2019年11月15日
鼠径ヘルニア(脱腸)とはいったいどんな病気?症状から手術内容まで徹底解説
鼠径ヘルニア(そけいヘルニア)は、脱腸とも呼ばれる病気で、大人子ども関係なく発症する恐れがあります。
腸が飛び出す、といった症状はあまり想像がしにくいですが、どのような疾患で、治療はどういう流れで行われるのでしょうか。
今回は鼠径ヘルニアのスペシャリストとして日々治療に専念されている、東京外科クリニック院長の大橋直樹先生にお話を聞いてみました。
鼠径ヘルニアとは
一言で言うと「太腿の付け根が腫れる」病気です。太腿の付け根は医学的には鼠径と呼ばれています。ヘルニアというのは何らかの組織が正常な位置からとび出ている現象を示す用語です。
鼠径ヘルニアでは多くの場合、飛び出ているものが腸であるため、脱腸という呼び名が皆さんにとっては馴染みがあると思います。
実際、治療は消化器を扱う外科医が行います。なお、椎間板ヘルニアは背骨(脊椎)の骨と骨の間の軟骨(椎間板)がとび出るという意味ではヘルニアですが、整形外科医が取り扱う病気です。
鼠径ヘルニアの種類
外鼠径ヘルニア
身体の表面の診察だけで3種類の鼠径部ヘルニア(外、内、大腿)を断定することはできません。外鼠径ヘルニアは文字通り鼠径部の外側に発生します。
鼠径部のヘルニアの中では一番多いと言われており、間接型鼠径ヘルニアという別名があります。
内鼠径ヘルニア
中高年の男性に多く認められ、外鼠径ヘルニアと比べると内側に発生するためこう呼ばれます。別名直接型鼠径ヘルニアと呼ばれることもあります。
大腿ヘルニア
高齢の女性に多くみられます。内外鼠径ヘルニアと比べると、下側に発生するヘルニアです。医学的には大腿裂孔という孔が大きく広がることで発生するヘルニアであるため、このように呼ばれています。
鼠径ヘルニアの原因
子ども
生まれてくる少し前に精巣はお腹の中から外の陰嚢におりてきます。その過程で必要な通り道が孔として存在します。
この孔は精巣が陰嚢内におりきると役目を終え閉じることになっていますが、閉じ損なってしまうお子さんが一定数いますので、孔に腸など腹部内臓が入ることでヘルニアになってしまうのです。
また、女の子では精巣をおろす発生過程は存在しえませんが、人としての生物学的構造は男女共通なため、女性にも生じえるのです。
なお、子どものヘルニアはほぼ全例が外鼠径ヘルニアです。
大人
小児の鼠径ヘルニアが気づかれないまま放置され成人となって進行する場合と、鼠径部の筋膜が弱くなってヘルニアが発生する場合があります。
そもそも鼠径部には腹壁を構成する筋肉がなく薄い筋膜しか存在しないしないため、さまざまな原因で弱くなりやすいのです。
私が年間400例ほど検査する中での傾向として、成人においては外鼠径ヘルニアが全体の約70%であるものの、内鼠径ヘルニアも約20%は存在します。
中高年でその頻度が増えてくるため、鼠径部は哺乳動物、人が抱える生物学的弱点であることの証左と考えられます。
鼠径ヘルニアの症状
子ども
鼠径部の腫れが出来、この膨らみは多くの場合柔らかく、押し込んだり仰向けになることで、お腹の中に戻るような感触があります。
痛みを伴っていたり、お腹の中に戻せない状況は緊急の治療が必要となる場合があります。
大人
子どもと共通ですが、外鼠径ヘルニアでは陰嚢まで膨れてくることがあり、特に進行した人では赤ちゃんの頭と同じ大きさになることもあります。
鼠径ヘルニアの治療
臓器が入りこんでヘルニアが発生するわけですから、その原因となる孔を塞ぐのが治療の基本です。メッシュを使う方法と使わない方法、腹腔鏡を使う方法と鼠径部を直接切開する方法に大別されます。
手術の種類
