2020年11月05日
習一篇−4章2
「そのときのおれは地面に倒れてて、オダさんがやられるとこを直接見れてなかったんスけど、ほかの二人は現場を見てました。だからあいつら、おれよりずっとビビってるみたいで」
うつむいていた田淵が上目づかいで習一の顔色を確かめ、また視線を下にやる。
「オダさんが『連中に仕返しをする』と言っても、みんな気が乗らなかった。イライラするオダさんは怖いけど、あの銀髪はもっと怖い。だからずるずる計画を延ばして……」
おびえる男子は自分がリーダーと認める少年をちらりと見て、その機嫌が変わらぬのを確認する。
「ある日の夜、部屋にいたら、急に変な男が現れたんス。『才穎高校の生徒に報復する気はあるのか』と聞いてきて……ない、と言ったらいなくなった。ほかの二人も、同じ夜に、同じ男が同じことを聞いてきたと言って、もう不気味で。だって、いつの間にか知らない男が部屋にいたんスよ。音もなく入ってくるやつなんて、オバケしかいないでしょ? そんなやつ、逆らっても勝ち目ないっスよ。そいつが現れたあとにオダさんが入院しちまったし、もうこれ潮時だなって」
現実離れした現象だ。幽霊のごとき侵入者も怪しいが、そいつが不良少年らの住居を知り尽くしていたのも妙だ。そして田淵が述べる経緯から推察するに、おそらくは田淵の部屋に侵入した者は習一にも同じ質問をした。そういった問答をした記憶はいまの習一にない。当時の血気にはやる自分がやりそうな行動を考えてみると、敵意を全面に出した返答をしたのだろう。その結果、習一は原因不明の昏睡状態に陥った、となるとつじつまが合ってくる。習一はそれらの経緯が事実だと信じきれないが、話者がウソを言っていないことは信じられる。
「マジメに生きなきゃ自分らも危なくなる……と思ったわけか」
「ハイ……情けないでしょうけど、それが本音です。おれたち、あんなおっかない目にあってまで不良はやりたくないっス……」
習一は田淵の話が終わったと見て、彼の説明になかった部分を質問する。
「そのオバケ男は銀髪の教師じゃないのか?」
才穎高校の生徒への復讐を果たされて困るのは銀髪の教師。現段階の話において、幽霊男は部外者のはずだ。
「え? ハイ、別人っス。ほかの二人もおれと同じこと言ってたし、まちがいないっスよ」
「どんなやつだ?」
「スゲーむきむきで、デケエ男でした。黒っぽい肌は銀髪と似てましたけど、あの体は別モンっス」
「髪の色はどうだった?」
「髪は……わかんないっス。みんなも『帽子を被ってた』と言ってました」
仮に幽霊じみた男の髪が銀色であれば、ある推測が成り立つ。習一の入院中、病院に押しかけてきた光葉が捜し求める、屈強な大男。その男が、田淵らに無断訪問した幽霊男だとしたら。光葉がどこからか得た、銀髪かつ色黒の大男がこの地域にいるというタレコミは正しい。おまけに、その大男は帽子を常用すると光葉は言った。
「あのう……オダさん、オバケ男の正体に心当たりがあるんスか?」
「ああ、ちょっとな。たしかじゃないが、あの銀髪に聞いてみるか」
かるく発した提案に、田淵は色めきたつ。
「暴力教師に? またやられちまうっス!」
「平気だ。もう病院で一回会ってる」
田淵が上体をのけぞり、驚愕した。習一が強敵と出会っていながら、無事でいる状況がよほど信じられないようだ。
「それだけじゃない、あいつはオレの復学を手伝うんだとよ。ご丁寧に補習の話をこぎつけて、面倒な課題をプレゼントしやがった」
習一は解答途中の数学のプリントを掲げた。田淵がちんぷんかんぷんであろう問題を凝視する間、習一は彼の隣席の少女に目をやる。彼女は二人の会話を耳にしていないかのように読書に没頭していた。少女はこの話題に参加するつもりがないようだ。彼女からの説明は期待できないと判断し、習一が田淵に補足する。
「いまはあの銀髪がオレの味方らしいぞ。もし町中で会ってもビビらなくていい」
「まじっスか? でも、あいつは真面目に生きればなにもしない、と言ってたしな……」
田淵は半信半疑で目を泳がせた。習一は教師にまつわる話題を切り上げにかかる。
「ところで、お前は飯を食いにきたのか?」
「あ、ハイ。テキトーに涼しいところで食おうかな、と……でもオダさんのジャマしちゃまずいっスね。オダさんも真面目にしよう、と思ったからガンバってるんでしょ?」
「どうだかな。ま、飯を食いたいならほかの席か店に移ってくれ。課題が進まねえ」
田淵が片手を後頭部にあてて「すんません」と目を細める。そうして店を出ていった。彼は最後まで銀髪の少女について言及せずじまいであった。習一はこの変事を少女に問う。
「さっきの野郎、お前にぜんぜん気づかなかったよな」
「うん。気配、なくしてるせい」
「そういう問題か? あいつの視界に入ってたと思うが」
「いいから、がんばって問題をといてね」
少女は課題の進行を急かす。習一はその対応に冷淡さを感じた。しかし課題をこなさねばあとで窮するのは習一自身である。仕方なく中断していた解答を再開した。
