2020年06月13日
永延二年六月の実資(六月十日)
六月はまず、十一日の月次祭と神今食である。この日の『小右記』は残っておらず、『日本紀略』の記事も、行事の名称しか書かれていないのだが、月次祭は年二回、六月と十二月の十一日の昼間に行なわれたもので、夜に行われたのが神今食で天皇が自ら神饌を供え、神と食事を共にする儀式である。神事として内容は新嘗祭とほぼ同じだが、新穀ではなく旧穀を使用した点が異なっている。
十三日には、盗賊藤原保輔の消息が『日本紀略』に記されている。それによると、保輔は、権中納言藤原顕光の邸宅に隠れ住んでいたことがわかり、顕光宅の捜索が行われたという。諸衛の陣で警固が行われているから、この保輔の事件が、先日の占いに出た兵革このとと認識されていたのかもしれない。
藤原顕光は、関白太政大臣だった兼通の子で道長との権力争いに負けたことを怨み、死後悪霊となって道長にたたったといわれる。左大臣にまで昇ったため悪霊左府とも呼ばれたようである。ただ、『小右記』を読む限り、実資の顕光に対する評価はきわめて低く、道長と顕光であれば、道長に天皇に対する敬意が欠けているという批判があったとしても、有能な官人である実資としては道長を支持するしかなかったようにも見える。
この顕光第に追捕の対象となって久しい保輔が潜んでいたというのは、顕光の家内統制がうまく行っていなかったことを示唆するものだろうか。『小右記』に表れる顕光の軽率さを考えると、顕光本人が関係していて保輔を庇護していたとしても不思議ではないのだが、そこまで行くと憶測というよりは妄想になってしまう。
十四日は『小右記』の記事が残っている。まず訪れた丹波守・前紀伊守と共に小野宮に向かい、しばらくして戻ってきたという個人的なことが書かれる。
その後、伝聞で保輔の追捕に関係した人々に褒賞が与えられるべきだという宣旨が下されたことが記される。さらに平維敏から、保輔の父である右馬権頭藤原致忠が左衛門府の射場に連行されたことを知らされる。これが縁座で捕らえられたということなのか、保輔に対する人質の意味を持っていたのかは不明である。前回寛和三年に保輔が追捕を受けたときには父親に息子を出頭させるよう命令が出ていたような記憶がある。
最後に、保輔が今朝早く北花園寺で剃頭し出家し、その知らせを受けた検非違使が捕縛に向かったが闘争を許してしまったことが記される。検非違使はその場に残された衣服などを押収し、法師たちと捕縛したという。
このときは逃走に成功した保輔だが、『小右記』の十八日条に捕縛された事情が伝聞の形で簡単に記されている。それによると、おそらくかつての手下だった足羽忠信の計略で、会いに来たところを捕らえられたようだ。忠信は褒美として左馬寮の馬医という地位を得ている。これが、長年にわたって平安京をにぎわせた盗賊の首領逮捕に決定的な役割を果たした人物に対する褒賞として相応なのかどうかはわからない。
十八日条には、猪隈殿とよばれた藤原尹忠の穢れが実資のところにもうつったため、毎月恒例の清水寺参詣を中止したことが記される。藤原尹忠の穢れがどんなもので、実資の穢れが乙だったのか丙だったのかはわからない。
保輔のその後については、『日本紀略』の十七日条にあって、左獄に監禁されていた保輔が自害したことが記されている。ただし伝説のように切腹したのかどうかは記事からはわからない。また左衛門府の射場に拘束されていた父親の致忠は、「昨日免」とあるから、保輔が逮捕されたのは、前日の十六日以前だということになりそうだ。ここで父親も縁座で処罰していれば、次の犠牲者を出さすに済んだのだろうけれども、平安時代には縁座という制度はなかったのかな。
保輔捕縛の際の功績をあげた足羽忠信の補任については、『日本紀略』の七月三日条に見える。ただし、人名が忠俊となっており、補任された医師の地位も『小右記』の左馬寮ではなく、右馬寮となるなど微妙に情報が錯綜している。
六月も『大日本史料』に立てられた項目自体が少ないのだが、僧関係の項目が三つ立てられている。一つ目は十四日条で、律師雅慶が東寺長者に任じられている。雅慶は宇多天皇の孫に当たる。この後東大寺別当に任じられ、大僧正にまで昇った人物。
十五日条には、『往生要集』で知られる延暦寺の源信が『横川首楞厳院二十五三昧式』というものを作成したことが記される。延暦寺内の念仏結社のための規約だという。
最後は廿六日条で、少僧都清胤が天王寺別当に補されたことが記されるが詳しいことは不明。三件とも実資とは直接の関係はないのでこんなもんでよかろう。
2020年6月日24時。
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