2020年01月16日
変えられない過去(正月十三日)
バビシュ首相のEU助成金詐取疑惑がどうなるか見通しの立たないチェコの政界に、ゼマン大統領がまた一石を投じて波紋を起した。もうすぐ任期が切れるオンブズマンの後任として推薦した人物の共産党員時代の過去が暴かれ、こんな人物は人権を守る最後の砦であるオンブズマンにふさわしくないと批判を浴びているのである。批判されているのは、ゼマン大統領ではなく推薦されたヘレナ・バールコバー氏なので、ゼマン大統領が悪いとは言えないのだけど、ゼマン大統領が推薦していなかったら、この人の過去が暴かれることもなかったはずである。
このバールコバー氏は、2013年の下院の総選挙の際に、無所属ながらバビシュ党のANOから出馬し当選した。その後、ソボトカ内閣が成立するのだが、ANOのノミネートで法務大臣に就任する。しかし、1年ほどで、期待されたほどの成果を挙げていないという理由で解任され、ペリカーン氏が後任となった。今から思い返せば、ANOとバビシュ氏がペリカーン氏を口説き落とすまでのつなぎとして選ばれたのがこのバールコバー氏だったのではないかとも思える。
法務大臣を解任された後のバールコバー氏は、ANOに入党し、2017年の総選挙でもANOから当選して二期目の下院議員を務めている。最近は、確か政府の人権委員会のようなものでも要職を務めているようで、それが同じ人権擁護の役職であるオンブズマンへの推薦につながったものと考えられる。ゼマン大統領とバビシュ首相はつながっているので、推薦にはバビシュ首相の意向も入っていたはずだ。
このオンブズマンへの推薦が明らかになったことで、バールコバー氏の過去の業績が問題とされるようになった。ビロード革命以前に共産党員だったことについては本人もすでに明らかにしており、他の多くの共産党員の過去を持つ人々と同様にキャリアのために入党したのだと言い訳していた。実際大学に入るためだけに共産党への入党を求められたという話もあるし、共産党員歴を持つ人を完全に排除してしまったら、社会が立ち行かないというところもあるのである。
だから、この件に関してはそれほど大きな問題にはなっていないのだが、バールコバー氏が、いわゆる正常化の時代に、法学の専門誌に発表した論文が発見されて、その内容が問題となっている。正常化の時代に制定され、ハベル大統領などの反体制派の人々を監視し、場合によっては収監するために悪用された法律についての論文なのだが、その名前だけは「保護法」となっている法律の意義を擁護していることが問題にされている。本人の言い訳は、この法律が悪用されていたことは知らなかったというもの。
もう一つ、強く批判されているのは、論文の共著者が、1948年に共産党がクーデターで政権を獲得した後に、政敵を敗処するために起したでっち上げの政治裁判にかかわった人物だったことだ。特に、当時国会議員を務めていた法律家のミラダ・ホラーコバー氏を偽りの自供に追い込み、死刑の判決が下された裁判の中心人物だったことで批判されている。この件についても、バールコバー氏は、共著者が政治裁判にかかわっていたことは知らなかったと言い訳している。
問題は、当時は若手だったとはいえ、大学の法学部を出た法律の専門家が、この手のことを知らなかったというのがありえるのかということと、仮に知らなかったというのが本当だったとしたら、それは法律の専門家としての能力の不足を意味しているのではないかということだ。結局、バールコバー氏は、自らの共産党員としての過去を理由にして、推薦を辞退することを発表した。批判された論文に関しては誤りだったと認めることも、撤回することもしないようである。
このバールコバー氏、コウノトリの巣事件などバビシュ首相の疑惑に関して、法律の専門家としてコメントを求められた場合も、バビシュ首相に都合のいい形での法律の解釈をして、法律上何の問題もないと答えることが多い。結局、政治体制がどうあっても、体制に都合のいい法律の解釈をする、体制に寄生するタイプの法律家なのだろう。この人が、政府に対して反対することも求められるオンブズマンにならなかったことは、幸いだったといえるだろう。
実は、このバールコバー氏が政治の世界に登場したときには、2000年代初頭に活躍して政治の世界から姿を消していたハナ・マルバノバー氏をスタッフとして採用していたこともあって、ちょっと期待していたのだけど、完全な期待はずれに終わった。マルバノバー氏にとっても期待はずれだったのか、すでに協力関係は解消されているようである。
2020年1月14日24時。
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