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2023年03月18日

【短編小説】『敗者復活の鎖』前編

「足ることを知らない」文化の中でも
果敢に挑戦することを教えたいなら、

問われるのは
「正しい子育てをしているか?」ではない。

むしろ、
「私は、子どもにこう育ってほしいと
 思えるような大人だろうか?」である。



『本当の勇気は「弱さ」を認めること』 より

ーーーーー


私は小さいころから、”仕事のデキる女性”に憧れていた。

そのためにたくさん勉強して、大学へ行って、
仕事でキャリアを積み重ねる。そんな人生を歩みたかった。

なのに…。



「女に学歴なんぞ必要ない!」
「女は早く結婚して、家を守るものだ!」


私の両親は、時代錯誤な考えを私に押し付けた。

ちょうど「男は仕事、女は家庭」という価値観が
崩れ始めた時代。

まだまだそういう家庭も多かったけど、
1馬力では立ち行かなくなった時代。

自分が置き去りにされるのが怖くて、
古くさい価値観にすがりつく者は、
いつの時代にもいるものだ。


だから私は幼いながら、
変化を恐れているだろう両親に言い返した。
私の人生を勝手に決められたくなかった。

けど、そのたびに父親に手を上げられた。
母親は、自分へ被害が及ぶのを恐れ、助けてくれなかった。


結局、私は大学へ進学させてもらえなかった…。



それだけならまだしも、
両親は私の恋愛事情にも口を出した。

「あんなろくでもない男はダメだ。」
「年収いくらなの?大手企業?ダメよ、低すぎるわ。別れなさい。」


両親は私が付き合う男性を採点し、難癖を付けた。

私は1度、本気で結婚したいと思えた彼氏を両親へ紹介した。

彼は、私が結婚後も
第一線で働きたいことを理解してくれる人だった。

けど、両親は彼にダメ出しばかりした挙句、
「価値観が合わないから」と、ムリヤリ破談にしてしまった。


私は…心が折れた。

両親は、そんな私にはお構いなしに、
勝手に決めたお見合い相手と私を結婚させた…。


ーーーーー


娘が成長して、生活が落ち着いた。
私はそろそろ仕事に復帰したかった。

今からでも、仕事と家庭を両立させる
キャリアウーマンを目指したかった。

それをどこで知ったのか、またも両親に阻まれた。

許されるのはパート勤務まで。
それ以外は家事と育児に貼り付けられた。

私と両親が揉めていても、夫は我関せずだった。
朝早く出勤し、夜遅くに帰宅。休日は惰眠か接待。

もともと好き合って結婚したわけでもない上、
娘が生まれてからはろくに会話もなくなった。



望んでもいない人生。
好きでもない相手と結婚。
両親が支配する鳥カゴ…。

…私の人生は、不幸だ。

私はどうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
どうして望む人生を歩んではいけないの?
どうして…どうしてよ…?!!

…許せない…!!

学歴のある女性が。
勉強して、バリバリ仕事して、社会で成功している女性が。

好きな相手と結ばれ、
幸せな結婚生活を送っている女性が。

…許せない...!許せない…!!許せない!!!


私は、手に入らなかったのに…。
どうして!!どいつもこいつも私の邪魔をするのよ?!

…私の心は、憎しみと嫉妬で、真っ黒に染まった。



だから娘には、私と同じ悲しみを味わってほしくない。

「勉強したいのに、できない」
「結婚したい相手と、結婚できない」

そんな思いは、絶対にさせない!

だから娘には、たくさん勉強して、
進路の選択肢を増やしてほしい。

社会的に認められた、立派な相手と結ばれて、
不自由ない生活をしてほしい。

私は母親として、純粋に娘の幸せを願っていた。
けど、私はまったく気づいていなかった。

私の娘への思いは、
”親の愛情”を装った「復讐の炎」だったことに。



ーーーーー


私は、娘が小さいころから、こう言い聞かせた。

「勉強して、学歴をつけて、いい仕事に就きなさい」
「そうすれば、望み通りの人生を送れるから」


娘はおとなしくて、”イイコ”だった。
引っ込み思案で、表情が乏しいのが気になったが、

『わかった、ママ。わたし勉強する。』
そう言って、素直に私の言うことを聞いた。

家庭教師を付け、
勉強の妨げになることはできるだけ排除した。

その甲斐あって、娘は私立の幼稚園、
私立の名門小学校、中学校と、順調に合格。

成績はいつも学年トップ。
先生からも将来を期待され、名門高校に主席で合格した。

ところが…。

--

高校に入ってまもなく、娘が突然、荒れた。

おとなしくて引っ込み思案、
私の言うことを素直に聞く”イイコ”だった娘が。


口調は荒々しくなり、
私の言うことを聞かないどころか、すべてに反発した。

服装も派手になり、毎日、夜遅くに帰宅。
どこへ行っていたのか問い詰めると、

『うるせぇな!どこで何をしようと、あたしの勝手だろ!』

私は娘と毎晩のように、怒鳴り合いの大ゲンカをした。
騒ぎを聞きつけたご近所の通報で、何度か警察がやってきた。



しばらくすると、
担任の先生から頻繁に電話が来るようになった。

「娘さんはまだご自宅にいらっしゃいますか?」

どうやら、学校にもほとんど行かなくなったらしい…。

(このままでは、授業について行けなくなるじゃない…!)
(2年後には大学受験よ!それどころか、留年…?!)


危機感を募らせる私を察してか、
娘は家にもほとんど帰ってこなくなった。

たまに顔を合わせても、娘は騒ぐ私を無視して立ち去った。

私の子育ては完璧だったはず…。
娘のためを思って、勉強できる環境を整えた。
娘のためを思って、危ないことはさせなかった。

あんなに”イイコ”で、セケンサマへの自慢の娘だったのに…。
彼女はどこで何を間違えたというの…?!

親として、娘を正しい人生に引き戻さなければ。
親として、娘の間違った考えを正してあげなければ!
セケンサマへ…顔向けできないわ…!


私は娘にしつこく連絡した。
娘がいかに間違えているかを、何通もの長文メールで伝え続けた。

やがて、既読が付かなくなり、届かなくなった。
電話も、いつの間にか着信拒否されていた。

…娘は、主席で入った名門高校を、中退した…。


ーーーーー


娘が18歳になった日、私は突然、こう告げられた。

『あたし、この家を出ていくから。』

私は、大きなバッグを抱え、
出て行こうとする娘を玄関で捕まえた。

そんなのダメよ。
住むところは?生活費はどうするの?

いえ、何より勉強はどうするのよ?
せめて通信制高校に入るか大検を…。

私はいつものように、娘のためを思ってまくし立てた。
すると、娘は大きなため息をついた。

『…ハァ…。』

そして、冷めた口調で言った。

『お母さんさぁ。いつもあたしに”勉強しなさい”って言うじゃん?』
『けどあたし、お母さんが勉強してるとこ、見たことないんだわ。』


私の心に、図星の刃が突き刺さった。

『自分はやってないくせに、あたしに”やれ”って言っても説得力ないよ?』
『おじいちゃんやお父さんの愚痴ばっかり言ってないで、少しは背中で示したら?』


それから何があったか、よく覚えていない。
確か、私は頭に血が上って…。

 勝手にしなさい
 もうこの家の敷居をまたがせないから

だった、かな…。

気づいたら私は1人、玄関で、へたり込んでいた。
私が投げつけたであろう靴が、何足も散乱していた…。



それから、私は八方手を尽くして、娘の行方を追った。

どうやら、バイト先で知り合った男と住んでいるらしい。
知人のツテで連絡を試みても、返ってくるのは、

「母親とは話したくないそうです。」

…何なのよあの子は…!もう!

しかも、どこの馬の骨かもわからない男と?!
身長は?学歴は?!収入は?!

私のメガネに適う男じゃなかったら承知しないんだから…!

私は、娘のバイト先へ乗り込んだ。
娘を出しなさい。親としての話があります。

娘は不在だったが、娘の交際相手だという男は居た。
私は相手の学歴や年収を、根掘り葉掘り聞いた。

 あなたは娘にふさわしくありません
 早く別れてください


私は、娘を守るための突撃を終えて帰宅した。

ほどなくして、娘の居場所も、勤め先も変わった。
どこかわからない、簡単に行けないような、遠くへ…。


ーーーーー


数年が経った。
娘の所在はわからないまま。

私は、家庭内離婚のような夫と、灰色の生活を送っていた。

…私の人生って、何だったんだろう…?

