わかった。邪魔したね」
父は戸を閉めようとして顔をそむけた。ぴたっと動作が止まる。
「あの狐は人に姿を見せないつもりかな。まえに、野良猫を装う猫がきたけれど」
「そうだと思う。町中に野良狐がいちゃ、目立っちまうもんな」
「それなら知らんぷりをしておこうか。私たちには区別がつきにくくて、すこし困るよ」
父は冗談のように本当のことを言い、戸を閉めていった。
拓馬が予習作業を続けていくとピコピコと音が鳴る。音声通信を打診する音だ。拓馬は作業を中断し、マイク付きのヘッドホンを用意する。そして通信の許諾ボタンを押す。
「シズカさん、こんばんは」
『こんばんは、拓馬くん。いまはなにをしてたんだい?』
「古典の予習を……」
『お、えらいね。勉強の邪魔はしないほうがいいかな』
「いえ、平気です。もう終わりますから」
『そうかい。なら聞きたいことをひとつ』
シズカのこの言葉は、拓馬との音信不通の期間が長かったときによく出てくる。
『二年生になって、変わったことはある?』
問われた拓馬はひとりの新任教師と二人の転校生を連想した。いずれも個性的な人物だ。彼らの紹介をしようかと思ったが、そのうちのひとりが何者かに襲われたことを思い出す。それこそが本日シズカに連絡すべきことだ。
「転校生の男子が最近、不審者に襲われたんです。夜に走っていたら急に、という話で」
シズカは早速この事件を追究してきた。しかし情報がすくない状況ゆえに、事件解決の糸口は一切見えてこない。
『わかった、未知数の事件なんだね。いまから友だちをそっちに送るよ』
シズカの言う「友だち」とは特殊な動物を意味した。シズカの目となり手となる、変わった生き物で、シズカの本業で役立つ存在である。そのことを知る拓馬は気が引ける。
「え、でも、深刻な騒ぎじゃないんですよ」
『ここ一ヶ月くらい送ってなかったから、ちょうどいいんじゃないかな』
拓馬は断る理由もないので承諾した。シズカが『そっちに着いたら連絡をちょうだい』と言い、通信が中断する。拓馬は耳にあてていたヘッドホンを首にかけ、椅子の背にもたれた。
このような派遣は過去に何度かあった。そのときも拓馬の近辺に変事があり、シズカが対応した。別段拓馬に危険がせまるような出来事ではなかったのだが、シズカは親切に対応してくれる。今回の協力姿勢といい、彼はつくづく人が良いのだと拓馬は思った。
拓馬が思いふける中、ガラス窓の叩く音が聞こえる。拓馬は部屋の窓を見た。そこに白い羽毛を持つ烏と、白い毛皮の狐がいた。拓馬が再度ヘッドホンを装着し、通信を始める。
「着きました。白いカラスとキツネです」
『白いキツネのほうがお世話になるよ。その子は調査半分、ヤマダさんにベッタリが半分になるかな』
『ヤマダを? なんでまた──』
ヤマダは今朝、成石に被害状況をたずねていた女子。彼女は成石の事件になんら関わりがない。そんなヤマダを守る意味とはなにか。そう拓馬が問いかけたのを、シズカは笑う。
『あはは、そのキツネはヤマダさんを気に入ってるんだよ』
大した理由ではないらしい。そう言うとシズカはまた連絡をしてほしい旨を告げ、通信を終えた。
拓馬は一番にやりたかった目的を達成できた。ふーっと一息つく。そうやって小休憩していると、部屋の戸が叩かれた。縁の太い眼鏡をかけた中年が戸を開ける。彼は拓馬の父だ。興奮ぎみに「白い狐がいたぞ! お稲荷様かな?」とはしゃいだ。拓馬はその喜色に水を差す事実を告げる。
「ああそれ、シズカさんの」
父が一転して、不安そうな顔をする。
「若いお坊さんの? また……厄介なことが起きたのか」
「そんなオオゴトじゃないよ。父さんは心配しなくていい」
父は息子の言葉を信用しきれない様子で、顔をしかめた。拓馬が無理に笑顔を作る。
「大丈夫だって。シズカさんの手にかかれば悪党も悪霊も逃げていくんだからさ」
正確にはシズカではなく、その友が悪者を退治する。この際、同じこととして扱った。
「……わかった。邪魔したね」
父は戸を閉めようとして顔をそむけた。ぴたっと動作が止まる。
「あの狐は人に姿を見せないつもりかな。まえに、野良猫を装う猫がきたけれど」
「そうだと思う。町中に野良狐がいちゃ、目立っちまうもんな」
「それなら知らんぷりをしておこうか。私たちには区別がつきにくくて、すこし困るよ」
父は冗談のように本当のことを言い、戸を閉めていった。