2019年05月09日

クロア篇−10章2

「どういう、こと?」
 クロアは答えを聞きたくない問いをつぶやいた。明るい茶色の兎が「そのまんまの意味」と無邪気に切り捨てる。
「この子どもを抱いてる人、ヴラドが捜してる女性なの」
「ちがうわ。だって、お母さまは十数年もお父さまと連れ添って──」
「うん、それくらいむかしにここを出て行ったよ。『施療院に行く』と言って」
 施療院は公営の医療施設だ。診察だけなら無料で利用でき、旅人もお世話になるという。聞くところによると、クロアの両親の馴れ初めも、クロアの母が町の施療院へ向かうところを騎馬で通りがかった父が送ってあげたという。
「なんで、その女性が……アンペレに行くの? ここは聖王国じゃないわ、剣王国でしょう。この国の人は、この国の施療院に行くものじゃないの?」
 クロアは母がヴラドの関係者ではない点をひねり出した。それ以外に否定の根拠は出ない。
「聖王国のほうが医療技術がいいって噂だからかも?」
 それは療術士の技術差が激しい両国において根強い評価だった。医療を司る魔人の子が、兎に別の写真を見せて「間違いないか」と念押しする。兎はなおもクロアの母をヴラドの所有物だと肯定した。
「名前はフュリヤというらしいが、それで合っているか?」
「うん、そんな名前だった。ちゃんと確認してみるね」
 兎が戸棚から帳簿を出した。年号と物品の名前、それを渡した者の情報などが記載してある。兎は白紙の部分を見開きにし、そこからさかのぼった。最新の記録らしき項目を読み上げる。
「トリフ暦九六一年三月、剣王国のテミーズ村の者が村娘と引き換えに魔物退治を依頼する。娘の名はフュリヤ。種族は半魔。魔物を倒し、娘をもらう」
 クロアはテミーズの名を母の故郷として聞いていた。山奥の草木豊かな村であり薬草を採取、調合して村全体の利益としていたという。
 母の名と故郷の名、半魔という特徴とその人物の活動時期。それらはすべてクロアの母と一致している。クロアは否定しうる材料を失った。
「なんで……お母さまはヴラドのことなんて、一度もおっしゃらなかったのに……」
「それは本人に聞くしかないな。だがそのまえに……」
 タオは部屋の扉に向かった。通路へ出て、すぐにもどる。その片手に女性の襟首をつかんでいた。タオが捕まえた人物は桃色の髪をした術官だ。
「この者は偵吏なのか?」
「え……プルケ? どうしてついて来たの?」
 プルケは拘束を解かれた。逃げるそぶりはせず、恥ずかしそうにする。
「クロアさまが心配だったんだ。屋敷内でタオさんに会ったら、クロアさまの気配と変な感じがして……」
 透明化の術は物理的には姿を隠せても、精神的に感覚のするどい者には効き目がうすいという。プルケは術士としての実力が高いため、隠遁したクロアの気配を察したのだ。
「追いかけてみたらタオさんの姿が消えたでしょ。で、気配は空へ遠ざかっていく。これは透明化状態で遠出する気だな、と思ってついてきたわけだよ」
「わたしを心配してくれたのはいいわ。盗み聞きの弁解はどうするつもり?」
 クロアはずいと顔を近づけた。背の低いプルケは身長差による圧力を感じ、畏縮する。
「あの、盗み聞くつもりはなくて……」
「だいたい、兎の獣人が侵入者を引き止める約束なのだけど……どうやって入ってきたの?」
「え? 『だれだ』と聞かれたからアンペレの官吏だと答えて、普通に入れてもらえたけど」
 クロアはタオの顔を見上げた。タオは「そういえばだれも入れるなとは言わなかった」と自身の言葉不足を内省した。
「まあいいわ。プルケ、これだけははっきりさせとく。この場で聞いたことを他言する?」
「いえ、黙っておきます。他人があれこれ言えるもんじゃない」
「そう、わかったわ。わたしはお母さまに申し上げるつもりだから、めぐりめぐってお父さまやカスバンにも知られるでしょうね」
 母と娘だけの話では済まない。確実に父も知る。そして母の身柄を魔人に明け渡すか否かを高官と協議するだろう。結果的にはプルケの口止めをする意味はないが、順番が大事だ。まず家族内で満足のいく話し合いをする。そうしないうちに家族外の者、とりわけ老爺に知らせては彼の意見が横行してしまいかねない。その状況は家族が納得する結末を迎えにくくさせる。
「さっそく屋敷にもどりましょう」
「待て。まだ話は終わっていない」
「どんな話ですの? プルケが居てもよろしいのかしら」
「ああ、彼女はきっとわかっている。隠し立ては無用だ」
 タオはプルケと視線で会話した。プルケが悲しげな顔をする。クロアにとっておもしろい話ではなさそうだ。
「お母さまの素性以外に、わたしが知るべきことがあるとおっしゃるの?」
「ああ、もはや、隠しつづけてはおけないことだ」
「まだるっこしいですわね。簡潔に教えてちょうだい」
 タオは感情が見えない仮面をつくる。
「あなたはヴラドの子だ」
 短文の言葉が、強固な飛礫(つぶて)のようにクロアの胸に当たった。だがすぐさま粉塵と化して心の底に落ちる。それは意外にも拒否反応なく心身に溶け込んだ。

タグ:クロア
posted by 三利実巳 at 00:00 | Comment(0) | 長編クロア
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