2021年01月14日
「人魚の嘆き」本文vol,6/29
「人魚の嘆き」本文全29章 ファンブログ版 vol,6/29
「どうして内の御前様は、毎日あんなに塞ぎこんで、退屈らしいかおつきばかりなすっていらっしゃるのだろう。」
七人の妾たちは、互いにこう云って訝(いぶか)りながら、あらん限りの秘術をつくして、貴公子のご機嫌を取り結びます。
紅々という、第一の妾は声が自慢で、隙さえあれば愛玩の胡琴を鳴らしつつ、婉転として玉のような喉嚨(こうろう)を弄び、鶯々という、第二の妾は秀句が上手で、気に臨み折に触れては面白おかしい話題を捕らえ、小禽のような絳舌蜜嘴(こうぜつみっし)をぺらぺらと囀(さえず)らせる。
肌の白いのを得意としている、第三の妾の窈娘(ようじょう)は、動(やや)ともすると酔いに乗じて、神々しい二の腕の膩肉(じにく)を誇り、愛嬌を売り物にする第四の妾の錦雲は、豊頬に腮窩(さいわ)を刻んで、さもにこやかにほほ笑みながら、柘榴(ざくろ)の如き歯並びを示し、第五、第六、第七の妾たちも、それぞれ己の長所を恃(たの)んで、頻りに主人の寵幸を争うのです。
けれども貴公子は、この女たちの孰れに対しても、格別強い執着を抱く様子がありません。世間普通の眼から見ると、彼等は絶世の美人に違いありませんが、傲慢な貴公子を相手にしては、やはり酒の味と同じように、折角の嬌態が今更珍しくも美しくも見えないのです。
こういう風で、次から次へと絶えず芳烈な刺激を求め、永劫の歓喜、永劫の恍惚に、心身を楽しませようという貴公子の願いは、なかなか一と通りの酒や女の力を以て、遂げられる訳がないのでした。
「金はいくらでも出してやるから、もっと変わった酒はないか。もっと美しい女はいないか。」
引用書籍
谷崎純一郎「人魚の嘆き」中央公論社刊
「どうして内の御前様は、毎日あんなに塞ぎこんで、退屈らしいかおつきばかりなすっていらっしゃるのだろう。」
七人の妾たちは、互いにこう云って訝(いぶか)りながら、あらん限りの秘術をつくして、貴公子のご機嫌を取り結びます。
紅々という、第一の妾は声が自慢で、隙さえあれば愛玩の胡琴を鳴らしつつ、婉転として玉のような喉嚨(こうろう)を弄び、鶯々という、第二の妾は秀句が上手で、気に臨み折に触れては面白おかしい話題を捕らえ、小禽のような絳舌蜜嘴(こうぜつみっし)をぺらぺらと囀(さえず)らせる。
肌の白いのを得意としている、第三の妾の窈娘(ようじょう)は、動(やや)ともすると酔いに乗じて、神々しい二の腕の膩肉(じにく)を誇り、愛嬌を売り物にする第四の妾の錦雲は、豊頬に腮窩(さいわ)を刻んで、さもにこやかにほほ笑みながら、柘榴(ざくろ)の如き歯並びを示し、第五、第六、第七の妾たちも、それぞれ己の長所を恃(たの)んで、頻りに主人の寵幸を争うのです。
けれども貴公子は、この女たちの孰れに対しても、格別強い執着を抱く様子がありません。世間普通の眼から見ると、彼等は絶世の美人に違いありませんが、傲慢な貴公子を相手にしては、やはり酒の味と同じように、折角の嬌態が今更珍しくも美しくも見えないのです。
こういう風で、次から次へと絶えず芳烈な刺激を求め、永劫の歓喜、永劫の恍惚に、心身を楽しませようという貴公子の願いは、なかなか一と通りの酒や女の力を以て、遂げられる訳がないのでした。
「金はいくらでも出してやるから、もっと変わった酒はないか。もっと美しい女はいないか。」
引用書籍
谷崎純一郎「人魚の嘆き」中央公論社刊
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