2022年12月08日
【短編小説】『いのちの電話と、聞き上手』後編
⇒前編からの続き
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『ただいま!お母さん、今日ね、学校でね!』
「璃々羽(りりは)、夕飯の支度、手伝いなさい。」
『…は、はい、お母さん…。』
『ねぇお母さん、今日、学校でね…。』
「いいから、早く準備してキッチンへ来て。」
『…お母さん…。』
『ねぇお父さん、私ね、この前の授業で先生に褒められて…。』
「璃々羽(りりは)、お父さんは忙しいから、話はまた今度な。」
『ご、ごめんなさい…お父さん…。』
『こ、今度聞いてくれる?』
「はいはい、仕事が片づいたらな。」
『…お父さん…。』
私の両親は、私に無関心だった。
学校であったことを聞いてもらいたくても、
ほとんど聞いてもらえなかった。
夫婦仲は悪くなかったと思いたいが、
2人の会話はほとんどなく、家はいつも静まり返っていた。
両親が私に話しかけるのは、
勉強や家事の手伝いなど、何かをさせたいときだけ。
一人っ子で、他に話し相手がいなかったこともあり、
私は「自分の話を聞いてもらうこと」に慣れていない。
私が話すと罪悪感を覚える。
相手の話を、してほしいことを聞かなきゃと、
つい聞き役に回ってしまう。
そうして私は、自分が話したいことを抑圧し、
殻に閉じこもる癖がついてしまった。
私が大学生のときにうつ病になったのは、
きっとその蓄積だった。
友達といても、私は聞き役に回った。
それ自体はイヤじゃないし楽しかった。
それに、女子の人間関係では
「仲間意識と均一への牽制」が生命線。
私は、聞き役というポジションのおかげか、
女子グループ内でのやっかみや排除の対象を免れてきた。
友達も、そんな私を無害な存在と見てくれた。
けど、私は私を出せなかった。
思い返せばそれは「我慢」で、私の心身をじわじわと蝕んでいた。
そんな状態なのに、私は大学の休学を両親に言わなかった。
それは、「両親は私が何を考えているかに興味がないんだ」と諦めていたから。
復学し、ホワイト寄りの企業へ就職できた後も、
私には気持ちの逃げ場がなかった。
「私の味方はどこにもいない」
1度かかると、回復しても再発を繰り返す。
それが、うつ病の恐ろしいところ。
そのたびに募っていく人生への虚しさ。
両親にさえ興味を持たれない自分の無価値感。
それが限界を超えたから、私は逝くと決めたんだ。
なのに、私はなぜ、いのちの電話に掛けたんだろう。
もう、逝く準備は整っていた。
1つだけ忘れていたスマホの解約。
それは私が唯一、この世とつながっていた回線。
理由は、私が屋上のフェンスを超えられなかったことと同じ。
私はまだ、私の人生を諦め切れなかったんだ。
話したかったんだ。吐き出したかったんだ。
不慣れでも、罪悪感を感じても、面倒だと思われても…。
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相談員さんに悪気はなかったと思う。
本当に私を救いたいと、力を尽くしてくれた。
ほとんどの時間、私が聞き役になったのは、
私がいつもの対人パターンを繰り返しただけ。
電話を切った後、むしろ私が申し訳ない気持ちになる。
なのに…。
私の心にモヤモヤが渦巻く。
話を聞いてもらいたかったと自覚した途端、
「どうして話を聞いてもらえなかったの?」と。
私が勝手に聞き役になっておいて、
勝手にモヤモヤするなんてひどい話だ…。
「話を聞いてもらいたい、だけど…。」
「また掛けても私が相談員さんの聞き役になる。」
「いやいや!私は何を求めているんだろう。」
「私、いい加減、変わらないと…。」
煮え切らない思いが堂々巡りする。
頭の中を支配していた「消えたい」をかき消すほどに。
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気づいたら、私は自宅のベッドへ寝転んでいた。
いつものようにシャワーを浴び、いつものように就寝準備を終えて。
『あれ?私、いつ退社したんだろう?』
真っ暗な会社の休憩室を出た記憶は、丸ごと削除されたみたいだ。
私はその後、代わり映えしない日常を過ごしている。
それなりに仕事して、それなりに遊ぶ。
その間、ずっと頭の中にあったのは、あのモヤモヤだ。
「いのちの電話に掛けたのに、話を聞いてもらえなかった…。」
勝手に聞き役になったくせに、理不尽な私。
勝手にモヤモヤする私。それでも、
結果的に私は、いのちの電話に命を救われていた。
そのことに私が気づくのは、さらに数ヶ月後。
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あれから2年。
私、瀬名 璃々羽(せな りりは)は今も生きている。
つい聞き役になってしまうのは相変わらず。
だけど、私はあれ以来、屋上のフェンスに手をかけていない。
話を聞いてもらうことには不慣れなまま。
治したいが、これも私の一面なんだろう。
「話を聞いてもらいたかったのに、一方的に話されて勝手にモヤモヤした」
いのちの電話に、こんな形で救われた私は変わり者だろうか。
涙ながらに感情を吐き出して
相談員さんに心を動かされて
そんなエピソードなら、感動秘話になったかもしれない。
それでも私は、モヤモヤした感情で立ち直れたところが、
何とも人間くさくて好きだ。
私がいのちの電話に掛けることは、もうないだろう。
それは、どうしようもない状況から脱したからじゃない。
もし掛けても、また勝手に聞き役になって、
モヤモヤして終わるから。
なんて自分本位な私…。
だけど今となっては、
あのときに命のすばらしさを説かれたり、
生へ引き止められたりされなかったことが嬉しい。
「もう逝く」
それが生物の本能に背くことだとしても、
私が苦しんで出した答え。
それを否定せず、尊重してくれた。
そして、私の自分本位な感情に火を灯してくれた。
そこに感動秘話なんていらない。
泥くさくても寄り添い、命を救う行為だと、ようやく気づいた。
だから私、これだけは言える。
『私は、いのちの電話に、命を救ってもらったことがあります。』
ーーー END ーーー
⇒過去作品
『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話
『雪の妖精 待ち焦がれ』全2話
【短編小説】『迎えを拒む天使たち』全2話
⇒この小説のPV
⇒一般社団法人日本いのちの電話連盟
⇒参考書籍
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