2017年11月16日
拓馬篇前記−新人2
男は座布団の上に正座する。ふかふかした座布団だ。座った感触はよいのだが、男は奇妙な感覚を覚える。
(下に……だれか、いる?)
気配は畳の下、つまりは床下にある。何者かがいるであろう位置は座布団のすぐ前方。男はためしに目の前の畳を手でぐいぐい押してみた。畳が深く沈まないことから、床が抜けていないとわかる。だからといって侵入口ではないと断言できない。
(ここから人が出てくる……?)
床板を外したのちに襲撃される可能性もある──と、いつもの警戒のクセが出た男は自制する。
(いや、考えすぎか)
男は上司のそのまた上司にあたる人物に話をしにきたのだ。不審な人物と一戦交えることはないはず。そのような狼藉者の侵入を許す家屋ではあるまい。
(この家の者が手配したのでなければ、だが)
その線は大いにありえた。大力会長は強い者を好むという。男の戦闘技術がいかほどか試すつもりか──そう考えつくに充分な環境が整っている。
(監視カメラ……の音がする。それと衣擦れも……複数)
微細な機械音と人の気配が四方からただよう。機械はまだいい。万一、男が大力会長に無礼を働いた際の証拠として記録する目的だといえる。だが複数の人間を、来訪者に見せないかたちで侍らすことに正当な理由はあるのか。会長の護衛ならば堂々と会長の左右にいればよい。そのほうが抑止力にもなるだろうに。
男の頭上から木のきしむ音が鳴る。なにかが這いずるようでもあった。通常の家であれば蛇か鼠が天井にいるのかと見過ごす物音だ。しかしこの豪邸に小動物の付け入る隙間があるとは考えにくい。
新たに機械の音が鳴る。間髪を容れず人の声も漏れる。
『頭役、配置につきました。いつでもどうぞ』
かすかな話し声は天井の裏から聞こえた。
(手のこんだ歓待を準備してもらったらしい)
男は座布団に座ったまま、目を閉じた。この座敷を取りかこむ者の様子を探る。一人は床下、一人は天井裏にいることは知れた。そのほかには男が通ってきた廊下に一人、その反対側の障子戸に一人。背後のふすまの奥にも一人。合計で五人いるようだ。彼らは無線通話で連絡を取り合っている。
『足役のオレの位置、変更なしでいいですか? お客のケツにぶっ刺さらないっすよね?』
『こちら背役。客人は予定通りの場所にいらっしゃる。ハデにやってやれ』
若々しい男性と年配の男性の声だ。年配のほうは男に聞き覚えがある。
(この声……運転手?)
男を大力会長の屋敷まで護送した人物だ。ただならぬ人だとは感じていたが、やはり運転能力のみで雇われた男性ではないようだ。
(動かないほうがいいか)
まもなくサプライズが起きる。きっと崔俊の言っていた「ちょっとした腕試し」だ。
鎖のじゃらつく音が聞こえる。無線の会話は無くなり、周囲一帯に緊張感が高まった。いよいよ試験が始まる。
『胴役、入れ!』
背役という、男の背後に待機する者が命じた。障子戸が勢いよく開け放たれ、柱に当たる。太陽光の差しこむ縁側が露わになる。そこに全身黒装束姿の人がいた。両手に分銅のついた鎖を握っている。黒装束が座敷に足を踏みいれ、分銅を男めがけて投げつけた。
(掴むと腕に絡むな……)
初手で拘束を受けると後続の対処がやりづらくなる──と男は体で感じた。自身が下敷きにする座布団を引き抜く。厚みのある座布団を盾代わりにして攻撃を受け止めた。手元の自分の鞄を使わなかったわけは、中にある文具が衝撃で破損するのを嫌がったためだ。この非常時でも余裕のある判断をしてしまうのを、我ながらふてぶてしいと思った。
分銅が畳にぼとんと落ちた。が、宙へ跳ね上がる。金属の塊は畳とともに下から突き上げられた。
「お命、頂戴つかまつる!」
床下に控えていた若者が抜身の刀を振り上げて登場した。ぴょんと跳び、畳の上に着地する。彼も忍者のような黒装束だ。畳に手と膝をつき、ポーズを決めた。──かと思うと、なかなか立ち上がらない。
