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玉置浩二『ニセモノ』八曲目、「淋しんぼう」です。前曲、緊迫のポップチューン「常夜灯」から一転、ゆったりと聴かせるバラードになっています。
この曲は、当時の玉置さんが安全地帯でやりたかった曲なんだと勝手に思っています。というのは、『安全地帯X 雨のち晴れ』後半に曲調が酷似しているからです。この曲だけじゃありません。次の「御伽話」「あの丘の向こうまで」は『安全地帯IX』に入っていてもおかしくありません。『ニセモノ』という自嘲気味なアルバムタイトルは、こうした安全地帯でやりたくて作った曲を安全地帯でない自分がやってしまって安全地帯ふうになっている、ということを示しているのは周知のとおりです。ですが、わたくしその話を後年聞いたとき、ちょっと不思議に思っておりました。え?そうなの?と。そう知ってから冷静に聴いてみますが、「凡人」から「常夜灯」まではどこがニセモノなんだろう?と思わせるほど玉置ソロの成熟度を思わせる曲です。サウンドや曲調が後年の安全地帯を思わせるのはこれ以降でした。アナログだとA面にあたるぶんは玉置ソロ色そのものであって、B面は安全地帯色が強いということです。むろんわたしが勝手にそう思っているってだけなんですが。
そして後年、この「淋しんぼう」に似た曲のつづいた『安全地帯X 雨のち晴れ』後半は、皮肉にも逆に玉置ソロの延長を思わせるものとなってしまいました。それが2003年末から六年ほど続いた安全地帯活動休止の遠因になったとわたくし思わずにはいられないのです。
さて、曲はギターの、二つの弦で同じ音程を抑え交互に高速で弾いたような(実際そうだと思います。一弦は開放弦、二弦は5フレットでどちらもE)音が遠くからやってきて、それにさらにアルペジオのギターを重ねています。そしてベース、ドラムを入れるという非常にシンプルな……バンドっぽい……前奏で始まります。
玉置さんのシンミリ度の異様に高い歌が入って、開放弦ギターがアオリに回ります。このほかに、ときおりガットギターが効果音的に入り、最終盤でシンセが入ります、基本的にはこれだけです。安全地帯の五人と安藤さんがいればできる……四人ではできない……サウンドで曲は最後まで通してしまいます。ですから、いま振り返ってみれば2002-2003の安全地帯を先取りした曲だったのは明らかです。もちろん当時はわたくしそんなこと知るわけもなく……武沢さんのいない安全地帯でレコーディングを始めたことすら知りませんでしたから、そんな視点をもってはいなかったのです。ただし、この『ニセモノ』ツアーに武沢さんが参加されたのは当時から知っていました。香港のファンから、空港にギターをもった武沢さんが現れたことを知らせてもらったからです。なぜ日本人のわたしのほうが情報が遅いのかというツッコミはともかく。
夕方の街を眺めて見たものが歌われます。「やせこけた」のは街路樹か野良猫かその両方か……野良猫ですから当然に人間を簡単に信用しません。ですが、イエネコという生き物は街で野良のままで生きていけるものではありません。わたしたちが野良猫を見ることがあるのはただその数が多いからであって、その多くは病気に倒れ、あるいは交通事故に遭い、早死にしてしまいます。「淋しんぼう」なのは本能的にそれを知っているからでしょう。一緒にいたい、守ってほしい、それが圧倒的な本心でありながら、辛い経験が原因でそれをできなくなっている。これは家庭や学校がなければ生きていけないのに家庭や学校に反発している少年少女のような状態です。もちろん玉置さんはこの野良猫に自分を重ねていたことでしょう。あれだけあけっぴろげな玉置さんにそんな一面があるのかと意外な気がしなくもないのですが、この歌声の真に迫り方はもう、安藤さんという伴侶の登場によって得られた圧倒的な安心感、心の平安をもって少し前の自分を眺めるような目で野良猫を愛おしく見る境に至っていたに違いないのです。ガットギターがメロディーをなぞる「淋しんぼう」という圧倒的にやさしい歌声、「〇〇ぼう」というやさしい言葉の選び方、それらが示す心の余裕!よくぞここまで……90年代は玉置さんの30代にほぼ重なります。30代の前半に安全地帯崩壊の衝撃を受けて再起不能に近いところまで追い詰められてから、思えばまだ数年しか経っていない2000年にこんな歌を歌う心境に至るとは……。
わたくしはこのように一曲ずつ記事を書いて、だいたい三年分の玉置さんの作品を一年で振りかえるというペースでやらせていただいていますけども、『カリント工場の煙突の上に』の記事を書いていたのは思えば二年くらい前だったと思うのです。あれから……100記事くらいも書いてだいぶ時間が経ったような気がしますけどもそれだって二年、実際の時間は六年〜七年ですね。あっという間なのです。自分のことを振り返ってみても、30代後半から時間のすぎるのがとにかく早いはやい。ボヤっとしてるとあっというまに一年また一年と過ぎていきます。玉置さんが過ごした30代後半だってあっという間だったでしょうに……失われた友情や傷ついた心が回復できるなんて到底思えないくらい短いのです。だから逆に、玉置さんがどれほどの密度で時を過ごされていたのか、安全地帯のメンバーとの絆がどれほど確かだったのか、まさに驚異的な回復だと言わなければなりません。
