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タグ / 習一

記事
習一篇−5章2 [2021/03/03 23:55]
 習一は外気の熱にうだりながら、黒灰色のシャツを見失わないように歩いた。銀髪の教師は進行方向を見つつも習一を置き去りにしない歩調を保つ。現在の二人は人々の喧騒がはげしい場におり、足音をたよりに距離を測るのは無理だ。教師は朝、習一とともに歩いたときの速度を正確に把握したのか、あるいは他人の気配の遠近を察せるのか。どちらも一般人には不可能な技能ではあるが、過去に習一を武力で凌駕したという男ならできうる芸当な気がした。  教師はめぼしい飲食店の前を通りすぎ、和風な店へと近づく。そ..
習一篇−5章1 [2021/02/17 02:14]
 習一たちは午後も図書館に居続けた。習一は残る五教科の理科と社会科のうち、教科書を持参した政治経済に苦戦する。教科書にない作文の解答を求められてつまづいたのだ。機械的に教科書の説明を抜粋しても解けず、自分の言葉に直さねばならない。快調な出だしだった午前の課題とは反対に、鈍重な進捗におちいる。習一は嫌気がさしてきて、いったん顔を上げた。 (ちょっと休むか?)  席についてからというもの、ずっと同じ作業をしてきた。それは教師とて同じだが、彼は趣味の読書にいそしめているせいか疲..
習一篇−4章8 [2021/02/02 23:57]
 習一は喫茶店で腹いっぱいに朝食を食べた。同伴者が栄養不足な習一のため、と言って彼の分の肉とパンが半分ばかし習一に渡り、習一は予想外の食事量を摂らされた。教師が分けてくれた食べものはどれも美味で、その点はうれしい分与だったものの、病み上がりには重たい。それが取り分けた張本人にも伝わったのか彼は残してもいいと言ってきた。しかし習一は幼少期から食べのこしをマナー違反だと叩きこまれているために嫌がった。結果、満腹をおぼえる以上のものを胃に詰めこむ事態となった。  食事が終わった習..
習一篇−4章7 [2021/01/02 02:30]
 銀髪の教師が飲食店に入る。入店時、ちりんちりんという鈴の音が鳴った。その音は入口の戸の上部から聞こえてくる。習一も店へ入り、戸を見上げてみると、木製の戸の上部に戸当たりがある。戸当たりの棒部分に鈴が複数垂れていた。鈴を吊るす紐にはリボンが結んである。鈴とリボンを高所に飾る光景が、どことなくクリスマスリースやベルを連想させた。 (クリスマスの飾りなわけないな)  習一はこのかわいらしい飾り付けを季節限定ではなく、常に飾ってあるものだと判断した。鈴は客の入退店を報せる実用的..
習一篇−4章6 [2020/12/02 01:00]
「さっきの女の子はどこへ行ったんだ?」 「この町のどこかにいると思います」  習一を起こしにきた少女はすでに別行動をとっている。予想範囲内のこととはいえ、習一は釈然としない。 「オレとすこし話しただけで、すぐいなくなったのか?」 「はい、この場に残る理由がなかったので」 「いいように使いぱしりにしてるんだな」  習一は教師への不快感をあらわにした。彼の真人間そうな口調と人遣いの荒さとの落差が激しいせいで、一言言わずにはいられなかった。 「なにか問題がありますか?..
習一篇−4章5 [2020/11/21 02:00]
 習一が起きたとき、掛布団の上に寝そべっていた。室内はあかるく、日はすでに上がっている。いまは何時だろう、とうつろな目でベッド棚にある置き時計を見たところ、針は七時半を指していた。朝一の授業に間に合わせるには支度を急ぎたい時刻だが── (学校は……休みか)  昨日が終業式だった。今日から長期の休暇期間に入る。不良に身をやつしてからはじめての夏休みだ。去年までの自分は涼しい家と夏季授業を実施する学校に長く滞在することで暑い夏をやりすごしていた。家族とも学校の者とも不仲になっ..
