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2018年07月20日
拓馬篇−9章1 ★
コンコン、と教室の戸が叩かれた。戸の窓ごしに赤毛の頭部が見える。赤毛が入室してくると、その片腕には箱が二つ抱かれ、さらにその箱の上に箱をひとつ乗せていた。
「一時、置きます。これ以上は運びにくい」
赤毛は拓馬たちのそばにある机に箱を置く。
「嬢ちゃんのほうは昼寝中ですか?」
「まだ起きてない。箱の問題は俺が解くよ」
「そうですねえ、この問題文の翻訳と答え探しをアナタに任せましょうか」
赤毛は箱をひとつ拓馬に見せる。設問は「What is the longest sentence in the world?」とある。
「こちらはたくさん文字数がいりますから、ちゃんと答えを考えねばならぬようです」
解答欄は二段にわたるほど長く、勘では説けない設問だ。それはよいのだが、拓馬は赤毛の依頼の仕方に引っ掛かりをおぼえる。
「なんで俺に『問題を解いてくれ』とは言わないんだ?」
「箱の引き出しを開けてみてください」
赤毛が箱を拓馬に渡した。拓馬は箱の側面にある取っ手を引く──が引けなかった。力を強くこめてみるも、引き出しは騙し絵かと思うほど、当初の出で立ちを保っている。
「なんだ、これ……」
「ワタシとアナタでは開けられないようになっているのですよ」
「そんなことが……あ、職員室のアレか?」
職員室にて、赤毛が開けられなかった机の引き出しをヤマダが開けていた。それと同じ理屈だろうと拓馬は察した。
「ええ、アレです。くわしいことは箱を集めたのちに話しましょう。アナタは箱の問題が適度に解けたら、娘に化けた怪物から有益な情報を聞き出してください。ここで足止めを食らった元を取らねば」
赤毛は残りの箱を探しに出かけた。室内はまた三人だけになる。銀髪の少女は依然としてヤマダの手をにぎっている。彼女のほうから拓馬に話しかける様子はないので、拓馬は箱の問題に集中する。取得した箱のうち、問題を見ていない二つを確認した。ひとつだけ、問題が日本語の文章で書かれている。ただし解答は英語でせよ、との英文が添えてあった。
(日本語で考えなきゃ答えられない問題、か?)
その異様な設問は「学校にある音の鳴らない楽器はなに?」とあった。この一文で矛盾が起きているが、これはクイズだ。
(こういうのはヤマダが得意そうだな……)
この問題も解答欄が二段に分かれている。答えを考えるのは後回しにした。
次なる箱は英文にて「What letter is a parts of the body?」と記述してある。その解答欄はなんと木切れひとつ分しかない。
(これは勘で当てられるか)
アルファベット二十六文字を一通り当てはめればよい。真剣に取り組まずとも解答できそうだ。これも後回しにする。
結局、赤毛の提示した箱が拓馬向けの問題だった。翻訳のメモをとるため、ヤマダのリュックサックから文具類を拝借する。彼女がよく使い捨てにするメモ用紙に、原文を書きだした。そして「世界でもっとも長い文はなにか」という訳文を記す。まちがいのない訳のはずだが、これでは意味がわからない。
(長い文……? 長いセンテンス……)
長い名前、であれば日本には有名な寿限無のくだりがある。しかし解答欄を見るに、そこまでの長い名称を必要としていない。
(上の段が四文字で、下の段が八文字だな)
つまり文字数での長さは問われていない。
(文以外にも『長い』と表現するもの……)
拓馬は頭で考えていても限界があると感じ、辞書にたよる。この問いで主軸となる言葉はセンテンスだ。その単語を調べる。
(なんかそれっぽいのないかな)
単語の説明文に目を通したところ、拓馬が認識していた語義とは完全に異なる意味が記載してあった。
(『刑罰』……そんな意味もあるのか)
用例には物々しい文章がならぶ。その中に「life sentence」という言葉があった。
(『終身刑』……永遠につづく、刑罰だな)
解答欄にちょうど合致する熟語だ。拓馬はひとりでクイズを解けたよろこびを感じたものの、答えの言葉の重さゆえに、辞書を開くまえのかるい気持ちが吹っ飛んでいた。
(いまの俺らも、そんな立場じゃないか?)