キャリアウーマンの夢を断たれ、
幸せな結婚生活どころか、熟年離婚は秒読み。
挙句、娘にも嫌われて…。

私はずっと、正しい人生を歩んできたはずなのに…。
どうして何もかも上手くいかないの…?!

許せない…!何もかも、許せない…!!

せめて、私に背いて出て行った娘を、
今からでも正しい道へ引き戻したい。

私には、娘がすべてよ…!




ある日、燻っていた私の元へ朗報が届いた。
娘が結婚したい相手を紹介するから、実家へ来るという。

あぁ神様!
私にはまだチャンスが残されていたんですね!

今度はどんな男なの?
あのときみたいなダメ男だったら、
ウチの敷居をまたがせないんだから。

今度という今度は娘を説得して、
”シアワセなジンセイ”へのレールを引いてあげなくちゃ!




後編へ続く

2023年03月11日

【短編小説】『あなたの後悔、死神が癒します』後編

【MMD】Novel Koukai Shinigami SamuneSmall1.png

前編からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<登場人物>
八神 水逢(やがみ ゆあ)
 主人公、職業は死神、担当地域は日本周辺
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



葬儀が終わったのは正午。
気持ちのいい青空は、気づけば茜色に染まっていた。

「私は長男に期待しすぎていたのかもしれません。」
「厳しくしすぎました。」

落ち着いた彼は、遠い目をしながらつぶやいた。

「1人目の子どもで、私たちも手探りでした。」
「ですが私は、無意識に自分と同じレベルを長男に求めていたんです。」
「そして、結果が私の理想と違えば、いろいろと口出ししてしまった。」

「長男が私を避けるようになったのは、幼い彼には重すぎたからでしょう。」

『大きな期待を、されていたんですね。』

「ええ。」
「常々”結婚できる18歳になったらこの家には置かない”と言い聞かせました。」
「それは長男の能力を買っていたからでした。」

『それは、下のお子さんたちにも伝えていたんですか?』

「いいえ。いま思えば、これがまずかった…。」
「彼は”自分だけが追い出された”と思ってしまったようです。」
「妻から”自分は家族ではなく居候なんだろう?”と言っていたと聞きました…。」


『居候…ですか…。』

「1度、彼が仕事でつまづいて実家に来たことがありました。」
「そのとき、私は逆に彼を追い詰めるようなことばかり言ってしまったんです…。」

『よければ、長男さんにどんなことを伝えたか聞いてもいいですか?』

「”お前は社会を舐めている”」
「”仕事がつらいなんて言うのは甘えだ”」
「”家族どころか自分1人すら養えないお前は男として失格だ”、と。」


『…!!…。』

--

私は、聞いておいて絶句した。
確かに、根性論が色濃い時代なら、まかり通る主張。

しかし実際に言われてみると、
他人の私ですら、心をえぐられた。


「当時は、悪いことをしたなんて、まったく思いませんでした。」
「むしろ、私と正反対の価値観の長男はまちがっている。」
「それを矯正してやるのが親の務めだとさえ思っていた。」

「ですが、それが決定打となって…。」



「子どもを無自覚に追い詰めた結果、親の葬儀で泣いてくれなくなったんです…。」
「自業自得ですが…悔しい!」

「どうして生きていたときに、アイツと向き合えなかったんでしょう…!」
「後悔しても、しきれません…!」




『…。』
『私たちの姿は、生きている者には見えません。』
『だから、安心してください。』


私がそう伝えると、彼はこらえていた涙を溢れさせた。

「う…うぅ……。」
「私はアイツの逃げ道を…ふさぐようなマネを…。」
「和解のチャンスを…安いプライドに固執して…逃してしまった…!」

「もう1度だけ…声が聞きたかった…!」
「”お父さん”と、呼んでほしかった…!」
「2人で酒を…飲みたかった…!」

「アイツの本音を…知りたかった!」
「すまなかった…!本当にすまなかった!」


彼は文字通り、人目もはばからずに泣いた。
長男への懺悔と、自身への後悔を叫びながら。

私は、むせび泣く彼の背中を、そっと撫でた。


ーー


茜色の空は、いつの間にか紺碧を彩っていた。
彼の懺悔が終わるころを見計らい、私は声をかけた。

『あなたが亡くなる前日に、長男さんが来たのを覚えていますか?』

「い、いえ。覚えていません。」

彼は自宅療養していたが、長男が来たときは危篤状態だった。

「妻はずっと長男に”父さんに会いに来てくれ”と頼んでいました。」
「ですが、よほど私を恨んでいたんでしょう。来てくれませんでした…。」

『ええ…。ですが、長男さんは最後に、来てくれたんですよ。』

「そ、そうですか。私はたぶん、もう意識がなくて…。」
「ですが、なんとなくアイツの声が聞こえたような気がしたんです。」
「気のせいかな…。」

『聞きますか?長男さんの声。』

「…どうやって?」

『私は死神ですよ?あのときの映像と音声くらい残してあります。』
『今から、あなたの頭の中へ、記憶として流します。』


ザ、ザー…

私の寝室。チューブをつながれ、ベッドに横たわる私。
誰かを連れて、部屋に入る妻の声。

”お父さん、お父さん、起きてる?長男が来たよ。”

そう言いながら、私の身体をゆする妻。
その後ろには、ひときわ背の高い、見覚えのある姿。

彼は、妻の隣にひざをつく。
そして、私の寝顔をのぞきこみ、小声で呼びかける。



 『父さん、来たよ。』



「…あ…あ…!」
「この声は、アイツの…!」


感極まった彼の目から、枯れたはずの涙が溢れた。

その人の人生で1番の後悔を、やわらげる贈り物をする。
それが、私たち死神の、最大で最高の仕事。


彼らの喜びを間近で見られる、
それこそ、私がこの仕事を好きな理由。

だから私、
怖い死者さんに怒鳴られても、生き返らせろと迫られても、
死神を辞められないんだ。

「ありがとう…ありがとう…!!」
「死神さん…!水逢(ゆあ)さん…!」


へへ、いつもながら、照れくさいや。
名前の登場?そういえば、オープニング以来だ。



『そろそろ、行きましょうか。』
『死後の世界へ。』


「…ええ。よろしくお願いします。」

『さっきの記憶、保存しましたか?』

「もちろんです!」
「あちらへ着いたら、何度でも再生しますよ。」

『ふふっ、お役に立ててよかった。』

私は、清々しい表情の彼を連れ、夜空を昇っていく。


ーー


最後に死神から、生きている皆さんへ。

人生の終わりに差し掛かった人が、最も後悔することは、
「やらなかったこと」です。

あなたの人生が終わるとき、
私たち死神が助けてあげられるとは限りません。

だから、私たちが迎えに行くまでに、
少しでも「やらなかった後悔」を減らしておいてください。

照れくさくても、恥ずかしくても、
大切な人へ気持ちを伝えてくださいね。
生きているうちにしか、できないことだから。




ーーーーーENDーーーーー



⇒他作品
【短編小説】『敗者復活の鎖』全2話

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話



⇒参考書籍











2023年03月10日

【短編小説】『あなたの後悔、死神が癒します』前編

【MMD】Novel Koukai Shinigami SamuneSmall1.png

<登場人物>
八神 水逢(やがみ ゆあ)
 主人公、職業は死神、担当地域は日本周辺
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『…あなたの葬儀…終わりましたね。』