「あ、足……しびれた……」
狭い空間で待機していたせいなのだろう。大仰なセリフを吐いたわりに若者の動きはにぶく、なさけない。男は刀を持つ若者を戦力外と見做し、ほかの襲撃者に注意を払う。
分銅がふたたび迫る。申し合わせたように天井から小刀がばら撒かれる。小刀は男には当たらない位置に投げられた。男の回避動作を妨害するための投擲(とうてき)だ。分銅を避けるべきか、男に迷いが生じる。
(受けるか)
男は腕が使えなくなる覚悟をした。分銅の鎖を両手でつかむ。分銅が持つ遠心力により、鎖が右腕に巻きついた。これで右腕の自由は利かなくなる。常人の臂力(ひりょく)相当で応戦するかぎりは、他の手足で戦わねばならない。
男の動きが封じられたのを好機と見てか、天井裏から飛び道具を放った頭役が下りてくる。その足で男の頭を踏みつける気だ。男は自身の右腕を引っぱる鎖の方向へ移動する。
それが彼らの狙いだったか。新手の黒装束と鎖の使い手が蹴りの挟み撃ちをしかける。新手が男の首を、鎖使いが男のすねを狙った。
男は彼らの攻撃の軌道にない、上へ跳んだ。ここでも鎖のあるほうへ接近する。拘束主のそばに近づくほど、男の行動範囲も広がるからだ。
男は高く跳躍した。足先がちょうど鎖使いの頭部を狙える高さだ。回避行動のついでに顎を蹴っておいた。予想外の打撃だったようで、鎖使いはふんばりが利かずに後方へ倒れる。この隙に男は右腕にまとわりつく鎖をほどいた。
(敵は三人……)
束縛の解けた男は後方を向く。二人の黒装束が立ち向かってくるのを目にした。
(下に……だれか、いる?)
気配は畳の下、つまりは床下にある。何者かがいるであろう位置は座布団のすぐ前方。男はためしに目の前の畳を手でぐいぐい押してみた。畳が深く沈まないことから、床が抜けていないとわかる。だからといって侵入口ではないと断言できない。
(ここから人が出てくる……?)
床板を外したのちに襲撃される可能性もある──と、いつもの警戒のクセが出た男は自制する。
(いや、考えすぎか)
男は上司のそのまた上司にあたる人物に話をしにきたのだ。不審な人物と一戦交えることはないはず。そのような狼藉者の侵入を許す家屋ではあるまい。
(この家の者が手配したのでなければ、だが)
その線は大いにありえた。大力会長は強い者を好むという。男の戦闘技術がいかほどか試すつもりか──そう考えつくに充分な環境が整っている。
(監視カメラ……の音がする。それと衣擦れも……複数)
微細な機械音と人の気配が四方からただよう。機械はまだいい。万一、男が大力会長に無礼を働いた際の証拠として記録する目的だといえる。だが複数の人間を、来訪者に見せないかたちで侍らすことに正当な理由はあるのか。会長の護衛ならば堂々と会長の左右にいればよい。そのほうが抑止力にもなるだろうに。
男の頭上から木のきしむ音が鳴る。なにかが這いずるようでもあった。通常の家であれば蛇か鼠が天井にいるのかと見過ごす物音だ。しかしこの豪邸に小動物の付け入る隙間があるとは考えにくい。
新たに機械の音が鳴る。間髪を容れず人の声も漏れる。
『頭役、配置につきました。いつでもどうぞ』
かすかな話し声は天井の裏から聞こえた。
(手のこんだ歓待を準備してもらったらしい)
男は座布団に座ったまま、目を閉じた。この座敷を取りかこむ者の様子を探る。一人は床下、一人は天井裏にいることは知れた。そのほかには男が通ってきた廊下に一人、その反対側の障子戸に一人。背後のふすまの奥にも一人。合計で五人いるようだ。彼らは無線通話で連絡を取り合っている。
『足役のオレの位置、変更なしでいいですか? お客のケツにぶっ刺さらないっすよね?』
『こちら背役。客人は予定通りの場所にいらっしゃる。ハデにやってやれ』
若々しい男性と年配の男性の声だ。年配のほうは男に聞き覚えがある。
(この声……運転手?)
