2020年12月03日
アロイス・イラーセク(十一月卅日)
以前、イラーセクの『チェコの伝説と歴史』の日本語訳を紹介したところで、イラーセクの日本語訳はこれが最初なんてことを書いたのだが、単行本としての翻訳は2011年のこの本が最初だが、国会図書館のオンライン検索で調べたら、短編の翻訳が雑誌に掲載されたのは、1954年が最初だった。掲載した雑誌が共産党系の文学雑誌「新日本文学」だったというのは、時代のなせる業であろう。チェコスロバキアも共産圏の国だったわけだし。『チェコの伝説と歴史』刊行以前に雑誌などに発表されたイラーセクの作品の翻訳は以下の二つ。
@種村季弘訳「ヤン様 チェコ人形劇上演台本」(「新日本文学」新日本文学会、1954.2)
訳者はなんと、ドイツ文学というよりは、澁澤龍彦と並ぶ怪奇幻想文学の大家の種村季弘。恐らくはドイツ語からの重訳であろう。わからないのは原典で、「ヤン様」というのは、チェコの人名としてヤンは存在するので、題名としてはおかしくないのだけど、「様」がついているということは、「Pan Jan」だろうか。呼びかけの形で「Pane Jane」でもいいかもしれない。ただし、そんな題名の作品は確認できなかった。
後に「チェコ人形劇上演台本」とあるから、イラーセクが人形劇用に書いた戯曲と考えてもいいのかもしれない。チェコという国は伝統的に人形劇が盛んなところで、プラハに限らず、いくつかの町に人形劇専用の劇場があるのだ。子供向けのテレビ番組「ベチェルニーチェク」で、普通のアニメーション作品以外に、「パットとマット」を代表とする人形アニメーションが制作され続けているのも、その伝統に連なると言っていい。もちろん、シュバンクマイエルの作品もそうである。
だから、イラーセクが人形劇の台本を書いていたとしても全く不思議はない。不思議なのは種村季弘がイラーセクを選んだことで、どこで見つけたんだろう。この翻訳は、後に没後に国書刊行会から刊行された『怪奇・幻想・綺想文学集 : 種村季弘翻訳集成』に「ヤン様」として収録されている。
A石川達夫訳「ファウストの館」(『東欧怪談集』河出書房新社、1995)
この本は国会図書館のオンラインカタログでは、収録された作品の一覧がなかったため見落としていたのだが、今年九月に刊行された新版のところに付された収録作品一覧で発見した。この手のアンソロジーに収録された翻訳作品の中には、同様の事情で発見できていないものも結構ありそうである。
掲載作品の「ファウストの館」は、おそらく『チェコの伝説と歴史』中の「Faustův dům」の翻訳だろうと思われる。ファウストと言うと、ついついゲーテを思い浮かべてしまうけれども、プラハにもいたのである。チェコの歴史は神聖ローマ帝国と分かちがたく結びついているので、ドイツのものだと思っているものの中にも、実はチェコのものだったり、チェコにもあったりするものは、意外と多い。
ちなみに、編者はポーランドの文学作品の翻訳も多い沼野充義氏。旧共産圏という意味での東欧文学のアンソロジーをいくつか手がけていたと思う。日本で旧共産圏の文学が取り上げられるときに、どうしてもポーランドが中心になるのは、国の大きさから言っても仕方がないのかなあ。チェコの人間としてはちょっと残念である。ポーランドの文学も嫌いじゃないんだけどね。『クォ・ヴァディス』とか面白かったし。
そして、2011年になって『チェコの伝説と歴史』(Staré pověsti české)が北海道大学出版会から、『暗黒』(Temno)が2016年に成文社から刊行される。上下二分冊で刊行された『暗黒』には、「18世紀、イエズス会とチェコ・バロックの世界」という副題がついている。訳者はともに浦井康男氏。この二冊についてはすでに紹介したので特には記さない。
2020年12月1日12時30分。
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