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2018年07月16日
拓馬篇−8章3 ★
三人は何秒ぶりかの床の感覚を得た。赤毛が拓馬たちを解放するとヤマダが「本当に飛んだねー」と感嘆する。
「赤毛さんは飛べる術を使ったの? それとも飛べる生き物が人に化けてるの?」
「いまは無駄話をしていられません」
赤毛は質問を一蹴し、鉄扉の前に立つ。
「ここが怪しい場所です。どうやら札に書かれた文章を解読できれば開くようです」
体育館の扉には見慣れない大きな札が掛かっている。札には記号の群れが記してあった。記号の下には横長の枠があり、枠の中に六つの縦の溝が等間隔で刻まれる。そこになにかをはめ込むのだろう。そのヒントとなる札の記号は、拓馬には皆目意味がわからない。
「どこの文字だ、これ?」
拓馬はヤマダにたずねる。彼女は首を横に振って「知らない」と答えた。赤毛が回答役を引き継ぐ。
「ワタシの世界で有名な文字ですよ。しかし綴りはアナタたちの世界の言葉のようです」
「赤毛さんの世界の文字で、言葉はわたしたちの世界のもの?」
「ですから、ワタシには読めません。この文字がアナタたちの言語でいう何語に対応するのかも、説明できないのです」
八方ふさがりなようだ。拓馬は「だれが解けるんだ、こんなの」と投げやりになる。
「俺らはあんたたちの世界にゃ行ったことないんだぞ」
「つまりこの扉を開く人物はアナタたち以外の者を想定している、ということですね」
「俺ら以外……?」
「双方の世界を解する文化人、でしょうか。なおかつアナタたちとご縁のある人物です」
該当する人物はひとりだけだった。
「シズカさんならわかるのかな……」
「きっと彼は突破できますよ。文字の勉強をしていたようですから」
「シズカさん用の仕掛け、ってことか」
「彼はここへくるのでしょう。アナタたちが異界の者に拉致されたこと、シズカさんが勘付けるように細工してあると考えられます」
シズカが救援にくる。その未来がほぼ確定、との推論は拓馬の精神を安定させた。拓馬は友人も同じ気持ちだろうと思い、顔色をうかがう。ところがヤマダは気難しい顔をする。
「んー、待ってるだけってのはねー」
「でも俺たちじゃこの札は読めないだろ?」
「……文字の置き換えが載ってる表があるといいんだけど」
「そんな都合よく用意されてるわけが──」
拓馬が反論しきらない間に「ありますね」と赤毛が告げた。赤毛は通路の隅にしゃがみ、紙切れを拾い上げる。その紙には札に書かれた文字と同じ種類の文字が羅列してある。文字の横に引いた棒線の先にアルファベットが並ぶ。いままさにヤマダが希望した一覧表だ。
「あ、いいところに! なんかツイてるね」
「ツイてる人は最初からこんな変な場所にこないと思うぞ」
「不幸中の幸いっていうやつだよ」
他愛もないおしゃべりをしながら二人は一覧表を見る。表は札にない文字もアルファベットに対応していた。ヤマダがメモ帳を出し、札の文章を変換させる。変換後の文章は赤毛の予想通り、拓馬たちが読める英文になる。
「ふーいずごっですおぶらっきねす?」
ヤマダが読み上げた。音で聞くかぎりの英単語には馴染みがないものの、スペルを見れば文意がわかる。
「神さま……の女バージョンで、幸運の?」
「『幸運の女神はだれか』と聞いているのか」
文章を解読した途端、赤毛は活き活きとしはじめる。
「ほう! 女神とやらの名前を答えるのですね。この枠が解答欄で、枠内になにかをはめるのでしょう。はめるものはここにありませんから、探さねばならぬようです。枠内の区切りを見たところ、必要となる物は七つありますね。この建物内のどこかに置いて──」
赤毛は堰を切ったように捲くしたててくる。拓馬はげんなりし、制止をかける。
「ゆっくり言ってくれ。頭がこんがらがる」
「ようはこの札と関連していそうな、怪しい物を探せばよいのです。ワタシに心当たりがあります。ついて来てください」
「また飛ぶのか?」
「いえ、すぐそこですから歩きましょう」
赤毛がすたすた歩きだした。拓馬たちは早歩きでついていく。ふと拓馬は赤毛の指示に従い続ける状況に疑問をもつ。無駄のない赤毛の行動は、拓馬たちに思考する隙を与えないでいるようにも感じる。その疑いをヤマダも持ったのか、複雑そうな表情を浮かべて「ちょっと聞いていい?」と赤毛に言う。
