2017年11月17日
拓馬篇前記−新人3
目前の敵は二人。一人は天井裏に潜んでいた者、一人は廊下にいた者──こちらは一メートル足らずの棍棒を手にしている。
徒手で挑む者はさきほど不発だったハイキックを繰り出した。男は身を屈め、一気に相手のふところに潜る。がら空きの腹に掌底を当てる。黒装束は軽く吹き飛ぶ。また一人、倒せた。
仲間の犠牲を囮あつかいするかのごとく、棍棒使いが急襲する。横薙ぎの攻撃が続いたかと思うと突きへ、突きの連続攻撃を避けると今度は棍棒が二つに分かれた。二本の棒は鎖で繋がっている。いわゆるヌンチャクだ。
(厄介だな……)
軌道が読みづらい武器だ。初めに攻撃を受けた鎖分銅は射程が長い分、一度に攻撃できる範囲がおおまかに決まった。一方でヌンチャクはフットワークが軽く、攻撃の間隔も角度も小刻みに変わる。おまけに使い手は熟練者のようだ。男が倒した二人よりも動きにキレがある。
(この人が、ツイジュンさんか?)
振るう武器のイメージと初対面の印象において、崔俊がもっとも適合する。運転手が黒装束の司令塔を担う状況もふまえ、襲撃者は男がすでに会った人たちなのかと思った。
(あまり傷つけたくない)
彼らは上の者の命令に従っているだけ。彼らの職務を全うするに足る反撃に抑える。そのために男は崔俊の武器の片割れをつかんだ。崔俊は棒を受け取るはずだった右手で手持ちの棒をすばやく握る。その勢いのまま後ろ回し蹴りを放った。
男は手刀で彼の足首を叩き落とす。無防備になった崔俊の襟首を掴む。続けざま彼の体重を支える軸足に足払いをかける。崔俊は体勢を崩す。瞬間的に抵抗ができなくなった崔俊を、男は背負い投げした。その落下地点は牽制もかねて、最初から戦闘不能だった若者にしておく。まだ足のしびれが抜けない若者と崔俊がぶつかった。
(次はだれがくる?)
男は一度負かした相手が再度襲ってくるのではないかと警戒した。だが鎖使いも、天井裏にいた者も座敷から消えている。彼らは倒れた時点で退場するよう命じられたのだろう。まるで演劇のやられ役のように。
(では……残るは運転手か)
男は開いていないふすまを見遣った。人の気配はある。機敏な動きがしづらくなっていく高年といえど、この試合のトリを務めるのか──男が推測した時、そのふすまは開いた。
一人の男性が立っている。それは運転手ではなかった。立派な袴を着た六十代以上の人物。とても生命力にあふれていて実年齢より若く感じた。その脇には黒装束がふすまに隠れるようにして片膝をついている。彼は切っ先の丸くなった槍を立てていた。おそらくは武器を持つ人物がもと運転手だ。
上等な服を着た男性が拍手する。
「いやはや、お見事! すばらしい技芸だ!」
高年の男性が入室した。それに伴い、槍を持つ黒装束も座敷へ入る。彼は内側からふすまを閉めた。
「不意打ちをしかけてすまなんだ。儂が大力だ。文句の一つも受け付けよう」
「いえ……すこしは予想できましたから」
「ふむ、こちら側に人がおるのもわかっておった様子。噂以上の逸材とみた」
大力は床の間のほうへずんずん進む。床の開いた部分は黒装束の者が元通りに直す最中だ。上から物音がするので男は見上げてみる。真っ暗な部分の天井から黒装束の顔がのぞいた。すぐに板がカコンとはさまり、穴がふさがる。もはや試合は終わった。その参加者が片付けの姿勢でいる。
(合格できたんだろうか?)