「…ええ…。」

『ご自身の葬儀を、空から見守って、どんなお気持ちですか?』

「ははは、なんとも不思議ですね。」
「こんな経験は初めてですから。」


『あはは、そうですよね。』
『皆さんそうおっしゃいます。』


--

私の名前は八神 水逢(やがみ ゆあ)。
職業は死神。


仕事内容は、
私の担当地域で臨終した方を、死後の世界へ案内すること。


ご本人が希望すれば、
一緒に葬儀を見守ってからお連れする。
たった今、60代で病死した男性の葬儀が終わったところ。

「不思議ですが、死後どうなるのか知れてよかったです。」
「てっきり意識もなにも無くなると思ってました。」

『こればかりは死なないとわかりませんよね。』
『この後、私が死後の世界へご案内します。』

「八神さんは死神ですか?三途の川の渡し守?」

『私は死神ですが、地域や宗教によっていろんな役職名がありますよ。』
『あとは時代のトレンド次第です。』

「死後の世界があることも驚きだが、仕事もあるのはもっと驚きですな。」

『ありますよ。死後の世界も世知辛いでしょう?(笑)』

「ははは、まったくだ。」



お迎えに行く前に、
生前どんな人だったかを調べるのも、死神の仕事の1つ。

理由は死神のメンタルケアのため。

たいていはこの方のように、悟りを開いて丸くなっている。
なにしろ人生が終わったんだから。

けど、中には気性が荒い人もいる。

死神に怒鳴ってきたり、
「納得いかないから生き返らせろ」と詰め寄る人もいる。

生前の人柄を調べるのは、
そういう人を迎えに行って、出会い頭の事故に遭わないため。

死後の世界も、意外と楽じゃない(苦笑)。



『現世に、未練はありますか?』

「ないと言ったらウソになります。」
「ですが、まぁ、たいていのことはやり切ったと思ってますよ。」


私がこの質問をすると、ほとんどの人は次々に後悔を話す。
だけど、この人は後悔より先に、やり切ったことを口にした。

「家族を養い、子どもに十分な教育を受けさせることもできました。」
「生きがいの仕事も長年、続けられました。」
「できれば妻と金婚式を迎えたかったですが…。」
「まぁ、長年、不摂生しましたからね(苦笑)。」

『それでも、充実した人生を送れたようですね。』

「そうですね、十分、幸せだったと思ってます。」
「あ……!」

彼が何かを思い出したとたん、柔和な表情が曇る。

『なにかありましたか?』

「1つだけ…大きな心残りがありました。」
「聞いてくださいますか?」

『もちろんです。お聞かせください。』

「ありがとう。」
「私には3人の子どもがいるんですが、長男とうまくいかなかったんです。」

『長男さん…ですか?』
『そういえば葬儀中、一度も…泣きませんでしたね…。』


「…ええ…それだけが、大きな後悔です…。」

彼の長男との確執については、彼の経歴を調べて知っていた。
生前の彼は、長男に対して、お世辞にも優しいとは言えなかった。

だから、彼の口から
「大きな後悔」という言葉が出たのは意外だった。

--

「私は仕事人間でした。」
「休日出勤も当たり前で、寝る前も惜しんで働きました。」


『そうだったんですね…。』
『それはお勤め先がブラックだったからですか?』
『それともご家族のため、ですか?』

「もちろん家族の生活のためです。」
「休日はちゃんとありましたが、仕事をしていたかった。」
「ですが、そのせいで家族と過ごす時間をないがしろにしてしまった…。」

『長男さんと距離ができてしまったのは、いつごろですか?』

「そうですね…彼が幼稚園の年長になるころ、かなぁ。」
「長男は私に話しかけてくれなくなったんです。」
「私は腹を割って話したかったが、避けられてしまって。」

『そんなに早い時期から…。』

「ええ…以来、長男とはまったく会話がないままで。」
「私も意地を張って、こちらから折れる勇気がありませんでした。」

--

長男が小さいころ、彼はどちらかというと気性が荒かった。
だから私は今回、この人のお迎えに、けっこう身構えて臨んでいた。

「長男は進学を機に、18歳で家を出ました。」
「そのときの挨拶が、彼との最期の言葉になったんです…。」


『そうですか…こちらからご連絡は?』

「何度も連絡しましたが、着信拒否されてしまって。」
「妻や下の子たちから、様子を聞くしかなかったんです。」


『お声も、聞けなかったんですね…。』

「ええ…。」
「定年間際になって、ようやく私は丸くなりました。」
「家族で遠出したり、妻と2人で海外旅行へ行くようになりました。」
「ですが長男とだけは…あれ以来…。」

彼の瞳に、うっすらと涙が見えた。

「ようやく、長男に頭を下げる勇気が出てきたころには…。」
「病気がここまで進行していたというわけです。」
「ははは、後の祭りというやつですな。」

彼は涙を拭い、精一杯の空元気を、私に見せた。

私は、彼が長男への恨み節を
並べるだろうと思っていたことを反省した。

ともあれ、ここからが私たち死神の、腕の見せどころ。
私は彼の、人生で1番の後悔を癒してみせる。



ーー


後編へ続く

2023年03月06日

【オリジナル小説・PV】『Memory Snow』制作背景

オリジナル小説:
『雪の妖精 待ち焦がれ』
のPVを作ってみました。

この小説と、PVの制作背景を紹介します。

  1. 制作した動画
  2. 作品の概要
  3. 制作の所感

1.制作した動画




2.作品の概要


3.制作の所感

ストーリーのテーマは
『余命宣告を受けた幼馴染との恋模様』です。


 <あらすじ>
 幼少期から一緒にいて、
 同い年ながら兄や妹のように慕っていた

 いつしか恋心に変わっていることには、
 お互い気づいている

 けれど一緒にいることが当たり前で、
 伝えるきっかけがないまま病状は進行し…。


兄妹以上・恋人未満の2人の葛藤を、
少しでも感じてもらえれば嬉しいです。



ヒロインと死別する可能性を盛り込んだのは、
自分自身に「一期一会の大切さ」を言い聞かせるためでもあります。

 死別も離別も、あっという間にやってくる。
 だから、会える今を大切にしよう。
 言葉にして伝えよう。


それは僕自身、
家族との絶縁から復縁した経験から、身に染みたことです。

幼少期、
親は、僕の話を聞く努力を、
僕は、親に意志を伝える努力を、
それぞれ放棄しました。

 「気持ちを伝えない」ことの蓄積が、
 数十年の確執になることもある。

 たった一言のすれ違いが、
 今生の別れになることだってある。

 たとえそれが、どれだけ慕っている相手でも。


そう実感したからこそ、
作品を見返すたびに、自分への戒めになります。



それ以来、僕は誰かに
「ありがとう」と言う回数が増えました。

気づくのが遅すぎたと、悔やむこともあります。

気持ちを伝えなかったばかりに、
離れていった人への罪悪感もあります。

もう、そんな後悔はしたくありません。
いま側にいてくれる人と、これから出逢う人には、
たくさん感謝を伝えようと思います。




⇒過去作品・MMD動画
【オリジナルMV】魔王魂『捩花(ネジバナ)』

【オリジナル小説・PV】魔王魂『ハルジオン』

【オリジナル小説・PV】魔王魂『彩を失くしたアメジスト(リメイク)』



⇒過去作品・オリジナル小説
『もう1度、負け組の僕を生きたいです』1

『いのちの電話と、聞き上手』前編


2023年03月02日

【大人強要社会】ピーターパン症候群のまま生きて何が悪い?

ー目次ー
  1. ピーターパン症候群で何が悪い?
  2. 個人の幸せを無視する”大人強要社会”
  3. 嫉妬 -”私は遊びたいのを我慢してるのに許せない!”-
  4. 親の親をやってきた子どもは”まだ遊びたいお年頃”
  5. ”責任ある大人”のフリ、苦しくないですか?

1.ピーターパン症候群で何が悪い?

「ずっと遊んでいたい」
「できるだけ責任を負わず、気楽に生きたい」

大人と呼ばれる年齢の人がこう言うと、
こんな声が聞こえてこないだろうか。

「無責任」
「いい歳して」
「精神的に未熟」
「いい大人なら責任ある立場を引き受けるべき」


あるいは、まるで病人のように、こう呼ばれないだろうか。

『ピーターパン症候群』



決して、幼児のようにわがまま放題したいわけではない。

社会的なしがらみに縛られず、
遊びたいときに遊べる自由な人生を歩みたいのだ。


それをピーターパンと呼ぶのなら、
なぜ「ピーターパンでいたい」と言うと、
こんなにも批判されるんだろう。

まるで治療が必要かのように、
「大人になれ」と迫られるんだろう。



「大人になれなくて苦しい」
「自分は精神的に未熟なのではないか」
「自分はピーターパン症候群ではないか」


そう悩んでいても、
口に出せない”大人”はきっと多いだろう。

そういう人たちに、僕は言いたい。

他人の人生に迷惑をかけていないなら、
ピーターパン症候群のまま生きることは何も悪くない。

未熟だの子どもだの言われようと、
子どものまま、責任を回避して気楽に生きていい。


2.個人の幸せを無視する”大人強要社会”

