2020年05月18日
少女地獄 2
臼杵が白鷹の奥さんが卒倒し見舞いに行くことを阻止したいのか、「三人もアデノイドの患者が来ている。自分で診察したら指を怪我した」と包帯をちらつかせると演出するだけではなく、白鷹の奥さんの見舞いに行くため自ら休みを貰い、一時期病院から離れることになる。
しかし臼杵は見舞いを中断することなく、庚戌会に赴くことになるのだが、実際その交流会は彼が想像していたものとは異なるものであった。臼杵としては医者や茶会などの堅苦しいイメージを想定していたのだが、蓋を開けば丸の内で催されていたのは、飲み会のような乱痴気騒ぎのパーティーである。
その証拠に参加者の何名かが酔った状態で現れ、白鷹の幹事のパーティーに感心したような発言をしている。
この時、白鷹はパーティーの場に相応しくない堅苦しい恰好をしていたのだが、見ず知らずの参列者に酔いもあったことだろうが、「手品をやれ」だの囃し立てられている。
参加者が出て来る前、受付けの人間に白鷹を呼ぶよう言い渡していたのだが、ここでようやくやっと本物の白鷹が現れる。
臼杵はそこでようやく安心して(顔は大学の写真集で知っていた)、白鷹に親しみを込めた挨拶をするのだが、臼杵を知らない彼からすれば、無表情になり無言にならざる得なかった。そりゃ見ず知らずの人間が馴れ馴れしく、友人知人のように接してくればそうなるのは当然であり、白鷹に非はない。
臼杵は一瞬でこの違和感を覚え困惑した態度で、数秒間、互いを凝視する結果になる。
恐縮した臼杵は「ようやく逢うことができて」とはじめの挨拶より幾分硬くなった言葉を述べた後、「奥さんが倒れたそうですね」と言ったところで、白鷹は驚き……というよりも困惑した感情を隠せなかった。
そして「あなたとは初対面。妻は倒れていない」と述べたところで、二人のやり取りを見守っていた周囲の人間は爆笑し、完全に臼杵は恥をかかされた形となる。
二度ほど周囲の爆笑を引き起こした臼杵であるが、「姫草ユリ子の奴」と述べたところで、今度は逆に白鷹が狼狽することになる。ぎょっとした様子で臼杵に「姫草ユリ子が何かやらかしたのか」と尋ねるも、混乱しているのか彼は白鷹に対して「ユリ子を知っているのか」という、噛み合っていない会話を行うことになる。
丁度その時、もはや偶然とは思えないタイミングで給仕から、「臼杵先生に急患の電話がある」と述べられるのだが、その内容は二人を引き合わせることがないようユリ子が最後のあがきとして画策したものであった。
臼杵は正体不明の恐怖と狼狽に襲われる中、気分を落ち着かせながら何とか帰宅。帰路中、頭が冷静になったのか、「白鷹は冗談が好きな性格だから、わざとこうしたのではないだろうか」と一種の懸念というよりも希望を抱く中、真夜中ユリ子と出会うことになる。
ユリ子は臼杵をその場で何時間も待ち続けていたのか、「奥さんの見舞いに行く」と休みを貰い私服に着替えたそのままの姿で待機していたらしく、どこか焦燥した様子を見せている。
そしてユリ子が臼杵に白鷹に会ったのか確認した後、「白鷹は本来あのような人物ではない」と述べ、涙ながらに「白鷹は自分を浮気相手として定めていた」、「白鷹の奥さんに実情を訴え匿ってもらうも、嫉妬心を覚えた同僚の看護師が根も葉もない噂、白鷹の恋人であるだの吹聴した」というのであった。
この時、ユリ子をどうにかしてなだめすかせ、家に帰宅することになる。
家内では不安そうな顔をした姉と妻が掴み掛からんばかりの異様な権幕を以てして、
「白鷹と会ったのか」
「ユリ子と会ったのか」
と、たずねるのである。
双方の質問に臼杵は肯定の返事を出すと、顔を見合わせて恐怖の色合いを出すのである。ユリ子の事情を聞き、ようやく一安心したところで奇妙な様子を見せる女性二人の様子にさしもの鈍感で呑気な臼杵も不安を抱かずにはいられなかったのだが、「何があったのか」尋ねてみると、以下の事実が発覚したのである。
