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玉置浩二『ニセモノ』十曲目、「あの丘の向こうまで」です。
『JUNK LAND』にみられたような、リハ中のスタジオの音をそのまま録ったような「キュンキュン」というギターの音と、なにやら談笑する声につづけて「ワンツースリー」とセッション開始の掛け声のような音声が入っています。この音はアンプに直接シールドを入れたような生々しい音で、とてもこれからすぐにセッションするような段階には思えません。ですからあとからそれらしく録ったか、かなり初期の段階に録っておいたものをくっつけか……たまにこういう演出が玉置さんのアルバムには入っているんですが、その意図するところはたいていすぐにはわかりません。
曲自体は、スローな「CHU CHU」、もしくは「スイスイ」ですね。軽快で、事態の深刻さや思い出の深さを思わせる曲の多いアルバム後半にあって、さわやかな一陣の風を思わせる曲です。
イントロ、フロントピックアップで弾いたような丸っこいギターの音によるこの曲のメインリフ、それにイントロで聴いたほとんどナチュラル音のカッティングがこ気味よく「〜カカッ!」と四拍目の裏に鳴ってくれることによって、この曲のもつノンビリしたリズム感をピリッと全体的に引き締めています。普通に考えればこれだけでもう十分にいい曲なんでこれだけ最後まで突っ走っていいんじゃないのと思うのですが、そこは玉置さんですから、魂のこもったボーカルを重厚にさらに聴かせてくれます。
弊ブログでもさんざん書いてきたことだと思うことですし、コメントでもみなさんがそのように思うとお寄せくださっていることでもあるのですが、玉置さんはおそらく曲の頭から曲作りを始めて最後まで流れで作っていると思われるのです。そして最初に思いつくのは歌メロでなくてリズムとかギターのリフだと思うのです。そこからインプロビゼーションのおもむくまま発展させて歌メロも含めて一曲の骨格を作ってしまう、そこからが他のメンバーとかアレンジャーの出番で肉づけを行っていくんだろうとわたくし考えています。私が知る限りこれはヘビメタのバンドがやるやり方で、あまりポップスの世界では聞かない方法です。通常の発想ですと、いかにも売れそうなサビの歌メロを思いついてからその脇を固めてゆく、その過程でキャッチーなギターリフが生まれれば採用する、みたいなサビ中心の曲作りになるでしょう。売れることに色気があればなおさらです。だってギターのリフなんてどんなに一生懸命つくっても、少なくとも90-00年代に何十万枚何百万枚もCDを買ってくれてた人の大半はそんなところ聴いていなかったのは明らかだからです。玉置さん自身も昔はそんな世界に身を置きつつもずっと変わらぬヘビメタ的発想で曲をつくり続けて誰にも文句を言わせない実績を積み、とうとうその世界を超越した、つまりレコード会社のプレッシャーで売れることに色気を出す必要がなくなったわけですから、もうやりたい放題です。安全地帯の崩壊、ご自身の崩壊とそこからの再生という誰も真似したくない修羅場からの復活という離れ業を十年もかけてここまでやってきた玉置さんに、怖いものなどありません。だからなのでしょう、「どこにでもあるようでないような生き方」を探していたり「誰にでもありそうでなさそうな気持ち」を忘れていたりしていた、そんな心境に至った、そしてそれをメインリフに絡めるようなAメロにしたわけなのだとわたくし思うのです。
曲はBメロ、コーラスを入れて一気に緊張感が高まるサウンドですが、歌詞は「花を咲かせてみたい」「雲にかくれていた」などというなんだかメルヘンな世界を描きます。メルヘンなんですが、玉置さんの魂のこもった歌の迫力で、歌の力でほんとに花が咲くんじゃないか、宙に浮いて雲にかくれていたんじゃないか、「あの丘の向こうまで」「あの空の向こうまで」と、風に吹かれ歌いながら歩いていくんじゃないか……そこまでは思わないにしても(笑)、メインリフがサビに続けて流れることによって、ああなるほどこれは確かに歩き出したくなる、それこそあの丘の向こうまで、どこまでも軽やかに歩いて行きたくなるな、と思わせてくれます。だから、これはリフを中心に、リフを盛り上げるために、そして同時にリフがサビを生かすように作った曲だということがわかるのです。これは他人であるアレンジャーやギタリストがあとから肉付けしてできるレベルの一体感じゃないでしょう。
さて、二回目のサビにはすこしリズムを変えた「ほら きれいだろう」とそれに続くギターソロが直後に付け加わることがこの曲の構築美とでも言いますでしょうか、単純な様式美を予想するメタルバカ(あちき)には予想を裏切られた感覚がもうゾワゾワと快感!(変態)を掻き立ててくれる要素となっています。だから、玉置さんはメタル的な発想の持ち主だとわたくし昔から確信しているんですが、特にこの時期の玉置さんはたまにそれを超えてくれるからたまんないんです。しかも売れることに色気を出さないから、90-00年代J-POP、J-ROCKのクサさ(激臭でしたよホントに!)が一切感じられないのが本当にありがたかったです。コンビニのお湯かけるだけのソバと、産地で食べる新ソバほどにも違うのです。