「七つのなにかが必要だと、わたしたちに会うまえからわかっていたんでしょう?」
「はい」
「それがほかの場所にあると知ってて、どうして集めてないの?」
拓馬はその通りだと思った。赤毛がわからなかったことは、扉の質問文の内容のみ。その解読以外、赤毛ひとりで処理できたはずだ。
「その理由こそが、アナタたちに協力せざるをえない原因ですよ」
赤毛は立ち止まらずに言う。ヤマダはそれ以上追究しなかった。現物を見れば疑問が解消すると判断したようだ。二人が赤毛の案内を受けた先は一年生の教室。教卓の上に小さな棚のような木箱がある。赤毛が箱を指さす。
「これと同じものがほかの場所にもありました。アナタ、触ってみてください」
「わたし?」
赤毛はヤマダを指名した。ヤマダが教壇にあがる。よばれていないが拓馬も付き添う。
箱の上面には英文が書かれている。その文章の下に横長のくぼんだ枠があった。体育館の鉄扉の前にある問題と似たつくりだ。
「体育館にあった問題のミニチュア版って感じだな。こっちははじめから英語、か……」
異界の住民による解答を想定していない仕掛けだとわかった。赤毛の口が笑う。
「これでわかったでしょう。ワタシがアナタたちを連れるわけが」
「うん、これは赤毛さんひとりじゃ解決できないね。納得しました」
二人は赤毛への不信感を払拭した。
「赤毛さんは飛べる術を使ったの? それとも飛べる生き物が人に化けてるの?」
「いまは無駄話をしていられません」
赤毛は質問を一蹴し、鉄扉の前に立つ。
「ここが怪しい場所です。どうやら札に書かれた文章を解読できれば開くようです」
体育館の扉には見慣れない大きな札が掛かっている。札には記号の群れが記してあった。記号の下には横長の枠があり、枠の中に六つの縦の溝が等間隔で刻まれる。そこになにかをはめ込むのだろう。そのヒントとなる札の記号は、拓馬には皆目意味がわからない。
「どこの文字だ、これ?」
拓馬はヤマダにたずねる。彼女は首を横に振って「知らない」と答えた。赤毛が回答役を引き継ぐ。
「ワタシの世界で有名な文字ですよ。しかし綴りはアナタたちの世界の言葉のようです」
「赤毛さんの世界の文字で、言葉はわたしたちの世界のもの?」
「ですから、ワタシには読めません。この文字がアナタたちの言語でいう何語に対応するのかも、説明できないのです」
八方ふさがりなようだ。拓馬は「だれが解けるんだ、こんなの」と投げやりになる。
「俺らはあんたたちの世界にゃ行ったことないんだぞ」
「つまりこの扉を開く人物はアナタたち以外の者を想定している、ということですね」
「俺ら以外……?」
「双方の世界を解する文化人、でしょうか。なおかつアナタたちとご縁のある人物です」
該当する人物はひとりだけだった。
「シズカさんならわかるのかな……」
「きっと彼は突破できますよ。文字の勉強をしていたようですから」
「シズカさん用の仕掛け、ってことか」
「彼はここへくるのでしょう。アナタたちが異界の者に拉致されたこと、シズカさんが勘付けるように細工してあると考えられます」
シズカが救援にくる。その未来がほぼ確定、との推論は拓馬の精神を安定させた。拓馬は友人も同じ気持ちだろうと思い、顔色をうかがう。ところがヤマダは気難しい顔をする。
「んー、待ってるだけってのはねー」
「でも俺たちじゃこの札は読めないだろ?」
「……文字の置き換えが載ってる表があるといいんだけど」
「そんな都合よく用意されてるわけが──」
拓馬が反論しきらない間に「ありますね」と赤毛が告げた。赤毛は通路の隅にしゃがみ、紙切れを拾い上げる。その紙には札に書かれた文字と同じ種類の文字が羅列してある。文字の横に引いた棒線の先にアルファベットが並ぶ。いままさにヤマダが希望した一覧表だ。
「あ、いいところに! なんかツイてるね」
「ツイてる人は最初からこんな変な場所にこないと思うぞ」
「不幸中の幸いっていうやつだよ」
他愛もないおしゃべりをしながら二人は一覧表を見る。表は札にない文字もアルファベットに対応していた。ヤマダがメモ帳を出し、札の文章を変換させる。変換後の文章は赤毛の予想通り、拓馬たちが読める英文になる。