自分の意思では外に出られない場所に監禁されている。この状態がいつまで継続するのか、だれにもわからない。そういった現状ゆえにこの解答が他人事とは思えなかった。
とはいえ、拓馬は問題をひとつ解けた。ヤマダの解答がスムーズにできるよう、訳文の修正と答えの綴りをメモ用紙に書き写す。それが終わると次の箱を手にした。だが、銀髪の少女が視界に入るとべつの考えがうかぶ。
(こいつに聞いたらいろいろわかるかもな)
なぜ拓馬たちを閉じ込めたのか、どうやればこの場を出られるのか。そのような基本的な質問をまだ行なえていない。謎解きに一段落ついたいま、拓馬は質問を再開した。
「一時、置きます。これ以上は運びにくい」
赤毛は拓馬たちのそばにある机に箱を置く。
「嬢ちゃんのほうは昼寝中ですか?」
「まだ起きてない。箱の問題は俺が解くよ」
「そうですねえ、この問題文の翻訳と答え探しをアナタに任せましょうか」
赤毛は箱をひとつ拓馬に見せる。設問は「What is the longest sentence in the world?」とある。
「こちらはたくさん文字数がいりますから、ちゃんと答えを考えねばならぬようです」
解答欄は二段にわたるほど長く、勘では説けない設問だ。それはよいのだが、拓馬は赤毛の依頼の仕方に引っ掛かりをおぼえる。
「なんで俺に『問題を解いてくれ』とは言わないんだ?」
「箱の引き出しを開けてみてください」
赤毛が箱を拓馬に渡した。拓馬は箱の側面にある取っ手を引く──が引けなかった。力を強くこめてみるも、引き出しは騙し絵かと思うほど、当初の出で立ちを保っている。
「なんだ、これ……」
「ワタシとアナタでは開けられないようになっているのですよ」
「そんなことが……あ、職員室のアレか?」
職員室にて、赤毛が開けられなかった机の引き出しをヤマダが開けていた。それと同じ理屈だろうと拓馬は察した。
「ええ、アレです。くわしいことは箱を集めたのちに話しましょう。アナタは箱の問題が適度に解けたら、娘に化けた怪物から有益な情報を聞き出してください。ここで足止めを食らった元を取らねば」
赤毛は残りの箱を探しに出かけた。室内はまた三人だけになる。銀髪の少女は依然としてヤマダの手をにぎっている。彼女のほうから拓馬に話しかける様子はないので、拓馬は箱の問題に集中する。取得した箱のうち、問題を見ていない二つを確認した。ひとつだけ、問題が日本語の文章で書かれている。ただし解答は英語でせよ、との英文が添えてあった。
(日本語で考えなきゃ答えられない問題、か?)
その異様な設問は「学校にある音の鳴らない楽器はなに?」とあった。この一文で矛盾が起きているが、これはクイズだ。
(こういうのはヤマダが得意そうだな……)
この問題も解答欄が二段に分かれている。答えを考えるのは後回しにした。
次なる箱は英文にて「What letter is a parts of the body?」と記述してある。その解答欄はなんと木切れひとつ分しかない。
(これは勘で当てられるか)
アルファベット二十六文字を一通り当てはめればよい。真剣に取り組まずとも解答できそうだ。これも後回しにする。
結局、赤毛の提示した箱が拓馬向けの問題だった。翻訳のメモをとるため、ヤマダのリュックサックから文具類を拝借する。彼女がよく使い捨てにするメモ用紙に、原文を書きだした。そして「世界でもっとも長い文はなにか」という訳文を記す。まちがいのない訳のはずだが、これでは意味がわからない。
(長い文……? 長いセンテンス……)
長い名前、であれば日本には有名な寿限無のくだりがある。しかし解答欄を見るに、そこまでの長い名称を必要としていない。
(上の段が四文字で、下の段が八文字だな)
つまり文字数での長さは問われていない。
(文以外にも『長い』と表現するもの……)
拓馬は頭で考えていても限界があると感じ、辞書にたよる。この問いで主軸となる言葉はセンテンスだ。その単語を調べる。
(なんかそれっぽいのないかな)
単語の説明文に目を通したところ、拓馬が認識していた語義とは完全に異なる意味が記載してあった。
(『刑罰』……そんな意味もあるのか)
用例には物々しい文章がならぶ。その中に「life sentence」という言葉があった。
(『終身刑』……永遠につづく、刑罰だな)
解答欄にちょうど合致する熟語だ。拓馬はひとりでクイズを解けたよろこびを感じたものの、答えの言葉の重さゆえに、辞書を開くまえのかるい気持ちが吹っ飛んでいた。
(いまの俺らも、そんな立場じゃないか?)
