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2021年11月17日
IR亡霊が未だに生きて居る 「一歩間違えば廃墟と化す」
「一歩間違えば廃墟と化す」
カジノ含む日本のIR計画が 暗礁に乗り上げて居る理由
11/17(水) 9:16配信 11-17-1
カジノを含む統合型リゾート(IR)の事業者に付いて記者会見する大阪府の吉村洋文知事 2021年9月28日 大阪市中央区 写真 時事通信フォト 11-17-2
統合型リゾート施設(IR)誘致計画の申請が10月1日に始まった。現在誘致を公式に表明して居るのは、大阪府・市、和歌山県、長崎県だ。経済ジャーナリストの芳賀由明さんは「横浜市が撤退した影響が3つの地域に及び始めて居る。コロナで状況は変わった。一歩間違えると、ハコモノ行政の繰り返しに為る」と云う・・・
経済ジャーナリスト 芳賀 由明 11-17-3
■このママでは「歴史的失敗」に現実味
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致施策が岐路に立たされて居る。有力候補地と目されて居た横浜市が撤退した影響が残りの3地域にも及び始め、来年4月以降の政府の誘致先選定に暗雲が掛かり始めた。又、世界で猛威を振るう新型コロナウイルスがIR環境を一変させた。
コロナ以前に作られた大規模集客施設の建設計画や経済効果の皮算用を見直しせずに突き進めば、ラストリゾートと持て囃された日本のIR誘致が歴史的失敗に終わり兼ね無い。
国交省はIR誘致計画申請の受付を10月1日に始めた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で当初予定より9カ月遅れてのスタートだが、コロナ禍がIR誘致に及ぼす影響は受付時期の遅れだけに留まりそうも無い。
現在、IR誘致を公式に表明し事業者の選定を終えたのは〔大阪府・市〕〔和歌山県〕〔長崎県〕の3地域。IRの旗振り役だった菅義偉前首相のお膝元で在り最有力候補と迄云われた横浜市が反対派市長の誕生で一転して撤退を決めた事で、政府方針の「最大3カ所迄」と云う枠に収まる3グループは安堵するかに観えた。しかし事態は全く逆の様だ。
横浜の方針撤回に勢い付いて反対運動も活発化、IR誘致を表明した自治体への風当たりが俄かに強まって来た。
■コロナ前後でIRを取り巻く環境が変わった
「コロナの前と後ではIRを取り巻く環境が全く変わった。〔ポストコロナ〕に適応した形に見直さ無ければ必ず失敗する」
双日総合研究所の吉崎達彦チーフエコノミストは、コロナ感染拡大前に作られたIR政策や事業計画を早急に見直すべきだと警鐘を鳴らす。
IRの中核施設の開発要件は2018年に施行された〔IR整備法とその後の施行令〕に定められて居り、宿泊施設は客室床面積の合計が10万平方メートル以上(客室換算2,000〜2ね500室) 国際会議施設は概ね1,000人以上の収容能力 展示会施設は国際会議施設の広さに合わせて2万平方メートル・6万平方メートル・12万平方メートルから選択・・・等と為って居る。
又、カジノ施設はIR施設全体の床面積の3%以下に制限する。IR誘致を目指す3地域はこれ等の開発要件に基づいて国に提出する〔区域整備計画〕を策定する為、事業者から提出された計画案を審査して発注事業者を選定する。
詰まり〔区域整備計画〕は国が求めた巨大施設の建設と、それに見合う集客見通しや収益見通し、自治体が求める経済効果を全て盛り込んだものに為る訳だ。
■3地域は優先交渉権を持つ事業者を選定済み
IR誘致に名乗りを上げた3地域は今年9月末迄に優先交渉権を持つ民間事業者を選定済みだ。2025年に開催する万博会場と為る夢洲(ゆめしま)に誘致する大阪府・市は〔米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナル〕と〔オリックス〕の共同グループを、和歌山市の人口島マリーナシティに誘致する和歌山県は〔カナダ企業の日本法人クレアベストニームベンチャーズ〕を、ハウステンボス隣接地への誘致を決めて居る長崎県は〔オーストリア国営企業の日本法人カジノ・オーストリア・インターナショナル(CAIJ)〕を夫々決めた。