社会はしきりに「大人になれ」と言ってくる。
どういう意味で言ってくるのか。

・家族の生活を背負え
・会社の将来を背負え
・社会貢献のために働け

それは正しい。
大人たちが責任や重圧を背負い、
働いてくれるおかげで生活できている。

何も間違っていない。が、

「大人になれ」「精神的に成熟しろ」
というメッセージの中には

 大人になって社会を支えるために
 自分の気持ちを諦めろ


という意味が含まれている。



社会が繁栄することと、
個人が幸せになることはイコールじゃない。
むしろ、全体のために個人の犠牲を強いられる。


農業が広まり、多くの食糧を得られるようになったから、
人口はどんどん増えた。

しかし農業のせいで労働時間は増え、
腰痛や脳の縮小、栄養バランスの偏りが大きくなった。
人類全体の人数は増えたが、個人は不幸になった。

僕らは、その歴史の延長線上に生きている。

だから、社会は相変わらず
「全体のため自分を犠牲にした働き手」を求めてくる。

 大人になって社会を支えるために
 自分の気持ちを諦めろ


と。




3.嫉妬 -”私は遊びたいのを我慢してるのに許せない!”-

ピーターパンたちが遊んで生きようが、
自分の人生には関係ない。

にもかかわらず、ピーターパンは
今日もどこかで「無責任」「未熟」などと言われる。

家族や仕事の責任を背負い、
立派に社会に貢献している”大人たち”から。

僕は、重圧に耐える彼らを尊敬する上で、問いたい。



本当は、うらやましいのでは?
本当は、ピーターパンのような生き方を選びたかったのでは?




批判を生むのは嫉妬だ。

自分が我慢していることを、
相手がしているのが許せないから、物申したくなる。

「イヤだ」「気に食わない」のウラには、
「自分もそうなりたいのになれない…」が隠れている。




”大人”になり、社会を支えるあなたたちは素晴らしい。
もしもあなたたちが

 大人になって社会を支えるために
 自分の気持ちを諦めろ


を忠実に守ったのだとしたら、
ピーターパンへの批判は心の中に留めてあげてほしい。

そして、自らの意見の後ろに、
こんな一文が隠れていないか考えてほしい。

「私だって遊びたいのに我慢してるんだから、お前も我慢しろ」

4.親の親をやってきた子どもは”まだ遊びたいお年頃”

エリクソンの発達心理学によると、
人の心の発達は8段階に分かれるという。

乳幼児期から始まり、
初期の課題をクリアできれば次の発達段階へ進む。

健全に心が発達すれば、
”まだ遊びたいお年頃”を卒業する可能性が高くなる。


「十分、遊んだから、そろそろ落ち着こう」
「家族を支えよう」「責任ある仕事をしよう」
と思えるようになる。



ところが、ピーターパンはそうならない。
いくつになっても「まだ遊びたいお年頃」だ。

なぜなら、ピーターパンの多くは
幼少期の心の発達課題が未解決だから。


・子どもの頃、
 無邪気に遊び回ることができなかった

・親の過干渉や束縛、厳しい管理をされ
 自由を奪われる経験ばかりしてきた

・親の愚痴の聞き役など
 親のカウンセラーをさせられた


ピーターパンたちは子どもの頃に、
もう十分と思えるほど遊べなかった。
子どもを卒業できなかった。

ずっと親の親をやってきたに過ぎず、
子どもをやったことがないのだ。

子どもがいらないのは、ずっと”親の親”をやってきたから。

【親子の役割逆転】子どもに”親のカウンセラー”をさせる家系。



「遅れてきた反抗期」と同じ。
だからピーターパンたちは”大人”と呼ばれる年齢になって、
初めて”子ども”をやっているに過ぎない。


それは確かに、心が未発達とも言える。

だが、彼らは幼少期に閉じ込められた”子ども”を、
やっと遊ばせることができている。




5.”責任ある大人”のフリ、苦しくないですか?

「いくつになっても”まだ遊びたいお年頃”」
「できるだけ責任を負わず、気楽に生きたい」


そのことで誰かを傷つけたり、不幸にしたりしない限り、



ピーターパン症候群のまま生きて何が悪い?



家族や従業員の生活を背負い、
大きな責任をモチベーションに変えて頑張る。
そんな生き方はもちろん尊敬したい。

だが、その生き方を選ばなかった人を
「未熟」「子ども」「いい歳して」と批判するのは
思いとどまってほしい。

僕たちピーターパンは、
大人強要社会からの圧力に抗い、
閉じ込められた子どもをようやく解放できた。

僕たちピーターパンは、自由に飢えていた。
そして”大人”と呼ばれる年齢になってようやく、
自由を満喫しているだけだ。


絶大なる権力を手に入れ、頂点まで登りつめた人びとは、
ふと、こんな本音を漏らすことがあります。

暇な時間がほしい、
時間のゆとりはどんな幸福にも替えがたいものだ、
と。

神皇アウグストゥスにしても、
国務から解放され、自由になることを願ってやみませんでした。


いつかは自分のためだけに生きる日が訪れるという思いは、
たとえ実現の見込みは薄くとも甘美な慰めとなって、
激務のつらさを紛らしていたのです。

『人生の短さについて』 より

ピーターパンへの批判が浮かんだら、
どうか、それを口に出す前に、自分の心の声を聞いてほしい。

「私だって、本当はまだ遊んでいたいよ!」
「本当は、プレッシャーに押しつぶされてしまいそう…。」


自分の心は、そう叫んでいませんか?
”責任ある大人”のフリ、本当は苦しくないですか?









posted by 理琉(ワタル) at 19:23 | TrackBack(0) | 生き方

2023年02月25日

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』5 -最終話-

PART4からの続き

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
主人公
有坂 桃羽(ありさか とわ)
 24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
 新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
 人生に絶望し、無気力な毎日を送っていたが、
 突然、3回の人生やり直しチャンスが訪れる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5.あなたは、幸せになりたいですか?

『おはようございます。坊っちゃん。』

「執事…さん…?」
「おはよう、ございます。」

『安らかな寝顔をしていましたね。』
『王族として、良い人生を送れましたかな?』

「…はい。とても…。」

『本来、3回目の人生で納得いただければ、こちらへ戻ってきません。』
『ゆえに、坊っちゃんは深層心理で選んだんです。』
『現代の自分を生きたい、と。』


「ええ…今なら、よくわかります。」

執事はにこりと微笑んだ。

『そうですか。』
『愛する人ができ、偉業を成し遂げ、王族として生きるよりも、今のご自身が良いと?』

「はい。今の僕は、昔のどんな王族よりも贅沢に生きているから。」

『ほう。それはどういうことですかな?』

「現代は安全で、ご飯が食べられて、病気になっても治療できます。」
「当たり前にあると思ってましたが、決してそんなことはなかった。」
「人は簡単に死ぬし、すべてを手に入れても誇れない人生もあった…。」
「僕は持っているものを見ずに、足りないものばかり探していたと気づいたんです。」


『…成長しましたな。』
『ではお聞きしましょう。』

『人生の”勝ち組”と”負け組”は、いつどこで決まると思いますか?』

「…人生の勝ち組も、負け組も、決まることはないと思います。」
「あるとすれば、勝ち負けは他人や、社会の常識が決めるんじゃありません。」
「地位やお金がどうだろうと、僕自身が納得できるかどうかで決まるんです。」



--


『3回目の人生で、すばらしい哲学者に出逢ったそうですな。』

「ええ。今のドイツあたりの街で。」
「彼の言葉は、僕が現代に戻る背中を押してくれました。」

 ”たった1度でも魂が震えるような体験があれば、
 もう1度この人生を歩みたいと思えるだろう”


