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タグ / 習一

記事
習一篇−1章6 [2020/02/17 22:15]
 私服の医者が去ったあとの室内に、軸の太いペンが一本落ちていた。習一と母の私物ではない。落とし主は状況的に、若い医者の可能性が高い。習一は医者が忘れものを取りにくる未来を見越して、一時的にペンを病室に保管しておくことにした。だがあの医者は今日、休みであったのにもかかわらず職場へやってきたのを考えてみると、たかだかペンひとつのためにもどってくる可能性は低いようにも習一は思った。 (どうせまた出勤してくるだろ)  今日中に落とし主が現れなくとも、ものの数日のうちに会う機会があ..
習一篇−1章5 [2020/02/12 23:45]
 習一が予期せぬ男性が入室してきた。母の態度をかんがみるに、この頼りなさげな男性は母と病院で何度か顔を会わせている医者のようだ。母には持病がなく、個人的に通院する動機がないため、おそらく両者が知り合ったのは習一の入院以後。そこから習一は、この私服の男性が習一の担当医と同じ専門分野の医者だと推定した。さらにいえば、露木に対応した若い医者とはこの人かもしれない。  若い医者がこの場にあらわれた自己説明によると、彼は今日、仕事が休みの日だという。だが必要な記録の記入漏れがあったの..
習一編−1章4 [2020/02/07 02:20]
 昏睡状態から習一が目覚めた日の夕食も翌朝の朝食も、メニューはペースト状の粥であった。こんな食事では食べた気がしない。だいたい、乳幼児か嚥下の不自由な老人が口にする食べものである。習一が食事の不満を看護師に言うと、このメニューは習一の体に適切だと説かれた。何日間も飲食をとらなかった胃に、いきなり固形物を入れると胃がびっくりしてしまうらしい。しばらくは素人がなにを言おうとムダだと習一は察した。  朝食がすんだあと、習一は暇つぶしがてらに病室の外を歩いた。移動の際には点滴を運ば..
習一編−1章3 [2020/01/30 23:40]
 習一は母親には自分の入院の経緯をたずねなかった。母が知りうることはしょせん他人からの又聞きである。まだ医療関係者に聞くほうが正確なことを知れると思った。ゆえに母が「なにかしてほしいことはある?」と親らしく聞いてきた際、自分の救急搬送に居合わせた医師か看護師に会わせてほしいとたのんだ。その人たちならばより詳しい状況が聞き出せそうだと思ったのだ。  直後に母は不安な表情になる。それは母ひとりの裁量では達成できない依頼だからだ、と習一は推測した。該当する者が現在出勤しているのか..
習一編−1章2 [2020/01/18 00:55]
 白いコートの男は習一の注目があつまったにも関わらず、彫像のごとくたたずむ。そしてその男の片方の手は、習一には視認できなかった。 (手が、ない……?)  袖に片手をひっこめているようには見えず、習一はその異様な存在に興味をいだく。 「そいつは……白衣みたいな服を着てるが、医者か?」 「ああ、ここの病院の人じゃないけどね」 「そいつが記憶を消す技を使えると?」 「そういうこと」 「その技は、消したもんをもどすことはできないのか?」 「ムリなんだ。消すことオンリー..
習一篇−1章1 [2020/01/10 03:30]
 少年は目をあけた。オレンジ色のまじった、あたたかみのある色合いの壁が見える。その壁が天井だとわかるのにいくらか時間がかかった。この部屋が少年の自室ならばすぐに天井だと認識できただろう。 (どこだ……?)  寝ぼける少年は無心に天井をながめる。そうするうちに、男の声が聞こえた。 「目がさめてくれたね。これで一安心だ」  その声には本心から他者を気遣うやわらかさがあった。少年は何者がそばにいるのかをたしかめるため、視界外の声の主をさがした。  少年が視界を変えた先には..
習一篇草稿のあとがき [2018/12/28 04:00]
この物語はながらく未完のままでいました。 自前のテキストデータによると、2017年9月から放置していたものです。 ほかのデータでは同年1月に仮の完成稿がありました。当時の自分はその結末を不採用にしていました。 そのことに気付くのは終章下を書き上げたあとです。 それまで没にしたシーンを書いたこと自体を忘れていました。その没案を公開する予定はないです。絶対に今回書いたもののほうが完成度が高いです。 紆余曲折あって、今月になって最終的な結末部分を着手&完走できました。..
習一篇草稿−終章下 [2018/12/18 02:00]
7  習一は自宅の玄関前に立った。押し慣れない呼鈴を鳴らす。これは家人が起床しているか確認する行為だ。現在は早朝。暑さがひどくならないうちに用事を済ませたい、と習一が考えたうえでの訪問ゆえに、一般的に人が起きている時間帯とは言いがたかった。  家屋の静けさが習一の焦りをまねく。その一方で、心を掻き乱されうることに立ち向かわなくてもよいという一時的な安楽さも生じた。 (いや……ここで逃げたら、だれもスッキリできやしないんだ)  習一も、父母も、現状に甘んじていたいと..
習一篇草稿−終章中 [2018/12/17 00:00]
4 「六月、あんたはオレを襲った。それはなんでだ?」 「貴方が邪魔でした。オヤマダさんたちに報復をしようとする、貴方が」 「覚えてねえな。オレがそんな計画を立てたことをどうやって知った?」 「貴方が仲間と通話するのを聞きました」 「盗み聞きか。ま、鈍かったオレが悪いな」 「それは致し方ないのです。あの時の貴方は実体化しない私が見えなかったのですから」 「なんだと? いまは見えてるのに?」  習一は最初から異形が見える体質なのではなかった。ではなにをきっかけ..
習一篇草稿−終章上 [2018/12/16 00:00]
1 「ごめんね、すごくこわかったでしょ」  異形は銀髪の少女に変貌し、涙を流す習一を抱きしめた。彼女は習一の背中をやさしくさする。その接触が、過去に奪われた体の実在を証明した。 「記憶、もどった?」  習一は自信なくうなずく。自分が怪物に襲われた瞬間は思い出した。そこに至るまでの経緯はまだはっきりしない。 「バケモノに……手や、足を……でも、どうしてオレは生きている?」  薄暗い灯りの下に黒い異形が無数にうごめいていた。それらが帽子の男の「喧嘩をせずに分け合え..
習一篇草稿−7章 [2018/12/15 00:00]
1  朝方は昨日の肉詰めピーマンの残りとイチカ手製のフレンチトーストを食べ、習一たちは外出した。新品のサンダルは足が蒸れないので快適であり、習一は良い買い物をしたと満足がいった。三人は公共交通機関を利用してプールを目指す。駅までの道のりの中、シドがしきりに電車の時刻表を確認した。乗車すべき電車の種類、降りる駅名はメモを取ってある。他になにを気にするのだろう、と習一は彼の周到さをあやしんだ。  駅のホームにて電車の到来を待つ。駅構内に目当ての電車が来るアナウンスが起きた..
習一篇草稿−6章 [2018/12/14 00:00]
1  夕飯時になると習一たちは猫らを別室へ移動させた。手作りの居住地と、購入したという猫用のトイレも一緒に運びおえ、小山田家の食卓が始まる。仕事のあったノブは途中から加わり、食後のデザートがあると知って喜んだ。彼は精神的な年齢でいうと小山田家の中で一番幼いかもしれない、と習一は裏表のない中年を評した。だが担任とは異なる幼さだ。向こうは身勝手な幼稚さがあるのに対して、ノブは周囲の者を尊重した上で少年の心を発揮する。目下な娘と対等な接し方をするあたりが顕著だ。 (こういう..

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