妻と姉いわく、病気で伏していたはずの白鷹夫人から電話があったのだが、それは白鷹が臼杵の身を心配するあまり急いで家に帰り、電話をするように言ったらしく、そこで知らされる内容は多少真実が入り混じった大きな嘘であった。
白鷹の元にいたユリ子は、他の看護師を押しのけてまで患者に対して感謝の念を抱かせるようにするなど、好意を持たれるよう積極的な行動を行っていた。
その上、患者からもらった貴重品を見せびらかすだけでなく、有名人との子を成したと吹聴する他、長期間休んだ後、またしても他の有名人と関係を持ったなど、まことしやかに匂わせるといったものである。
ユリ子の虚言癖はあまりにも場を乱すので白鷹の病院からクビにされており、臼杵が家に戻る前に述べていた、「看護師が悪意丸出しで噂をしてその場にいられなくなったのは真っ赤な嘘」である。白鷹の奥さんはユリ子の悪癖に対して、一種の同情心を以て矯正するため自宅に引き取りあらゆる努力をしたものの、ユリ子は退屈さのあまりその場から逃げ出したのが真相であった。
ユリ子が病院内で握りしめていた手紙は、交流会の知らせなどではなく、彼女が白鷹の元へと戻るために催促された手紙である。手紙の宛先が分かったのはユリ子が警察沙汰にならないように、「嘘は治った」との嘘の手紙を送り、あえて潜伏先を明らかにしたものだと思われる。
手紙での嘘はそれだけではなく、臼杵の病院で世話になった人物から相当分厚い手紙を貰受けているのだが、これも恐らく自演と思われる。
ユリ子の性分を一から百まで知っている白鷹側としては、「嘘をつかない」と主張した彼女を決して信用することはなかった。しかし、既に病院内で信頼を得ているであろう臼杵側に対して、狼狽した様子を見せるなどおかしい。異様な不安感を抱きつつも、神経質な性質を持つ白鷹はユリ子の第二の被害を恐れて接触することはなく、そのままズルズルと問題を先延ばしにしたのであった。
臼杵の奥さんは形容しがたい戦慄を覚える中、確認のため「カステラや歌舞伎」などの審議を確かめるも、案の定すべてが嘘であり、そのようなことはした覚えはないとのことである。
真相を全て知った臼杵は二人に何も言わず外出し、同窓の知り合いの元へ訪れると「アカ(共産・社会主義者)ではないか」とのアドバイスを受け、警察へ連絡するように述べるのであったが、この警察である田宮は、実は臼杵家の隣近所である。
臼杵は「ユリ子がアカで間接的に隣家である臼杵に接近して、本命である警察の田宮の情報を握ろうとしていたのではないか」との推察を受け、田宮の家へ訪れる。臼杵が相談するところ、アカである可能性が高いため一度警察の方で取り調べをする方針となった。
その際、病院で警察沙汰にならず確実にユリ子を捕縛するため、臼杵は旅行で入手したアレクサンドルを宝石店へ指輪にさせるように臼杵自ら提案し、その計画が実行される運びとなった。
その夜、皆が眠れない夜を過ごす中、臼杵はユリ子に宝石の原石を渡し、約束の時間になり宝石店へと赴く彼女を見送った後、その翌日、田宮が訪れユリ子は「アカ」ではないことが判明する。
そこで更にユリ子の嘘が判明するのだが、「兄は道楽し、実家は貧しく」は一度述べたことだから省略するとして、本名は「姫草ユリ子」ではなく「堀ユミ子」だということが判明する。おまけに友人の妹の戸籍を偽造して年をごまかし、白鷹の病院に入っていたことが明らかになるが、ユリ子の嘘はそれだけにとどまるものではなかった。
