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2021年01月15日

「人魚の嘆き」本文ラストvol,29

「人魚の嘆き」ラスト VOL29


「おお、どうぞお前の神通力を示してくれ。その代りには、私はどんな願いでも聴いて上げよう。」
と、うっかり貴公子が口をすべらせると、人魚はさもさも嬉し気に、両手を合わせて幾度か伏し拝みながら、

「貴公子よ、それでは私はもうお別れをいたします。私が今、魔法を使って姿を変えてしまったら、あなたはさぞかしそれをお悔やみなさるでしょう。

もしもあなたが、もう一遍人魚を見たいと思うなら、欧州行きの汽船に乗って、船が南洋の赤道直下を過ぎる時、月のよい晩に甲板の上から、人知れず私を海へ放して下さい。

わたしはきっと、波の間に再び人魚の姿を示して、あなたにお礼を申しましょう。」
云うかと思うと、人魚の体は海月(くらげ)のように淡くなって、やがて氷の溶けるが如く消え失せた跡に、二三尺の、小さな海蛇が、水甕の中を浮きつ沈みつ、緑青色の背を光らせ泳いでいました。


人魚の教えるに従って、貴公子が香港からイギリス行きの汽船に塔じたのは、その年の春の初めでした。或る夜、船がシンガポールの港を発して、赤道直下を走っている時、甲板に冴える月明りを浴びながら、人気のない舷(げん=船の両側面。ふなべり。)に歩み寄った貴公子は、そっと懐から小型なガラスの壜(びん)を出して、中に封じてある海蛇を摘(つま)み上げました。

蛇は別れを惜しむが如く、二三度貴公子の手首に絡みつきましたが、程なく彼の指先を離れると、油のような静かな海上を、暫く」するすると滑っていきます。

そうして、月の光を砕いている黄金の澰波(れんぱ)を分けて、細鱗を閃かせつつうねっているうちに、いつしか水中へ影を没してしまいました。

それからものの五六分過ぎた時分でした。渺茫(びょうぼう)とした遥かな沖合の、最も眩しく、最も鋭く反射している水の表面へ、銀の飛沫(しぶき)をざんぶと立てて、飛びの魚の跳ねるように、身を翻した精悍な生き物がありました。

天上の玉兎の海に堕ちたかと疑われるまで、皓皓と輝く妖繞(ようじょう)な姿態に驚かされて、貴公子がその方を振り向いた瞬間に、人魚はもはや全身の半ば以上を煙波に埋め、双手(そうしゅ)を高く翳(かざ)しながら、「ああ」と哎呦(がいゆう)一声して、くるくると水中に渦を巻きつつ沈んで行きました。

船は、貴公子の胸の奥に一縷(いちる)の望みを載せたまま、恋いしいなつかしい欧羅巴の方へ、人魚の故郷の地中海の方へ、次第次第に航路を進めているのでした。


                        完

引用書籍
谷崎潤一郎「人魚の嘆き」中央公論社刊
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