〔MGMとオリックス〕が大阪に提案した事業計画案は、初期投資が1兆800億円で最大規模。2028年の開業を想定して居り 2,500人収容の宿泊施設や6,000人超が利用出来る国際会議場等巨大な施設を造る。雇用創出数は約1万5,000人、府と市は合計年1,100億円の増収が見込めると云う。
〔クレア〕が和歌山県に提案した案は、初期投資約4,700億円で県が当初想定して 2,800億円を大幅に上回る。開業4年で経済波及効果は約2,600億円を見込み、雇用創出効果は大阪並みの約1万4,000人だ。
長崎県に提案された〔CAIJ〕の事業計画も大風呂敷だ。総事業費3,500億円や九州域内への経済波及効果を年3,200億円としたのは、県が経済波及効果3,200億〜4,200億円、雇用創出効果2万8,000〜3万6,000人として 当初見込みに合わせた格好だ。
最大1万2,000人を収容出来るMICE(会議・展示場等)施設も建設する。更に雇用創出効果は大阪や和歌山を大きく引き離し3万人だ。
■「5,000人規模の会議なら、リモートで好い」
事業計画の策定や事業者選定時期は既に新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大して居た。しかし国交省は「中核施設の開発要件」に沿って巨大施設の建設を既定路線のママ事業計画に盛り込む事を求めて居る。
開発要件の見直しを行わ無かった理由に付いて、観光庁の特定複合観光施設区域整備推進本部は「公的財源を投入しない原則に基づいて、自治体が現行制度で施設を造りたい希望も在り、国としても他国に比べて見劣りして居たMICEの国際競争力を高めたい考えも在る」(前川翔企画官)と説明する。
地域経済活性化の起爆剤にしたい自治体に取っては、カジノに加えて巨大施設や大規模イベントに依る内外からの集客能力コソが頼りだからだ。しかし、コロナ禍の中、学術やビジネス分野では会議やイベントの大部分がオンラインで行われる様に為り、MICE施設の利用ニーズは世界的に縮小した感が否め無い。
IR業界に詳しい国際カジノ研究所の木曽崇所長は「国交省は新型コロナ感染前に作った開発要件をコロナ後も全く変えて居ないが、今や5,000人も集めて会議を行うニーズは無い。リモート会議をすれば好い」とMICE市場の変貌を指摘する。
大型IRの必要性や開発要件を見直すには政府方針の転換が不可欠でIR整備法の改正も必要と為る為、観光庁が及び腰に為るのも仕方が無いかも知れ無い。
■和歌山では「二階王国」が揺らぎ始めた
自治体のIR誘致計画申請の受付が始まった10月1日。横浜市では、林文子前市長が2年前に設置した都市整備局内の「IR推進室」が廃止された。「ホボ当確」(自民党関係者)とさえ言われて居た有力候補の横浜市が撤退した事で、以前から手を挙げて居た3地域の誘致政策にも少なからず影響を及ぼし始めた。
10月31日の衆院選を機に市民運動にも新たな動きが出て来た。申請受付期限の2022年4月28日迄無風とは行かなそうだ。菅前首相と同様にIRを強力に推進して来た二階俊博前自民党幹事長の地盤・和歌山3区は衆院選で最多の4人が立候補した。
元総務省職員の本間奈々氏等二階氏を除く3人がIR誘致に反対だった。中でも本間氏は二階氏を中国寄りだと厳しく批判し、二階氏が進めて来たカジノ建設で治安が悪化すると力説。反二階派や市民団体等の票を集めた。
選挙では殆ど地元回りをし無かった二階氏だが、今回は幹事長退任に依る影響力低下の危機感からか山間の過疎地区迄入り「政治の原点はふるさとだ」等と熱心に街宣して回った。