「ふーいずごっですおぶらっきねす?」
ヤマダが読み上げた。音で聞くかぎりの英単語には馴染みがないものの、スペルを見れば文意がわかる。
「神さま……の女バージョンで、幸運の?」
「『幸運の女神はだれか』と聞いているのか」
文章を解読した途端、赤毛は活き活きとしはじめる。
「ほう! 女神とやらの名前を答えるのですね。この枠が解答欄で、枠内になにかをはめるのでしょう。はめるものはここにありませんから、探さねばならぬようです。枠内の区切りを見たところ、必要となる物は七つありますね。この建物内のどこかに置いて──」
赤毛は堰を切ったように捲くしたててくる。拓馬はげんなりし、制止をかける。
「ゆっくり言ってくれ。頭がこんがらがる」
「ようはこの札と関連していそうな、怪しい物を探せばよいのです。ワタシに心当たりがあります。ついて来てください」
「また飛ぶのか?」
「いえ、すぐそこですから歩きましょう」
赤毛がすたすた歩きだした。拓馬たちは早歩きでついていく。ふと拓馬は赤毛の指示に従い続ける状況に疑問をもつ。無駄のない赤毛の行動は、拓馬たちに思考する隙を与えないでいるようにも感じる。その疑いをヤマダも持ったのか、複雑そうな表情を浮かべて「ちょっと聞いていい?」と赤毛に言う。
「七つのなにかが必要だと、わたしたちに会うまえからわかっていたんでしょう?」
「はい」
「それがほかの場所にあると知ってて、どうして集めてないの?」
拓馬はその通りだと思った。赤毛がわからなかったことは、扉の質問文の内容のみ。その解読以外、赤毛ひとりで処理できたはずだ。
「その理由こそが、アナタたちに協力せざるをえない原因ですよ」
赤毛は立ち止まらずに言う。ヤマダはそれ以上追究しなかった。現物を見れば疑問が解消すると判断したようだ。二人が赤毛の案内を受けた先は一年生の教室。教卓の上に小さな棚のような木箱がある。赤毛が箱を指さす。
「これと同じものがほかの場所にもありました。アナタ、触ってみてください」
「わたし?」
赤毛はヤマダを指名した。ヤマダが教壇にあがる。よばれていないが拓馬も付き添う。
箱の上面には英文が書かれている。その文章の下に横長のくぼんだ枠があった。体育館の鉄扉の前にある問題と似たつくりだ。
「体育館にあった問題のミニチュア版って感じだな。こっちははじめから英語、か……」
異界の住民による解答を想定していない仕掛けだとわかった。赤毛の口が笑う。
「これでわかったでしょう。ワタシがアナタたちを連れるわけが」
「うん、これは赤毛さんひとりじゃ解決できないね。納得しました」
二人は赤毛への不信感を払拭した。
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2018年07月15日
拓馬篇−8章2 ★
1
拓馬たちは職員室へ足を踏み入れた。室内は普段通りに机や事務用品がならんでいる。だがその使用者たちの姿はない。
「先生たちもいねえか。どうなってんだ?」
「災害がおきて、避難したってこと、あるかな」
二人の掛け合いを、赤ゴーグルを被る者が「あっはっは!」と高らかに笑い飛ばす。
「平和ボケした発想ですね」
「赤毛さんはなにがあったのか知ってる?」
異邦人は突然口を真一文字に閉じた。「赤毛?」とつぶやくなり拓馬たちに背を向ける。ゴーグルのふちをつかみ、上へずらした。そして赤く長い髪を一房にぎる。
「たしかに赤いですね」
「いつもは髪が赤くないの?」
ヤマダがたずねると「ええ」と肯定の返事がくる。
「ま、大したことじゃありません」
「よくあることなの?」
「たまにあります。変化の失敗ですね」
「『へんげ』って? 赤毛さんは本当は人じゃないの?」
「はい。びっくりしました?」
「ううん」
ヤマダがあっさり否定した。暫定的に「赤毛」と名付けられた者は口をへの字にする。
「おやまあ、つまらない反応ですね」
「だって、普通の人だったほうがびっくりする見た目だもん」
失礼なことをヤマダが言い放った。自覚があるのか赤毛は「それはともかく」と受け流し、椅子を二つ持ってくる。
「二人とも、ここにお座りなさい」
それは教師が使うキャスター付の椅子。生徒はあまり座る機会がない。勝手な使用を咎める者は現在いないため、拓馬とヤマダは遠慮なく椅子に座った。