自分の意思では外に出られない場所に監禁されている。この状態がいつまで継続するのか、だれにもわからない。そういった現状ゆえにこの解答が他人事とは思えなかった。
とはいえ、拓馬は問題をひとつ解けた。ヤマダの解答がスムーズにできるよう、訳文の修正と答えの綴りをメモ用紙に書き写す。それが終わると次の箱を手にした。だが、銀髪の少女が視界に入るとべつの考えがうかぶ。
(こいつに聞いたらいろいろわかるかもな)
なぜ拓馬たちを閉じ込めたのか、どうやればこの場を出られるのか。そのような基本的な質問をまだ行なえていない。謎解きに一段落ついたいま、拓馬は質問を再開した。
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2018年07月19日
拓馬篇−8章6 ★
拓馬は椅子を持ち寄った。自分と、銀髪の少女が座るためだ。拓馬がひとつめの椅子をねむるヤマダの隣りへ仮置きすると、色黒の少女がそこに座った。拓馬は内心、椅子を置く場所をしくじったと思う。もと化け物をヤマダのそばにいさせる気はなかったのだ。
(でもだいじょうぶ、だよな?)
少女はヤマダの手をにぎる。その動機は不可解だが、ヤマダを好意的に見ているらしい。拓馬は少女の座席をそのままにしておいた。
銀髪の少女と向かい合うように拓馬が座る。
「お前、シド先生と似てるな。先生と関係あるのか?」
「この見ため、ヤマダがつくったもの」
「ヤマダが? じゃあ……ヤマダがお前を先生に似せたってことか」
「たぶん、そう」
「お前たちみんなが人に化けたら、銀髪とか色黒になるってわけじゃあない?」
「わかんない。ちゃんとした人にばけるの、ひとりだけだった」
「体が大きくて帽子かぶってる男か?」
「うん」
「あいつとお前はどういう関係なんだ」
「おなじ仲間」
「お前たちはなんのためにこっちにきた?」
「人をさがしてる」
大男だ人捜しをしていることはシズカの調べでわかっていた。目的がなにかは未解明だ。
「その人を見つけて、どうするんだ?」
「しらない。あるじさま、おしえない」
「『あるじ』……あの大男のことか?」
「ちがう」
大男とその仲間は何者かの指示に従っている。命令を出す者が動機を告げないにもかかわらず、大男たちは命令を完遂しようとする──盲目的な行為に拓馬は危うさを感じる。
「なんでそんなことをさせられるのか、知りたくないか?」
「あるじさま、仲間のためだって、いう」
「たったそれだけで言うことをきくのか?」
「うん」
「だまされてるとは思わないのか?」
「おもわない。あるじさまも、おなじ仲間」
「そいつも黒い化け物か」
「うん。ちょっとだけ人っぽいけど、ほとんどいっしょ」
黒い化け物たちのリーダーも同じ生き物。その事実をふまえつつ、質疑を続ける。
「あるじってやつの言うことをきいていて、お前たちにいいことがあったか?」
「仲間は、たぶん、いいんだとおもう」
「お前はどうだ?」
「わかんない」
「じゃあ命令きかなくたってよくないか。なにも得しないんだからさ」
少女の表情がくもった。はじめて人間らしい感情を見せている。
「……それすると、あるじさま、かなしむ」
「命令にさからった仲間がいるのか?」
「かえってこなかった仲間、いる」
「どんなやつだ?」
「『だれかをころしたい』ってねがいをかなえる仲間」
少女は物騒なことを平然と言ってのけた。赤毛の言うように危険な生物たちなのだろう、と拓馬は警戒を強める。
「そいつは、なんで殺しの代行をしてた?」
「人さがしのついで」
「殺し屋はどこに行ったか、わかるか?」
「うん、ここにいる」
少女がヤマダの手をゆする。ヤマダに憑りついている、という意味か。拓馬はヤマダの幼少時から存在するクロスケかと解釈する。
「ああ、あの黒くて丸いやつか……」
しかし少女はきょとんとした顔で「ちがう」と否定する。
「そっちは、しらない」
「え? また別のやつがいる……?」
「うん。仲間、ヤマダのなかにかくれてる」
「表に出てこないのか?」
「どうかな……たぶん、できるとおもう」
できはするが普段はしない──その説明によって、クロスケとは別種の存在がヤマダに内在するのだと拓馬は認識をあらためる。
「そいつはなんでヤマダに憑りついてる?」
「うんとね、ヤマダにおねがいされたって」
