2023年02月23日
【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』3
⇒PART2からの続き
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主人公
・有坂 桃羽(ありさか とわ)
24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
人生に絶望し、無気力な毎日を送っていたが、
突然、3回の人生やり直しチャンスが訪れる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「痛たたた…ロープを引きすぎて、手の皮がボロボロだ…。」
『おーい!今だ!左舷からの強風を逃すな!急いで帆を張れ!』
「わ、わかった!」
僕は赤くなった手のひらをかばい、持ち場へ戻った。
イベリア半島を出港して数日。
具合のいい西風に恵まれ、船は快速で進んでいた。
僕は2回目の人生で、15世紀末の西ヨーロッパを選んだ。
今、女王の支援を受けた探検船の乗組員をしている。
--
1回目の人生を終えて、僕は思い知った。
医療技術のない時代で生きる限り、人はあっけなく死ぬ。
たとえそのときが、幸せの絶頂であろうとも。
だったら、儚い命が散る前に、
歴史に残る偉業を成し遂げてやろう。
そうして僕は、大航海時代の大西洋へ身を投じた。
「このまま西へ進めば、必ずインド…もといアメリカ大陸がある。」
「それを知っているのは僕だけだ。」
この時代、”地球は丸いらしい”ことが明らかになりつつあった。
それでも、地球は平らだとする旧説も根強かった。
船乗りの中には、
「西へ進めばインドへ行ける」と勇む者もいれば、
「世界の端から落ちる」と恐れる者もいた。
当時の地図を見ればユーラシア大陸とアフリカ大陸、
それ以外は空白。
リーダーのクリス提督は、
その空白に懸け、大西洋の西進を実現した。
ーー
船乗りの仕事は過酷だ。
「財宝を求めて大海原へ」というロマンの世界ではない。
命は船底の板1枚。
海が時化(しけ)れば、何日も寝られない。
終日、海水を浴びながら、船体を維持する重労働。
狭い船内では水や食糧はすぐに悪くなり、
病気が流行れば共倒れになる。
現代のブラック企業も真っ青な労働環境だ。
が、
「僕は3ヶ月間、ブラック企業で鍛えられたんだ!」
「歴史に残る偉業のためなら、これくらい…!」
僕にはブラック労働への、謎の耐性があったのだ。
(威張れるほどの期間でもないが)
--
大西洋を航海中、多少の時化(しけ)はあったが、
順調に進んでいた。
(このまま行けば、2〜3日でアメリカ大陸へ着くはずだ)
唯一、現代の世界地図を知っている僕が、そう思い始めた頃。
『提督、いつになったらインドへ着くんですかい?』
『いくら西へ進んでも、島の影も見えねぇ!』
『このままじゃ海の端から落っこちるだけですぜ?!』
陸地が見えない航海が長引いたことで、
船乗りたちの不満が爆発してしまった。
彼らの不安は当然だ。
何しろ地図の空白へ突っ込んでいるんだから。
「だ、大丈夫ですよ!」
「地図では今この辺にいるので、あと数日で陸地が見えますから!」
『お前、やけに知ってる風だな。』
『まさか、この先を見たことがあるのか?』
「いえ、見たことは、ないです…。」
『なんだよ、だったら口出しすんな。』
(あ、危なかった…。)
(まさか”21世紀の世界地図を知ってる”なんて言えないしな…。)
その後、不満が募る船員たちを
クリス提督は懸命に説得した。
そして、”1週間以内に島の痕跡が見つからなければ引き返す”
という条件で、何とか納得させたようだ。
ーー
