それに5つあるのですが、一番大事なのは
「花果同時(かかどうじ)の徳」です。
蓮の花というのは、だんだん開くのではなく、ばさっとひらくといわれます。
正しい信心というのは、だんだんと作り上げられるのではなくて、
一念で得られるものです。
一念というのは、信心獲得する何億分の一秒よりも短い時間のことだと
親鸞聖人は『教行信証』に教えられています。
西洋の哲学者、キルケゴールは、幸せについて考えました。
まず欲望を満たして幸せになろうとしますが、
欲望は無限なのでできません。
次に、善をすることによって幸せになろうとしましたが、
善に向かうと悪に敏感になります。
そして、見返りがないと腹が立ってきます。
どんなに善に向かってもできないので、絶望してしまいました。
ところが仏教には、煩悩そのまま幸せになる
煩悩即菩提の世界があります。
煩悩即菩提は、煩悩をなくして幸せになるのではありませんから、
信仰の飛躍があります。
煩悩即菩提になるのは一念なのです。
そういう世界はキリスト教にはなかったので、
キルケゴールは絶望してしまいましたが
この一念の救いをキルケゴールが知っていたら
どんなに驚くでしょうか。
親鸞聖人の教えを知らないのに、
一瞬の救いが真実だといっています。
キルケゴールと親鸞とか、たくさんの本があります。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image