2019年05月06日
クロア篇−9章6
会議終了後、クロアは平常通りに執務室で昼食をとった。自室で食べてもよかったが、午前にできなかった事務作業を食後すぐにこなしたかった。出兵のせいで疲れたからと言って後日に回してもよかったが、快勝とは言えぬ結果に終わったため気が引けた。
室内には四人の男女がいる。レジィとダムトの両人が揃っているためにマキシの座席はなく、予備の椅子を使ってクロアの机にお邪魔した。その図々しさにクロアは少々うんざりする。
「あなたは客室で召し上がってもよろしいのですけど?」
「なんの、保護した魔獣が起きたら公女に知らせがくると言うじゃないか。だったらきみのそばに居させてもらう。僕の知らない間にあの魔獣の招術士を決められてほしくないからね」
「なんです、あなたは同じ種類の招獣がもう一体欲しいんですの?」
「それが一番気楽だな。彼がグウェンと相性がよくなかったとしても、ほかの雌に会わせてあげられる。もしここのだれかが招術士になったときは、そう簡単にいくまい」
「魔獣は複数人の招獣になれるのでしょ」
「できはするが……基本的にひとりを招術士に認めるものだ。いろんな人に代わる代わる呼ばれたくはないんだろう。きみだって『資料をまとめろ』とか『経費の試算をしろ』とか一日中働かせられたら、嫌になるだろ?」
クロアは午前限定の公務でさえ嫌気が差している。事務作業が苦手な者には気が重くなる例えだ。魔獣を招獣にする行為は彼らに仕事を押し付け、拘束することに近しいのだと考えをあらためる。ベニトラを招獣にして以来、気ままな猫としてすごす獣を見ていると、招獣とは楽な生き物だとばかりうらやんでいたが、そうでもないらしい。
「そうね……ベニトラはいつも寝ているけれど、今日のような戦いがひっきりなしに起きたんじゃ、大好きな昼寝ができないわ」
「きみのように招獣を伸び伸びと暮らさせる招術士ばかりじゃない。多くが戦闘や運搬などをさせる目的で呼ぶんだ。術士の精気を代価としてね」
マキシの講義中に、ひとりの官吏が入室してきた。官吏は小型の檻と包みをクロアの机に置く。檻の魔獣の処遇をクロアに一任すると言って、すぐ退室した。クロアが檻の中の生物を見ているとマキシは包みを勝手に開ける。包みには割れた赤い石が入っていた。
「これが赤い魔石……の欠片か。ありがたく頂戴しよう」
「そんなもの、もらってどうしますの?」
「研究させてもらう。うまくいけば招獣の強化用の装具に転用できるぞ」
「せいぜい招獣を凶暴化させないようにお気をつけになって」
クロアは檻の戸を開ける。ちいさな白い魔獣がそろりと前足を机上につけた。
「ねえあなた、この部屋にいる人間の招獣になってくださる?」
「オレが、人間の小間使いに?」
四肢の長いトカゲのような魔獣がクロアを見上げた。
「いまのところ、あなたになにかしてもらう予定はありませんわ。静養にどうかと勧めております。招獣として呼ばれる間、招術士の精気があなたに流れる……早く活力を取りもどすには好都合なのではなくて?」
「なにが目的だ? 金にならんことを人間がすると思えん」
「わたしは金品に困窮しておりません。しいていえば戦える仲間が不足しているかしら」
「ほーう、オレを手駒にしたいか」
無毛の獣が部屋の左右に控える従者を見た。レジィは手を振りながら獣に笑いかける。ダムトは魔獣の視線を無視して、空の食器を配膳台に運ぶ。獣は最後にクロアとマキシを見つめる。
「オレの信条から決めさせてもらうと、アンタだな」
「わたし?」
「術や道具を使ってオレらを捕まえる連中は好かん。だがアンタは腕力でオレに勝った」
鱗で覆われた獣が前足をあげる。クロアは握手をするように鱗で覆われた足を握った。
室内には四人の男女がいる。レジィとダムトの両人が揃っているためにマキシの座席はなく、予備の椅子を使ってクロアの机にお邪魔した。その図々しさにクロアは少々うんざりする。
「あなたは客室で召し上がってもよろしいのですけど?」
「なんの、保護した魔獣が起きたら公女に知らせがくると言うじゃないか。だったらきみのそばに居させてもらう。僕の知らない間にあの魔獣の招術士を決められてほしくないからね」
「なんです、あなたは同じ種類の招獣がもう一体欲しいんですの?」
「それが一番気楽だな。彼がグウェンと相性がよくなかったとしても、ほかの雌に会わせてあげられる。もしここのだれかが招術士になったときは、そう簡単にいくまい」
「魔獣は複数人の招獣になれるのでしょ」
「できはするが……基本的にひとりを招術士に認めるものだ。いろんな人に代わる代わる呼ばれたくはないんだろう。きみだって『資料をまとめろ』とか『経費の試算をしろ』とか一日中働かせられたら、嫌になるだろ?」
クロアは午前限定の公務でさえ嫌気が差している。事務作業が苦手な者には気が重くなる例えだ。魔獣を招獣にする行為は彼らに仕事を押し付け、拘束することに近しいのだと考えをあらためる。ベニトラを招獣にして以来、気ままな猫としてすごす獣を見ていると、招獣とは楽な生き物だとばかりうらやんでいたが、そうでもないらしい。
「そうね……ベニトラはいつも寝ているけれど、今日のような戦いがひっきりなしに起きたんじゃ、大好きな昼寝ができないわ」
「きみのように招獣を伸び伸びと暮らさせる招術士ばかりじゃない。多くが戦闘や運搬などをさせる目的で呼ぶんだ。術士の精気を代価としてね」
マキシの講義中に、ひとりの官吏が入室してきた。官吏は小型の檻と包みをクロアの机に置く。檻の魔獣の処遇をクロアに一任すると言って、すぐ退室した。クロアが檻の中の生物を見ているとマキシは包みを勝手に開ける。包みには割れた赤い石が入っていた。
「これが赤い魔石……の欠片か。ありがたく頂戴しよう」
「そんなもの、もらってどうしますの?」
「研究させてもらう。うまくいけば招獣の強化用の装具に転用できるぞ」
「せいぜい招獣を凶暴化させないようにお気をつけになって」
クロアは檻の戸を開ける。ちいさな白い魔獣がそろりと前足を机上につけた。
「ねえあなた、この部屋にいる人間の招獣になってくださる?」
「オレが、人間の小間使いに?」
四肢の長いトカゲのような魔獣がクロアを見上げた。
「いまのところ、あなたになにかしてもらう予定はありませんわ。静養にどうかと勧めております。招獣として呼ばれる間、招術士の精気があなたに流れる……早く活力を取りもどすには好都合なのではなくて?」
「なにが目的だ? 金にならんことを人間がすると思えん」
「わたしは金品に困窮しておりません。しいていえば戦える仲間が不足しているかしら」
「ほーう、オレを手駒にしたいか」
無毛の獣が部屋の左右に控える従者を見た。レジィは手を振りながら獣に笑いかける。ダムトは魔獣の視線を無視して、空の食器を配膳台に運ぶ。獣は最後にクロアとマキシを見つめる。
「オレの信条から決めさせてもらうと、アンタだな」
「わたし?」
「術や道具を使ってオレらを捕まえる連中は好かん。だがアンタは腕力でオレに勝った」
鱗で覆われた獣が前足をあげる。クロアは握手をするように鱗で覆われた足を握った。
タグ:クロア
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