2021年11月15日
こゝろ(夏目漱石) 3
「先生」だけではなく、奥さんとも懇意になっていく「私」であるが、ある日「先生」が諸事情で家を空けなくてはいけなくなった。
物騒な話で近所では空き巣が出るとの話で、妻一人では何かあったらいけないものだと判断して「私」に留守番を依頼するのであるが、奥さんにやり込められながら話題は問題の先生の話となる。
「私」から見た所、「先生」と奥さんの仲は非常に良好なものでありながらも、一線を引いているというか、奥底でどこか奇妙な距離感のある微妙な関係であった。その愛が本物のものでありながらも、「先生」は愛しているのに違いない奥さんを肝心なところで遠ざけているような感じがあるのである。
何やら秘密を抱え込んだ「先生」であるが、以前は世間や人間を嫌っているような人物などではなかったころが明かされる。
「奥さん、私がこの前なぜ先生が世間的にもっと活動なさらないのだろうといって、あなたに聞いた時に、あなたはおっしゃった事がありますね。元はああじゃなかったんだって」
「ええいいました。実際はあんなじゃなかったんですもの」
「どんなだったんですか」
「あなたの希望なさるような、また私の希望するような頼もしい人だったんです」
「ええいいました。実際はあんなじゃなかったんですもの」
「どんなだったんですか」
「あなたの希望なさるような、また私の希望するような頼もしい人だったんです」
次に奥さんは「自分に何か問題があるなら言ってくれ」と何度も先生に話していたことが明らかになるのだが、「奥さんは悪くない。自分が悪い」と返答するのみで、進展はなかったらしい。
若い頃から段々と消極的になり腐っていった先生であるが、奥さんにはひとつだけ心当たりらしきものがあり、「私」に向けてまるで内緒話をするかのように打ち明けるのだが、どうやらその内容を要約すると、先生の友人がいきなり変死(自死)したのだという。
どうやら雑司ヶ谷にある墓はその友人のものであるらしく、そうして最初の一度だけ奥さんとその変死した友人の墓参りに訪れたことがあるのだが、それから先、二回目からはたった一人で先生は毎月の墓参りを行っているのであった。
その日は、泥棒がくることもなく無事過ごしているのだが、それから大分季節を過ぎた冬の季節に「私」が先生の元へ訪れると、風邪を引いていた。
「私」は病状の良くない父の見舞いに行くのだが金の都合をしてもらうべく頼み込むのであるが、先生は丁度その時、風邪をひいていて、
「大病は好いが、ちょっとした風邪などはかえって厭なものですね」といった先生は、苦笑しながら、私の顔を見た。
先生は病気という病気をしたことのない人であった。先生の言葉を聞いた私は笑いたくなった。
「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気は真平です。先生だって同じ事でしょう。試みにやってご覧になるとよく解ります」
「そうかね。私は病気になるぐらいなら、死病に罹りたいと思ってる」
先生は病気という病気をしたことのない人であった。先生の言葉を聞いた私は笑いたくなった。
「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気は真平です。先生だって同じ事でしょう。試みにやってご覧になるとよく解ります」
「そうかね。私は病気になるぐらいなら、死病に罹りたいと思ってる」
との会話が為されてた。
その後、先生は無事に風邪を完治させるのであるが、奥さんに死後、「俺が死んだら蔵書などをやる」などの発言、そうして「私」に対して、残債分与の話はキッチリした方が良いと助言を行ったりするのであった。
助言の理由として、
「みんな善い人ですか」
「別に悪い人間というほどのものもいないようです。大体田舎者ですから」
「田舎者はなぜ悪くないんですか」
私はこの追窮に苦しんだ。しかし先生は私に返事を考えさせる余裕さえ与えなかった。
「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものなのです。それから、君は今、君の親戚なぞの中に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているのですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」
「別に悪い人間というほどのものもいないようです。大体田舎者ですから」
「田舎者はなぜ悪くないんですか」
私はこの追窮に苦しんだ。しかし先生は私に返事を考えさせる余裕さえ与えなかった。
「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものなのです。それから、君は今、君の親戚なぞの中に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているのですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」
と、どこか興奮した口調で語っている。
いきなり語気を強める先生の様子に、「私」は困惑しながらも、部外者の乱入で話は打ち切られる。
半ば冷やかしにあった形だが、「私」が先生のいう善人がいざという時、悪人に変わる瞬間はどういうことなのかと再度問うと、伯父に欺かれて故郷を追われ、その責を一生背負いこむ立場(被害者)にいながらも、復讐をしないでいるのは、金をだまし取るよりも、あくどいことを先生がかつて行っていたからである。
しかも先生はかなり執着心の強い男だと述べているが、「私」からは想像できず、もっと弱い人間だと思われていた。
その後、「私」は再び故郷に帰ることになり年号が変わって、父の病態がかなり悪化する。
この帰省中、先生から二度ほどの手紙を受け取っているが、(恐らく)最後まで顔を会わせることはなかっただろうと思われる。
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