赤毛自身は立ったまま、机の上を物色しはじめる。その机はシドの仕事机だ。
「さて、アナタたちはいろーんな疑問を抱えているでしょう。『学校にいた人はどこにいった』だの『さっきの黒い怪物はなんだ』だの。それらのナゾを逐一解説する時間はありません。本気で助かりたければ、余計なことはやらないように。よろしいですか?」
「いまのあんたが余計なことをしてないか」
拓馬が赤毛の家探し行為についてツッコんだ。赤毛は得意気に「これは必要な探索です」と言い張る。
「このあたりから怪しいものを感じます」
赤毛が机の引き出しを引っ張る。その引き出しに鍵口がないので、鍵はかかっていないようだ。それなのに赤毛が両手で引き出しのくぼみをつかんでも、開かないでいる。
「……これ、開きませんねえ」
ヤマダが椅子に座った状態で机に接近する。
「物が詰まってて開かないのかも。わたしがやってみる」
ヤマダは右手で引き出しを、左手で机の縁をつかんだ。深く呼吸する。そうして「ふんぬ!」とドスの効いた掛け声をあげ、全力で右腕を引く。引き出しが勢いよく開かれた。中にあった文具が飛び出す。ペンやのりなどが散るや、ヤマダが奇声をあげる。
「えー、カンタンに開くじゃなーい!」
ヤマダが怒り気味に「わざと開かないフリしたの?」と問い詰めた。
「わざとではないんですが」
赤毛が弱々しく答える。その言い分は本当らしかった。
「じゃあ開き方がわからなかったんだね」
人の生活に慣れてないんでしょう、とヤマダは赤毛の不手際に理解を示した。
拓馬とヤマダは床に散らかった文具を集める。その際、拓馬は文具類ではない小さなガラス瓶を拾う。瓶には紫色のガラス片が入っていた。
「それです、それ!」
赤毛が嬉々として言う。
「その石くずの効力が、この異空間を創る補助になっていそうです」
「そもそもが『異空間』ってなんだよ?」
だいたい、赤毛は拓馬たちの疑問に答えると言っていながら、まだなにも説明していない。しびれを切らした拓馬は「そこから教えてくれ」と要求した。赤毛が「噛みくだいて言いますと」と前置く。
「ここはアナタたちの知る場所ではありません。似せてつくった別物です」
「学校のニセモノなの?」
「そうです」
「ここまで似せるの、普通はできないよ」
「そうです、普通じゃないのですよ」
赤毛も教師用の椅子に座り、足を組む。
「この空間は……アナタたちの世界の、どこの土地にも存在しません」
「どゆこと?」
「術者の創造力で生み出した箱庭……といったところでしょうか。その箱庭に我々は閉じ込められています」
突拍子ない説明だ。拓馬らが事態を飲みこめなくとも、赤毛はなお続ける。
「アナタがたの世界にいながら、これほどの術を使ってみせるとは……よほど用意周到に準備したのでしょう」
「準備ってどんな?」
「例えばいまお嬢ちゃんがもっている石くずと同じものが、この空間のどこに設置されているかと思われます」
「その石を壊したら、どうなる?」
「空間を維持できなくなり、我々がこの場を脱せるかもしれません」
「じゃあ石をさがしたらいい?」
拓馬もそう思ったが、赤毛は「いいえ」と首を横にふる。
「それは最終手段です。最初から試すには危険が多いですね」
「どんなふうに危ないの?」
「どの世界にも属さない異次元に放りだされる可能性があります。アナタたちがそこへ迷いこんでしまえば、どこへも行けず、あとは死ぬしかないかと」
一か八か、という賭けに相当する行為のようだ。安易にやれない手段だと、拓馬たちは肝に銘じた。
「ですから、正規の手順をふんで、帰るべきです」
「手順ってなに?」
「この空間の主《ぬし》が知っているはずです。その者に出してもらいます」
「おねがいして、出してくれるものなの?」
わざわざ特殊な空間を創った動機には、なんらかの目的達成があるはず。もしその目的が拓馬たちの監禁だというなら、そのような願いが聞き入れられるわけがない。
「無理にでも言うことを聞かせますよ」
特別強そうには見えない赤毛が、自信満々に言ってのけた。
拓馬は赤毛の話を聞くうち、以前にシズカが教えてくれたことを連想する。
(特殊な空間とか得意なフィールドがどうとか……シズカさんが言ってた気がする)
そういった異空間をつくる技がある、とシズカが述べていた。彼の説明と赤毛の話には似通った部分がある。そこから考えられることは、ひとつ。