■ メッシュ
メッシュはポリエステルあるいはポリプロピレンといった人工の繊維布です。鼠径部の広範囲に敷設することが可能で、手術が正しく行われれば、内外・大腿全てのヘルニア好発部位を一度の手術で覆い、再発が起きにくい手術が可能です。
近年ではこのメッシュを使用する方法が成人では普及していますが、小児では成長に伴いサイズが合わなくなるため一般的には用いることはありません。
■ 腹腔鏡
腹腔鏡の手術はキズが小さく痛みが少ないというのは大きなメリットでありますが、特別な技量が医師に求められるため、受診する施設はよく検討したほうがよいと思われます。
日帰り手術の流れ
診療の流れが十分に合理化された施設であれば、初回の診察で手術前の検査(採血など)が全て行われます。
その後は手術当日と手術後に1回受診します。キズの確認のため手術後1週間前後をお勧めする施設が多いようです。
手術当日は開始時刻にあわせて朝食ないしは昼食をとらずに来院いただき、片側約1時間弱の手術、術後は1時間くらいの滞在で済む施設もあります。
術後の流れ
手術後の診察は多くの場合1度でかまいません。元々ヘルニアが大きかった患者さんは水が溜まることなどにより通院期間が長くなる傾向があります。
術後の指導も医師によってまちまちですが、激しい運動や重荷の運搬などは控えたほうがよいと考えられます。
費用
鼠径ヘルニアは健康保険の適応となる病気です。
我が国では基本的に全国民が健康保険に加入しており、そのもとで、診療費用も全国一律であるため、安心して治療が受けられます。
治療内容や収入、年齢によって治療費は異なりますが、平均的な年収の70歳未満サラリーマンの手術費用としては腹腔鏡80,000円、切開法60,000円程度です。
ただし、所得の多い方や健康保険に付帯する高額療養費制度を利用しなかったり、入院で手術を受けたりするかたは負担額が多くなることもあるので、手術を受ける前に確認されたほうがよいでしょう。
治療期間
手術後の診察は多くの場合1度でかまいません。術後の痛みは腹腔鏡のほうが少なく期間が短い傾向にあります。
痛みの個人差は大きいのですが、腹腔鏡の場合は術後1時間で歩行が可能な程度、痛みは徐々に少なくなり2〜3日後にはほぼ消失というのが一般的です。
鼠径ヘルニアで懸念される合併症と再発
合併症
ほとんどの患者さんが完治しますが、合併症をあげるとすれば、メッシュの感染、慢性疼痛などがあります。
頻度が少ないながらも、症状が悪化すれば厄介な状態で、高度な専門的治療が必要ですので、患者さん側でも最初に手術を受ける段階で医師をよく選ぶのが大切でしょう。
再発
鼠径部ヘルニア診療ガイドラインの内容を読み解くと、メッシュが正しく用いられた場合、およそ再発率は1%程度と考えられます。
しかし、元あったヘルニアが大きかった、放置期間が長かった、高度の肥満では、再発率が高くなる印象です。
不可抗力的に起こる再発もありますが、専門家は再発率を下げる工夫を日々行っています。また、再発に対する治療は高度な技術が必要です。
鼠径ヘルニアになりやすいタイプ
■ 慢性的な咳
■ 加齢
■ 便秘
■ 前立腺の手術後
■ 喫煙
しかし、強力な医学的根拠があるわけではありません。
鼠径ヘルニアの予防対策
禁煙とほどよい運動が予防に寄与する可能性が示唆されていますが、これも明確な根拠はありません。
症状が疑われれば早めに診察を受けるようにしましょう。
鼠径ヘルニアの治療は正しく行われれば治療効果の高いものですが、メッシュも術式も多種多様で、それぞれにメリットとデメリットがあります。
最初が一番肝心だと思いますので、よく考えて医療機関を選択していただければと思います。