2017年11月13日
拓馬篇前記−校長5
羽田校長は八巻の見舞いから学校へもどると、さっそく大力会長に電話をかけてみた。大抵は彼の部下に繋がる。今回も事務員か秘書かは知らぬ女性が出て、今日は会長と話はできないと断られた。
『会長のお時間ができましたら、折り返しお電話をおかけいたします』
そう言われて日をまたぎ、現在は昼休み。折り返しの電話はまだ来ない。来るとしたら学校の電話に連絡が入るようにしてある。今回の話は学校に関する用件であり、私事ではないからだ。
(むむむ……やはりお忙しいのか?)
大力会長は自分で「会長職はお飾りの身分。気楽なものだ」と言いふらしていたが、まだまだ影響力の衰えない人物なのだろう。
(今月中に話ができないなら、あきらめよう)
いまなら良い人材を捜してもらい、四月から就労する段取りは組める。これが来月に人捜しから始めるとなると、一学期開始には間に合わないかもしれない。相手方に急ぎの用事をおしつける真似はしたくなかった。
(会長には得にならん話だ。無理を言うわけにもいくまい)
連絡がつかなくて当然という姿勢を保った。気持ちを切り替え、自身の鞄を手にとる。今日は日中、校長室で待機できるように弁当を持参した。この生活スタイルを今月の終わりまで続けるつもりである。
小さな手提げ袋に弁当が入っている。袋から出したとたん、机上の電話が鳴った。すぐに受話器を取る。
「はい、羽田です」
『校長、大力会長さんからお電話です。外線一番をどうぞ』
「ああ、ありがとう」
校長は電話のランプが点滅するボタンを押した。プツっと音声が切り替わる音が鳴る。校長は自身の名を名乗る。
「もしもし、才穎高校の羽田と申しますが、会長さんですが?」
『おお、羽田さん! 久しいな』
大力会長の口調はハツラツとしている。急な電話を不快に感じていないようで、校長は一安心した。
『さて、用件は……学校の職員を一人、募集したいんだったか?』
「ええ、そうなんです。ぶしつけなお願いで恐縮です」
『この儂に頼むのだ、よほど変わった募集条件なのだろうな?』
「端的に言いますと、格闘かなにかに強い教師がもしいれば、と思いまして」
『ふむ、面妖であるなぁ』
「え、どういうことです?」
校長は「面妖」が意味する事情を思いつけなかった。大力会長は『心配めされるな』と古風に返事をする。
『羽田さんがいまおっしゃったのとピッタリな男がそちらで働きたいと言っておってな。昨日はその男の上司と話をしておったのだよ』
「はあ、それはなんともタイムリーな」
昨日、会長との連絡がつかなかったのはそのせいか、と校長はそれとなく納得した。
『その男はまったく教職業に就いたことのない素人だ。だが仕事の合間に勉強して、教員免許を取ったそうだ』
「ほー、努力家ですなぁ。ちなみにその方はどの教科を担当できるか、お聞きになりましたか」
『英語だ。英語教師の数に不足はあるかな?』
「これといって足りないことはありません。なにぶん年配の教師が多いもので、若い人は歓迎したいです」
現在は定年を迎えた英語教師が非常勤で勤務している。仮にその教師が辞めることになれば、すこし厳しいかもしれない。新人を育てる期間を考えると、そろそろ若手を入れたい教科ではある。
『その男は二十代だという。まあ素人だから物の数にはあまり入らんだろう』
「二十代とはずいぶんお若いですな。いまはなんの仕事をしてる方ですか?」
『警備員……だな。そういう子会社をいくつも抱えておるもので』
「手広くやっておいでですな」
校長は大力会長の手腕を称賛した。会長は照れたのか咳払いをする。
『んん、そういうわけだ。この男を紹介したいと思うのだが……』
「なにか問題がおありで?」
『いやなに、個人的にその男と会うつもりだ。しかるのちに羽田さんにやっていいものか考えさせてほしい。その男の上司の太鼓判だけでは責任が持てぬ』