「あんた、異界の生き物なのか?」
「ええ、そうですよ」
赤毛はすんなり認めた。その風貌がこの世の者とかけ離れている点もふくめ、拓馬の予想通りだ。拓馬は「そうか」と淡泊な反応を示した。一方、ヤマダは感嘆の拍手をする。
「おぉ〜」
やんわりとした歓声をあげた。手品でも見せられたかのような反応だ。
「だったらさ、シズカさんは知ってる?」
ヤマダは無邪気に質問した。たしかに拓馬も気になることではある。シズカは異界でそこそこ名の通った人物なのだと、シズカ自身が言っていた。
「そういうあだ名の人は知っていますよ」
「そう、本名じゃないんだってね。ほかにもシズカさんのことで、なにか知ってる?」
「……こちらでは寺の息子をやっていて、時々念仏を唱えるそうですね」
「うん、当たり」
「アナタのお知り合いなのですか?」
「わたしは会ったことないんだけどね、タッちゃんは友だちなんだよ」
赤毛が拓馬を見て「ふーん」と淡い関心を示した。拓馬はこの会話をきっかけに、最大の助っ人の存在を思い出す。さっそく彼との連絡をはかる。
「この状況が異界絡みで起きてるってんなら、シズカさんに伝えるか」
「電話、繋がるかな?」
ヤマダはリュックサックから小型の電話を出す。すぐに「電波がきてないね」と諦めた。赤毛が鼻で笑う。
「ここは外界と隔絶しています。そんなもので他者と連絡は取れませんよ」
「んー、じゃあどうする?」
「空間の創り手を見つけましょう。アナタたち、犯人の候補はわかりますか?」
拓馬は頭をひねる。異界の知り合いといえば、シズカが呼ぶ獣たちだ。彼らが事前の知らせなしに奇怪な仕業をしでかすことはない。シズカの仲間以外で、拓馬たちと接触がある存在──拓馬たちが躍起になって捜した男だ。
「……あの大男か。シズカさんは異界の住民だと言ってたな」
目星のついた人物はいる。それを知った赤毛は口角を上げる。
「ほう、どういった経緯で接触しました?」
「そいつは何ヶ月かまえにこの町に現れて、人を襲っていた。襲うといっても、気絶させるだけな。俺らがそいつを捕まえようとしたけど、逃げられっぱなしだ」
「その男はこちらで生き延びるために人を襲ったんでしょう」
赤毛はまたもシズカと同じ見解を述べる。
「われわれの栄養源は生き物の活力です。でもワタシは奪いませんよ。見返りが少ない人間の多いこと……苦労に見合いません。吸収したぶんがすぐに消費されて、仕舞いには食事目的で活動するようになります。それでは世界を渡ってきた意味がなくなる。ですからワタシは力が尽きないうちに、元の世界へ帰ります。行き帰りは慣れれば楽なのでね」
赤毛の言い分はおおむねシズカの説明と合致する。赤毛はうさんくささ満点なやつといえど、真実を述べたのだと拓馬は信用した。
拓馬が赤毛を見直した矢先、赤毛がヤマダの頭からつま先までを観察した。やはり不審なやつだ、と拓馬は嫌悪感をもった。
「……アナタから補給していれば長居できそうですかねえ」
「わたし?」
「急に体が重く感じたり眠気が強くなったり、そういった不調は続いていますか?」
赤毛は医者の問診らしき質問を出す。ヤマダは「最近よくある」と答えた。
「原因はアナタの精気が何者かに奪われたせいでしょう。経験則で言わせてもらうと、ワタシは常人に見えない姿で活動できます。その状態なら家屋などの障害物は物ともしません。無防備なアナタに近づくくらいは簡単にできます」
「あ、うん。それはだいたい知ってる」
ヤマダが既知情報であることを告げると、赤毛は肩をすくめる。
「シズカさんから説明されましたか……」
「うん。それで、大男さんのことだけど……赤毛さんはここで、背の高い男の人を見た?」
「アナタたち以外の人間は見ていません。それらしい人がいそうな場所は見つけましたけど、いまは行けないかと」
「どうして行けないの?」
「口で言うよりも見たほうが早いですね。その場所へ行ってみますか?」
「わたしは行きたい。タッちゃんはどう?」
赤毛の長話を聞いていても物事は進まない。拓馬も「行ってみるか」と同調した。赤毛が席を立ち「ついてきてください」と言う。拓馬は追おうとするが、手にした小瓶の処遇に迷って、踏みどどまる。赤毛が言うには小瓶に入った石が、この空間を生み出す道具らしい。そんな怪しげなものを持っていてよいのか不安になる。