船内に不穏な空気が流れてから5日目。
見回り中だった僕は、
海面に緑の葉がついた木の枝が漂っているのを見つけた。
流れてきた方角には水平線。
だが、その上空には積雲が浮かんでいた。
「間違いない、あの下に陸地がある!」
僕は急いで航海士と提督へ報告した。
終戦ムードだった船員たちは大興奮。
これまでで1番の手際で、船を積雲の方角へ向けた。
やがて陸地の影が見え、僕らはついに島へ上陸した。
『インドへ着いたぞぉぉーー!!』
『オレたちは証明したんだ!地球が丸いことをなぁ!!』
『そうだ!オレたちは歴史を作ったんだ!見たか学者ども!』
乗組員たちの狂喜乱舞に、僕も混じっていた。
「僕は世界史で習っただけの出来事を…この手で成し遂げたんだ!」
身体中から、際限なく達成感が湧き上がってきた。
僕は魂の存在をあまり信じていないが、
このときばかりは魂が震える感覚に酔いしれた。
現地の人たちは見知らぬ航海者に優しかった。
争いを覚悟していた僕らは、意図せず歓迎された。
その後、帰りの航海に十分な物質と、
物々交換で得た財宝を船に積み込んだ。
僕の身体を駆け巡る達成感は、
王国へ帰還するまで尽きることはなかった。
ーーーーー
歓喜から数年後。
僕らはインドの”発見”に成功してから、幾度か航海を重ねた。
様々な困難があったが、僕は探検隊の副リーダーへ昇格していた。
この時代、船乗りとして手に入るものは手中におさめた。
地位も名誉も、お金も、達成感も。
まさに順風満帆な”勝ち組人生”を送っていた、ある夜。
「略奪計画?!どうしてそんなことを?!」
「彼らはずっと友好的に接してくれたじゃないですか!」
『君の気持ちもわかるが、そうはいかない。』
『我らは祖国の発展という使命を背負っている。』
『君だって理解しているはずだろう?』
「そうですが…他にやり方があるはずです!」
「そもそも数が違いすぎます!多勢に無勢ですよ!」
『問題ない。我らには神のご加護がある。』
『何の宗派でもない彼らに勝ち目はない。』
「提督…!!」
『案ずるな、勝利は約束されている。』
『我々が手を下すまでもなく、な。』
「それは…どういう意味ですか…?!」
僕はとある”インドの地”で、クリス提督と口論になった。
先住民の集落への侵攻と、略奪計画に反対したためだ。
こちらは90人。
先住民は非戦闘員を含め、少なく見積もって2万人。
勝ち目はほとんどない。
それに戦闘になったら、この手で人の命を奪うことになる。
–
(僕は確かに、歴史に残る偉業を成し遂げた。)
(十分、”人生の勝ち組”になれたはずだ。)
(なのに…こんなことをしていいのか?!)
(人の幸福を奪う”成功者”でいいのか?!)
探検隊の拠点で、僕は毎晩、悩んだ。
そんなある日、
偵察の1人が拠点へ駆け込んできた。
『報告します!ついに奴らの間で”流行り”始めました!』
クリス提督は待っていたとばかりに腰を上げた。
『機は熟した。今夜、一気に侵攻する!船員たちに伝えよ!』
僕の自問自答には答えが出ないまま、
この日を迎えてしまった。
(やるしか…ないのか…?!しかし…。)
1人、うなだれる僕の肩を、提督が叩いた。
『言っただろう、我々が手を下す必要はないと。』
ーー
先住民の集落の様子がおかしい。
あれだけいた守備兵たちが見当たらない。
内部からは雄叫びも聴こえず、活気も感じられない。
僕らは素通りで集落へ足を踏み入れた。
そこには、多くの住民や兵士が苦しそうに倒れていた。
「まさか…疫病…?!」
そう、天然痘だ。
少数のヨーロッパ人がアメリカ…もといインドを侵攻できたのは、
馬や最新兵器を持っていたからではない。
彼らが免疫を持たない病気を、ヨーロッパ人が持ち込んだからだ。