品質を重要視する大力会長らしい懸念だ。彼が直接見て、よいと思ったものを他者に譲りたいのだろう。校長はその誠実さを好ましいと思う。
「ええ、会長のお気に召すようになさってください。こちらとしては、四月の始業式までに間に合えばよいので」
『そこまで品定めに時間はかけない。そうだな、来月の一日……先方の予定が合えばその日に面接をしたい。そこで及第点以上の素質があるとわかれば、羽田さんのほうで面接していただくのはどうかな?』
「では、次に会長からご連絡があるのは三月以降ということですな」
『そうだな。そやつがあまりに教師不適格なやからだと感じた時は、ほかの人材を見繕おう』
「そうはならないことを期待したいものです」
絶妙なタイミングで起きた申し出だ。なにか運命的なものがあるようだと校長は思った。きっと才穎高校とご縁のある新人なのだ。
『さて、羽田さん。どうして腕の立つ教師を欲したのか、理由を聞かせてもらえるかね?』
校長は後回しにしていた説明を丁寧に述べる。──うちの生徒が正義感あふれるあまり、他校の生徒と喧嘩騒ぎを起こすのでとても危険だ。今後同じことが起きた際に対応のできる、そこそこに屈強な職員が必要だと判断した。適任者な教師が不測の負傷をしてしまい、その代わりとなる人員がほしい──そう正直に打ち明けた。大力会長はほがらかに笑う。
『はっはっは! 見所のある若者がお集まりのようで、うらやましいかぎりだ』
「会長好みの生徒ではあるんでしょうが、教職の立場では笑っていられませんよ」
『それは笑って悪かった。門外漢には教師の責任の重さがわからぬようだ』
「いえ、気になさらないでください。あとで振り返った時に笑い話ですむように、いま努力しているわけですから」
この後も二人の会話は続いた。昼休みが終わるチャイムが鳴り、それが大力会長の耳にも届く。
『おや、休憩時間が終わったか。ではまた後日に話そう』
締めの挨拶をして、通話は切れる。校長は自分にできることをやりきった。その達成感を噛みしめつつ、弁当箱を開いた。
『会長のお時間ができましたら、折り返しお電話をおかけいたします』
そう言われて日をまたぎ、現在は昼休み。折り返しの電話はまだ来ない。来るとしたら学校の電話に連絡が入るようにしてある。今回の話は学校に関する用件であり、私事ではないからだ。
(むむむ……やはりお忙しいのか?)
大力会長は自分で「会長職はお飾りの身分。気楽なものだ」と言いふらしていたが、まだまだ影響力の衰えない人物なのだろう。
(今月中に話ができないなら、あきらめよう)
いまなら良い人材を捜してもらい、四月から就労する段取りは組める。これが来月に人捜しから始めるとなると、一学期開始には間に合わないかもしれない。相手方に急ぎの用事をおしつける真似はしたくなかった。
(会長には得にならん話だ。無理を言うわけにもいくまい)
連絡がつかなくて当然という姿勢を保った。気持ちを切り替え、自身の鞄を手にとる。今日は日中、校長室で待機できるように弁当を持参した。この生活スタイルを今月の終わりまで続けるつもりである。
小さな手提げ袋に弁当が入っている。袋から出したとたん、机上の電話が鳴った。すぐに受話器を取る。
「はい、羽田です」
『校長、大力会長さんからお電話です。外線一番をどうぞ』
「ああ、ありがとう」
校長は電話のランプが点滅するボタンを押した。プツっと音声が切り替わる音が鳴る。校長は自身の名を名乗る。
「もしもし、才穎高校の羽田と申しますが、会長さんですが?」
『おお、羽田さん! 久しいな』
大力会長の口調はハツラツとしている。急な電話を不快に感じていないようで、校長は一安心した。
『さて、用件は……学校の職員を一人、募集したいんだったか?』
「ええ、そうなんです。ぶしつけなお願いで恐縮です」
『この儂に頼むのだ、よほど変わった募集条件なのだろうな?』
「端的に言いますと、格闘かなにかに強い教師がもしいれば、と思いまして」