「彼自身、自分と人生に絶望していたように見えました。」
「ですが、瞳の奥には強い意思を感じたんです。」
「本当に…不思議な魅力の持ち主でした。」

『そうですか…。』
『3回の人生で、魂が震えるほどのすばらしい経験は、できましたか?』

「…はい、できました!」

『では、最後にお尋ねします。』
『人生の勝ち組に、なりたいですか?』


「…いえ。」

「もう1度、負け組の僕を生きたいです。」



--


にこり。

『坊っちゃん、立派になられましたな。』

「執事さんがチャンスをくれたおかげです。」
「本当に、ありがとうございます。」

『お役に立てて何よりです。』

「本当に、あなたは何者なんですか?」

『ははは。坊っちゃんにお仕えする、しがない執事ですよ。』

僕は苦笑いしながら言った。

「正体を明かしてはくれないんですね。」

『まあまあ。それはこの先の人生の、お楽しみということで。』

「ふふッ、わかりましたよ。」
「コーヒー、もう1杯もらえますか?」

『ええ、お待ちください。』

コーヒーの程よい苦味が、身体に染み渡る。
本当に、このお店の雰囲気は心地よい。


「僕、このお店、気に入ったんです。」
「これからも通わせてもらいますね。」


『いつでもいらしてください。』
『美味しいコーヒーをご用意して、お待ちしております。』




ーーーーー



あの不思議な体験から1年が過ぎた。
僕は今もフリーター生活をしている。

生活レベルは最低限だが、
増えた自由時間を使って色々なことを始めた。

かつては無趣味だったが、
今では1人旅やサークル活動に熱中している。

読書の習慣もなかったが、読み始めるとおもしろい。

本で学んだことをブログで発信してみたり、
プログラミングや動画編集を学んでみたりと、
副業も充実してきている。

彼女はまぁ…石器時代以来いない…。

もしも正社員や高収入、既婚、
社会的地位が高いことを”勝ち組”と呼ぶのなら、僕は対極にいる。

だが、僕は以前のように劣等感に悩まなくなった。


誰かと比べるのを止めた途端、楽しいことが増え、
少しずつ人生を肯定できるようになってきた。

アメリカ大陸を”発見”しようと、
誰もが羨む身分に生まれようと、
足りないものを数える限り、劣等感は消えない。


それを肌で知ったからだろう。


--


あの喫茶店には、今も通っている。

休日の午前中、
コーヒーを飲みながらゆっくりするのが楽しみだ。

執事さんが何者なのかは、未だにわからない。

3度も人生のリセットボタンを押せるのだ。
神さまか、それを超越した力を持った何かだろうか。

それとも、僕の夢だったのか。
今となっては些細なこと。

彼は行きつけの店のマスター、それでいい。
きっと、僕の”負け組”人生が終わる頃にわかるだろう。

彼が何者だろうと、僕にとっては恩人だ。
彼は僕に、幸せになる方法を教えてくれたんだから。

『幸せになる方法は、目の前の小さな幸せに気づくこと』だと。



ーーーーーENDーーーーー



『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話

PART1 -あなたは、人生の勝ち組になりたいですか?-

PART2 -人生やり直し1回目:石器時代編-

PART3 -人生やり直し2回目:大航海時代編-

PART4 -人生やり直し3回目:19世紀東欧編-


⇒参考書籍















2023年02月24日

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』4

PART3からの続き

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主人公
有坂 桃羽(ありさか とわ)
 24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
 新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
 人生に絶望し、無気力な毎日を送っていたが、
 突然、3回の人生やり直しチャンスが訪れる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4.人生やり直し3回目:19世紀東欧編

『王子は本当に、読書が好きなのね。』

「はい、お母さま。」
「僕はこうしてのんびり過ごすのが好きです。」


3回目の人生は19世紀、東欧。
僕はとある王国の第1王子として、
穏やかな生活を送っていた。


名君と名高い現国王の父。
優しさと慈愛に満ちた母。

2人は、現代の僕が手に入れ損ねた
「両親からの愛情」を惜しみなく注いでくれた。

過酷な労働も争いもない。
穏やかな日々に幸せを感じていた。

父は公務が忙しくても、
家族との時間を大切にする人だった。

休暇を取っては家族で色々な国へ旅行し、
多くの外交官や学者、アーティストを僕に紹介してくれた。

中でも印象的なのは、
現代のドイツ領にある国で会った、1人の哲学者だった。

彼には不思議な魅力があった。
何もかも諦めたように見えて、瞳の奥には意志の炎が燃えていた。


「そうだ…こうして、穏やかに暮らせたら、それでいい。」

僕は今度こそ、安楽な一生を送れると信じて疑わなかった。



ーーーーー



数年後。

「お母さま…ウソだと言ってください…!」
「目を開けて!!」


永遠と思われた幸せは、
母の病死によって崩れ始めた。


父は家族の前では気丈に振る舞った。

どれだけ公務に忙殺されても、
これまで通り、家族のことを気にかけてくれた。

だが、支えを失ったショックは大きかった。

そして、父の憔悴が誰の目にも明らかになった折、
王室には新たな王妃が迎えられた。


再婚相手は、とある名家の未亡人。
早くに夫を亡くし、息子が1人いる。
こうして僕に義理の弟ができた。

一般家庭なら”異母兄弟”として仲良くすればいい。
だが、このときの僕には考えが及ばなかった。

自分が
「王位継承権:第1順位」であること。

義弟は、もしも僕がいなくなれば
「王位継承権:第1順位」になれる
ということを。




ーーーーー



『王子様、ちょっと我々と一緒に来てもらいます。』
『おとなしくしていれば、悪いようにはしませんので。』

ある夜、
自室で寝ていた僕は見知らぬ男たちに迫られた。

わけもわからないまま僕は連れ去られ、
街外れの古い塔へ幽閉された。


(突然、何なんだ…?)

父が再婚して数ヶ月、大きな変化は特になかった。

継母は連れ子である義弟を溺愛していたが、
僕や父に対しても優しく接してくれた。

父も少しずつ元気を取り戻し、
僕らはこのまま立ち直れるはずだった。

塔の外からは連日、行き交う人々の話し声が聞こえてきた。

『国王様は、変わってしまわれた…。』
『お優しい方だったのに…。』


父が突然、圧政を敷く暴君になったというのだ。

急に税金を跳ね上げ、強引な徴兵制で軍備を整えた。
税金を払えない者への処罰は重く、国民の生活は一気に悪化した。

(お父さまがそんなことをするはずがない)
(あの人はいつでも、国民の生活を第一に考えていたはずだ!)


塔内での数ヶ月は、そう信じる気力を僕から奪っていった。



ーーーーー



「新国王誕生」
「政治補佐に皇太后」


東欧の平和な国へ、激震が走った。

父が王座から引きずり降ろされ、
義弟が新国王へ、継母が実質的な摂政へ就任した。

これは、継母による国家乗っ取り計画だったのだ。
溺愛する息子を次期国王にし、自らは権力のトップに座るという。

『これでわかりましたか?元・王子様。』

毎日、僕に食事を運んでくる男は言った。

『あんたには気の毒だが、こっちも仕事なんでね。』
『恨むなら、王族として生まれたご自分を恨むんだな。』

「父は…国王は無事か?!」

『それは国民が決めるんじゃないかい?』
『まぁ、あれだけ民を苦しめたんだ。』
『少々、お怒りを買っててもおかしくないよな。』


「父と…国王と会わせてくれ!」

『そいつはできねぇ相談だ。』
『皇太后様へ頼むんだな。』

「…くッ…!」

『ああ、そうそう。こいつは独り言だが…。』

「?!」

『せっかく”第2王子”が王位継承したんだ。』
『第1王子が生きてちゃ、都 合 が 悪 い よなぁ。』




ーーーーー



数ヶ月後、
「元・国王、処刑」というニュースが流れた。


そして僕にも、同じ運命の足音が聞こえてきた。

執行人よ、安心してほしい。あなたが手を下すまでもない。
幽閉生活で衰弱した僕は、もうじき父の元へ逝けそうだから。

外から聞こえる話し声と、例の男たちが滑らせた口から、
僕は真実を知った。

父が突然、暴君となったのは、
息子である僕を人質に取られていたからだ。

継母が雇ったギャングに、僕を誘拐させる。
その命を盾に、継母の言うように政治システムをいじる。


「いくら家族でも、息子1人のために国民の生活を犠牲にはできない」

父はそう言って、継母の政治への介入を拒んだそうだ。

それでもすぐに王座を降ろされなかったのは、
父の評判を地に落とし、義弟への王位継承を自然にするため。

王が在位である限り、
『国民には、矢面に立っている人間が決めたように見えるから』だ…。


--


(これが…王族に生まれた者の宿命か…。)
(なんだ…死ぬまで安楽な生活なんて…幻想じゃないか…。)


薄れゆく意識の中で、僕は自分の思慮の浅さを笑った。

王族に生まれることは、
権力争いの渦中に生まれることを意味するのだ。


望むと望まざるにかかわらず、
その地位に群がる者や、奪い取ろうとする者たちの欲望にさらされる。

簒奪者に命を脅かされる恐怖や、
失政による国民からの罵声と隣り合わせなのだ。

(お父さま、お母さま…もうじき、そちらへまいります…。)
(今度は、しがらみのない世界で…)
(平穏に、暮らしましょう、ね…。)