曲は間奏後、Aメロにドラムを入れない部分がありつつも、基本的には一番と同じです。同じなんですが、ちょっと一番とは違う箇所がありまして、河原に下りて草むらに寝っ転がるという、その気になれば今すぐ誰にでもできることをお望みになります。下りて寝っ転がればいいじゃないですか……と思いつつも、じゃあ一緒に行こうかって言われたら「遠慮しときます」ですよね(笑)。その気にはなかなかなれません。そんなことではあの丘の向こうまで風に吹かれて歩いて行くことなどおぼつきません。服が汚れるとかガードレールを超えたら何か条例とかに引っかかるんじゃないかとか、つまらないことが気になってしまうのがわれわれの限界で、玉置さんはそれをあっさり超えますから(条例違反をジャンジャンやるとかそういう意味ではなく、発想が自由だということです)、それによってメルヘンだった一番と同じであるところの「どこにでもあるようでないような生き方」という言葉が新しい意味を持つのです。自由な発想と生き方、それはかつて若者だったわたしが当然だと思っていたもので、それなのに耐えられなくて自分から手放してしまったものだと気づかされ、ハッとさせられます。いまのおれは河原に下りることすらできないじゃないか!そこらじゅうに花なんか咲くわけないじゃないか花咲かじいさんじゃあるまいし……雲の散歩なんかできるわけないドラえもんの長編映画じゃあるまいし……河原になんか下りられるわけないじゃないか……ん?いや下りられる!でも下りられない!あああなんてこった!そこまでおれは不自由になっているのか!こんなことでは風に吹かれて歩くどころではありません。縛ってくれー自由を制限してくれーなどと、言ってはいないのに何十年もかけてそう思うに至っていた自分に気づいて愕然とします。
「ふたりで行こう」と言われて応じられる人がどれだけいるのか……曲はその「ふたりで行こう」からもう一度サビを繰り返します。もはや花を咲かせてみたいわけじゃない、雲に隠れていたと言ってみたいわけでもなく、もちろん河原にだって下りてみたいと思えなくなっていた自分に、玉置さんがダメ押しといわんばかりにどこまでも自由な歌を浴びせてくれます。……眩しいぜ……「風に吹かれて行こうか」で伴奏はブレイク、ベースの余韻が消えるか消えないかのところで、イントロに使っていたような生々しい音のギターがジャリンと鳴って玉置さんが「あの丘の向こうまで」とゆっくりと歌い上げます。イントロの後、裏で聴こえてきていた小さいカッティングのために控えめに弾いていたのがこの「ジャリン」で一気に主役に躍り出ます。これでやっとイントロから引っかかってきたものが解けて「ああそうか」と思うわけなのですが、「ああそうか」の「そう」はしばしば言語化できません。しいて言うと、こうするとハッとするよね、カタルシスがあるでしょ、くらいのものです。ハッとするのもカタルシスを感じるのもその人の勝手ですから、そもそもが他者と共有することのできない感覚なんですけども、でもそれこそが音楽的表現を支えるものですし、わけのわからない凡百の「多様性」「個性」の海に沈めてはならない価値あるものだと思うのです。だからこそ、どんなに共感されない自分勝手な感覚でもここに記しておきたいわけなのです。もう何十年も経てすっかり自由さを失ったわたくしの感性ですけども、それくらいの意地はあります。
曲はメインリフから、「ほら きれいだろう」の裏切り(笑)に似た流れで終わっていきます。これはクセになります。なんならそこばっかり繰り返し聴きたくなるくらいカタルシスがあります。このように限られた箇所、ここぞという箇所にだけ限定された展開があると、わたくしはメタリカに感じていたような展開の美、構築美を感じる性癖がありまして、玉置さんがいい具合にツボを押してくれるのが気分良くてたまらないのでした。
さて、年内の更新はこれで終わりか、できてもう一つだと思います。今年はちょっと夏から秋にかけてお休みいただいていましたんで、書けたのは40くらいですかね。2021と2022は50くらい書けてましたからちょっとペースダウンしました。とはいえ、来年はさすがに『安全地帯IX』には届くだろうと見込みが立ってちょっと安心しています。『カリント工場の煙突の上に』を書いていたころは、ほんとに安全地帯復活までいくのなんていつのことやらと気が遠くなっていましたから。ときおり励ましてくださるみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。どうかよいお年を。新年が皆さまにとってよい一年でありますことを祈念しております。
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