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2019年07月27日

禅問答と大喜利

数日前の吉本興業問題の私の記事で
宮迫と亮を「クズ芸人」と書いたのだが、
もちろん芸人すべてがクズだとは言っていない。

どうも思慮の浅い人たちというのは
並んだ言葉のパーツだけ見て判断する傾向があり、
文脈を考えようはおろか見ようともしない。

教育テレビの宗教の番組を見ていて思ったのだが、
芸人の定番である「大喜利」というものは
禅宗の禅問答である。

禅問答というのは例えば
「片手で拍手するとどんな音がするか」みたいな
トリッキーな質問に仏教の教えを絡めて答えを導き出すことである。

つまり、科学的な答えが重要なのではなく、
仏教の思考に沿って考えられているか、
を図る質問なのだ。

大喜利も同様だ。
科学的・論理的に正しい答えを出しても誰も笑わない。
大勢を笑わすための、それに沿った答えを導き出そうと
頭をひねる作業である。

人を笑わせるためにはまず常識を知らなければいけない。
常識が分かっていないと非常識が分からない。
人は非常識に心を動かされるのだが、
あまり非常識が過ぎても笑わない。
その調度良い塩梅を見つけるのが大喜利である。

つまり、禅問答も大喜利も
根本的には同じ思考実験である。
ただ方向性が違うだけ。

ただし、私は大喜利のほうがより高尚な行為だと思う。
なぜならば、禅問答は
その思考している本人だけが救済される行為なのに対して
大喜利はそれを聞いた他人が一瞬でも笑うことによって
救済されるからである。
笑ってもらうことで思考した本人も救済される。

そのように芸人というのは崇高な、選ばれた人間による職業なのである。

選ばれた人間だからこそ需要があるし、
より高額な報酬を得ることができる。
だからこそ狙われるわけだが。






posted by 黒豚猫 at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ
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