自宅に戻った臼杵はひたすら謝罪を繰り返すユリ子を家に招き入れて話を聞くのだが、事情聴取の際、自身がどれだけ酷い目にあったのかを語るのであった。アカかどうかハッキリさせるため、少々圧迫したものであったことは確かであっただろうが、臼杵はユリ子の臨場感たっぷりの話を聞き終わったあと、日課としてつけている日記を読みなおし、ユリ子の嘘にはある法則性があることに気が付いた。
実はユリ子の虚言癖は生理周期に関連したものであり、精神面に情緒不安定になった際、自己を安定させるために作られた虚構であったのだ。裏付けを取るために、病院内で雇っていた看護師に話を聞くと、「生理周期は正確で月初め」であることが判明。
そのことを田宮に伝えると「臼杵がホテルに診察のとき、ユリ子を連れて行ったのか」と問われている。返答は無論、「否」であるが、ユリ子は臼杵不在を利用して電話があったと装い、大急ぎで化粧をし助手として向かわせていたなどの騒動が発覚。
その上、「まぼろしの谷」なるホテルに臼杵と行ったと思しき供述までしてほか、後に発覚したことであるが、とある看護師はユリ子に汚れ物の洗濯を押し付けられた女性から、虚構にまみれた更なる彼女の正体が明かされていくのであった。
実は臼杵の病院でモルヒネと注射器がひとつなくなっていたのだが、それはユリ子が盗み出しており、それを発見した看護師に脅しを掛けているほか、「つまらない、死にたい」と呟いていた。
向かいの蕎麦屋に向かわせ呼び出し、白鷹を演じさせ電話をさせている他、白鷹からの手紙の内容も他の人に代筆させていたぐらいである。
夢から覚めた心地で家に戻った臼杵は、ユリ子の身元引受人となっている女性の元へ訪れるのだが、「兄貴なんかいない。東京で話題になっていた誘拐を訴える謎の女の正体の新聞記事だけを切り取り大事にしていた」など、得体の知れないユリ子の前科が発覚していくのであった。
【まとめ】
物語のラストでは、身元引受人になった女性がユリ子を臼杵病院から連れ出し、その後、曼陀羅が現れるまで音沙汰のない平穏な生活が訪れるのだが、遺書曰く『何でもないことで死んだ』ユリ子は本当に自殺したのか、といった点が疑問。
モルヒネで死亡したユリ子だが、推察するまでもなく薬品の入手経路は臼杵病院でほぼ間違いない。しかし一から百まで嘘八百な彼女は、最初の方こそは曼陀羅の方でいつも通りの活躍をしていたに違いない。
だがしかし、臼杵病院で働く前、「謎の女」の一件で思わず真相を漏らし皆が薄気味悪がったという事実と、間接的な関係とはいえ、白鷹の後輩である臼杵の元へ逃げるなど、彼女の逃亡先には薄いながらも接点のある場所を選んでいる他、曼陀羅の病院で白鷹か臼杵の両方、もしくは片方の情報を漏らし、嘘を重ねるにつれて、遺書を届けなくてはいけない事態陥ったのではないだろうか。ちなみに冒頭で曼陀羅は「同業者のよしみ」と述べていたことから、先輩か後輩のいずれかもしれない。
最悪の可能性として、曼陀羅先生は遺体を火葬にしたのは事実であったにしても検視による識別を行っておらず、本当に彼女の死体なのかわからない。
殺人はといった犯罪に興味がなく理想の世界で生きること生き甲斐のユリ子は、殺人を犯し難いと考えられるが、何かの偶然か彼女の顔立ちにソックリな人間が自殺か病死し、モルヒネの中身を捨て、二十歳中ごろなのに二十歳未満と思わせていた化粧などの化けのテクニックがあれば、ソックリさんの死に便乗する形で、『悲劇のヒロイン』を装った可能性も十二分にありえるのだ。
忘れがちであるが、ユリ子は冒頭で鼻の整形を受けていたので、彼女は顔が変わっている。
殊に、ユリ子を一切疑わず騙され続けられたチョロイ臼杵の手紙なので、個人的にユリ子の死に信憑性が感じられない。白鷹・臼杵といった名前は一般的な物なのに、最後の曼陀羅の名前だけが引っかかる点も拍車をかけている。
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