『ふむ、面妖であるなぁ』
「え、どういうことです?」
校長は「面妖」が意味する事情を思いつけなかった。大力会長は『心配めされるな』と古風に返事をする。
『羽田さんがいまおっしゃったのとピッタリな男がそちらで働きたいと言っておってな。昨日はその男の上司と話をしておったのだよ』
「はあ、それはなんともタイムリーな」
昨日、会長との連絡がつかなかったのはそのせいか、と校長はそれとなく納得した。
『その男はまったく教職業に就いたことのない素人だ。だが仕事の合間に勉強して、教員免許を取ったそうだ』
「ほー、努力家ですなぁ。ちなみにその方はどの教科を担当できるか、お聞きになりましたか」
『英語だ。英語教師の数に不足はあるかな?』
「これといって足りないことはありません。なにぶん年配の教師が多いもので、若い人は歓迎したいです」
現在は定年を迎えた英語教師が非常勤で勤務している。仮にその教師が辞めることになれば、すこし厳しいかもしれない。新人を育てる期間を考えると、そろそろ若手を入れたい教科ではある。
『その男は二十代だという。まあ素人だから物の数にはあまり入らんだろう』
「二十代とはずいぶんお若いですな。いまはなんの仕事をしてる方ですか?」
『警備員……だな。そういう子会社をいくつも抱えておるもので』
「手広くやっておいでですな」
校長は大力会長の手腕を称賛した。会長は照れたのか咳払いをする。
『んん、そういうわけだ。この男を紹介したいと思うのだが……』
「なにか問題がおありで?」
『いやなに、個人的にその男と会うつもりだ。しかるのちに羽田さんにやっていいものか考えさせてほしい。その男の上司の太鼓判だけでは責任が持てぬ』
品質を重要視する大力会長らしい懸念だ。彼が直接見て、よいと思ったものを他者に譲りたいのだろう。校長はその誠実さを好ましいと思う。
「ええ、会長のお気に召すようになさってください。こちらとしては、四月の始業式までに間に合えばよいので」
『そこまで品定めに時間はかけない。そうだな、来月の一日……先方の予定が合えばその日に面接をしたい。そこで及第点以上の素質があるとわかれば、羽田さんのほうで面接していただくのはどうかな?』
「では、次に会長からご連絡があるのは三月以降ということですな」
『そうだな。そやつがあまりに教師不適格なやからだと感じた時は、ほかの人材を見繕おう』
「そうはならないことを期待したいものです」
絶妙なタイミングで起きた申し出だ。なにか運命的なものがあるようだと校長は思った。きっと才穎高校とご縁のある新人なのだ。
『さて、羽田さん。どうして腕の立つ教師を欲したのか、理由を聞かせてもらえるかね?』
校長は後回しにしていた説明を丁寧に述べる。──うちの生徒が正義感あふれるあまり、他校の生徒と喧嘩騒ぎを起こすのでとても危険だ。今後同じことが起きた際に対応のできる、そこそこに屈強な職員が必要だと判断した。適任者な教師が不測の負傷をしてしまい、その代わりとなる人員がほしい──そう正直に打ち明けた。大力会長はほがらかに笑う。
『はっはっは! 見所のある若者がお集まりのようで、うらやましいかぎりだ』
「会長好みの生徒ではあるんでしょうが、教職の立場では笑っていられませんよ」
『それは笑って悪かった。門外漢には教師の責任の重さがわからぬようだ』
「いえ、気になさらないでください。あとで振り返った時に笑い話ですむように、いま努力しているわけですから」
この後も二人の会話は続いた。昼休みが終わるチャイムが鳴り、それが大力会長の耳にも届く。
『おや、休憩時間が終わったか。ではまた後日に話そう』
締めの挨拶をして、通話は切れる。校長は自分にできることをやりきった。その達成感を噛みしめつつ、弁当箱を開いた。
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