2022年12月07日
【短編小説】『いのちの電話と、聞き上手』前編
トゥルルル、ガチャ
「はい、いのちの電話です。どうされましたか?」
『…もう、消えたいんです…。』
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私の名前は、瀬名 璃々羽(せな りりは)。
社会人3年目の26歳。
時刻は23時過ぎ、
真っ暗な会社の休憩室で1人、電話を掛けている。
通話先は、そう、「いのちの電話」。
私は大学時代に、うつ病になった。
数ヶ月、寝たきりになり、何もできなくなった。
両親には内緒のまま1年間、休学。
精神科へ通院し、何とか動けるようになり卒業、就職できた。
いま勤めている会社は幸いにもホワイト企業。
無理な残業もパワハラもない。
入社して3年目、私は職場に大きな不満なく、
それなりに充実した毎日を送っているつもりだった。
なのに、なぜこんなことになったのか。
2時間ほど前、私は会社のビルの屋上にいた。
『ここから飛び降りたら、楽になれるよね…。』
8階建てのビルだ。
実行すれば本懐を遂げられる可能性は高い。
身辺整理もあらかた終わり、遺書も書いている。
私がいなくなっても後腐れはない。
あるとすれば、オフィス街の真ん中で大騒ぎになるくらいだ。
それくらいは許してほしい。
『…私の、意気地なし…。』
履いていたヒールをきれいにそろえても、
私はフェンスに手をかけた先へ進めない。
何が私を現世に引き止めるのか。
私には飛び降りる勇気が出ない。
私はしばらく夜風に吹かれた後、
あれこれ言い訳を探しながら屋上を後にする。
--
『いけない、スマホの解約を忘れてた…。』
真っ暗な会社の休憩室に戻った私は、ふと思い出す。
もうすぐ逝くんだ。解約なんてどうでもいい。
なのに、なぜか妙に気になる。
人によって、この世でやり残したことが違うなら、
私はスマホの解約だ。
大切な人に一目会う
思い出の場所へ行く
のような、感動を誘うことでないあたり、何とも私らしい。
「消えたい」「楽になりたい」
私は休憩室のソファーへ寝転がり、
スマホの検索ワードにそう打ち込む。
すると、検索リストの1番上に「いのちの電話」が出てくる。
休憩室も廊下も静まり返っている。
社内に残っている人は、もういないだろう。
飛び降りる勇気が出なかった私。
何か別の方法を探さなきゃ…。縄?練炭はどうかな?
いのちの電話の人なら知ってるかな…?
私はちぐはぐな考えを整理できないまま、
表示された電話番号に掛けてみる。
--
トゥルルル、ガチャ
「はい、いのちの電話です。どうされましたか?」
電話に出てくれた相談員さんは60代の男性。
会社を定年退職した後、
ボランティアでこの仕事をして8年目だそうだ。
『…もう、消えたいんです…。』
「…よかったら話してくれませんか?」
その後、私は何を話したのか、よく覚えていない。
つらい
消えたい
楽になりたい
生きていくのに疲れた
そんなことを支離滅裂に口走った気がする。
「つらかったですね。私も過去にね…。」
私がよくわからない言葉を吐き出した後、
相談員さんは自分の身の上話を始めた。
過去に何度も、私と同じ気持ちになったこと。
そのたびに思いとどまったこと。
支えてくれた人がいたこと。
20分の通話時間のうち、私が話したのは最初の数分。
あとはほとんど相談員さんが話し、私は聞き役になって終わった。
私は話したかったのか…?話したかったはずだ。
なのに、なぜこんなことになるのか。
それは、私の育ち方が物語っている。
⇒後編へ続く
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