2023年03月10日
【短編小説】『あなたの後悔、死神が癒します』前編
<登場人物>
・八神 水逢(やがみ ゆあ)
主人公、職業は死神、担当地域は日本周辺
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『…あなたの葬儀…終わりましたね。』
「…ええ…。」
『ご自身の葬儀を、空から見守って、どんなお気持ちですか?』
「ははは、なんとも不思議ですね。」
「こんな経験は初めてですから。」
『あはは、そうですよね。』
『皆さんそうおっしゃいます。』
--
私の名前は八神 水逢(やがみ ゆあ)。
職業は死神。
仕事内容は、
私の担当地域で臨終した方を、死後の世界へ案内すること。
ご本人が希望すれば、
一緒に葬儀を見守ってからお連れする。
たった今、60代で病死した男性の葬儀が終わったところ。
「不思議ですが、死後どうなるのか知れてよかったです。」
「てっきり意識もなにも無くなると思ってました。」
『こればかりは死なないとわかりませんよね。』
『この後、私が死後の世界へご案内します。』
「八神さんは死神ですか?三途の川の渡し守?」
『私は死神ですが、地域や宗教によっていろんな役職名がありますよ。』
『あとは時代のトレンド次第です。』
「死後の世界があることも驚きだが、仕事もあるのはもっと驚きですな。」
『ありますよ。死後の世界も世知辛いでしょう?(笑)』
「ははは、まったくだ。」
–
お迎えに行く前に、
生前どんな人だったかを調べるのも、死神の仕事の1つ。
理由は死神のメンタルケアのため。
たいていはこの方のように、悟りを開いて丸くなっている。
なにしろ人生が終わったんだから。
けど、中には気性が荒い人もいる。
死神に怒鳴ってきたり、
「納得いかないから生き返らせろ」と詰め寄る人もいる。
生前の人柄を調べるのは、
そういう人を迎えに行って、出会い頭の事故に遭わないため。
死後の世界も、意外と楽じゃない(苦笑)。
–
『現世に、未練はありますか?』
「ないと言ったらウソになります。」
「ですが、まぁ、たいていのことはやり切ったと思ってますよ。」
私がこの質問をすると、ほとんどの人は次々に後悔を話す。
だけど、この人は後悔より先に、やり切ったことを口にした。
「家族を養い、子どもに十分な教育を受けさせることもできました。」
「生きがいの仕事も長年、続けられました。」
「できれば妻と金婚式を迎えたかったですが…。」
「まぁ、長年、不摂生しましたからね(苦笑)。」
『それでも、充実した人生を送れたようですね。』
「そうですね、十分、幸せだったと思ってます。」
「あ……!」
彼が何かを思い出したとたん、柔和な表情が曇る。
『なにかありましたか?』
「1つだけ…大きな心残りがありました。」
「聞いてくださいますか?」
『もちろんです。お聞かせください。』
「ありがとう。」
「私には3人の子どもがいるんですが、長男とうまくいかなかったんです。」
『長男さん…ですか?』
『そういえば葬儀中、一度も…泣きませんでしたね…。』
「…ええ…それだけが、大きな後悔です…。」
彼の長男との確執については、彼の経歴を調べて知っていた。
生前の彼は、長男に対して、お世辞にも優しいとは言えなかった。
だから、彼の口から
「大きな後悔」という言葉が出たのは意外だった。
--
「私は仕事人間でした。」
「休日出勤も当たり前で、寝る前も惜しんで働きました。」
『そうだったんですね…。』
『それはお勤め先がブラックだったからですか?』
『それともご家族のため、ですか?』
「もちろん家族の生活のためです。」
「休日はちゃんとありましたが、仕事をしていたかった。」
「ですが、そのせいで家族と過ごす時間をないがしろにしてしまった…。」
『長男さんと距離ができてしまったのは、いつごろですか?』
「そうですね…彼が幼稚園の年長になるころ、かなぁ。」
「長男は私に話しかけてくれなくなったんです。」
「私は腹を割って話したかったが、避けられてしまって。」
『そんなに早い時期から…。』
「ええ…以来、長男とはまったく会話がないままで。」
「私も意地を張って、こちらから折れる勇気がありませんでした。」
--
長男が小さいころ、彼はどちらかというと気性が荒かった。
だから私は今回、この人のお迎えに、けっこう身構えて臨んでいた。
「長男は進学を機に、18歳で家を出ました。」
「そのときの挨拶が、彼との最期の言葉になったんです…。」
『そうですか…こちらからご連絡は?』
「何度も連絡しましたが、着信拒否されてしまって。」
「妻や下の子たちから、様子を聞くしかなかったんです。」
『お声も、聞けなかったんですね…。』
「ええ…。」
「定年間際になって、ようやく私は丸くなりました。」
「家族で遠出したり、妻と2人で海外旅行へ行くようになりました。」
「ですが長男とだけは…あれ以来…。」
彼の瞳に、うっすらと涙が見えた。
「ようやく、長男に頭を下げる勇気が出てきたころには…。」
「病気がここまで進行していたというわけです。」
「ははは、後の祭りというやつですな。」
彼は涙を拭い、精一杯の空元気を、私に見せた。
私は、彼が長男への恨み節を
並べるだろうと思っていたことを反省した。
ともあれ、ここからが私たち死神の、腕の見せどころ。
私は彼の、人生で1番の後悔を癒してみせる。
ーー
⇒後編へ続く
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