2023年02月22日
【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』2
⇒PART1からの続き
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主人公
・有坂 桃羽(ありさか とわ)
24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
人生に絶望し、無気力な毎日を送っていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい!そっち行ったぞ!追い込め!」
「わかった!うぉぉぉぉ!」
ザシュッ!
「おっしゃー!仕留めたぜ!」
「こんなでかい鹿なんて久しぶりだな!」
「早くみんなに持って行ってやろうぜ!」
「おう!今夜は大宴会だ!」
今しがた、僕と仲間たちは獲物の牡鹿を仕留め、
意気揚々と集落へ向かっていた。
僕が最初に生まれ直しを望んだのは石器時代。
農業が始まる前、人々が狩猟採集で生きていた時代だ。
なぜ、僕がこの時代を望んだのか。
それは僕が転生する前の、執事とのやり取りへさかのぼる。
ーーーーー
「僕、去年はブラック企業で働いてて、うつ病になったんです。」
「闘病生活も、労働自体も、もちろんつらかった。」
「けど、それ以上に思ったんです。」
「”なんでこんなにボロボロになるまで働かなきゃいけないんだろう?”って。」
『ふむ…。』
「”社会人だから当たり前”とか、”大人としての責任”とか。」
「まわりはそんなことばかり言ってきました。」
「確かにその通りです。働く人のおかげで世の中が回ってます。」
「けど、それって自分の心と身体を壊してまですることでしょうか?」
『相当に、つらい労働を経験されたんですな。』
「このまま人生の大部分をつらい労働に捧げるくらいなら…。」
「いっそ労働のない時代で生きてみたいんです。」
『わかりました。』
『それでは石器時代はいかがでしょうか。』
「せ、石器時代ですか?」
『そうです。』
『労働と言えるものは狩猟と採集、それも数日に1度です。いかがですか。』
「そ、そんなに短時間?なんかイメージと全然違いますね。」
「1日中、食べ物を探し回ってると思ってました。」
『そういう時期もあるかもしれませんが、いつもではないでしょう。』
『食べ物が見つからなければ、他の土地へ移動すればいいんです。』
『そもそも、農業が始まらなければ労働など生まれなかったのです。』
「農業が…?どういうことですか?」
「農業のおかげでたくさん食糧を作れて、人類が発展したんでしょう?」
『確かにそうです。』
『しかし農業は作物の世話のために定住し、1日を作物の世話に捧げます。』
『それで食糧は増えたが人口も増えたので、もう狩猟採集へ戻れない。』
『つまり労働を放棄できなくなった。これが労働の起源です。』
『であれば、農業なんてない時代へ行けばいい。』
「…わかりました。石器時代へ、お願いします…!」
ーーーーー
狩りは確かに大変だ。
危険と隣り合わせだし、
獲物が見つからないときは何日も探し回る。
けど、楽しかった。
協力して獲物を仕留めるスリルや達成感。
獲物を持ち帰ったときの、
集落のみんなの笑顔と、感謝の言葉。
「何のための仕事か」
「ボロボロになってまで誰のために働いてるのか」
そんなことは微塵も思わなかった。
現代で生ける屍だった僕は、
確かに生きている実感を手に入れた。
「今回はけっこう遠くまで来たな。集落まであと少しだ。」
僕らは獲物を担いで、森の中を進んだ。
初めて入った森には、見慣れない植物が多い。
チクッ
「痛ッ!」
僕の左足に何かが刺さった。
「何だ…植物のトゲか。」
「少し血が出たけど、これくらいツバつけとけば大丈夫。」
「おーい!どうした?置いてくぜ!」
「ごめんごめん!ちょっとつまづいただけ!今行く!」
ーーーーー
僕らが帰った日の夜、集落では大宴会が開かれた。
皆が思い思いに歌い、踊り、料理を堪能した。
ここにはスマホも、ゲーム機も、娯楽施設もない。