大力会長の喝采ぶりを信じれば、いまのところ評価は上々である。だが男の就職とはなんの関係もない実力テストだ。男は、高校の教師になる前段階として面会をしにきたのだ。活劇ばりの身のこなしを要求する職務に就く気はない。
大力会長は黒装束が持参した座布団に正座する。男も置きなおされた座布団に座った。位置は床が抜けた部分の畳。その修理をした黒装束が「もう抜けませんぜ」と快活に喋る。
「あ、でも心配だったらずらしてもいいっすよ?」
この口調は床下に潜伏していた若者だ。
「おかまいなく。床を外した貴方が大丈夫だというなら、信じます」
「ありゃ? オレが床下から出てきたやつだってわかるんすか」
「ええ、まあ……声で」
若者は照れたようで、肩をすくめつつ頭をかく。
「あちゃー……『お命、頂戴つかまつる』っつって、カッコつけちゃってましたもんね。外人さんならよろこぶかなーっと思って」
「よろこぶ?」
「だって忍者好きな人が多いでしょ? んでもって『畳のすきまから忍者が刀を刺してくる』なーんて信じてる人もいてさ。そのとーりのことをやってみたんですよ」
畳の縁を踏まない理由の一つとして広まっている俗説だ。忍者に多大な期待を抱く外国人には感涙ものの演出なのかもしれない。男は若者のサービス精神の旺盛さに感心する。
「お気遣い、ありがとうございます。リアクションが薄くて、残念だったでしょう?」
「いいや! こんなヘボ忍者に『ありがとう』だなんてもったいない!」
若者は手のひらをぶんぶん横に振る。そこへ槍を持った黒装束が近づく。
「話はそこまで。客人は会長と大事な用件がある」
「あ、ハイ。どうもお騒がせしました」
黒装束の二人は左右の開いたふすまと障子戸から退室し、戸を閉めていった。畳に刺さっていた小刀は回収されてある。殺陣の現場は普通の広い和室に様変わりした。
「デイルさん、足を崩されてよいぞ。儂も楽に座らせてもらう」
大力はあぐらをかいた。男はこれといって楽な姿勢がないので、正座姿を継続する。
「このままでかまいません。ところで、さきほどの黒装束の方たちにお怪我はありませんか?」
「無事だ。貴公が加減してくれたおかげでな」
大力はにやりと笑った。男が本気を出さなかったことを見抜いている。大力はどこまで男の過去を知っているのか、男は気になった。しかし本題に逸れるため不問にした。
男が黙っていると大力は黒装束の内訳を説明した。鎖分銅の使い手と天井裏の者は兄弟であり、正門の開閉をした袴姿の二人だという。ヌンチャクの使い手は案内役の崔俊。戦わなかった槍使いは車の運転手。
「床から現れたヘッポコ刺客はデイルさんと会っておらん。こやつはあれでも役者をしておってな。もしデイルさんがご存知であれば話がややこしくなると言うて、顔を出さぬことにしたのだ」
「そうでしたか。役者を……」
舞台俳優かなにかの職人魂に火がつき、大げさな役回りをこなそうとしたのだろう。あの若者だけは企画倒れに終わってしまった。その事実を「ヘッポコ」と大力は評価する。男は失礼だと思いながらも正確な表現に感じた。
「桝矢基之(ますやもとゆき)……聞いたことがあるかな?」
「いえ、芸能にはとんと疎くて」
「なぁに、一般の者もよくは知らんだろうて。こやつは端役ばかりの無名同然。だからこのような場に駆り出されるのだ。人気な役者ならばスケジュールがびっちり埋まっておろう」
「でしたら、顔を見せても不都合がなかったのではありませんか」
「そうはっきりと言うてくれるな。やつにもプライドがある」
客の率直な意見に対し、大力は高らかに笑った。
徒手で挑む者はさきほど不発だったハイキックを繰り出した。男は身を屈め、一気に相手のふところに潜る。がら空きの腹に掌底を当てる。黒装束は軽く吹き飛ぶ。また一人、倒せた。
仲間の犠牲を囮あつかいするかのごとく、棍棒使いが急襲する。横薙ぎの攻撃が続いたかと思うと突きへ、突きの連続攻撃を避けると今度は棍棒が二つに分かれた。二本の棒は鎖で繋がっている。いわゆるヌンチャクだ。
(厄介だな……)
軌道が読みづらい武器だ。初めに攻撃を受けた鎖分銅は射程が長い分、一度に攻撃できる範囲がおおまかに決まった。一方でヌンチャクはフットワークが軽く、攻撃の間隔も角度も小刻みに変わる。おまけに使い手は熟練者のようだ。男が倒した二人よりも動きにキレがある。
(この人が、ツイジュンさんか?)
振るう武器のイメージと初対面の印象において、崔俊がもっとも適合する。運転手が黒装束の司令塔を担う状況もふまえ、襲撃者は男がすでに会った人たちなのかと思った。
(あまり傷つけたくない)
彼らは上の者の命令に従っているだけ。彼らの職務を全うするに足る反撃に抑える。そのために男は崔俊の武器の片割れをつかんだ。崔俊は棒を受け取るはずだった右手で手持ちの棒をすばやく握る。その勢いのまま後ろ回し蹴りを放った。
男は手刀で彼の足首を叩き落とす。無防備になった崔俊の襟首を掴む。続けざま彼の体重を支える軸足に足払いをかける。崔俊は体勢を崩す。瞬間的に抵抗ができなくなった崔俊を、男は背負い投げした。その落下地点は牽制もかねて、最初から戦闘不能だった若者にしておく。まだ足のしびれが抜けない若者と崔俊がぶつかった。
(次はだれがくる?)