(…。)



ーーーーー



⇒PART5 -最終話-へ続く
●執筆中●

2023年02月23日

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』3

PART2からの続き

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主人公
有坂 桃羽(ありさか とわ)
 24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
 新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
 人生に絶望し、無気力な毎日を送っていたが、
 突然、3回の人生やり直しチャンスが訪れる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3.人生やり直し2回目:大航海時代編

「痛たたた…ロープを引きすぎて、手の皮がボロボロだ…。」

『おーい!今だ!左舷からの強風を逃すな!急いで帆を張れ!』

「わ、わかった!」

僕は赤くなった手のひらをかばい、持ち場へ戻った。

イベリア半島を出港して数日。
具合のいい西風に恵まれ、船は快速で進んでいた。

僕は2回目の人生で、15世紀末の西ヨーロッパを選んだ。
今、女王の支援を受けた探検船の乗組員をしている。


--


1回目の人生を終えて、僕は思い知った。

医療技術のない時代で生きる限り、人はあっけなく死ぬ。
たとえそのときが、幸せの絶頂であろうとも。

だったら、儚い命が散る前に、
歴史に残る偉業を成し遂げてやろう。


そうして僕は、大航海時代の大西洋へ身を投じた。

「このまま西へ進めば、必ずインド…もといアメリカ大陸がある。」
「それを知っているのは僕だけだ。」

この時代、”地球は丸いらしい”ことが明らかになりつつあった。
それでも、地球は平らだとする旧説も根強かった。

船乗りの中には、
「西へ進めばインドへ行ける」と勇む者もいれば、
「世界の端から落ちる」と恐れる者もいた。

当時の地図を見ればユーラシア大陸とアフリカ大陸、
それ以外は空白。

リーダーのクリス提督は、
その空白に懸け、大西洋の西進を実現した。



ーー



船乗りの仕事は過酷だ。
「財宝を求めて大海原へ」というロマンの世界ではない。

命は船底の板1枚。
海が時化(しけ)れば、何日も寝られない。
終日、海水を浴びながら、船体を維持する重労働。

狭い船内では水や食糧はすぐに悪くなり、
病気が流行れば共倒れになる。

現代のブラック企業も真っ青な労働環境だ。
が、

「僕は3ヶ月間、ブラック企業で鍛えられたんだ!」
「歴史に残る偉業のためなら、これくらい…!」


僕にはブラック労働への、謎の耐性があったのだ。
(威張れるほどの期間でもないが)


--


大西洋を航海中、多少の時化(しけ)はあったが、
順調に進んでいた。

(このまま行けば、2〜3日でアメリカ大陸へ着くはずだ)

唯一、現代の世界地図を知っている僕が、そう思い始めた頃。

『提督、いつになったらインドへ着くんですかい?』
『いくら西へ進んでも、島の影も見えねぇ!』
『このままじゃ海の端から落っこちるだけですぜ?!』


陸地が見えない航海が長引いたことで、
船乗りたちの不満が爆発してしまった。


彼らの不安は当然だ。
何しろ地図の空白へ突っ込んでいるんだから。

「だ、大丈夫ですよ!」
「地図では今この辺にいるので、あと数日で陸地が見えますから!」


『お前、やけに知ってる風だな。』
『まさか、この先を見たことがあるのか?』

「いえ、見たことは、ないです…。」

『なんだよ、だったら口出しすんな。』

(あ、危なかった…。)
(まさか”21世紀の世界地図を知ってる”なんて言えないしな…。)

その後、不満が募る船員たちを
クリス提督は懸命に説得した。

そして、”1週間以内に島の痕跡が見つからなければ引き返す”
という条件で、何とか納得させたようだ。


ーー



船内に不穏な空気が流れてから5日目。

見回り中だった僕は、
海面に緑の葉がついた木の枝が漂っているのを見つけた。

流れてきた方角には水平線。
だが、その上空には積雲が浮かんでいた。

「間違いない、あの下に陸地がある!」

僕は急いで航海士と提督へ報告した。

終戦ムードだった船員たちは大興奮。
これまでで1番の手際で、船を積雲の方角へ向けた。

やがて陸地の影が見え、僕らはついに島へ上陸した。

『インドへ着いたぞぉぉーー!!』
『オレたちは証明したんだ!地球が丸いことをなぁ!!』
『そうだ!オレたちは歴史を作ったんだ!見たか学者ども!』

乗組員たちの狂喜乱舞に、僕も混じっていた。

「僕は世界史で習っただけの出来事を…この手で成し遂げたんだ!」

身体中から、際限なく達成感が湧き上がってきた。

僕は魂の存在をあまり信じていないが、
このときばかりは魂が震える感覚に酔いしれた。


現地の人たちは見知らぬ航海者に優しかった。
争いを覚悟していた僕らは、意図せず歓迎された。

その後、帰りの航海に十分な物質と、
物々交換で得た財宝を船に積み込んだ。

僕の身体を駆け巡る達成感は、
王国へ帰還するまで尽きることはなかった。



ーーーーー



歓喜から数年後。

僕らはインドの”発見”に成功してから、幾度か航海を重ねた。
様々な困難があったが、僕は探検隊の副リーダーへ昇格していた。

この時代、船乗りとして手に入るものは手中におさめた。
地位も名誉も、お金も、達成感も。

まさに順風満帆な”勝ち組人生”を送っていた、ある夜。

「略奪計画?!どうしてそんなことを?!」
「彼らはずっと友好的に接してくれたじゃないですか!」

『君の気持ちもわかるが、そうはいかない。』
『我らは祖国の発展という使命を背負っている。』
『君だって理解しているはずだろう?』

「そうですが…他にやり方があるはずです!」
「そもそも数が違いすぎます!多勢に無勢ですよ!」


『問題ない。我らには神のご加護がある。』
『何の宗派でもない彼らに勝ち目はない。』


「提督…!!」

『案ずるな、勝利は約束されている。』
『我々が手を下すまでもなく、な。』


「それは…どういう意味ですか…?!」

僕はとある”インドの地”で、クリス提督と口論になった。
先住民の集落への侵攻と、略奪計画に反対したためだ。

こちらは90人。
先住民は非戦闘員を含め、少なく見積もって2万人。


勝ち目はほとんどない。
それに戦闘になったら、この手で人の命を奪うことになる。





(僕は確かに、歴史に残る偉業を成し遂げた。)
(十分、”人生の勝ち組”になれたはずだ。)

(なのに…こんなことをしていいのか?!)
(人の幸福を奪う”成功者”でいいのか?!)


探検隊の拠点で、僕は毎晩、悩んだ。

そんなある日、
偵察の1人が拠点へ駆け込んできた。

『報告します!ついに奴らの間で”流行り”始めました!』

クリス提督は待っていたとばかりに腰を上げた。

『機は熟した。今夜、一気に侵攻する!船員たちに伝えよ!』

僕の自問自答には答えが出ないまま、
この日を迎えてしまった。

(やるしか…ないのか…?!しかし…。)

1人、うなだれる僕の肩を、提督が叩いた。

『言っただろう、我々が手を下す必要はないと。』



ーー



先住民の集落の様子がおかしい。

あれだけいた守備兵たちが見当たらない。
内部からは雄叫びも聴こえず、活気も感じられない。

僕らは素通りで集落へ足を踏み入れた。
そこには、多くの住民や兵士が苦しそうに倒れていた。

「まさか…疫病…?!」

そう、天然痘だ。

少数のヨーロッパ人がアメリカ…もといインドを侵攻できたのは、
馬や最新兵器を持っていたからではない。

彼らが免疫を持たない病気を、ヨーロッパ人が持ち込んだからだ。
まるで「神が選んだ」かのように、彼ら”だけ”がかかる病気を。


提督が言った「手を下す必要はない」とは、
疫病が流行ることを意味していた。





「こんなの間違ってます!」

僕は、弱った彼らから奪い取る同士たちへ叫んだ。

「こんな理不尽な死が許されるんでしょうか?!」
「彼らはただ平和に暮らしていただけです!」

「対立したのは、僕らが土足で上がり込んだからです。」
「挙句、彼らだけが病気になって、わけもわからず命を落とすなんて…!」
「こんなこと、神は許すはずがありません!」