まるで「神が選んだ」かのように、彼ら”だけ”がかかる病気を。
提督が言った「手を下す必要はない」とは、
疫病が流行ることを意味していた。
–
「こんなの間違ってます!」
僕は、弱った彼らから奪い取る同士たちへ叫んだ。
「こんな理不尽な死が許されるんでしょうか?!」
「彼らはただ平和に暮らしていただけです!」
「対立したのは、僕らが土足で上がり込んだからです。」
「挙句、彼らだけが病気になって、わけもわからず命を落とすなんて…!」
「こんなこと、神は許すはずがありません!」
『桃羽(とわ)君は、きれいごとだけで何かを成し遂げられると思うかね?』
「思いません…。」
「確かに僕らの探検は母国に貢献してきました。」
「道半ばで力尽きた同士もたくさんいました…。」
「ですが、こんな犠牲は必要でしょうか?」
『何が言いたいのかね?』
冷静沈着な提督の顔がこわばる。
「何のために奪い取るんですか?!本当に母国のためですか?」
「己の欲望のために、他人を犠牲にしているだけじゃないですか?!」
「そんな人生を誇れますか?」
「どれだけの偉業を成し遂げようと、僕はそんな人生、誇れない!」
『…君は優秀な人材だが、残念だ。』
僕は拘束され、拠点へ連れ戻された。
部下の1人が言った。
『副リーダー、しばらく頭を冷やしてくださいよ。』
数日後、こんな報告が僕の耳に入った。
『侵攻作戦は成功、戦闘による被害なし』
ーーーーー
王国へ帰還する船は、今日も快調に進んでいた。
僕は副リーダーを解任され、船の牢屋へ入れられていた。
船倉には大量の物資や金銀が積まれていた。
(ああ…やってしまったんだな…。)
あの夜の、苦しそうな先住民たちの姿が、頭に浮かぶ。
理不尽に奪われた平穏、それに加担した自分…。
罪悪感と自責で、悶える日々。
徐々に、動く元気もなくなっていく。
身体がだるい。節々からの出血が止まらない。
全身が崩れるような感覚。
「…壊血病だ…。」
昔から船乗りが恐れる奇病だが、原因はビタミンCの不足。
レモンかライム、ザワークラウトがほしい…。
『ビタミン?何だそれ?ついに頭がおかしくなったか。』
『レモンなんて高級品、そうそう船に積めるかよ。』
『呪いだ、かかったら神に祈るしかない。』
(違う、治る、聞いてくれ…。)
ビタミンなんて発見されていない。
レモンが効くというのも迷信扱いの時代。
僕の声は、誰にも届かない。
全身の痛みも感じなくなり、意識が薄れてきた。
(苦労して、偉業を成し遂げても、最期はこうなるのか。)
(その偉業も、彼らの幸せを奪って…。)
(あぁ…人生って、虚しいな…。)
プツン
ーーーーー
『…坊っちゃん!大丈夫ですか?!坊っちゃん!』
僕は慌てる執事の声で目覚めた。
「僕は…生きてる…?」
「ここは…現代?」
『そうです!』
『こんなに汗だくで…いったいどんな目に遭われたんですか?!』
「いやあ…ははは。ちょっとした冒険を。」
僕は汗だくになった服を着替え、
大航海時代の人生を執事に話した。
『そうですか…あの時代の、侵略者に…。』
「僕は十分、”人生の勝ち組”になったはずでした。」
「だけど、勝ち組になった僕の手は、血に染まっていました…。」
執事は言葉少なく、僕を案じた。
「苦労して偉業を成し遂げても、結局はつらい最期を迎えるんです…。」
「もう、幸せや成功を追い求めるのに疲れました。」
『坊っちゃん…。』
『あと1回、やり直すチャンスがあります。使いますか?』
「…使います。できれば労働も争いもない、安楽な生活がしたいです。」
『かしこまりました。』
『それでは最後の人生の舞台を、お選びください。』
「わかりました。最後は…。」
ーーーーー
⇒PART4へ続く
⇒参考書籍
