2018年07月19日
拓馬篇−8章6 ★
拓馬は椅子を持ち寄った。自分と、銀髪の少女が座るためだ。拓馬がひとつめの椅子をねむるヤマダの隣りへ仮置きすると、色黒の少女がそこに座った。拓馬は内心、椅子を置く場所をしくじったと思う。もと化け物をヤマダのそばにいさせる気はなかったのだ。
(でもだいじょうぶ、だよな?)
少女はヤマダの手をにぎる。その動機は不可解だが、ヤマダを好意的に見ているらしい。拓馬は少女の座席をそのままにしておいた。
銀髪の少女と向かい合うように拓馬が座る。
「お前、シド先生と似てるな。先生と関係あるのか?」
「この見ため、ヤマダがつくったもの」
「ヤマダが? じゃあ……ヤマダがお前を先生に似せたってことか」
「たぶん、そう」
「お前たちみんなが人に化けたら、銀髪とか色黒になるってわけじゃあない?」
「わかんない。ちゃんとした人にばけるの、ひとりだけだった」
「体が大きくて帽子かぶってる男か?」
「うん」
「あいつとお前はどういう関係なんだ」
「おなじ仲間」
「お前たちはなんのためにこっちにきた?」
「人をさがしてる」
大男だ人捜しをしていることはシズカの調べでわかっていた。目的がなにかは未解明だ。
「その人を見つけて、どうするんだ?」
「しらない。あるじさま、おしえない」
「『あるじ』……あの大男のことか?」
「ちがう」
大男とその仲間は何者かの指示に従っている。命令を出す者が動機を告げないにもかかわらず、大男たちは命令を完遂しようとする──盲目的な行為に拓馬は危うさを感じる。
「なんでそんなことをさせられるのか、知りたくないか?」
「あるじさま、仲間のためだって、いう」
「たったそれだけで言うことをきくのか?」
「うん」
「だまされてるとは思わないのか?」
「おもわない。あるじさまも、おなじ仲間」
「そいつも黒い化け物か」
「うん。ちょっとだけ人っぽいけど、ほとんどいっしょ」
黒い化け物たちのリーダーも同じ生き物。その事実をふまえつつ、質疑を続ける。
「あるじってやつの言うことをきいていて、お前たちにいいことがあったか?」
「仲間は、たぶん、いいんだとおもう」
「お前はどうだ?」
「わかんない」
「じゃあ命令きかなくたってよくないか。なにも得しないんだからさ」
少女の表情がくもった。はじめて人間らしい感情を見せている。
「……それすると、あるじさま、かなしむ」
「命令にさからった仲間がいるのか?」
「かえってこなかった仲間、いる」
「どんなやつだ?」
「『だれかをころしたい』ってねがいをかなえる仲間」
少女は物騒なことを平然と言ってのけた。赤毛の言うように危険な生物たちなのだろう、と拓馬は警戒を強める。
「そいつは、なんで殺しの代行をしてた?」
「人さがしのついで」
「殺し屋はどこに行ったか、わかるか?」
「うん、ここにいる」
少女がヤマダの手をゆする。ヤマダに憑りついている、という意味か。拓馬はヤマダの幼少時から存在するクロスケかと解釈する。
「ああ、あの黒くて丸いやつか……」
しかし少女はきょとんとした顔で「ちがう」と否定する。
「そっちは、しらない」
「え? また別のやつがいる……?」
「うん。仲間、ヤマダのなかにかくれてる」
「表に出てこないのか?」
「どうかな……たぶん、できるとおもう」
できはするが普段はしない──その説明によって、クロスケとは別種の存在がヤマダに内在するのだと拓馬は認識をあらためる。
「そいつはなんでヤマダに憑りついてる?」
「うんとね、ヤマダにおねがいされたって」
「一緒にいよう、てか?」
「そんなかんじ」
ヤマダは人外に寛容な性分だ。そのように化け物を受け入れる発言をすること自体は彼女らしい。だが、なにゆえ他者の命をうばう化け物と鉢合わせしたのだろうか。
「それはわかった……でも、お前の仲間はどういうわけでヤマダに会ってたんだ?」
「ころそうとした」
「え……ヤマダがだれかにうらまれてる?」
信じがたかった。ヤマダは他人に憎まれるようなことはしない人間だ。そんなイヤなやつなら拓馬とて友人になっていない。
「いったい、だれがそんなことを……」
「ヤマダはしらない人」
「どういうことだ?」
拓馬はますます混乱した。知りもしない人間から憎悪されることがあるのか。有名でない一般市民ではありえないことだ。
「あのね、ミスミをうらんでるみたいなの」
ミスミとはヤマダの母の名だ。彼女は娘以上に気立てがよく、気遣いもこまやか。こちらも他者から殺意を抱かれる人物ではない。
「母親のほう……? もっとわかんねえぞ」
「よくわかんない……でも、そのせいで、ミスミの子ども……しんでいった」
少女はうつむいた。彼女なりに仲間のしでかしたことを反省しているようだった。拓馬はどう声をかけていいかわからず、だまった。
(それが本当なら……ヤマダの兄弟が早死した説明はつくけど……)
なぜ今日ヤマダに会ったばかりの者にわかるのか、拓馬はその疑念を解消しにいく。
「いろいろ納得はいった。お前はそれをだれから聞いたんだ?」
「仲間がきいたのを、おしえてもらった」
「あの大男にか?」
「うん、あと、いまはちょくせつきいてる」
「いまも?」
「ヤマダのちかくにいると、ヤマダのなかにいる仲間とはなせる」
「だからお前がヤマダにくっついてるのか」
「うん」
少女がヤマダと手をつなぐ理由がわかった。物言わぬ異形の代弁を少女が務めるいま、拓馬はヤマダのための質問をしておく。
「お前が話してるやつは……ヤマダをどうするつもりなんだ?」
「なにもしない。いっしょにいるだけ」
「それでそいつは満足してるのか?」
「うん、いごこち、いいみたい」
「これからだれかの命をねらうことは?」
「ない。もう、イヤがってる」
「殺しは、やらないんだな?」
「うん、やりたくないことだって、やっとわかったんだって」
身近な異形は無害だ。拓馬は一安心する。
「そうか……だったらいまのままでいい」
「いっしょにいて、いいの?」
「ああ、ヤマダも俺も、気にしない」
少女はヤマダの顔をのぞく。しばらくしてから拓馬を正視する
「ありがとう、だって」
「仲間が、そう言ったのか?」
「うん」
「なんだ、意外と世渡りのうまいやつだな」
拓馬が半分冗談で言う。少女は「そうかなぁ」とふたたびヤマダの顔を見つめた。
(でもだいじょうぶ、だよな?)