習一篇−4章4 [2020/11/20 23:40]
4夜に帰宅  習一は実家に到着した。まずは家門の外から家の様子をさぐる。居間には電灯が点いている。家主はもう帰宅した頃か、妹は学習塾に行っていて家にはいないのだろうか──と習一は家族の所在を考える。こんな想像は帰宅道中にも行なってきた。いま一度同じことを考えるのはただ、気後れしているせいだ。 (……オレがもたついてちゃ、こいつが帰れない)  銀髪の少女は習一の家までついてきた。きっと彼女は習一がきちんと帰宅するのを確認してから帰るつもりなのだろう。彼女の帰宅を遅らせ..
習一篇−4章3 [2020/11/17 22:50]
 習一は喫茶店に居続けた。時間を経るごとに店内を行き交う人が替わっていく。客の顔ぶれが変化するたび、自分が店の利益にならない存在であることを察した。  空席が目立つ時間帯は習一のような客はいてもいなくても同じだ。なおかつ表面上の客入りのとぼしさをごまかす役には立てる。ゆえに店側に多大な損失は与えないだろうと習一は見込んでいる。しかし明確な益をもたらすわけでもなく、店内が満席になればこの状況は一変する。利益を生み出すはずの席が無駄に占領されたままでは、一銭も金を落とさない習一..
習一篇−4章2 [2020/11/05 22:50]
「そのときのおれは地面に倒れてて、オダさんがやられるとこを直接見れてなかったんスけど、ほかの二人は現場を見てました。だからあいつら、おれよりずっとビビってるみたいで」  うつむいていた田淵が上目づかいで習一の顔色を確かめ、また視線を下にやる。 「オダさんが『連中に仕返しをする』と言っても、みんな気が乗らなかった。イライラするオダさんは怖いけど、あの銀髪はもっと怖い。だからずるずる計画を延ばして……」  おびえる男子は自分がリーダーと認める少年をちらりと見て、その機嫌が変..
習一篇−4章1 [2020/10/22 21:00]
 終業式を終えたあと、習一はどの生徒より早く校舎を離れた。外で待っている銀髪の少女と早々に合流しておこうと考えたからだ。真夏の真昼間の外で、長時間の待機は過酷である。熱気の苦手な習一ならば一分一秒でも早く涼しい屋内に入りたいと思う。そのように少女の身を我がことのように心配したからすばやく学校を出る──のは二番目の動機だ。  一番の動機は、早朝の校内で習一の将来を心配してきた男子から遠ざかること。彼の親切心を真正面から受け答えるのもこばむのも、いまの習一には多大なエネルギーを..
習一篇−3章7 [2020/10/15 03:13]
 習一はサンドイッチのうちツナ入りのものをはじめに食べた。マヨネーズであえたツナとしゃきしゃきしたレタスの食感がある。味そのものはありふれたもののように感じる。だが口の中に旨みが染みわたった。おそらく昨晩なにも食べなかったせいだ。一般的な食事をいたく美味に感じ、一口、二口と次々ほおばった。  二切れめを食べかかる頃には飲みこみがわるくなり、水筒の茶を飲む。氷粒で冷やされた茶も、なんの変哲もないただの飲み物だろうに無性においしく思えた。 (普通の手料理……食ってなかったな)..
習一篇−3章6 [2020/10/09 22:22]
 窓を叩く音が鳴った。物音で起こされた習一は窓を見る。昨日に引き続き、またも銀髪の少女が窓の縁にいた。あの調子だと今後も窓が彼女の玄関口になりそうである。 (鍵、開けとくか?)  いまのところ、窓から入る者は彼女のほかにいない。軽業のできる盗人が侵入する危険はあるにはあるが、そのようなすぐれた身体能力をもつ悪人がやってくる可能性は低いと感じた。それほど優秀な人間ならほかに稼ぐ口はあるだろう、と。  習一は少女の無言の要求に応じ、窓を開けた。少女が土足で部屋に踏みいる。 ..
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