が、そんなことは関係なかった。
身体中で喜びを表現する、
立場も年齢も関係なく、子どものようにはしゃぐ。
誰もが今を全力で楽しんでいる。
人間とは本来、こんなに自由なはずだ。
『ねぇ桃羽(とわ)、どうしたの?考え込んで。』
そう尋ねるのは、生まれて初めてできた、僕の彼女だ。
「え?あ、ちょっとね。」
『ふーん、変なの。』
『そんなしめった顔してないで楽しもうよ。』
「そうだね。」
まさか「”1万年後の前世”と比べて感慨にふけっていた」とは言えなかった。
「次の狩りに成功して、戻ってきたら、一緒になってくれないか。」
『うん!…嬉しい…!』
僕はその夜、愛しの彼女へプロポーズした。
彼女は嬉し涙をこぼしながら、受け入れてくれた。
その瞬間、今まで経験したことのないあたたかさが、
僕の心を満たしていった。
現代に生きていた頃の僕には、考えられないくらい幸せだ。
僕らは並んで座り、広場の真ん中の焚き火を眺めた。
ーー
そろそろ宴会もお開き。
僕は片付けの準備をしようと立ち上がった。
グラッ
(…なんだ…?)
立ち上がろうとした僕の左足から、力が抜けた。
ドサッ
その場にへたり込んだ僕に彼女が駆け寄ってきた。
『桃羽(とわ)、桃羽(とわ)!!大丈夫?!』
(大丈夫、少しふらついただけ。)
僕はそう答えたつもりだ。
が、彼女はなぜか何度も僕に呼びかけてくる。
(あれ…聞こえてない…?)
(そういえば、少し眠くなってきた…。)
(…意識が…。)
……。
ーー
翌日、僕は左足の鈍痛で目を覚ました。
(なんだ…?!この痛みは…?)
僕は仰向けに寝たまま、身体が動かない。
ぼんやりした視界には、泣き顔の彼女が映るだけ。
かすかに耳に入るのは、聞きなれない言葉。
「森の神の祟り」「精霊さまがお怒り」だと。
(まさか…森を出るときに刺さったトゲから、細菌が入って…?!)
なんだ。それくらい病院へ行けば、
薬を飲んで寝ていれば、すぐに治る。
それは、”元・現代人”の特殊な発想だった。
『桃羽(とわ)!お願い、死なないで!!約束したじゃない!』
彼女の声も、泣き顔も、遠ざかっていく。
医療技術が発達したのは、ごく最近。
それ以前はこの程度の傷で、人がバタバタと死んでいたのだ。
(そんな…これからもっと幸せになれるのに…。)
(僕の人生、こんなにあっけなく終わるのか…?)
(ちょっと…待っ………。)
プツン
ーーーーー
「ハッ!」
『気がつきましたか、坊っちゃん。』
「執事さん…僕は、生きてるんですか…?」
『ええ、今は。』
「今は?」
『残念ながら、1度目の人生ではお亡くなりになられました。』
「そうですか…僕はやっぱり、あのまま…。」
『よければ、どんな人生だったかお聞かせくださいませんか?』
僕は執事へ、石器時代の人生を話した。
狩猟採集生活は充実していたこと。
初めてできた彼女と、幸せな日々を過ごせたこと。
ほんのかすり傷で、あっけなく人生が終わってしまったこと…。
「悔しいです…!!」
「あと少しで、幸せを掴めたのに!」
「これからだったのに…!!」
『そうですか…。』
『坊っちゃん、あと2回、人生やり直しのチャンスが残っています。』
『使いますか?それとも、現代の人生へ戻りますか?』
「やり直させてください!」
「今度こそ!自分の手で幸せを掴みたいんです!」
『かしこまりました。』
『それでは2回目に生まれる時代をお選びください。』
「2回目は…。」
ーーーーー
PART3
⇒へ続く
⇒参考書籍
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主人公
・有坂 桃羽(ありさか とわ)
24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
人生に絶望し、無気力な毎日を送っていた
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2.人生やり直し1回目:石器時代編
「おい!そっち行ったぞ!追い込め!」
「わかった!うぉぉぉぉ!」
ザシュッ!