「あんたが探してた瓶はどうする?」
戸外に立つ赤毛が、体の側面を室内に向ける。
「お好きなようにしてください。それ自体は異空間の形成に使われなかった余りのようです。持っていても害はないと思いますよ」
「好きなように、つってもな」
ヤマダが「わたしがあずかるよ」と手を出した。拓馬は小瓶を渡す。ヤマダは「あれ? これ……」と小瓶を物めずらしげに見る。
「その瓶の中身、めずらしいものなのか?」
「え? あー、そんなことないよ」
ヤマダは小瓶をスカートのポケットにしまう。二人は先に廊下に出ていた赤毛に合流した。赤毛は二人のまえで両腕を広げる。
「ワタシに掴まってください」
赤毛の意図はよくわからない。とりあえず拓馬は赤毛の右腕を、ヤマダは左手を握った。
「ちょっと違いますね。一度手を離してください」
二人の手が離れた直後、赤毛は二人の腰を抱いた。思いのほか赤毛に腕力があり、拓馬たちは無抵抗で抱擁される。
「落ちないように」
赤毛の足が床を離れる。拓馬とヤマダは足がつかぬ状態にあせり、赤毛にしがみついた。
「さあて、飛びますよ」
拓馬たちの視界は揺れた。廊下、階段、一年生の教室と、あらゆる情景が認識するより先に消えた。激動する景色が固定されたとき、三人の目前に体育館前の扉がそびえていた。
拓馬たちは職員室へ足を踏み入れた。室内は普段通りに机や事務用品がならんでいる。だがその使用者たちの姿はない。
「先生たちもいねえか。どうなってんだ?」
「災害がおきて、避難したってこと、あるかな」
二人の掛け合いを、赤ゴーグルを被る者が「あっはっは!」と高らかに笑い飛ばす。
「平和ボケした発想ですね」
「赤毛さんはなにがあったのか知ってる?」
異邦人は突然口を真一文字に閉じた。「赤毛?」とつぶやくなり拓馬たちに背を向ける。ゴーグルのふちをつかみ、上へずらした。そして赤く長い髪を一房にぎる。
「たしかに赤いですね」
「いつもは髪が赤くないの?」
ヤマダがたずねると「ええ」と肯定の返事がくる。
「ま、大したことじゃありません」
「よくあることなの?」
「たまにあります。変化の失敗ですね」
「『へんげ』って? 赤毛さんは本当は人じゃないの?」
「はい。びっくりしました?」
「ううん」
ヤマダがあっさり否定した。暫定的に「赤毛」と名付けられた者は口をへの字にする。
「おやまあ、つまらない反応ですね」
「だって、普通の人だったほうがびっくりする見た目だもん」
失礼なことをヤマダが言い放った。自覚があるのか赤毛は「それはともかく」と受け流し、椅子を二つ持ってくる。
「二人とも、ここにお座りなさい」
それは教師が使うキャスター付の椅子。生徒はあまり座る機会がない。勝手な使用を咎める者は現在いないため、拓馬とヤマダは遠慮なく椅子に座った。
赤毛自身は立ったまま、机の上を物色しはじめる。その机はシドの仕事机だ。
「さて、アナタたちはいろーんな疑問を抱えているでしょう。『学校にいた人はどこにいった』だの『さっきの黒い怪物はなんだ』だの。それらのナゾを逐一解説する時間はありません。本気で助かりたければ、余計なことはやらないように。よろしいですか?」
「いまのあんたが余計なことをしてないか」
拓馬が赤毛の家探し行為についてツッコんだ。赤毛は得意気に「これは必要な探索です」と言い張る。
「このあたりから怪しいものを感じます」
赤毛が机の引き出しを引っ張る。その引き出しに鍵口がないので、鍵はかかっていないようだ。それなのに赤毛が両手で引き出しのくぼみをつかんでも、開かないでいる。
「……これ、開きませんねえ」
ヤマダが椅子に座った状態で机に接近する。
「物が詰まってて開かないのかも。わたしがやってみる」
ヤマダは右手で引き出しを、左手で机の縁をつかんだ。深く呼吸する。そうして「ふんぬ!」とドスの効いた掛け声をあげ、全力で右腕を引く。引き出しが勢いよく開かれた。中にあった文具が飛び出す。ペンやのりなどが散るや、ヤマダが奇声をあげる。
「えー、カンタンに開くじゃなーい!」
ヤマダが怒り気味に「わざと開かないフリしたの?」と問い詰めた。
「わざとではないんですが」
赤毛が弱々しく答える。その言い分は本当らしかった。