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主人公
・有坂 桃羽(ありさか とわ)
24歳、社会人2年目、一人暮らしのフリーター
新卒でブラック企業へ就職するも心身を壊し退職
人生に絶望し、無気力な毎日を送っていたが、
突然、3回の人生やり直しチャンスが訪れる
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3.人生やり直し2回目:大航海時代編
「痛たたた…ロープを引きすぎて、手の皮がボロボロだ…。」
『おーい!今だ!左舷からの強風を逃すな!急いで帆を張れ!』
「わ、わかった!」
僕は赤くなった手のひらをかばい、持ち場へ戻った。
イベリア半島を出港して数日。
具合のいい西風に恵まれ、船は快速で進んでいた。
僕は2回目の人生で、15世紀末の西ヨーロッパを選んだ。
今、女王の支援を受けた探検船の乗組員をしている。
--
1回目の人生を終えて、僕は思い知った。
医療技術のない時代で生きる限り、人はあっけなく死ぬ。
たとえそのときが、幸せの絶頂であろうとも。
だったら、儚い命が散る前に、
歴史に残る偉業を成し遂げてやろう。
そうして僕は、大航海時代の大西洋へ身を投じた。
「このまま西へ進めば、必ずインド…もといアメリカ大陸がある。」
「それを知っているのは僕だけだ。」
この時代、”地球は丸いらしい”ことが明らかになりつつあった。
それでも、地球は平らだとする旧説も根強かった。
船乗りの中には、
「西へ進めばインドへ行ける」と勇む者もいれば、
「世界の端から落ちる」と恐れる者もいた。
当時の地図を見ればユーラシア大陸とアフリカ大陸、
それ以外は空白。
リーダーのクリス提督は、
その空白に懸け、大西洋の西進を実現した。
ーー
船乗りの仕事は過酷だ。
「財宝を求めて大海原へ」というロマンの世界ではない。
命は船底の板1枚。
海が時化(しけ)れば、何日も寝られない。
終日、海水を浴びながら、船体を維持する重労働。
狭い船内では水や食糧はすぐに悪くなり、
病気が流行れば共倒れになる。
現代のブラック企業も真っ青な労働環境だ。
が、
「僕は3ヶ月間、ブラック企業で鍛えられたんだ!」
「歴史に残る偉業のためなら、これくらい…!」
僕にはブラック労働への、謎の耐性があったのだ。
(威張れるほどの期間でもないが)
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大西洋を航海中、多少の時化(しけ)はあったが、
順調に進んでいた。
(このまま行けば、2〜3日でアメリカ大陸へ着くはずだ)
唯一、現代の世界地図を知っている僕が、そう思い始めた頃。
『提督、いつになったらインドへ着くんですかい?』
『いくら西へ進んでも、島の影も見えねぇ!』
『このままじゃ海の端から落っこちるだけですぜ?!』
陸地が見えない航海が長引いたことで、
船乗りたちの不満が爆発してしまった。
彼らの不安は当然だ。
何しろ地図の空白へ突っ込んでいるんだから。
「だ、大丈夫ですよ!」
「地図では今この辺にいるので、あと数日で陸地が見えますから!」
『お前、やけに知ってる風だな。』
『まさか、この先を見たことがあるのか?』
「いえ、見たことは、ないです…。」
『なんだよ、だったら口出しすんな。』
(あ、危なかった…。)
(まさか”21世紀の世界地図を知ってる”なんて言えないしな…。)
その後、不満が募る船員たちを
クリス提督は懸命に説得した。
そして、”1週間以内に島の痕跡が見つからなければ引き返す”
という条件で、何とか納得させたようだ。
ーー
船内に不穏な空気が流れてから5日目。
見回り中だった僕は、