「おっしゃー!仕留めたぜ!」
「こんなでかい鹿なんて久しぶりだな!」
「早くみんなに持って行ってやろうぜ!」
「おう!今夜は大宴会だ!」
今しがた、僕と仲間たちは獲物の牡鹿を仕留め、
意気揚々と集落へ向かっていた。
僕が最初に生まれ直しを望んだのは石器時代。
農業が始まる前、人々が狩猟採集で生きていた時代だ。
なぜ、僕がこの時代を望んだのか。
それは僕が転生する前の、執事とのやり取りへさかのぼる。
ーーーーー
「僕、去年はブラック企業で働いてて、うつ病になったんです。」
「闘病生活も、労働自体も、もちろんつらかった。」
「けど、それ以上に思ったんです。」
「”なんでこんなにボロボロになるまで働かなきゃいけないんだろう?”って。」
『ふむ…。』
「”社会人だから当たり前”とか、”大人としての責任”とか。」
「まわりはそんなことばかり言ってきました。」
「確かにその通りです。働く人のおかげで世の中が回ってます。」
「けど、それって自分の心と身体を壊してまですることでしょうか?」
『相当に、つらい労働を経験されたんですな。』
「このまま人生の大部分をつらい労働に捧げるくらいなら…。」
「いっそ労働のない時代で生きてみたいんです。」
『わかりました。』
『それでは石器時代はいかがでしょうか。』
「せ、石器時代ですか?」
『そうです。』
『労働と言えるものは狩猟と採集、それも数日に1度です。いかがですか。』
「そ、そんなに短時間?なんかイメージと全然違いますね。」
「1日中、食べ物を探し回ってると思ってました。」
『そういう時期もあるかもしれませんが、いつもではないでしょう。』
『食べ物が見つからなければ、他の土地へ移動すればいいんです。』
『そもそも、農業が始まらなければ労働など生まれなかったのです。』
「農業が…?どういうことですか?」
「農業のおかげでたくさん食糧を作れて、人類が発展したんでしょう?」
『確かにそうです。』
『しかし農業は作物の世話のために定住し、1日を作物の世話に捧げます。』
『それで食糧は増えたが人口も増えたので、もう狩猟採集へ戻れない。』
『つまり労働を放棄できなくなった。これが労働の起源です。』
『であれば、農業なんてない時代へ行けばいい。』
「…わかりました。石器時代へ、お願いします…!」
ーーーーー
狩りは確かに大変だ。
危険と隣り合わせだし、
獲物が見つからないときは何日も探し回る。
けど、楽しかった。
協力して獲物を仕留めるスリルや達成感。
獲物を持ち帰ったときの、
集落のみんなの笑顔と、感謝の言葉。
「何のための仕事か」
「ボロボロになってまで誰のために働いてるのか」
そんなことは微塵も思わなかった。
現代で生ける屍だった僕は、
確かに生きている実感を手に入れた。
「今回はけっこう遠くまで来たな。集落まであと少しだ。」
僕らは獲物を担いで、森の中を進んだ。
初めて入った森には、見慣れない植物が多い。
チクッ
「痛ッ!」
僕の左足に何かが刺さった。
「何だ…植物のトゲか。」
「少し血が出たけど、これくらいツバつけとけば大丈夫。」
「おーい!どうした?置いてくぜ!」
「ごめんごめん!ちょっとつまづいただけ!今行く!」
ーーーーー
僕らが帰った日の夜、集落では大宴会が開かれた。
皆が思い思いに歌い、踊り、料理を堪能した。
ここにはスマホも、ゲーム機も、娯楽施設もない。
が、そんなことは関係なかった。
身体中で喜びを表現する、
立場も年齢も関係なく、子どものようにはしゃぐ。