男を大力会長の屋敷まで護送した人物だ。ただならぬ人だとは感じていたが、やはり運転能力のみで雇われた男性ではないようだ。
(動かないほうがいいか)
まもなくサプライズが起きる。きっと崔俊の言っていた「ちょっとした腕試し」だ。
鎖のじゃらつく音が聞こえる。無線の会話は無くなり、周囲一帯に緊張感が高まった。いよいよ試験が始まる。
『胴役、入れ!』
背役という、男の背後に待機する者が命じた。障子戸が勢いよく開け放たれ、柱に当たる。太陽光の差しこむ縁側が露わになる。そこに全身黒装束姿の人がいた。両手に分銅のついた鎖を握っている。黒装束が座敷に足を踏みいれ、分銅を男めがけて投げつけた。
(掴むと腕に絡むな……)
初手で拘束を受けると後続の対処がやりづらくなる──と男は体で感じた。自身が下敷きにする座布団を引き抜く。厚みのある座布団を盾代わりにして攻撃を受け止めた。手元の自分の鞄を使わなかったわけは、中にある文具が衝撃で破損するのを嫌がったためだ。この非常時でも余裕のある判断をしてしまうのを、我ながらふてぶてしいと思った。
分銅が畳にぼとんと落ちた。が、宙へ跳ね上がる。金属の塊は畳とともに下から突き上げられた。
「お命、頂戴つかまつる!」
床下に控えていた若者が抜身の刀を振り上げて登場した。ぴょんと跳び、畳の上に着地する。彼も忍者のような黒装束だ。畳に手と膝をつき、ポーズを決めた。──かと思うと、なかなか立ち上がらない。
「あ、足……しびれた……」
狭い空間で待機していたせいなのだろう。大仰なセリフを吐いたわりに若者の動きはにぶく、なさけない。男は刀を持つ若者を戦力外と見做し、ほかの襲撃者に注意を払う。
分銅がふたたび迫る。申し合わせたように天井から小刀がばら撒かれる。小刀は男には当たらない位置に投げられた。男の回避動作を妨害するための投擲(とうてき)だ。分銅を避けるべきか、男に迷いが生じる。
(受けるか)
男は腕が使えなくなる覚悟をした。分銅の鎖を両手でつかむ。分銅が持つ遠心力により、鎖が右腕に巻きついた。これで右腕の自由は利かなくなる。常人の臂力(ひりょく)相当で応戦するかぎりは、他の手足で戦わねばならない。
男の動きが封じられたのを好機と見てか、天井裏から飛び道具を放った頭役が下りてくる。その足で男の頭を踏みつける気だ。男は自身の右腕を引っぱる鎖の方向へ移動する。
それが彼らの狙いだったか。新手の黒装束と鎖の使い手が蹴りの挟み撃ちをしかける。新手が男の首を、鎖使いが男のすねを狙った。
男は彼らの攻撃の軌道にない、上へ跳んだ。ここでも鎖のあるほうへ接近する。拘束主のそばに近づくほど、男の行動範囲も広がるからだ。
男は高く跳躍した。足先がちょうど鎖使いの頭部を狙える高さだ。回避行動のついでに顎を蹴っておいた。予想外の打撃だったようで、鎖使いはふんばりが利かずに後方へ倒れる。この隙に男は右腕にまとわりつく鎖をほどいた。
(敵は三人……)
束縛の解けた男は後方を向く。二人の黒装束が立ち向かってくるのを目にした。
タグ:新人
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/6977179
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック