2023年03月18日
【短編小説】『敗者復活の鎖』前編
「足ることを知らない」文化の中でも
果敢に挑戦することを教えたいなら、
問われるのは
「正しい子育てをしているか?」ではない。
むしろ、
「私は、子どもにこう育ってほしいと
思えるような大人だろうか?」である。
『本当の勇気は「弱さ」を認めること』 より
ーーーーー
私は小さいころから、”仕事のデキる女性”に憧れていた。
そのためにたくさん勉強して、大学へ行って、
仕事でキャリアを積み重ねる。そんな人生を歩みたかった。
なのに…。
「女に学歴なんぞ必要ない!」
「女は早く結婚して、家を守るものだ!」
私の両親は、時代錯誤な考えを私に押し付けた。
ちょうど「男は仕事、女は家庭」という価値観が
崩れ始めた時代。
まだまだそういう家庭も多かったけど、
1馬力では立ち行かなくなった時代。
自分が置き去りにされるのが怖くて、
古くさい価値観にすがりつく者は、
いつの時代にもいるものだ。
だから私は幼いながら、
変化を恐れているだろう両親に言い返した。
私の人生を勝手に決められたくなかった。
けど、そのたびに父親に手を上げられた。
母親は、自分へ被害が及ぶのを恐れ、助けてくれなかった。
結局、私は大学へ進学させてもらえなかった…。
–
それだけならまだしも、
両親は私の恋愛事情にも口を出した。
「あんなろくでもない男はダメだ。」
「年収いくらなの?大手企業?ダメよ、低すぎるわ。別れなさい。」
両親は私が付き合う男性を採点し、難癖を付けた。
私は1度、本気で結婚したいと思えた彼氏を両親へ紹介した。
彼は、私が結婚後も
第一線で働きたいことを理解してくれる人だった。
けど、両親は彼にダメ出しばかりした挙句、
「価値観が合わないから」と、ムリヤリ破談にしてしまった。
私は…心が折れた。
両親は、そんな私にはお構いなしに、
勝手に決めたお見合い相手と私を結婚させた…。
ーーーーー
娘が成長して、生活が落ち着いた。
私はそろそろ仕事に復帰したかった。
今からでも、仕事と家庭を両立させる
キャリアウーマンを目指したかった。
それをどこで知ったのか、またも両親に阻まれた。
許されるのはパート勤務まで。
それ以外は家事と育児に貼り付けられた。
私と両親が揉めていても、夫は我関せずだった。
朝早く出勤し、夜遅くに帰宅。休日は惰眠か接待。
もともと好き合って結婚したわけでもない上、
娘が生まれてからはろくに会話もなくなった。
–
望んでもいない人生。
好きでもない相手と結婚。
両親が支配する鳥カゴ…。
…私の人生は、不幸だ。
私はどうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
どうして望む人生を歩んではいけないの?
どうして…どうしてよ…?!!
…許せない…!!
学歴のある女性が。
勉強して、バリバリ仕事して、社会で成功している女性が。
好きな相手と結ばれ、
幸せな結婚生活を送っている女性が。
…許せない...!許せない…!!許せない!!!
私は、手に入らなかったのに…。
どうして!!どいつもこいつも私の邪魔をするのよ?!
…私の心は、憎しみと嫉妬で、真っ黒に染まった。
–
だから娘には、私と同じ悲しみを味わってほしくない。
「勉強したいのに、できない」
「結婚したい相手と、結婚できない」
そんな思いは、絶対にさせない!
だから娘には、たくさん勉強して、
進路の選択肢を増やしてほしい。
社会的に認められた、立派な相手と結ばれて、
不自由ない生活をしてほしい。
私は母親として、純粋に娘の幸せを願っていた。
けど、私はまったく気づいていなかった。
私の娘への思いは、
”親の愛情”を装った「復讐の炎」だったことに。
ーーーーー
私は、娘が小さいころから、こう言い聞かせた。
「勉強して、学歴をつけて、いい仕事に就きなさい」
「そうすれば、望み通りの人生を送れるから」
娘はおとなしくて、”イイコ”だった。
引っ込み思案で、表情が乏しいのが気になったが、
『わかった、ママ。わたし勉強する。』
そう言って、素直に私の言うことを聞いた。
家庭教師を付け、
勉強の妨げになることはできるだけ排除した。
その甲斐あって、娘は私立の幼稚園、
私立の名門小学校、中学校と、順調に合格。
成績はいつも学年トップ。
先生からも将来を期待され、名門高校に主席で合格した。
ところが…。
--
高校に入ってまもなく、娘が突然、荒れた。
おとなしくて引っ込み思案、
私の言うことを素直に聞く”イイコ”だった娘が。
口調は荒々しくなり、
私の言うことを聞かないどころか、すべてに反発した。
服装も派手になり、毎日、夜遅くに帰宅。
どこへ行っていたのか問い詰めると、
『うるせぇな!どこで何をしようと、あたしの勝手だろ!』
私は娘と毎晩のように、怒鳴り合いの大ゲンカをした。
騒ぎを聞きつけたご近所の通報で、何度か警察がやってきた。
–
しばらくすると、
担任の先生から頻繁に電話が来るようになった。
「娘さんはまだご自宅にいらっしゃいますか?」
どうやら、学校にもほとんど行かなくなったらしい…。
(このままでは、授業について行けなくなるじゃない…!)
(2年後には大学受験よ!それどころか、留年…?!)
危機感を募らせる私を察してか、
娘は家にもほとんど帰ってこなくなった。
たまに顔を合わせても、娘は騒ぐ私を無視して立ち去った。
私の子育ては完璧だったはず…。
娘のためを思って、勉強できる環境を整えた。
娘のためを思って、危ないことはさせなかった。
あんなに”イイコ”で、セケンサマへの自慢の娘だったのに…。
彼女はどこで何を間違えたというの…?!
親として、娘を正しい人生に引き戻さなければ。
親として、娘の間違った考えを正してあげなければ!
セケンサマへ…顔向けできないわ…!
私は娘にしつこく連絡した。
娘がいかに間違えているかを、何通もの長文メールで伝え続けた。
やがて、既読が付かなくなり、届かなくなった。
電話も、いつの間にか着信拒否されていた。
…娘は、主席で入った名門高校を、中退した…。
ーーーーー
娘が18歳になった日、私は突然、こう告げられた。
『あたし、この家を出ていくから。』
私は、大きなバッグを抱え、
出て行こうとする娘を玄関で捕まえた。
そんなのダメよ。
住むところは?生活費はどうするの?
いえ、何より勉強はどうするのよ?
せめて通信制高校に入るか大検を…。
私はいつものように、娘のためを思ってまくし立てた。
すると、娘は大きなため息をついた。
『…ハァ…。』
そして、冷めた口調で言った。
『お母さんさぁ。いつもあたしに”勉強しなさい”って言うじゃん?』
『けどあたし、お母さんが勉強してるとこ、見たことないんだわ。』
私の心に、図星の刃が突き刺さった。
『自分はやってないくせに、あたしに”やれ”って言っても説得力ないよ?』
『おじいちゃんやお父さんの愚痴ばっかり言ってないで、少しは背中で示したら?』
それから何があったか、よく覚えていない。
確か、私は頭に血が上って…。
勝手にしなさい
もうこの家の敷居をまたがせないから
だった、かな…。
気づいたら私は1人、玄関で、へたり込んでいた。
私が投げつけたであろう靴が、何足も散乱していた…。
–
それから、私は八方手を尽くして、娘の行方を追った。
どうやら、バイト先で知り合った男と住んでいるらしい。
知人のツテで連絡を試みても、返ってくるのは、
「母親とは話したくないそうです。」
…何なのよあの子は…!もう!
しかも、どこの馬の骨かもわからない男と?!
身長は?学歴は?!収入は?!
私のメガネに適う男じゃなかったら承知しないんだから…!
私は、娘のバイト先へ乗り込んだ。
娘を出しなさい。親としての話があります。
娘は不在だったが、娘の交際相手だという男は居た。
私は相手の学歴や年収を、根掘り葉掘り聞いた。
あなたは娘にふさわしくありません
早く別れてください
私は、娘を守るための突撃を終えて帰宅した。
ほどなくして、娘の居場所も、勤め先も変わった。
どこかわからない、簡単に行けないような、遠くへ…。
ーーーーー
数年が経った。
娘の所在はわからないまま。
私は、家庭内離婚のような夫と、灰色の生活を送っていた。
…私の人生って、何だったんだろう…?
キャリアウーマンの夢を断たれ、
幸せな結婚生活どころか、熟年離婚は秒読み。
挙句、娘にも嫌われて…。
私はずっと、正しい人生を歩んできたはずなのに…。
どうして何もかも上手くいかないの…?!
許せない…!何もかも、許せない…!!
せめて、私に背いて出て行った娘を、
今からでも正しい道へ引き戻したい。
私には、娘がすべてよ…!
–
ある日、燻っていた私の元へ朗報が届いた。
娘が結婚したい相手を紹介するから、実家へ来るという。
あぁ神様!
私にはまだチャンスが残されていたんですね!
今度はどんな男なの?
あのときみたいなダメ男だったら、
ウチの敷居をまたがせないんだから。
今度という今度は娘を説得して、
”シアワセなジンセイ”へのレールを引いてあげなくちゃ!
⇒後編へ続く
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