「じゃあ開き方がわからなかったんだね」
人の生活に慣れてないんでしょう、とヤマダは赤毛の不手際に理解を示した。
拓馬とヤマダは床に散らかった文具を集める。その際、拓馬は文具類ではない小さなガラス瓶を拾う。瓶には紫色のガラス片が入っていた。
「それです、それ!」
赤毛が嬉々として言う。
「その石くずの効力が、この異空間を創る補助になっていそうです」
「そもそもが『異空間』ってなんだよ?」
だいたい、赤毛は拓馬たちの疑問に答えると言っていながら、まだなにも説明していない。しびれを切らした拓馬は「そこから教えてくれ」と要求した。赤毛が「噛みくだいて言いますと」と前置く。
「ここはアナタたちの知る場所ではありません。似せてつくった別物です」
「学校のニセモノなの?」
「そうです」
「ここまで似せるの、普通はできないよ」
「そうです、普通じゃないのですよ」
赤毛も教師用の椅子に座り、足を組む。
「この空間は……アナタたちの世界の、どこの土地にも存在しません」
「どゆこと?」
「術者の創造力で生み出した箱庭……といったところでしょうか。その箱庭に我々は閉じ込められています」
突拍子ない説明だ。拓馬らが事態を飲みこめなくとも、赤毛はなお続ける。
「アナタがたの世界にいながら、これほどの術を使ってみせるとは……よほど用意周到に準備したのでしょう」
「準備ってどんな?」
「例えばいまお嬢ちゃんがもっている石くずと同じものが、この空間のどこに設置されているかと思われます」
「その石を壊したら、どうなる?」
「空間を維持できなくなり、我々がこの場を脱せるかもしれません」
「じゃあ石をさがしたらいい?」
拓馬もそう思ったが、赤毛は「いいえ」と首を横にふる。
「それは最終手段です。最初から試すには危険が多いですね」
「どんなふうに危ないの?」
「どの世界にも属さない異次元に放りだされる可能性があります。アナタたちがそこへ迷いこんでしまえば、どこへも行けず、あとは死ぬしかないかと」
一か八か、という賭けに相当する行為のようだ。安易にやれない手段だと、拓馬たちは肝に銘じた。
「ですから、正規の手順をふんで、帰るべきです」
「手順ってなに?」
「この空間の主《ぬし》が知っているはずです。その者に出してもらいます」
「おねがいして、出してくれるものなの?」
わざわざ特殊な空間を創った動機には、なんらかの目的達成があるはず。もしその目的が拓馬たちの監禁だというなら、そのような願いが聞き入れられるわけがない。
「無理にでも言うことを聞かせますよ」
特別強そうには見えない赤毛が、自信満々に言ってのけた。
拓馬は赤毛の話を聞くうち、以前にシズカが教えてくれたことを連想する。
(特殊な空間とか得意なフィールドがどうとか……シズカさんが言ってた気がする)
そういった異空間をつくる技がある、とシズカが述べていた。彼の説明と赤毛の話には似通った部分がある。そこから考えられることは、ひとつ。
「あんた、異界の生き物なのか?」
「ええ、そうですよ」
赤毛はすんなり認めた。その風貌がこの世の者とかけ離れている点もふくめ、拓馬の予想通りだ。拓馬は「そうか」と淡泊な反応を示した。一方、ヤマダは感嘆の拍手をする。
「おぉ〜」
やんわりとした歓声をあげた。手品でも見せられたかのような反応だ。
「だったらさ、シズカさんは知ってる?」
ヤマダは無邪気に質問した。たしかに拓馬も気になることではある。シズカは異界でそこそこ名の通った人物なのだと、シズカ自身が言っていた。
「そういうあだ名の人は知っていますよ」
「そう、本名じゃないんだってね。ほかにもシズカさんのことで、なにか知ってる?」
「……こちらでは寺の息子をやっていて、時々念仏を唱えるそうですね」
「うん、当たり」
「アナタのお知り合いなのですか?」
「わたしは会ったことないんだけどね、タッちゃんは友だちなんだよ」
赤毛が拓馬を見て「ふーん」と淡い関心を示した。拓馬はこの会話をきっかけに、最大の助っ人の存在を思い出す。さっそく彼との連絡をはかる。
「この状況が異界絡みで起きてるってんなら、シズカさんに伝えるか」
「電話、繋がるかな?」
ヤマダはリュックサックから小型の電話を出す。すぐに「電波がきてないね」と諦めた。赤毛が鼻で笑う。
