2021年07月01日
変身(カフカ)
変身とはフランツ・カフカにより執筆された作品である。
作中で主人公である男が、ある日何の前触れもなく「毒虫」に変身しているのだが、ドイツ語による原文では正確には虫などではなく、害をなす虫や鳥のことを広義的に指し示す言葉である。
「変身」は一見、暗い内容のように思えるが、作者であるカフカは時折吹き出しながら朗読していたらしい。
【内容】
あらすじ
ある朝、男が目を覚ますと毒虫に変身していた。自由に身体を動かすことができないまま、現在の仕事における境遇に思いを馳せ、不満を抱く。出張時間が早いのも悩みの種であり、「人間はたっぷり休まなくてはならない」と思う中、とうとう出勤の時間を大幅に超してしまった。
部屋から出ない彼を心配に思った家族から声をかけられる中、様子を見に来た男の雇い主である支配人がやってくる。
男の職務怠慢を叱責する支配人だが姿を見せると家族と支配人はパニックに陥り、父親にステッキで殴られ、部屋の中に負い戻されるのであった。
「変身」の内容は三部作構成となっており、第一部は大体「あらすじ」で大まかな内容を把握することができる。
第二部では、男は自室の中に引きこもるようになり、静かに生活をしていた。妹が掃除にしに来たとき、気を使って身を隠すようになっていく。彼は毒虫になる前は、一家唯一の働き手として頑張っていたのだが、偶然盗み聞きした会話によると「1、2年は暮らしていけるほどの貯蓄がある」ことが発覚する。
誰とも接触せず静かに暮らしていく中で、動けることに気付いた男に対して妹は邪魔になるであろう家具を母親と共に撤去していくのだが、物が完全に片付けられていく中で彼は壁に飾ってあった雑誌に飛びつき、自分の意思(人間性の消失の危機)を伝えようとするが、会話による意思疎通が出来ないので伝えたいことが理解されないだけでなく、雑誌に飛びついた姿に母親がショックを受け気絶してしまう。
その後、父親が帰宅し男にリンゴを投げつけるのだが、果物が肉体に埋め込むほどの痛手を負った男は満足に動けないようになってしまった。
第三部では、父親が新しい就職口を見つけたものの生活が切迫し、母親と妹が働きに出なくてはならないほど差し迫ったものになっていた。妹は男の世話をする余裕と、そうしていくら肉親だからといっていつまでも親切に世話をする熱心さをなくしており、彼の世話役として新しい女性が雇用されることになる。この女使用人は母親でさえも気絶した男の姿を見て驚くどころか、逆にからかいに出ている。
その内、家の一部屋が紳士三名により貸し部屋となり、男の部屋は邪魔な物品を置く物置小屋と化してしまった。
ある日、妹がヴァイオリンを弾いてると紳士の一人が部屋に来て引いて欲しいと誘われ妹は承諾するのだが、演奏は早々に興味を失われ誰も相手にしなくなる。逆に男は妹の演奏に感激し自室から出たところを父親に追い返され、紳士たちも貸し部屋に戻そうとするのだが逆鱗を買い、下宿代を払わないと宣言して出ていってしまう。
家賃による収入を得ることが出来なかった一家は、男が部屋から出てきたことが原因でこのような結果になってしまい、妹の口から見捨てるべきだと発言し、家もろとも男は完全に棄てられた形となった。
かつて、家族との愛情を思い返しながら孤独にも死んでいった男は人知れず処理され、妹の見捨てるといった発言は正しい選択だったのか、美しく育った彼女の両親は娘のために新しい婿を捜すなど順風満帆な結末で終了している。
感想:
はじめてカフカの「変身」を読んだとき、江戸川乱歩の芋虫を想起したのは言うまでもない。乱歩の「芋虫」に引っ張られてか、何かしらの理由で不自由になった主人公である男が家族にさえも不憫な扱いを受けてしまうと思っていたのだが、大人になって読み返してみると全くの解釈違いであった。
乱歩の「芋虫」は戦争で四肢を失い、皮膚感覚と視界のみしか機能していない夫を妻が虐げていく。妻が彼の両目を潰して視界を奪ってしまうのだが(皮膚感覚はまだあったので妻は「ゆるして」と背中に指文字を書いている)、夫は妻のあらゆる嗜虐的な乱暴を許して井戸で自殺している。
「芋虫」と比較して「変身」はそれら陰鬱な内容ではなく、毒虫と化した男が壁や天井を這いずり回るなどの描写があったことから肉体の欠損はなく、そしてドイツでの原文ではただただ迷惑をかける害虫の意味を持つUngeziefer(害虫)となっていることから、引きニートの方がより近いのではないかと思われる。
家庭内での父親からの暴力(ステッキでの殴打・リンゴを投げつけられる)、世話疲れをした妹……そうして三名の紳士から男の存在を内密にしているなど、左記の内容から照らし合わせるとそうとしか思えないのだ。
なお引き籠りの解決策として、家族が家を棄てて電気や食料の供給をストップさせ強引に自立に促す方法があるのだが、「変身」の最後では家族は離散しながらもそれぞれ裕福になっていくのに対して、生活能力のない主人公は衰弱してしまうといった内容は、家族に見捨てられてもなお何もしなかったニートの悲劇的な結末のようにしか感じられないのである。
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