『桃羽(とわ)君は、きれいごとだけで何かを成し遂げられると思うかね?』

「思いません…。」
「確かに僕らの探検は母国に貢献してきました。」
「道半ばで力尽きた同士もたくさんいました…。」
「ですが、こんな犠牲は必要でしょうか?」

『何が言いたいのかね?』

冷静沈着な提督の顔がこわばる。

「何のために奪い取るんですか?!本当に母国のためですか?」
「己の欲望のために、他人を犠牲にしているだけじゃないですか?!」

「そんな人生を誇れますか?」
「どれだけの偉業を成し遂げようと、僕はそんな人生、誇れない!」


『…君は優秀な人材だが、残念だ。』

僕は拘束され、拠点へ連れ戻された。
部下の1人が言った。

『副リーダー、しばらく頭を冷やしてくださいよ。』

数日後、こんな報告が僕の耳に入った。

『侵攻作戦は成功、戦闘による被害なし』



ーーーーー



王国へ帰還する船は、今日も快調に進んでいた。
僕は副リーダーを解任され、船の牢屋へ入れられていた。

船倉には大量の物資や金銀が積まれていた。

(ああ…やってしまったんだな…。)

あの夜の、苦しそうな先住民たちの姿が、頭に浮かぶ。
理不尽に奪われた平穏、それに加担した自分…。

罪悪感と自責で、悶える日々。
徐々に、動く元気もなくなっていく。

身体がだるい。節々からの出血が止まらない。
全身が崩れるような感覚。


「…壊血病だ…。」

昔から船乗りが恐れる奇病だが、原因はビタミンCの不足。
レモンかライム、ザワークラウトがほしい…。

『ビタミン?何だそれ?ついに頭がおかしくなったか。』
『レモンなんて高級品、そうそう船に積めるかよ。』
『呪いだ、かかったら神に祈るしかない。』


(違う、治る、聞いてくれ…。)

ビタミンなんて発見されていない。
レモンが効くというのも迷信扱いの時代。

僕の声は、誰にも届かない。
全身の痛みも感じなくなり、意識が薄れてきた。

(苦労して、偉業を成し遂げても、最期はこうなるのか。)
(その偉業も、彼らの幸せを奪って…。)
(あぁ…人生って、虚しいな…。)


プツン



ーーーーー



『…坊っちゃん!大丈夫ですか?!坊っちゃん!』

僕は慌てる執事の声で目覚めた。

「僕は…生きてる…?」
「ここは…現代?」

『そうです!』
『こんなに汗だくで…いったいどんな目に遭われたんですか?!』

「いやあ…ははは。ちょっとした冒険を。」

僕は汗だくになった服を着替え、
大航海時代の人生を執事に話した。

『そうですか…あの時代の、侵略者に…。』

「僕は十分、”人生の勝ち組”になったはずでした。」
「だけど、勝ち組になった僕の手は、血に染まっていました…。」


執事は言葉少なく、僕を案じた。

「苦労して偉業を成し遂げても、結局はつらい最期を迎えるんです…。」
「もう、幸せや成功を追い求めるのに疲れました。」


『坊っちゃん…。』
『あと1回、やり直すチャンスがあります。使いますか?』

「…使います。できれば労働も争いもない、安楽な生活がしたいです。」

『かしこまりました。』
『それでは最後の人生の舞台を、お選びください。』

「わかりました。最後は…。」



ーーーーー



PART4へ続く


⇒参考書籍


2023年02月22日

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』2

PART1からの続き

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主人公
有坂 桃羽(ありさか とわ)
 24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
 新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
 人生に絶望し、無気力な毎日を送っていた
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2.人生やり直し1回目:石器時代編

「おい!そっち行ったぞ!追い込め!」

「わかった!うぉぉぉぉ!」

ザシュッ!

「おっしゃー!仕留めたぜ!」
「こんなでかい鹿なんて久しぶりだな!」
「早くみんなに持って行ってやろうぜ!」
「おう!今夜は大宴会だ!」

今しがた、僕と仲間たちは獲物の牡鹿を仕留め、
意気揚々と集落へ向かっていた。

僕が最初に生まれ直しを望んだのは石器時代。
農業が始まる前、人々が狩猟採集で生きていた時代だ。

なぜ、僕がこの時代を望んだのか。
それは僕が転生する前の、執事とのやり取りへさかのぼる。



ーーーーー



「僕、去年はブラック企業で働いてて、うつ病になったんです。」
「闘病生活も、労働自体も、もちろんつらかった。」

「けど、それ以上に思ったんです。」
”なんでこんなにボロボロになるまで働かなきゃいけないんだろう?”って。」

『ふむ…。』

「”社会人だから当たり前”とか、”大人としての責任”とか。」
「まわりはそんなことばかり言ってきました。」

「確かにその通りです。働く人のおかげで世の中が回ってます。」
「けど、それって自分の心と身体を壊してまですることでしょうか?」


『相当に、つらい労働を経験されたんですな。』

「このまま人生の大部分をつらい労働に捧げるくらいなら…。」
「いっそ労働のない時代で生きてみたいんです。」

『わかりました。』
『それでは石器時代はいかがでしょうか。』

「せ、石器時代ですか?」

『そうです。』
『労働と言えるものは狩猟と採集、それも数日に1度です。いかがですか。』

「そ、そんなに短時間?なんかイメージと全然違いますね。」
「1日中、食べ物を探し回ってると思ってました。」

『そういう時期もあるかもしれませんが、いつもではないでしょう。』
『食べ物が見つからなければ、他の土地へ移動すればいいんです。』
『そもそも、農業が始まらなければ労働など生まれなかったのです。』

「農業が…?どういうことですか?」
「農業のおかげでたくさん食糧を作れて、人類が発展したんでしょう?」

『確かにそうです。』
『しかし農業は作物の世話のために定住し、1日を作物の世話に捧げます。』
『それで食糧は増えたが人口も増えたので、もう狩猟採集へ戻れない。』
『つまり労働を放棄できなくなった。これが労働の起源です。』

『であれば、農業なんてない時代へ行けばいい。』

「…わかりました。石器時代へ、お願いします…!」



ーーーーー



狩りは確かに大変だ。

危険と隣り合わせだし、
獲物が見つからないときは何日も探し回る。

けど、楽しかった。
協力して獲物を仕留めるスリルや達成感。

獲物を持ち帰ったときの、
集落のみんなの笑顔と、感謝の言葉。

「何のための仕事か」
「ボロボロになってまで誰のために働いてるのか」
そんなことは微塵も思わなかった。


現代で生ける屍だった僕は、
確かに生きている実感を手に入れた。



「今回はけっこう遠くまで来たな。集落まであと少しだ。」

僕らは獲物を担いで、森の中を進んだ。
初めて入った森には、見慣れない植物が多い。

チクッ

「痛ッ!」

僕の左足に何かが刺さった。

「何だ…植物のトゲか。」
「少し血が出たけど、これくらいツバつけとけば大丈夫。」


「おーい!どうした?置いてくぜ!」

「ごめんごめん!ちょっとつまづいただけ!今行く!」



ーーーーー



僕らが帰った日の夜、集落では大宴会が開かれた。
皆が思い思いに歌い、踊り、料理を堪能した。

ここにはスマホも、ゲーム機も、娯楽施設もない。
が、そんなことは関係なかった。

身体中で喜びを表現する、
立場も年齢も関係なく、子どものようにはしゃぐ。

誰もが今を全力で楽しんでいる。
人間とは本来、こんなに自由なはずだ。


『ねぇ桃羽(とわ)、どうしたの?考え込んで。』

そう尋ねるのは、生まれて初めてできた、僕の彼女だ。

「え?あ、ちょっとね。」

『ふーん、変なの。』
『そんなしめった顔してないで楽しもうよ。』

「そうだね。」

まさか「”1万年後の前世”と比べて感慨にふけっていた」とは言えなかった。

「次の狩りに成功して、戻ってきたら、一緒になってくれないか。」

『うん!…嬉しい…!』

僕はその夜、愛しの彼女へプロポーズした。
彼女は嬉し涙をこぼしながら、受け入れてくれた。


その瞬間、今まで経験したことのないあたたかさが、
僕の心を満たしていった。

現代に生きていた頃の僕には、考えられないくらい幸せだ。
僕らは並んで座り、広場の真ん中の焚き火を眺めた。



ーー



そろそろ宴会もお開き。
僕は片付けの準備をしようと立ち上がった。

グラッ

(…なんだ…?)