蓋を開けてみれば二階氏の圧勝だったが二階王国が揺れ始めた。衆院選前の10月8日に開かれた県のIR対策特別委員会では、県からIR運営会社クレアベストニームベンチャーズ(カナダ)の日本法人を中心とする共同事業体を優先事業者に選び「区域整備計画」の原案作りに入るとの説明が在った後、自民党県議から事業の不安定さや不透明さを問題視する質問が相次いだ。
山下直也議員は「非公開だからと云って姿が見え無いのでは信用出来無い」と指摘。事業者との契約関係が曖昧な事の説明を求めた。党県議団の重鎮・冨安民浩議員は「資金調達や収益等、大事業を遣るのにこれでは心許無い。県が何が何でも進め様として居るのは問題ではないか」と疑問を呈した。
県の楠見直博IR推進室長は「未だ未確定な部分は残って居るが11月には『区域整備計画』の原案を作り上げる」と苦しい説明に終始。推進派で在る筈の自民党議員からの追及に当惑気味だった。
■市民団体は住民投票を求める署名活動を開始
横浜市長選の影響を問われた仁坂吉伸知事は報道陣に「ヤッパリIRは良く無いんだと云う人が増えそうだ」と心配して居たがそれが現実に為った格好だ。県にはカジノに反対する3つの市民団体が在るが11月6日、これ等のグループが中心と為りIR誘致の是非を問う為の住民投票を求める署名活動を開始した。
「ストップ!カジノ和歌山の会」の豊田泰史共同代表は「新型コロナでIR事業者は何処も経営不振に為り、大きな会議場も要ら無く為った。強い業者は撤退したし選定された業者の経営状況も良く無い。建設しても更に環境が悪化すれば廃墟に為り兼ね無い」と危惧する。
豊田氏は横浜市と同じ方法で市民の問題意識を高めたいと考えて居る。「住民投票の請求は6,200人の署名で可能だが、2万人以上を集めて12月に市長に提出したい」と云う。署名が所定数に達すれば市長は住民投票条例案を市議会に諮ら無ければ為ら無い。
自民県議は選定事業者の経営状況を不安視して居る上、維新の会は県議・市議共IR誘致に反対して居り大阪とは温度差が在る。二階氏の神通力が弱まり始めた和歌山でIR誘致の是非が改めてクローズアップされそうだ。
■事業者選定プロセスの不透明さが指摘される長崎県
近畿圏の2地域に比べ地元政財界や県民の歓迎ムードが強い長崎県だが、運営事業者の選定を巡り不透明な手続きが問題視されて来た。事業者選定では、1次審査で〔CAIJ〕を大幅に上回る得点を取って居た2事業者が2次審査で落選した事で、2事業者が審査結果に疑義を申し立てて居る。しかも県から事前に「信用性」や「廉潔」の問題等を理由に辞退を迫られたと云うので在る。
9月16日の県議会で、自民党の溝口芙美雄県議は「(落選した)業者から選定過程に問題が在ったと云う意見が出た様だが公平・公正に行われたのか」と説明を求めた。
中村法道知事は「選定は外部の専門家に依る審査委員会を設置して公平・公正・透明性を以て行われ内容は公表されて居る。社会的信用性と廉潔性は県が独自に行い、その結果は審査委員会にも開示して居ない」と答弁。
落選事業者が問題視して居る県の「独自調査」の判断基準は飽く迄公表し無い方針だ。カジノ・オーストリアが本国で政治家の汚職事件に関係が在るとの報道も在り、県の選定過程の不透明さは今後も尾を引く可能性がある。
「ストップ・カジノ!長崎県民ネットワーク」は6月末迄に1万人超のIR誘致反対署名を中村知事に手渡したが、その後も署名運動を継続中だ。新木幸次事務局長は「横浜の撤退やIRの実態も市民には好く知られて居ない様だ」とモドカシサを感じて居るが、11月末から始まる県議会に新しい署名を提出する準備を進めて居る。反対意見の盛り上がりに期待して居る。
■盤石の感が在る大阪にもサザ波が・・・
衆院選では維新の会が議席を41に伸ばして第3党に躍進。盤石の感が在る大阪も例外では無い。吉村洋文大阪府知事は8月の横浜市長選の翌日「横浜が大阪のIRに影響を与えるものでは無い。如何云うものが出来るかを丁寧に説明しながら進めて行く」と報道陣に述べ、横浜市撤退の影響を否定して見せた。