海面に緑の葉がついた木の枝が漂っているのを見つけた。
流れてきた方角には水平線。
だが、その上空には積雲が浮かんでいた。
「間違いない、あの下に陸地がある!」
僕は急いで航海士と提督へ報告した。
終戦ムードだった船員たちは大興奮。
これまでで1番の手際で、船を積雲の方角へ向けた。
やがて陸地の影が見え、僕らはついに島へ上陸した。
『インドへ着いたぞぉぉーー!!』
『オレたちは証明したんだ!地球が丸いことをなぁ!!』
『そうだ!オレたちは歴史を作ったんだ!見たか学者ども!』
乗組員たちの狂喜乱舞に、僕も混じっていた。
「僕は世界史で習っただけの出来事を…この手で成し遂げたんだ!」
身体中から、際限なく達成感が湧き上がってきた。
僕は魂の存在をあまり信じていないが、
このときばかりは魂が震える感覚に酔いしれた。
現地の人たちは見知らぬ航海者に優しかった。
争いを覚悟していた僕らは、意図せず歓迎された。
その後、帰りの航海に十分な物質と、
物々交換で得た財宝を船に積み込んだ。
僕の身体を駆け巡る達成感は、
王国へ帰還するまで尽きることはなかった。
ーーーーー
歓喜から数年後。
僕らはインドの”発見”に成功してから、幾度か航海を重ねた。
様々な困難があったが、僕は探検隊の副リーダーへ昇格していた。
この時代、船乗りとして手に入るものは手中におさめた。
地位も名誉も、お金も、達成感も。
まさに順風満帆な”勝ち組人生”を送っていた、ある夜。
「略奪計画?!どうしてそんなことを?!」
「彼らはずっと友好的に接してくれたじゃないですか!」
『君の気持ちもわかるが、そうはいかない。』
『我らは祖国の発展という使命を背負っている。』
『君だって理解しているはずだろう?』
「そうですが…他にやり方があるはずです!」
「そもそも数が違いすぎます!多勢に無勢ですよ!」
『問題ない。我らには神のご加護がある。』
『何の宗派でもない彼らに勝ち目はない。』
「提督…!!」
『案ずるな、勝利は約束されている。』
『我々が手を下すまでもなく、な。』
「それは…どういう意味ですか…?!」
僕はとある”インドの地”で、クリス提督と口論になった。
先住民の集落への侵攻と、略奪計画に反対したためだ。
こちらは90人。
先住民は非戦闘員を含め、少なく見積もって2万人。
勝ち目はほとんどない。
それに戦闘になったら、この手で人の命を奪うことになる。
–
(僕は確かに、歴史に残る偉業を成し遂げた。)
(十分、”人生の勝ち組”になれたはずだ。)
(なのに…こんなことをしていいのか?!)
(人の幸福を奪う”成功者”でいいのか?!)
探検隊の拠点で、僕は毎晩、悩んだ。
そんなある日、
偵察の1人が拠点へ駆け込んできた。
『報告します!ついに奴らの間で”流行り”始めました!』
クリス提督は待っていたとばかりに腰を上げた。
『機は熟した。今夜、一気に侵攻する!船員たちに伝えよ!』
僕の自問自答には答えが出ないまま、
この日を迎えてしまった。
(やるしか…ないのか…?!しかし…。)
1人、うなだれる僕の肩を、提督が叩いた。
『言っただろう、我々が手を下す必要はないと。』
ーー
先住民の集落の様子がおかしい。
あれだけいた守備兵たちが見当たらない。
内部からは雄叫びも聴こえず、活気も感じられない。
僕らは素通りで集落へ足を踏み入れた。
そこには、多くの住民や兵士が苦しそうに倒れていた。
「まさか…疫病…?!」
そう、天然痘だ。
少数のヨーロッパ人がアメリカ…もといインドを侵攻できたのは、
馬や最新兵器を持っていたからではない。
彼らが免疫を持たない病気を、ヨーロッパ人が持ち込んだからだ。
まるで「神が選んだ」かのように、彼ら”だけ”がかかる病気を。