「一緒にいよう、てか?」
「そんなかんじ」
ヤマダは人外に寛容な性分だ。そのように化け物を受け入れる発言をすること自体は彼女らしい。だが、なにゆえ他者の命をうばう化け物と鉢合わせしたのだろうか。
「それはわかった……でも、お前の仲間はどういうわけでヤマダに会ってたんだ?」
「ころそうとした」
「え……ヤマダがだれかにうらまれてる?」
信じがたかった。ヤマダは他人に憎まれるようなことはしない人間だ。そんなイヤなやつなら拓馬とて友人になっていない。
「いったい、だれがそんなことを……」
「ヤマダはしらない人」
「どういうことだ?」
拓馬はますます混乱した。知りもしない人間から憎悪されることがあるのか。有名でない一般市民ではありえないことだ。
「あのね、ミスミをうらんでるみたいなの」
ミスミとはヤマダの母の名だ。彼女は娘以上に気立てがよく、気遣いもこまやか。こちらも他者から殺意を抱かれる人物ではない。
「母親のほう……? もっとわかんねえぞ」
「よくわかんない……でも、そのせいで、ミスミの子ども……しんでいった」
少女はうつむいた。彼女なりに仲間のしでかしたことを反省しているようだった。拓馬はどう声をかけていいかわからず、だまった。
(それが本当なら……ヤマダの兄弟が早死した説明はつくけど……)
なぜ今日ヤマダに会ったばかりの者にわかるのか、拓馬はその疑念を解消しにいく。
「いろいろ納得はいった。お前はそれをだれから聞いたんだ?」
「仲間がきいたのを、おしえてもらった」
「あの大男にか?」
「うん、あと、いまはちょくせつきいてる」
「いまも?」
「ヤマダのちかくにいると、ヤマダのなかにいる仲間とはなせる」
「だからお前がヤマダにくっついてるのか」
「うん」
少女がヤマダと手をつなぐ理由がわかった。物言わぬ異形の代弁を少女が務めるいま、拓馬はヤマダのための質問をしておく。
「お前が話してるやつは……ヤマダをどうするつもりなんだ?」
「なにもしない。いっしょにいるだけ」
「それでそいつは満足してるのか?」
「うん、いごこち、いいみたい」
「これからだれかの命をねらうことは?」
「ない。もう、イヤがってる」
「殺しは、やらないんだな?」
「うん、やりたくないことだって、やっとわかったんだって」
身近な異形は無害だ。拓馬は一安心する。
「そうか……だったらいまのままでいい」
「いっしょにいて、いいの?」
「ああ、ヤマダも俺も、気にしない」
少女はヤマダの顔をのぞく。しばらくしてから拓馬を正視する
「ありがとう、だって」
「仲間が、そう言ったのか?」
「うん」
「なんだ、意外と世渡りのうまいやつだな」
拓馬が半分冗談で言う。少女は「そうかなぁ」とふたたびヤマダの顔を見つめた。
(でもだいじょうぶ、だよな?)
少女はヤマダの手をにぎる。その動機は不可解だが、ヤマダを好意的に見ているらしい。拓馬は少女の座席をそのままにしておいた。
銀髪の少女と向かい合うように拓馬が座る。
「お前、シド先生と似てるな。先生と関係あるのか?」
「この見ため、ヤマダがつくったもの」
「ヤマダが? じゃあ……ヤマダがお前を先生に似せたってことか」
「たぶん、そう」
「お前たちみんなが人に化けたら、銀髪とか色黒になるってわけじゃあない?」
「わかんない。ちゃんとした人にばけるの、ひとりだけだった」
「体が大きくて帽子かぶってる男か?」
「うん」
「あいつとお前はどういう関係なんだ」
「おなじ仲間」
「お前たちはなんのためにこっちにきた?」
「人をさがしてる」
大男だ人捜しをしていることはシズカの調べでわかっていた。目的がなにかは未解明だ。
「その人を見つけて、どうするんだ?」
「しらない。あるじさま、おしえない」
「『あるじ』……あの大男のことか?」
「ちがう」
大男とその仲間は何者かの指示に従っている。命令を出す者が動機を告げないにもかかわらず、大男たちは命令を完遂しようとする──盲目的な行為に拓馬は危うさを感じる。
「なんでそんなことをさせられるのか、知りたくないか?」
「あるじさま、仲間のためだって、いう」
「たったそれだけで言うことをきくのか?」
「うん」
「だまされてるとは思わないのか?」
「おもわない。あるじさまも、おなじ仲間」
「そいつも黒い化け物か」
「うん。ちょっとだけ人っぽいけど、ほとんどいっしょ」
