2017年10月28日
2017年下院総選挙SPD2(十月廿五日)
承前
そして2013年の秋に行われた下院の選挙では、ウースビットという政党を組織して、全国に候補者を立て、約7パーセントの票と、14の議席を獲得した。この結果は、既存の政党であるキリスト教民主同盟より上で、惨敗した市民民主党に迫るものだった。オカムラ氏にとって追い風となったのは、EUが、経済、外交の面でさまざまな失策を積み重ねていたことで、あからさまな反EUを唱える党がなかったこともあって、EUに強い不満を抱いている層の票を集約できたことである。
難民危機の勃発後は、反難民、反イスラム勢力との接近を図り、人種差別的だと批判されるコンビチカ氏のグループが主催するデモ行進に参加し、国会議員としても同様の発言を繰り返すようになった。時に共産党のような左っぽい発言をするかと思えば、極右のネオナチ同様の発言もするということで、党首についていけなくなった国会議員たちに反乱を起こされ、ウースビットを追い出されてしまったのは前述の通りである。この辺の経緯は、オカムラ党と称されオカムラ氏が中心になって組織した党だと思われていたウースビットに、実は別に黒幕がいてオカムラ氏はただの操り人形だったのではないかという説につながっていく。
政治的な面から言えば、オカムラ氏の存在は、極右と極左というのは、表面上の主義主張は全く逆であっても、結果としては同類になってしまうという奇妙な現実を体現している。本人がそこまで考えての行動ではないだろうけど。今から考えると、この時点で本来なら共産党を支持したであろう層の一部がオカムラ氏に流れる兆候は現れていたのだ。
今回の選挙は、ウースビットから分かれて初めての選挙であり、前回7パーセントだった党が分裂したのだから、5パーセントの壁を越えるのは無理だろうというのが事前の予想だった。事実七月、八月にチェコテレビのニュースで紹介された世論調査の結果では、5パーセントの壁を越えることはなかったし、日本での諸派扱いされていることもあった。それが、選挙前に最後の世論調査の発表である月曜日の時点で、海賊党とともに5パーセントを越えていて、思わず「Ty vole」と言ってしまいそうになった。
ちなみにチェコでは、世論調査をマスコミ自体がすることはない。中立の民間調査団体が行なった調査をもとに報道するのだ。マスコミの役割は、調査結果を作り出すことではなく、結果をどのように料理して報道するかにある。同じデータでも評価の仕方によっては別な結果を導き出すことができるのだから。そして、チェコでは世論調査の結果は、選挙が行なわれる週の月曜日までしか公表できないことになっている。以後の公表は選挙結果に大きな影響を与えかねないというのが、その理由である。前日や当日に発表されたりしたら、投票に行くか行かないか決めるのに影響を与えそうではあるよな。確かに。
投票が終了した土曜日の午後二時から、チェコテレビの選挙特番を見ていたのだが、最初に公表された開票の途中経過を見て驚きの声を上げてしまった。上からANO、SPD、共産党の順で並んでいたのだ。このとき、SPDと共産党の得票率は15パーセントぐらいだっただろうか。
チェコでは個々の投票所で開票と集計まで行なわれ、その作業が終わった投票所のデータが順次、中央に送られて集計されていくため、最初にあつまるのは比較的小さい投票所、つまり田舎の村の投票所のデータである。田舎の村は伝統的に共産党が強く、毎回最初の途中経過から得票率を落としていく。オカムラ党もそうなるかなと予想していたら、共産党はずるずると7パーセントぐらいまで落ちていったのに、オカムラ党の落ち方はずっとゆるく、最終的には10パーセント強で留まり、22もの議席を獲得したのである。
この結果に最も貢献したのはドイツのメルケル首相である。メルケル首相が何を考えているのかはわからないが、チェコの地から見ていると、今のドイツのやり口は、旧共産圏諸国の怒りをあおってたきつけているようにしか見えない。自らの難民政策の誤りを認めず、その尻拭いを他国に押し付けようとし、反対されると札束で頬をはたくようなまねをする。それでも受け入れなかったら、裁判を起こしてでも認めさせようというのだから、反発が高まるのも当然である。メルケル首相が登場し強いEUなんてことを言い出して以来、実はEUは結束がぐらついて内部的には弱体化しているというのが現実である。
EUとの関係を重視せざるをえない政府与党、既存政党は、EUの難民政策に反対はできても、過激な反移民政策は主張しづらい。政府の対応が生ぬるいと考えている層は、強硬な外国人排斥主義者以外にも一定数は存在して、その支持がオカムラ党に向かったのが、今回の結果である。極左のネオナチグループと同じような主張のチェコ人が10パーセントもいるはずはない。
もう一つは上にも書いたが、普段であれば共産党に投票するようなグループからの票の流入も想定されている。一見極右とみなされながら左翼的な発言もできてしまうあたり、機を見るに敏なところがあるのだろう。初めて選挙に挑んだタイミングもよかったみたいだし。
党首のオカムラ氏の言動が、何かの主義主張に基づいてというよりは、行き当たりばったりなところがあるので、議員たちがどこまで党首について行けるかが、この党の将来の命運を握っている。選挙後、さっそくチェコテレビ批判を始めたが、選挙前の報道でオカムラ党に十分な時間を割かなかったのが気に入らないらしい。チェコテレビでは事前の世論調査に基づいて、有力と目された政党を優先していただけだし、オカムラ氏も10の党が招かれた討論番組には、議席獲得の可能性のある政党の代表として出演していたはずなのだけど。
そして、現在、日本のNHKのような公共放送であるチェコテレビとチェコラジオを国有化してしまおうと言いだしている。うまいのは受信料の廃止と税金での運営も絡めていることで、この点だけなら賛成する政党も出てきかねない。ただ、以前市民民主党と社会民主党が政府を牛耳っていたころ、チェコテレビに対する国家の、政府の管理を強めようとした(国有化を目指していたかどうかは不明)ときに、テレビ局員だけでなく国民全体を巻き込んだ反対運動が起こって、結局あきらめざるを得なくなったことを考えると、チェコで実現するのは難しいのではないかと思う。
とまれ、このSPDか、ANOがもう一議席多く獲得できていれば、二党で過半数である101議席を押さえることになるので、完全に政局のキャスティングボードを握れたはずなのだが、合計100では連立政権として信任が得られるかどうか微妙なところで、得られたとしてもその後の政府の運営が厳しくなることが予想される。
現時点では、SPDも含めてすべての党が、建前としてANOとの連立は組まないと主張している。惨敗した社会民主党では、おそらく指導部の劇的な交代が起こるはずなので、意見を変える可能性もある。しかし、ANOと社会民主党だけでは半数にも届かないのである。社会民主党の指導部の交代に時間がかかりそうなことも考えると、もっとも可能性が高いのは、ANOとSPDの連立与党を共産党が閣外協力で支えるという形だろうか。いやはや、不思議な時代になったものである。
書きもらしもあるような気はするが、この件はこれでおしまい。
2017年10月26日13時。
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