提督が言った「手を下す必要はない」とは、
疫病が流行ることを意味していた。
–
「こんなの間違ってます!」
僕は、弱った彼らから奪い取る同士たちへ叫んだ。
「こんな理不尽な死が許されるんでしょうか?!」
「彼らはただ平和に暮らしていただけです!」
「対立したのは、僕らが土足で上がり込んだからです。」
「挙句、彼らだけが病気になって、わけもわからず命を落とすなんて…!」
「こんなこと、神は許すはずがありません!」
『桃羽(とわ)君は、きれいごとだけで何かを成し遂げられると思うかね?』
「思いません…。」
「確かに僕らの探検は母国に貢献してきました。」
「道半ばで力尽きた同士もたくさんいました…。」
「ですが、こんな犠牲は必要でしょうか?」
『何が言いたいのかね?』
冷静沈着な提督の顔がこわばる。
「何のために奪い取るんですか?!本当に母国のためですか?」
「己の欲望のために、他人を犠牲にしているだけじゃないですか?!」
「そんな人生を誇れますか?」
「どれだけの偉業を成し遂げようと、僕はそんな人生、誇れない!」
『…君は優秀な人材だが、残念だ。』
僕は拘束され、拠点へ連れ戻された。
部下の1人が言った。
『副リーダー、しばらく頭を冷やしてくださいよ。』
数日後、こんな報告が僕の耳に入った。
『侵攻作戦は成功、戦闘による被害なし』
ーーーーー
王国へ帰還する船は、今日も快調に進んでいた。
僕は副リーダーを解任され、船の牢屋へ入れられていた。
船倉には大量の物資や金銀が積まれていた。
(ああ…やってしまったんだな…。)
あの夜の、苦しそうな先住民たちの姿が、頭に浮かぶ。
理不尽に奪われた平穏、それに加担した自分…。
罪悪感と自責で、悶える日々。
徐々に、動く元気もなくなっていく。
身体がだるい。節々からの出血が止まらない。
全身が崩れるような感覚。
「…壊血病だ…。」
昔から船乗りが恐れる奇病だが、原因はビタミンCの不足。
レモンかライム、ザワークラウトがほしい…。
『ビタミン?何だそれ?ついに頭がおかしくなったか。』
『レモンなんて高級品、そうそう船に積めるかよ。』
『呪いだ、かかったら神に祈るしかない。』
(違う、治る、聞いてくれ…。)
ビタミンなんて発見されていない。
レモンが効くというのも迷信扱いの時代。
僕の声は、誰にも届かない。
全身の痛みも感じなくなり、意識が薄れてきた。
(苦労して、偉業を成し遂げても、最期はこうなるのか。)
(その偉業も、彼らの幸せを奪って…。)
(あぁ…人生って、虚しいな…。)
プツン
ーーーーー
『…坊っちゃん!大丈夫ですか?!坊っちゃん!』
僕は慌てる執事の声で目覚めた。
「僕は…生きてる…?」
「ここは…現代?」
『そうです!』
『こんなに汗だくで…いったいどんな目に遭われたんですか?!』
「いやあ…ははは。ちょっとした冒険を。」
僕は汗だくになった服を着替え、
大航海時代の人生を執事に話した。
『そうですか…あの時代の、侵略者に…。』
「僕は十分、”人生の勝ち組”になったはずでした。」
「だけど、勝ち組になった僕の手は、血に染まっていました…。」
執事は言葉少なく、僕を案じた。
「苦労して偉業を成し遂げても、結局はつらい最期を迎えるんです…。」
「もう、幸せや成功を追い求めるのに疲れました。」
『坊っちゃん…。』
『あと1回、やり直すチャンスがあります。使いますか?』
「…使います。できれば労働も争いもない、安楽な生活がしたいです。」
『かしこまりました。』
『それでは最後の人生の舞台を、お選びください。』
「わかりました。最後は…。」
ーーーーー
⇒PART4へ続く
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