黒い化け物たちのリーダーも同じ生き物。その事実をふまえつつ、質疑を続ける。
「あるじってやつの言うことをきいていて、お前たちにいいことがあったか?」
「仲間は、たぶん、いいんだとおもう」
「お前はどうだ?」
「わかんない」
「じゃあ命令きかなくたってよくないか。なにも得しないんだからさ」
少女の表情がくもった。はじめて人間らしい感情を見せている。
「……それすると、あるじさま、かなしむ」
「命令にさからった仲間がいるのか?」
「かえってこなかった仲間、いる」
「どんなやつだ?」
「『だれかをころしたい』ってねがいをかなえる仲間」
少女は物騒なことを平然と言ってのけた。赤毛の言うように危険な生物たちなのだろう、と拓馬は警戒を強める。
「そいつは、なんで殺しの代行をしてた?」
「人さがしのついで」
「殺し屋はどこに行ったか、わかるか?」
「うん、ここにいる」
少女がヤマダの手をゆする。ヤマダに憑りついている、という意味か。拓馬はヤマダの幼少時から存在するクロスケかと解釈する。
「ああ、あの黒くて丸いやつか……」
しかし少女はきょとんとした顔で「ちがう」と否定する。
「そっちは、しらない」
「え? また別のやつがいる……?」
「うん。仲間、ヤマダのなかにかくれてる」
「表に出てこないのか?」
「どうかな……たぶん、できるとおもう」
できはするが普段はしない──その説明によって、クロスケとは別種の存在がヤマダに内在するのだと拓馬は認識をあらためる。
「そいつはなんでヤマダに憑りついてる?」
「うんとね、ヤマダにおねがいされたって」
「一緒にいよう、てか?」
「そんなかんじ」
ヤマダは人外に寛容な性分だ。そのように化け物を受け入れる発言をすること自体は彼女らしい。だが、なにゆえ他者の命をうばう化け物と鉢合わせしたのだろうか。
「それはわかった……でも、お前の仲間はどういうわけでヤマダに会ってたんだ?」
「ころそうとした」
「え……ヤマダがだれかにうらまれてる?」
信じがたかった。ヤマダは他人に憎まれるようなことはしない人間だ。そんなイヤなやつなら拓馬とて友人になっていない。
「いったい、だれがそんなことを……」
「ヤマダはしらない人」
「どういうことだ?」
拓馬はますます混乱した。知りもしない人間から憎悪されることがあるのか。有名でない一般市民ではありえないことだ。
「あのね、ミスミをうらんでるみたいなの」
ミスミとはヤマダの母の名だ。彼女は娘以上に気立てがよく、気遣いもこまやか。こちらも他者から殺意を抱かれる人物ではない。
「母親のほう……? もっとわかんねえぞ」
「よくわかんない……でも、そのせいで、ミスミの子ども……しんでいった」
少女はうつむいた。彼女なりに仲間のしでかしたことを反省しているようだった。拓馬はどう声をかけていいかわからず、だまった。
(それが本当なら……ヤマダの兄弟が早死した説明はつくけど……)
なぜ今日ヤマダに会ったばかりの者にわかるのか、拓馬はその疑念を解消しにいく。
「いろいろ納得はいった。お前はそれをだれから聞いたんだ?」
「仲間がきいたのを、おしえてもらった」
「あの大男にか?」
「うん、あと、いまはちょくせつきいてる」
「いまも?」
「ヤマダのちかくにいると、ヤマダのなかにいる仲間とはなせる」
「だからお前がヤマダにくっついてるのか」
「うん」
少女がヤマダと手をつなぐ理由がわかった。物言わぬ異形の代弁を少女が務めるいま、拓馬はヤマダのための質問をしておく。
「お前が話してるやつは……ヤマダをどうするつもりなんだ?」
「なにもしない。いっしょにいるだけ」
「それでそいつは満足してるのか?」
「うん、いごこち、いいみたい」
「これからだれかの命をねらうことは?」
「ない。もう、イヤがってる」
「殺しは、やらないんだな?」
「うん、やりたくないことだって、やっとわかったんだって」
身近な異形は無害だ。拓馬は一安心する。
「そうか……だったらいまのままでいい」
「いっしょにいて、いいの?」
「ああ、ヤマダも俺も、気にしない」
少女はヤマダの顔をのぞく。しばらくしてから拓馬を正視する
「ありがとう、だって」
「仲間が、そう言ったのか?」
「うん」
「なんだ、意外と世渡りのうまいやつだな」
拓馬が半分冗談で言う。少女は「そうかなぁ」とふたたびヤマダの顔を見つめた。