男は一度負かした相手が再度襲ってくるのではないかと警戒した。だが鎖使いも、天井裏にいた者も座敷から消えている。彼らは倒れた時点で退場するよう命じられたのだろう。まるで演劇のやられ役のように。
(では……残るは運転手か)
男は開いていないふすまを見遣った。人の気配はある。機敏な動きがしづらくなっていく高年といえど、この試合のトリを務めるのか──男が推測した時、そのふすまは開いた。
一人の男性が立っている。それは運転手ではなかった。立派な袴を着た六十代以上の人物。とても生命力にあふれていて実年齢より若く感じた。その脇には黒装束がふすまに隠れるようにして片膝をついている。彼は切っ先の丸くなった槍を立てていた。おそらくは武器を持つ人物がもと運転手だ。
上等な服を着た男性が拍手する。
「いやはや、お見事! すばらしい技芸だ!」
高年の男性が入室した。それに伴い、槍を持つ黒装束も座敷へ入る。彼は内側からふすまを閉めた。
「不意打ちをしかけてすまなんだ。儂が大力だ。文句の一つも受け付けよう」
「いえ……すこしは予想できましたから」
「ふむ、こちら側に人がおるのもわかっておった様子。噂以上の逸材とみた」
大力は床の間のほうへずんずん進む。床の開いた部分は黒装束の者が元通りに直す最中だ。上から物音がするので男は見上げてみる。真っ暗な部分の天井から黒装束の顔がのぞいた。すぐに板がカコンとはさまり、穴がふさがる。もはや試合は終わった。その参加者が片付けの姿勢でいる。
(合格できたんだろうか?)
大力会長の喝采ぶりを信じれば、いまのところ評価は上々である。だが男の就職とはなんの関係もない実力テストだ。男は、高校の教師になる前段階として面会をしにきたのだ。活劇ばりの身のこなしを要求する職務に就く気はない。
大力会長は黒装束が持参した座布団に正座する。男も置きなおされた座布団に座った。位置は床が抜けた部分の畳。その修理をした黒装束が「もう抜けませんぜ」と快活に喋る。
「あ、でも心配だったらずらしてもいいっすよ?」
この口調は床下に潜伏していた若者だ。
「おかまいなく。床を外した貴方が大丈夫だというなら、信じます」
「ありゃ? オレが床下から出てきたやつだってわかるんすか」
「ええ、まあ……声で」
若者は照れたようで、肩をすくめつつ頭をかく。
「あちゃー……『お命、頂戴つかまつる』っつって、カッコつけちゃってましたもんね。外人さんならよろこぶかなーっと思って」
「よろこぶ?」
「だって忍者好きな人が多いでしょ? んでもって『畳のすきまから忍者が刀を刺してくる』なーんて信じてる人もいてさ。そのとーりのことをやってみたんですよ」
畳の縁を踏まない理由の一つとして広まっている俗説だ。忍者に多大な期待を抱く外国人には感涙ものの演出なのかもしれない。男は若者のサービス精神の旺盛さに感心する。
「お気遣い、ありがとうございます。リアクションが薄くて、残念だったでしょう?」
「いいや! こんなヘボ忍者に『ありがとう』だなんてもったいない!」
若者は手のひらをぶんぶん横に振る。そこへ槍を持った黒装束が近づく。
「話はそこまで。客人は会長と大事な用件がある」
「あ、ハイ。どうもお騒がせしました」
黒装束の二人は左右の開いたふすまと障子戸から退室し、戸を閉めていった。畳に刺さっていた小刀は回収されてある。殺陣の現場は普通の広い和室に様変わりした。
「デイルさん、足を崩されてよいぞ。儂も楽に座らせてもらう」
大力はあぐらをかいた。男はこれといって楽な姿勢がないので、正座姿を継続する。
「このままでかまいません。ところで、さきほどの黒装束の方たちにお怪我はありませんか?」
「無事だ。貴公が加減してくれたおかげでな」
大力はにやりと笑った。男が本気を出さなかったことを見抜いている。大力はどこまで男の過去を知っているのか、男は気になった。しかし本題に逸れるため不問にした。
男が黙っていると大力は黒装束の内訳を説明した。鎖分銅の使い手と天井裏の者は兄弟であり、正門の開閉をした袴姿の二人だという。ヌンチャクの使い手は案内役の崔俊。戦わなかった槍使いは車の運転手。
「床から現れたヘッポコ刺客はデイルさんと会っておらん。こやつはあれでも役者をしておってな。もしデイルさんがご存知であれば話がややこしくなると言うて、顔を出さぬことにしたのだ」
「そうでしたか。役者を……」
舞台俳優かなにかの職人魂に火がつき、大げさな役回りをこなそうとしたのだろう。あの若者だけは企画倒れに終わってしまった。その事実を「ヘッポコ」と大力は評価する。男は失礼だと思いながらも正確な表現に感じた。
「桝矢基之(ますやもとゆき)……聞いたことがあるかな?」
「いえ、芸能にはとんと疎くて」
「なぁに、一般の者もよくは知らんだろうて。こやつは端役ばかりの無名同然。だからこのような場に駆り出されるのだ。人気な役者ならばスケジュールがびっちり埋まっておろう」
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