2021年07月20日
桜の森の満開の下 2
山賊の男、びっこの女中、女と共に都へ移り住むことになるのだが、女はごちそうや身なり以外にも新しい要求を男へ行う。
その要求は「人の首をとってこい」との物騒なものであるが、男が物語終盤で「首は刈らない」と発言したとき、「お前も臆病風に吹かれた」と女が言っていることから山賊の男と女が出会う前から、彼女は首を欲し、遊んでいたものだと思われる。
男は女の命令通り、白拍子やうら若い貴公子や坊主などの首を蒐集していき、丁寧に部屋に飾り、人形劇のように遊んでいた。
女は若く綺麗な少女の首を手に入れた際には可愛がり、綺麗に身なりを整え大事にしたかと思うと、気まぐれさを発揮して、刃物で抉ったり、ほとんど腐敗した醜い首をぶつけたりして、二目とも見られぬ有様にしてしまう。まるで子供が昆虫の足をもぎ取るような、無邪気な残酷さがそこにはあった。
対してあらゆる人物の首狩りを命じられる男は、殺人行為に対して特に何の感慨も抱くことなく、大根でも切るように首を落としてくる。首狩り行為はほとんど無関心で、頭部の重みに驚くといった有様で、むしろ狂態に耽る女とは正反対に退屈さを覚えていた。
男が抱く退屈さは首狩りだけではなく、喋ることさえ億劫で喋れば喋るほどにつまらないと証言するほどのものであったが、びっこの女を含め山賊の男以外にとって都は刺激があり、退屈さを忘れる場所となっている。
夜は人を殺め、昼は忘れたように昼寝をする中で「女は欲望を一直線に飛んでいく鳥」だと悟るようになる。休みなく欲望を満たす女に対して、男はそのような渇望さはなく、頻繁に動き回ることはあれども、その合間合間に木の枝で休むような梟のような性質を持っている。
ある日、いつもの通り「白拍子の首をとってこい」と命じる女に男は拒否の姿勢を示す。女は男をなじるが、「キリがなく嫌になっただけだ」とあくまで殺人に対して、何の感慨も抱いていない。
そして、都は男にとって非常に退屈な場所なので「山に帰る」と宣言し、女を置いていこうとしますが、首のない都での生活は女にとって耐え難いものであり、玩具を持って来る男の存在は必要不可欠だった。
臆することも罪悪感も抱くことなく、首を取ってくる男の存在は「道具」として女にとって必要不可欠なものであり、彼女は屋敷にびっこの女を残して男と二人で山に帰ることになるのだが、びっこの女に書置きで「もうじき戻ってくる」との旨を伝えていた。
「都と山、どっちでいけないのであれば私は首(都)を諦める」と男に対して述べた女であったが、それはあくまでポーズであることを強調している。
やがて、男と女は山にある小屋に帰る為、女を背負いながら山中を歩くのだが、男は通ってはいけない道――桜の花が咲き誇る、金毘羅もかくやと言わんばかりの、仲違いが発生する――通ってはいけない普段人通りのない獣道を進んでしまうのであった。
二人は出会った当初の話をしている内に、花盛りの場所へ訪れて、冷たい風がドッと吹いた時――
「男は満開の花の下へ歩きこみました。
あたりはひっそりと、だんだん冷たくなるようでした。
彼はふと女の手が冷たくなっているのに気が付きました。
俄かに不安になりました。とっさに彼は分かりました。
女は鬼であることを」
――と悟った瞬間、男の背中にしがみついているのは佳人などではなく、非常に醜い老婆に思え、恐慌状態に陥った男は女を背中から退け、首を絞めて殺すことになる。
女が死んで一人になった男は花びらが降りしきる中、男は女の姿が醜い化け物ではなくかつて容姿が美しかった女性の亡骸を凝視しながら、平然と昔は恐ろしかった花びらの下に居座ることが出来るようになっていた。
悲しみを自覚しながら半ば茫然とした状態で、女の死骸に花びらが降り積もっていることに気付いた男は花弁を払いのけようとするも、女は花びらになり、足元にちらばった花をかき分けているうちに、男の手も体も消え、花の下には虚空ばかりがあるばかりであった。
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