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2021年01月15日

「人魚の嘆き」本文vol,28

「人魚の嘆き」VOL,28




「私の体は魚のように冷ややかでも、私の心臓は人間のようにあたたかなのです。これが私の、あなたを恋している証拠です。」

彼の女がこう云った時、ふと貴公子の掌(てのひら)は、一塊の雪の中に、淡々と燃えている火のような熱を感じました。

ちょうど人魚の左の胸を撫でていた彼の指先は、その肋骨の下に轟(とどろ)く心臓の活気を受けて、危うく働きを止めようとした体中の血管に、再び生き生きとした循環を起こさせました。

「私の心臓はかくまで熱く、私の情熱はかくまで激しく湧いていながら、私の皮膚は絶ゆる隙間なく、忌まわしい寒気に戦(おのの)いています。

そうしてたまたま、麗しい人間の姿を眺めても、人魚に生まれた浅ましさには、宿業の報いに依って、その人を愛することを永劫に禁じられているのです。





私がいかほどあなたを慕い憧れても、神に呪われて海中の魚族に堕ちた身の上では、ただ煩悩の炎に狂い、妄想の奴隷となって、悶え苦しむばかりなのです。





貴公子よ、どうぞ私を大洋の住み家へ帰して、この切なさと恥ずかしさから逃がして下さい。青い冷たい海の底に隠れてしまえば、私は自分の運命の、哀しさ辛さを忘れることが出来るでしょう。

この願いさえ聴き届けて下さるなら、私は最後の御恩宝持に、あなたの前で神通力を現わして見せましょう。」


引用書籍
谷崎潤一郎「人魚の嘆き」中央公論社刊

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