さてリズム隊が加わった以外は前奏とほぼ同じテンションの間奏を経て曲は二番に入ります。どんな色が好きかと訊くと水色と答えてきた「君」は、そこにない水ではなく空を指します。なら空色といえばいいのにと思わなくもないのですが、そうではないのでしょう。あくまで好きなのは水色で、それに近いものが空色だったのか、あるいはとても自由な精神の持ち主で、空を空色でなく水色と言っても自分で違和感を抱かない人物なのかもしれません。あるいは人を信じられず天邪鬼なことをいう状態に至っているのかもしれません。真相はわかりませんが、「君は淋しんぼう」なのだけは確かなのです。
そんな君と一緒なのかそうでないのか、「僕」は坂道を登っています。「ちんじゅの森」というのはいわゆる寺社林のことでしょうけども、それに囲まれている小さな町並みというのは寺社林にしてはちょっとスケールが大きすぎます。「ふるさと」が見えてくるのですから、かりに旭川市レベルの街だとすると、この森は大雪山クラスの山塊のことを指していることになるでしょうし、それは寺社林などではありません。神居地区レベルだって幌内山地がそれに該当するといえばいえる、くらいで、首都圏でいえば筑波山高尾山まるごとって言っているようなものです。もちろん、この「ふるさと」が旭川や神居のことである保証はまるでないんですが、それにしたって町並みがその中に囲まれているのですから、通常の意味での「鎮守の森」なのではありません。遠目にそう見えるってことでしょう。ああ、ふるさとが山に囲まれている、遠目にはまるで寺社林に囲まれているみたいだな……このような比喩の意味を込めて「鎮守」なのではなく「ちんじゅ」なのだと思われます。ふるさとを前に思わず涙と笑みがこぼれ、いつまでもさよならができない自分のことを「淋しんぼう」と呼びます。
クリスタル・キングが旭川の合宿所に来訪したとき、玉置さんは東京に出ず北海道で音楽をやっていく的なことをおっしゃっていました。それが武沢さんのテープをきっかけに陽水のバックバンドとして上京するかしないかの選択肢が浮上します。そのときメンバーたちは傷だらけで、星さんが登場しなかったら崩壊しかねない状況だったと推察されます。そんな思い出のあるふるさと、そしてすべてを残し後にしたふるさと、あれから異郷で突っ走りまくって気がつけば自分一人になってしまった、その不安と淋しさは想像を絶するものでしょう。でも一つ、また一つと取り戻しつつあったこの時期、ああ、僕は淋しんぼうなんだ、だからいまこうして涙が出るんだ、笑っているんだと気がつかされた……こんな心境なのでしょう。……人生がつらいのは当たり前、登り坂だからです。その坂を登ったらまた新しい景色が見えます。遠くにはきっと……森に護られたふるさとだって見えるのでしょう。そして涙で見えづらくなった目にかつて袂を分かった仲間たちが一人二人と映ってくるとき、みんなで同じ坂を登っていたことに気がつかされるのでしょう。
『カリント工場の煙突の上に』を彷彿とさせる高音の「オーオーエエイー」でこの曲が閉じられることに、はっとさせられます。具体的にどの曲っていうのは思いつきませんが、最後の大サビ、オルガン的なシンセが流れていますよね、これ、わたしにはジョン・レノンのイメージなのです。
Old Dirt Roadを、ジョンはひとり歩んでゆきます。ひどく喉が渇きますが水はありません。でもいいんだ、土砂崩れになるよりはマシなんだ……それでも冷たい水さえあれば!……(「Old Dirt Road」より)
『カリント工場の煙突の上に』以来、この孤独な道を玉置さんも歩んできたのでしょう。やさしい人になりたい、逃げずにいたい、そうできるかなとずっと心の奥で叫びながら。ジョンは異国に住み、とうとうバンドを再結成させることなく逝ってしまいましたが、玉置さんはそうではありません。玉置さんは仲間に、ふるさとに、僕は淋しんぼうなんだって少し甘えながらまたみんなでできるよねって言って、ニコニコと笑って、そして泣くのでしょう。
わかっているんだ、ぼくがなんとかやってこられたのは君のおかげなんだって。僕は願うんだ、どうかそこにきみにいてほしい(「Now And Then」より)
たまたま時期が重なりましたが、「Now And Then」を聴いて、ジョンが叶えられなかった(叶える気があったかどうかもあやしいですが)ものを、玉置さんは叶えることが出来たんじゃないかと思われて、涙がこぼれました。なんでお前が泣くんだよとお思いになるのかもしれませんが、わたくしにだって安全地帯玉置浩二マニア以外の人生ってものがあるんですとも!(笑)いろいろ思われてくるのは人としてむしろ自然なことじゃないですか。
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優しい人になれるのかな、、、逃げないでいられるかな、、、?も自分に重なって、ジーンときます。
最高に好きな歌です。
子どもが可愛いのは幸せなときです。ようやくというかなんというか……お互いその点では苦労しましたね。
最近感動して泣きそうになるのは、子供と遊んでいたり、ジワジワと何かが来るときです。
この、淋しんぼうは優しい歌で、玉置さんは囁くように語りかけますから、こういう歌い方は玉置さんしか出来ないと思います。
トバさんのこの曲の考察、なるほどな〜そうかもなぁ、と楽しく読みました。30代は必死で何かに向かってゆく時ですしね。