うつむいていた田淵が上目づかいで習一の顔色を確かめ、また視線を下にやる。
「オダさんが『連中に仕返しをする』と言っても、みんな気が乗らなかった。イライラするオダさんは怖いけど、あの銀髪はもっと怖い。だからずるずる計画を延ばして……」
おびえる男子は自分がリーダーと認める少年をちらりと見て、その機嫌が変わらぬのを確認する。
「ある日の夜、部屋にいたら、急に変な男が現れたんス。『才穎高校の生徒に報復する気はあるのか』と聞いてきて……ない、と言ったらいなくなった。ほかの二人も、同じ夜に、同じ男が同じことを聞いてきたと言って、もう不気味で。だって、いつの間にか知らない男が部屋にいたんスよ。音もなく入ってくるやつなんて、オバケしかいないでしょ? そんなやつ、逆らっても勝ち目ないっスよ。そいつが現れたあとにオダさんが入院しちまったし、もうこれ潮時だなって」
現実離れした現象だ。幽霊のごとき侵入者も怪しいが、そいつが不良少年らの住居を知り尽くしていたのも妙だ。そして田淵が述べる経緯から推察するに、おそらくは田淵の部屋に侵入した者は習一にも同じ質問をした。そういった問答をした記憶はいまの習一にない。当時の血気にはやる自分がやりそうな行動を考えてみると、敵意を全面に出した返答をしたのだろう。その結果、習一は原因不明の昏睡状態に陥った、となるとつじつまが合ってくる。習一はそれらの経緯が事実だと信じきれないが、話者がウソを言っていないことは信じられる。
「マジメに生きなきゃ自分らも危なくなる……と思ったわけか」
「ハイ……情けないでしょうけど、それが本音です。おれたち、あんなおっかない目にあってまで不良はやりたくないっス……」
習一は田淵の話が終わったと見て、彼の説明になかった部分を質問する。
「そのオバケ男は銀髪の教師じゃないのか?」
才穎高校の生徒への復讐を果たされて困るのは銀髪の教師。現段階の話において、幽霊男は部外者のはずだ。
「え? ハイ、別人っス。ほかの二人もおれと同じこと言ってたし、まちがいないっスよ」
「どんなやつだ?」
「スゲーむきむきで、デケエ男でした。黒っぽい肌は銀髪と似てましたけど、あの体は別モンっス」
「髪の色はどうだった?」
「髪は……わかんないっス。みんなも『帽子を被ってた』と言ってました」
仮に幽霊じみた男の髪が銀色であれば、ある推測が成り立つ。習一の入院中、病院に押しかけてきた光葉が捜し求める、屈強な大男。その男が、田淵らに無断訪問した幽霊男だとしたら。光葉がどこからか得た、銀髪かつ色黒の大男がこの地域にいるというタレコミは正しい。おまけに、その大男は帽子を常用すると光葉は言った。
「あのう……オダさん、オバケ男の正体に心当たりがあるんスか?」
「ああ、ちょっとな。たしかじゃないが、あの銀髪に聞いてみるか」
かるく発した提案に、田淵は色めきたつ。
「暴力教師に? またやられちまうっス!」
「平気だ。もう病院で一回会ってる」
田淵が上体をのけぞり、驚愕した。習一が強敵と出会っていながら、無事でいる状況がよほど信じられないようだ。
「それだけじゃない、あいつはオレの復学を手伝うんだとよ。ご丁寧に補習の話をこぎつけて、面倒な課題をプレゼントしやがった」
習一は解答途中の数学のプリントを掲げた。田淵がちんぷんかんぷんであろう問題を凝視する間、習一は彼の隣席の少女に目をやる。彼女は二人の会話を耳にしていないかのように読書に没頭していた。少女はこの話題に参加するつもりがないようだ。彼女からの説明は期待できないと判断し、習一が田淵に補足する。
「いまはあの銀髪がオレの味方らしいぞ。もし町中で会ってもビビらなくていい」
「まじっスか? でも、あいつは真面目に生きればなにもしない、と言ってたしな……」
田淵は半信半疑で目を泳がせた。習一は教師にまつわる話題を切り上げにかかる。
「ところで、お前は飯を食いにきたのか?」
「あ、ハイ。テキトーに涼しいところで食おうかな、と……でもオダさんのジャマしちゃまずいっスね。オダさんも真面目にしよう、と思ったからガンバってるんでしょ?」
「どうだかな。ま、飯を食いたいならほかの席か店に移ってくれ。課題が進まねえ」
田淵が片手を後頭部にあてて「すんません」と目を細める。そうして店を出ていった。彼は最後まで銀髪の少女について言及せずじまいであった。習一はこの変事を少女に問う。
「さっきの野郎、お前にぜんぜん気づかなかったよな」
「うん。気配、なくしてるせい」
「そういう問題か? あいつの視界に入ってたと思うが」
「いいから、がんばって問題をといてね」
少女は課題の進行を急かす。習一はその対応に冷淡さを感じた。しかし課題をこなさねばあとで窮するのは習一自身である。仕方なく中断していた解答を再開した。
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