立ち上がろうとした僕の左足から、力が抜けた。

ドサッ

その場にへたり込んだ僕に彼女が駆け寄ってきた。

『桃羽(とわ)、桃羽(とわ)!!大丈夫?!』

(大丈夫、少しふらついただけ。)

僕はそう答えたつもりだ。
が、彼女はなぜか何度も僕に呼びかけてくる。

(あれ…聞こえてない…?)
(そういえば、少し眠くなってきた…。)

(…意識が…。)

……。



ーー



翌日、僕は左足の鈍痛で目を覚ました。

(なんだ…?!この痛みは…?)

僕は仰向けに寝たまま、身体が動かない。
ぼんやりした視界には、泣き顔の彼女が映るだけ。

かすかに耳に入るのは、聞きなれない言葉。
「森の神の祟り」「精霊さまがお怒り」だと。

(まさか…森を出るときに刺さったトゲから、細菌が入って…?!)

なんだ。それくらい病院へ行けば、
薬を飲んで寝ていれば、すぐに治る。
それは、”元・現代人”の特殊な発想だった。

『桃羽(とわ)!お願い、死なないで!!約束したじゃない!』

彼女の声も、泣き顔も、遠ざかっていく。

医療技術が発達したのは、ごく最近。
それ以前はこの程度の傷で、人がバタバタと死んでいたのだ。


(そんな…これからもっと幸せになれるのに…。)
(僕の人生、こんなにあっけなく終わるのか…?)


(ちょっと…待っ………。)

プツン



ーーーーー



「ハッ!」

『気がつきましたか、坊っちゃん。』

「執事さん…僕は、生きてるんですか…?」

『ええ、今は。』

「今は?」

『残念ながら、1度目の人生ではお亡くなりになられました。』

「そうですか…僕はやっぱり、あのまま…。」

『よければ、どんな人生だったかお聞かせくださいませんか?』

僕は執事へ、石器時代の人生を話した。

狩猟採集生活は充実していたこと。
初めてできた彼女と、幸せな日々を過ごせたこと。
ほんのかすり傷で、あっけなく人生が終わってしまったこと…。


「悔しいです…!!」
「あと少しで、幸せを掴めたのに!」

「これからだったのに…!!」

『そうですか…。』
『坊っちゃん、あと2回、人生やり直しのチャンスが残っています。』
『使いますか?それとも、現代の人生へ戻りますか?』


「やり直させてください!」
「今度こそ!自分の手で幸せを掴みたいんです!」


『かしこまりました。』
『それでは2回目に生まれる時代をお選びください。』

「2回目は…。」


ーーーーー


PART3
⇒へ続く



⇒参考書籍


2023年02月21日

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』1

1.あなたは、人生の勝ち組になりたいですか?

僕の名前は有坂 桃羽(ありさか とわ)
社会人2年目の24歳、一人暮らしのフリーターだ。

大学を卒業後、そこそこ大手の会社に入ったが、
中身はけっこうなブラック企業だった。

残業が続き、日付が変わってから帰宅する毎日。
結局、僕は過労が原因でうつ病になり、3ヶ月で退職した。

半年ほど休養、今は何とか働けるようになり、
アルバイトで食いつなぐ毎日だ。

休養期間は正直しんどかったので、
家族に頼りたかった。

だが、僕の両親は昔から子どものことを
”自慢のためのアクセサリー”だと考えていた。

そのためか、
「成功しないお前は家に入れる価値がない」と言われ、
助けてもらえなかった。



何をやっても上手くいかない、熱中できる趣味もない。
毎月なんとか食いつないで、給料日前はモヤシで凌ぐ。
彼女いない歴=年齢も24まで延びた…。

僕はそんな毎日に鬱々としていた。
それでも、誰かとのつながりがほしかった。

こんなときに見てはいけないとわかっていても、
寂しさからSNSを覗いてしまった。

1分1秒ごとに流れてくるのは、
・自分よりもはるかにイケメンで成功している人
・美人できらびやかな生活を送っている人

イヤでも自分の生活と比べてしまい、
惨めさが募るだけだ。

「僕…何のために生きてるんだろう…。」

僕は人生に希望を持てないまま、惰性で生きていた。



ーーーーー



そんなある休日。
用事も、遊ぶお金もない僕は、街中をぶらぶらしていた。

華やかなショーウィンドウを見ても、
”やればできる”的な広告を見ても、僕は卑屈だった。

「どうせ買えないんだから…。」

僕は悔しさを押し殺し、その場を立ち去った。

「あーあ…僕の人生、負け組確定だ…。」
「一度でいいから、勝ち組に生まれてみたかったなぁ…。」


僕は投げやりに呟いた。



「街へ出てみたけど、惨めになるだけだ。もう帰ろう。」

そう思ったとき、
ふと、ある喫茶店が目に入った。

「あれ?こんなところに喫茶店なんてあったかな…?」

僕は不思議に思ったが、
レトロな雰囲気に惹かれ、お店に入ることにした。

「へぇ、少し寂れた感じが落ち着くなぁ。」

求めていた環境にピッタリはまった感覚。
同時に、なぜか既視感を覚えた。

「いいお店、見つけたな。通っちゃおうかな。」

僕は嬉しくなり、コーヒーを注文しようと店員さんを呼んだ。
すると、



『お帰りなさいませ。お待ちしておりました、坊っちゃん。』



燕尾服を着た初老の紳士が、僕にそう言った。

「…えっと…。あの、どちらさまでしょうか?」

『私はあなたの執事をしております。』
『坊っちゃんのお帰りをお待ちしておりました。』

「ぼ、僕の執事…?」
「僕はこの通り平民だし、執事を雇っていたなんて聞いたことないですよ?」

『はっはっはっ、信じられないのも無理ありませんな。』
『私がお仕えし始めたとき、坊っちゃんはまだ小さかったですから。』

「…?」

感情の整理が追いつかない。
実家にいたときも、僕はこの人に会ったことはなかった。
あのクソ親どもに、使用人を雇うような甲斐性があるとも思えない。



ーー



『お待たせしました。』

僕は困惑したまま、執事が運んでくれたコーヒーを口にした。

「美味しいです。それにお店の雰囲気もすごく気に入りました。」

『ありがとうございます。』

「あなたが僕の執事というのは信じられませんが、お店には通いたいです。」

『坊っちゃんに気に入っていただけて何よりです。』
『ところで…。』

刹那、紳士の目つきが変わった。



『もしも人生を3回、やり直せるとしたら、どうされますかな?』

「3回?ま、まぁ、やり直せるならしたいですよ。」
「でも、そんなことできるわけないです。」

『確かに信じられないでしょう。ですが坊っちゃん。』
『今、自分の人生に絶望しておられますね?』
『自分は負け組だ、と。』


「ど、どうしてそれを?!」

『長年お仕えしてきたのです。それくらいわかりますよ。』
『それよりも、こうは思いませんか?』

『もし、生まれる時代や境遇が違っていたら。』
『もし、自分が望む時代や家に生まれ変われるとしたら、と。』


「確かに思います、今がつらすぎるから…。」
「せめてリセットボタンが押せるなら、って考えちゃいますよ…。」

『わかりました。』
『坊っちゃんの願い、私が叶えて差し上げます。』

「どういうことです?」

『そのままの意味ですよ。』
『坊っちゃんが望むなら、お好きな時代と家柄を3つ、お選びください。』
『その時代に生まれ直して、人生をリセットするのです。』


「えぇ?!」
「そ、そんなことできるわけが…?!」

話がにわかにオカルトじみてきた。
僕は困惑し、怪しい商売を疑い始めた。

「できるとしても、代償は僕の命とか、魂とか、そういう話ですよね?!」
「それとも、すごく高額なツボを買わされるんですか…?!」

『お代なんて要りませんよ。』
『3回のうち、納得できる人生になれば、そこで楽しく生きてください。』
『もし3回やり直して気に入らなければ、現代へ帰ってこれます。』
『人生の勝ち組に…なりたいのでしょう?』

「…う…。なり、たいです…。」

どうせ将来の目標も、未来への希望もない人生だ。
現実に絶望して生きるくらいなら、騙されたって構わない。

僕は覚悟した。

「人生のリセット、させてください。」

『承知いたしました。』
『それでは1回目に生まれ直したい時代をお選びください。』

「わかりました。希望する時代は…。」



ーー



PART2へ続く

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理琉(ワタル)
自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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