誰もが今を全力で楽しんでいる。
人間とは本来、こんなに自由なはずだ。
『ねぇ桃羽(とわ)、どうしたの?考え込んで。』
そう尋ねるのは、生まれて初めてできた、僕の彼女だ。
「え?あ、ちょっとね。」
『ふーん、変なの。』
『そんなしめった顔してないで楽しもうよ。』
「そうだね。」
まさか「”1万年後の前世”と比べて感慨にふけっていた」とは言えなかった。
「次の狩りに成功して、戻ってきたら、一緒になってくれないか。」
『うん!…嬉しい…!』
僕はその夜、愛しの彼女へプロポーズした。
彼女は嬉し涙をこぼしながら、受け入れてくれた。
その瞬間、今まで経験したことのないあたたかさが、
僕の心を満たしていった。
現代に生きていた頃の僕には、考えられないくらい幸せだ。
僕らは並んで座り、広場の真ん中の焚き火を眺めた。
ーー
そろそろ宴会もお開き。
僕は片付けの準備をしようと立ち上がった。
グラッ
(…なんだ…?)
立ち上がろうとした僕の左足から、力が抜けた。
ドサッ
その場にへたり込んだ僕に彼女が駆け寄ってきた。
『桃羽(とわ)、桃羽(とわ)!!大丈夫?!』
(大丈夫、少しふらついただけ。)
僕はそう答えたつもりだ。
が、彼女はなぜか何度も僕に呼びかけてくる。
(あれ…聞こえてない…?)
(そういえば、少し眠くなってきた…。)
(…意識が…。)
……。
ーー
翌日、僕は左足の鈍痛で目を覚ました。
(なんだ…?!この痛みは…?)
僕は仰向けに寝たまま、身体が動かない。
ぼんやりした視界には、泣き顔の彼女が映るだけ。
かすかに耳に入るのは、聞きなれない言葉。
「森の神の祟り」「精霊さまがお怒り」だと。
(まさか…森を出るときに刺さったトゲから、細菌が入って…?!)
なんだ。それくらい病院へ行けば、
薬を飲んで寝ていれば、すぐに治る。
それは、”元・現代人”の特殊な発想だった。
『桃羽(とわ)!お願い、死なないで!!約束したじゃない!』
彼女の声も、泣き顔も、遠ざかっていく。
医療技術が発達したのは、ごく最近。
それ以前はこの程度の傷で、人がバタバタと死んでいたのだ。
(そんな…これからもっと幸せになれるのに…。)
(僕の人生、こんなにあっけなく終わるのか…?)
(ちょっと…待っ………。)
プツン
ーーーーー
「ハッ!」
『気がつきましたか、坊っちゃん。』
「執事さん…僕は、生きてるんですか…?」
『ええ、今は。』
「今は?」
『残念ながら、1度目の人生ではお亡くなりになられました。』
「そうですか…僕はやっぱり、あのまま…。」
『よければ、どんな人生だったかお聞かせくださいませんか?』
僕は執事へ、石器時代の人生を話した。
狩猟採集生活は充実していたこと。
初めてできた彼女と、幸せな日々を過ごせたこと。
ほんのかすり傷で、あっけなく人生が終わってしまったこと…。
「悔しいです…!!」
「あと少しで、幸せを掴めたのに!」
「これからだったのに…!!」
『そうですか…。』
『坊っちゃん、あと2回、人生やり直しのチャンスが残っています。』
『使いますか?それとも、現代の人生へ戻りますか?』
「やり直させてください!」
「今度こそ!自分の手で幸せを掴みたいんです!」
『かしこまりました。』
『それでは2回目に生まれる時代をお選びください。』
「2回目は…。」
ーーーーー
PART3
⇒へ続く
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