2020年06月30日
ミラダ・ホラーコバー(六月廿七日)
毎年、この共産党政権によるでっち上げ裁判で死刑判決を受けて殺された女性については、この時期になるとニュースになるのだが、今年は特に報道される回数が多い。今年は死刑が執行されて70年目ということで、大きく取り上げられているようだ。実はこれまでも何度か取りあえげようと思ったのだが、どう扱ったものか決めかねて後回しにしてしまった。決めかねているという点では今も変わらないのだが、今回を逃すと書かないままになってしまいそうなので、失敗覚悟で書き始める。
さて、ミラダ・ホラーコバー氏の死に関してチェコ語で使われる特別な言葉があることに気づいた。それは「justiční vražda」ということばで、司法を意味する「justice」の形容詞が殺人の前についているから、司法殺人、司法による殺人ということになるだろうか。時の政府、権力者が法律を悪用、もしくは無視して、ありもしない嫌疑をかけて裁判を起こし、あらかじめ決まっていた死刑判決を下して合法的に政敵を葬るというやり口をさしていう言葉のようである。
これで思い浮かべたのは、第二次世界大戦後のソ連で吹き荒れたスターリンによる共産党員の粛清の嵐である。それは当然東側に属してソ連の後追いをしていたチェコスロバキアにも波及し、多くの共産党員がささいなことで人民の敵に指定され、裁判の結果死刑に処されたはずである。全員が処刑されたわけではなく、1968年のプラハの春が鎮圧された後の正常化を主導して、自らもこの手の政治裁判を行ったグスタフ・フサークも民族主義者のレッテルを張られて裁判にかけられていたはずである。
そんな思い込みから、でっち上げの政治裁判で殺されたのは共産党関係者が多いのだろうと思っていたので、ホラーコバー氏も共産党の関係者で党内の粛清の犠牲者の一人だろうと考えていた。そんな人が、司法殺人の最大の犠牲者として、反共産党のシンボルのように扱われるのが不思議だったのだが、よく考えれば対戦中にイギリス軍でパイロットとして活躍して帰国した軍人とか、共産党関係者以外でも政治裁判の犠牲になった人は多いのだった。
ホラーコバー氏も、そんな党員ではない粛清の犠牲者で、もともとは弁護士で女性の権利拡大求める運動の指導者でもあったようだ。その後、ナチスドイツによる占領期には、反ナチスの活動家として刑務所に入れられたこともある。戦後政界に入り、国会議員に選出されている。左よりの民族社会主義を標榜する党の党員で、当初は思想的には、決して反ソ連、反共産党というわけではなかったようだが、秘密警察を悪用する共産党のやり口と、1948年の共産党のクーデターによる政権獲得には反対の立場を取った。
それが当然共産党政権の気に入るわけがなく、1949年に国家に対する反逆の罪で逮捕され、容疑を認める代わりに罪を軽くするような取引をすることもなく、死刑判決を受けて、刑が執行されたのがちょうど70年前の今日だという。追悼の式典だけでなく、二、三年前に制作されたホラーコバー氏の死をテーマにした映画を、反共産主義の団体が共産党本部の壁をスクリーンにして上映するなんていうイベントも行なわれていた。
ホラーコバー氏は、1948年の政変に際して西側に亡命することも可能だったのに、チェコスロバキアに残ることを選び、死の瞬間まで共産党政権に対する抵抗を続けたという印象を残している。それが今でも反共産主義のシンボルとして、右よりの政治家たちからも尊敬を受けている所以なのだろう。チェコ各地にホラーコバー氏の名前にちなんだ通りがあるのも納得である。共産党だけは、この件に関しても、他のこの時期の事件についてと同様、独特の見解を持っているようだが、誰にも相手にされていない。
ホラーコバー氏は、チェコスロバキア国内だけでなく、国外でも知名度の高い人だったようで、裁判で死刑の判決が出た後、アインシュタインやチャーチルなどの西欧の有名人達から死刑を見直すようにという要望が届いたらしい。それがスターリン主義に凝り固まった当時の共産党政権に届くわけがなく、いやその分危険だと判断されたのか、見直されることはなかった。
チェコの歴史には、自らの死によって民族を覚醒させ、抵抗に立ち上がらせようとする人がしばしば登場する。ホラーコバー氏もそのうちの一人として数えていいのかもしれない。チェコの人々が共産主義の悪夢から完全に覚めて自由を取り戻すまでには、40年もの時間が必要だったわけだけれども、それがホラーコバー氏の死の意味を小さくすることはあるまい。
2020年6月28日18時。
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