2016年03月08日
泥水のようなコーヒー(三月五日)
泥水のようなコーヒーとは、まずいコーヒーのことだろうが、初めて飲んだチェコのコーヒーは文字通り泥水だった。かれこれ廿年以上も前、プラハで泊まったユースホステルのような宿泊施設の朝食についてきたコーヒーを一口すすったら、口の中がじゃりじゃりになってしまった。これはチェコで言うトルココーヒーというもので、砂糖を入れてかき混ぜて、沈殿させた上で飲むものらしかった。
しかし、このチェコのトルココーヒーは、本物のトルココーヒーとは違う。本物が専用の鍋で煮立てるのに対して、こちらはお湯をかけるだけである。実際どのようにして誕生したのかは知らないが、冷戦時代に、西側の技術に負けていることが許されなかったチェコスロバキアで、工業技術のいらないインスタントコーヒーとして発明されたのではなかろうか。アメリカなどの帝国主義的世界では、技術の無駄遣いをしているが、こちらではその問題を知恵を使って解決したとかなんとか言われていたのではないかと想像してしまう。本当のインスタントコーヒーが貴重品扱いされ、喫茶店なんかでもメニューに誇らしげに「ネスカフェ」と書かれていた時代もあるらしいのだが。
普通の粉末状のコーヒーに沸騰したお湯をかけるだけというのは、飲んだ後の処理を考えなければ非常に手軽だし、飲み方さえ間違えなければ、味もそれほど悪くない。少なくともインスタントコーヒーよりはましである。しかし、コーヒー好きとしては物足りない。インスタントよりマシとはいえ砂糖を入れずに飲めるほど美味しいわけではなく、砂糖を入れたほうが豆が沈みやすいような印象があり、必ず砂糖を入れることになるので、あえて飲みたいと思うものではなかった。一説によると、コーヒーに含まれるあまりよくない成分まで抽出されるので、避けたほうがいい飲み方だとも言う。
今から十年以上も前、ビール消費量の増大に危機感を覚えて、酒量を減らすことを決心したとき、代わりの嗜好品としてコーヒーを飲むことを思い出した。日本にいたころには、職場近くの喫茶店で焙煎したコーヒー豆を買って挽いてもらい、ドリップ専用のポットを買ってポタポタとお湯を落として時間をかけてドリップして飲む程度にはコーヒーが好きだったのだ。だから、チェコではコーヒーを飲まなかったともいえるのだが、ともかくコーヒーを淹れるための器具を探し始めた。
ペーパーフィルターは、問題なく見つかった。日本で使っていたメリタのフィルターもあったし、それとはちょっと形の違う名も知らないメーカーのものもあった。しかし、ドリッパーが見つからないのである。かなり探し回って、やっと見つけたドリッパーは青色のプラスチック製で、かなりごついものだったが、どちらのフィルターとも形が合っていなかった。サーバー式のコーヒーメーカーなら、合っていたのかもしれないが、自分でドリップしたかったのである。
コーヒー豆に関しては、スーパーで、イタリアやオランダのブランドのものの中から選んで買っていた。自分で入れるコーヒーは、チェコ式トルココーヒーよりははるかにましだったし、レストランや喫茶店で飲めていた普通のコーヒー程度には美味しかったが、100パーセント満足していたわけではない。
だから、数年前に(もっと前かも)、オロモウツにコドーというコーヒー焙煎のお店ができたときに、試すのは当然だった。試して、挽きたての豆で淹れたコーヒーの美味しさに感動し、ドリッパーを変えようと考えるのも当然だった。ドイツの会社であるはずのメリタのドリッパーがチェコで見つからないのは不思議だったが、見つからないので、結局日本に出かける友人に買ってきてもらうことになってしまった。
手動のコーヒーミルを購入し、本当の挽きたてを楽しむことも覚えたが、時間の余裕がなくてお店で挽いてもらった豆を使うことの方が多くなっているなあ。モカエキスプレスと呼ばれる家庭用のエスプレッソメーカーも手に入れて、週末などの時間があるときには、ドリップしたコーヒーとは少し違う味わいを楽しんでいる。ドリッパーも、最近コドーで販売されるようになったハリオという日本の会社の陶器製のものを手に入れた。メリタとの違いがわかるとは言わないけど。
毎日、朝食の後に、時間をかけて淹れた美味しいコーヒーを、ゆっくりと飲むというちょっとした贅沢を楽しんでいるというわけである。ビールと同じく、味を語れるほどの語彙も、微細な味の違いを感じられる舌も持ってはいないけれども、好きなものは好きで、美味しいものは美味しいのである。
ところで、チェコの喫茶店やレストランでは、最近コーヒー抽出用の機械が導入されたところが増え、トルココーヒー以外にも、プレッソと呼ばれるコーヒーが飲めることが多い。ただこのプレッソが、チェコ人たちが言うようにエスプレッソなのかどうかがよくわからない。
二年ほど前にハンガリーに行ったときに、飲んだエスプレッソは、小さなカップで出てきたが、衝撃的なまでに濃厚だった。そして、その夜眠れなくなった。コーヒーのせいで眠れないのだとは認識していなかったのだが、翌朝一緒にコーヒーを飲んだ人も眠れなかったと言っており、コーヒーを飲まなかった他の人たちはぐっすり眠れたらしいことから、濃厚なエスプレッソのせいであろうと納得したのだった。それに対して、チェコのプレッソは分量も多く、それほど濃くなく、何よりも飲んだからといって夜眠れなくなることはないのである。
ともあれ、自宅でも外でも美味しいコーヒーが飲めるようになったことは喜ばしいことである。しかし、今でもチェコ人のコーヒーの飲み方で一番多いのは、チェコ式トルココーヒーなのだという。そうなると、共産主義の時代とは関係のない伝統的なチェコの飲み物と考えたほうがいいのかもしれない。
一昨日の酒の影響で昨日はほとんど書けず、今日も筆が進まなかった。酔った状態でも、多少体調が悪くても、眠くてたまらなくても、何とか書けるようになりたい。
3月6日23時30分。
因みにチェコ版トルココーヒーは、飲んだ後の豆の粉末はそのまま流しに捨ててしまう。排水のパイプが詰まらないか心配なのだが、みんな気にする様子もない。
こんな記事を書いたのは、美味しそうなコーヒーのお店を、広告一覧の中から発見したからであった。いつか飲んでみたいものである。3月7日追記。
こっちのコーヒーも美味しそう。
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