「ここは外界と隔絶しています。そんなもので他者と連絡は取れませんよ」
「んー、じゃあどうする?」
「空間の創り手を見つけましょう。アナタたち、犯人の候補はわかりますか?」
拓馬は頭をひねる。異界の知り合いといえば、シズカが呼ぶ獣たちだ。彼らが事前の知らせなしに奇怪な仕業をしでかすことはない。シズカの仲間以外で、拓馬たちと接触がある存在──拓馬たちが躍起になって捜した男だ。
「……あの大男か。シズカさんは異界の住民だと言ってたな」
目星のついた人物はいる。それを知った赤毛は口角を上げる。
「ほう、どういった経緯で接触しました?」
「そいつは何ヶ月かまえにこの町に現れて、人を襲っていた。襲うといっても、気絶させるだけな。俺らがそいつを捕まえようとしたけど、逃げられっぱなしだ」
「その男はこちらで生き延びるために人を襲ったんでしょう」
赤毛はまたもシズカと同じ見解を述べる。
「われわれの栄養源は生き物の活力です。でもワタシは奪いませんよ。見返りが少ない人間の多いこと……苦労に見合いません。吸収したぶんがすぐに消費されて、仕舞いには食事目的で活動するようになります。それでは世界を渡ってきた意味がなくなる。ですからワタシは力が尽きないうちに、元の世界へ帰ります。行き帰りは慣れれば楽なのでね」
赤毛の言い分はおおむねシズカの説明と合致する。赤毛はうさんくささ満点なやつといえど、真実を述べたのだと拓馬は信用した。
拓馬が赤毛を見直した矢先、赤毛がヤマダの頭からつま先までを観察した。やはり不審なやつだ、と拓馬は嫌悪感をもった。
「……アナタから補給していれば長居できそうですかねえ」
「わたし?」
「急に体が重く感じたり眠気が強くなったり、そういった不調は続いていますか?」
赤毛は医者の問診らしき質問を出す。ヤマダは「最近よくある」と答えた。
「原因はアナタの精気が何者かに奪われたせいでしょう。経験則で言わせてもらうと、ワタシは常人に見えない姿で活動できます。その状態なら家屋などの障害物は物ともしません。無防備なアナタに近づくくらいは簡単にできます」
「あ、うん。それはだいたい知ってる」
ヤマダが既知情報であることを告げると、赤毛は肩をすくめる。
「シズカさんから説明されましたか……」
「うん。それで、大男さんのことだけど……赤毛さんはここで、背の高い男の人を見た?」
「アナタたち以外の人間は見ていません。それらしい人がいそうな場所は見つけましたけど、いまは行けないかと」
「どうして行けないの?」
「口で言うよりも見たほうが早いですね。その場所へ行ってみますか?」
「わたしは行きたい。タッちゃんはどう?」
赤毛の長話を聞いていても物事は進まない。拓馬も「行ってみるか」と同調した。赤毛が席を立ち「ついてきてください」と言う。拓馬は追おうとするが、手にした小瓶の処遇に迷って、踏みどどまる。赤毛が言うには小瓶に入った石が、この空間を生み出す道具らしい。そんな怪しげなものを持っていてよいのか不安になる。
「あんたが探してた瓶はどうする?」
戸外に立つ赤毛が、体の側面を室内に向ける。
「お好きなようにしてください。それ自体は異空間の形成に使われなかった余りのようです。持っていても害はないと思いますよ」
「好きなように、つってもな」
ヤマダが「わたしがあずかるよ」と手を出した。拓馬は小瓶を渡す。ヤマダは「あれ? これ……」と小瓶を物めずらしげに見る。
「その瓶の中身、めずらしいものなのか?」
「え? あー、そんなことないよ」
ヤマダは小瓶をスカートのポケットにしまう。二人は先に廊下に出ていた赤毛に合流した。赤毛は二人のまえで両腕を広げる。
「ワタシに掴まってください」
赤毛の意図はよくわからない。とりあえず拓馬は赤毛の右腕を、ヤマダは左手を握った。
「ちょっと違いますね。一度手を離してください」
二人の手が離れた直後、赤毛は二人の腰を抱いた。思いのほか赤毛に腕力があり、拓馬たちは無抵抗で抱擁される。
「落ちないように」
赤毛の足が床を離れる。拓馬とヤマダは足がつかぬ状態にあせり、赤毛にしがみついた。
「さあて、飛びますよ」
拓馬たちの視界は揺れた。廊下、階段、一年生の教室と、あらゆる情景が認識するより先に消えた。激動する景色が固定されたとき、三人の目前に体育館前の扉がそびえていた。