しかし「カジノに反対する大阪連絡会」等が11月中に横断的な反対活動に打って出る準備を進めて居る。同連絡会は2018年以降の署名運動で約10万人もの署名を府や市に提出した。有田洋明事務局長は「大阪には今カジノ反対を掲げるグループが8団体在る。衆院選が終わったのでコレから足並みを揃えて強力に運動を展開する」と意気込む。無風に見えた大阪にもさざ波が立ち始めた。
■無視出来ない住民の「総意」
3地域は今後、選定した事業者と共同で国に提出する「区域整備計画案」を策定し、県議会やパブリックコメントに依る意見募集等を経た上で、来年4月28日迄に国交省に提出する。
和歌山県の場合は、現在〔クレアベスト〕と共同で区域整備計画の原案を策定中で、11月末に完成させる。その原案を公表してパブリックコメントを募集。来年2月に和歌山市と県公安委員会の承諾を得た上で、県議会に区域整備計画案を提示し決議して貰う。国交省への申請は4月中に為る見通しだ。他の2地域も概ね同様のスケジュールと為りそうだ。
審査に当たっては、計画そのものの内容やギャンブル依存症対策に加えて「きちんとしたプロセスを経て居るか、住民のコンセンサスが出来て居るか如何かを観て行く」(特定複合観光施設区域整備推進本部の前川企画官)方針だ。
自治体としての「総意」が認められ無ければ〔落選〕憂き目に遭う能性も在る。その意味でも、反対派の活動を無視出来無い訳だ。
■IR計画の見直しには「ポスト菅」が不可欠
反対派の最大の理由はギャンブル依存症増加や治安悪化と云えるが、双日総研の吉崎氏は「依存症に神経を尖らせるのはパチンコや競馬等誰でも何時でも出来る賭け事が野放し状態だったから。IR整備法に関連して全てのギャンブルが対象の依存症対策が義務付けられた上、カジノは日本人の個人管理を徹底するので心配には及ば無いだろう」と楽観視して居る。
反対派の中には「コロナ禍で状況が変わったのに(和歌山県は)何も検証しないで突き進んで居る」(豊田氏)と県に見直しを求める意見も少なく無い。
吉崎氏は、ポストコロナの時代に合わせて今からIR施策を見直すには、旗振り役を続けて来た菅前首相に代わる「ポスト菅」の存在が不可欠と云う。施設の規模を見直す場合はIR整備法や施行令等制度改正を伴う事に為る為「時間的に絶対無理」(観光庁)と云われるが、見直すべき部分は他にも多い。
高率の税制や納付金・10年の権利期間も有力事業者が撤退した要因と見られて居る。「コロナ後の世界経済の中で、完成後実質5年程度で投資回収を見込むのは厳しい。横浜のIRから早々に撤退した米ラスベガス・サンズの判断は極めて合理的だった」(吉崎氏)
■一歩間違えると「ハコモノ行政」を繰り返す事に為る
一方、木曽氏は自治体グループが公表した経済効果や集客予想に対し「事業者や自治体の事情も在ったのだろうが、盛り過ぎだ」と問題視する。予想数字と現実が余りに大きく乖離するとそれだけで「失敗」の烙印を押されかね無い。自治体側は区域整備計画で、ポストコロナを見据えた冷静な経済効果算出が不可欠と為りそうだ。
観光等の「遊民産業」の経済効果に期待する吉崎氏は「ポストコロナの観光業の答えは誰も判ら無いが、最も進んだIRを日本で実現出来れば良いツールに為る」と期待を寄せる。 2002年に発足した「カジノと国際観光産業を考える議員連盟」(現国際観光産業振興議員連盟・IR議連)の初代会長だった野田聖子氏はIR整備法案が党総務会で了承された時に「観光立国としての初めの1歩だ」と興奮気味に語った。
しかし、これから始まる本当の「1歩」を踏み間違えると、バブル経済期に日本各地で乱立し、解体されたり廃墟と為った「ハコモノ行政」の愚策を繰り返す事に為り兼ね無い。
経済ジャーナリスト 芳賀 由明
芳賀 由明(はが・よしあき) 経済ジャーナリスト 1981年早稲田大学法学部卒業 91年日本工業新聞社経済部および産経新聞社経済本部で電機・自動車・日銀・東証・経産省・総務省等の担当を経て次長 2013年経済本部編集委員 2017年NHK交響楽団総務部長 2021年6月独立 北海道出身