少女はヤマダの手をにぎる。その動機は不可解だが、ヤマダを好意的に見ているらしい。拓馬は少女の座席をそのままにしておいた。
銀髪の少女と向かい合うように拓馬が座る。
「お前、シド先生と似てるな。先生と関係あるのか?」
「この見ため、ヤマダがつくったもの」
「ヤマダが? じゃあ……ヤマダがお前を先生に似せたってことか」
「たぶん、そう」
「お前たちみんなが人に化けたら、銀髪とか色黒になるってわけじゃあない?」
「わかんない。ちゃんとした人にばけるの、ひとりだけだった」
「体が大きくて帽子かぶってる男か?」
「うん」
「あいつとお前はどういう関係なんだ」
「おなじ仲間」
「お前たちはなんのためにこっちにきた?」
「人をさがしてる」
大男だ人捜しをしていることはシズカの調べでわかっていた。目的がなにかは未解明だ。
「その人を見つけて、どうするんだ?」
「しらない。あるじさま、おしえない」
「『あるじ』……あの大男のことか?」
「ちがう」
大男とその仲間は何者かの指示に従っている。命令を出す者が動機を告げないにもかかわらず、大男たちは命令を完遂しようとする──盲目的な行為に拓馬は危うさを感じる。
「なんでそんなことをさせられるのか、知りたくないか?」
「あるじさま、仲間のためだって、いう」
「たったそれだけで言うことをきくのか?」
「うん」
「だまされてるとは思わないのか?」
「おもわない。あるじさまも、おなじ仲間」
「そいつも黒い化け物か」
「うん。ちょっとだけ人っぽいけど、ほとんどいっしょ」
黒い化け物たちのリーダーも同じ生き物。その事実をふまえつつ、質疑を続ける。
「あるじってやつの言うことをきいていて、お前たちにいいことがあったか?」
「仲間は、たぶん、いいんだとおもう」
「お前はどうだ?」
「わかんない」
「じゃあ命令きかなくたってよくないか。なにも得しないんだからさ」
少女の表情がくもった。はじめて人間らしい感情を見せている。
「……それすると、あるじさま、かなしむ」
「命令にさからった仲間がいるのか?」
「かえってこなかった仲間、いる」
「どんなやつだ?」
「『だれかをころしたい』ってねがいをかなえる仲間」
少女は物騒なことを平然と言ってのけた。赤毛の言うように危険な生物たちなのだろう、と拓馬は警戒を強める。
「そいつは、なんで殺しの代行をしてた?」
「人さがしのついで」
「殺し屋はどこに行ったか、わかるか?」
「うん、ここにいる」
少女がヤマダの手をゆする。ヤマダに憑りついている、という意味か。拓馬はヤマダの幼少時から存在するクロスケかと解釈する。
「ああ、あの黒くて丸いやつか……」
しかし少女はきょとんとした顔で「ちがう」と否定する。
「そっちは、しらない」
「え? また別のやつがいる……?」
「うん。仲間、ヤマダのなかにかくれてる」
「表に出てこないのか?」
「どうかな……たぶん、できるとおもう」
できはするが普段はしない──その説明によって、クロスケとは別種の存在がヤマダに内在するのだと拓馬は認識をあらためる。
「そいつはなんでヤマダに憑りついてる?」
「うんとね、ヤマダにおねがいされたって」
「一緒にいよう、てか?」
「そんなかんじ」
ヤマダは人外に寛容な性分だ。そのように化け物を受け入れる発言をすること自体は彼女らしい。だが、なにゆえ他者の命をうばう化け物と鉢合わせしたのだろうか。
「それはわかった……でも、お前の仲間はどういうわけでヤマダに会ってたんだ?」
「ころそうとした」
「え……ヤマダがだれかにうらまれてる?」
信じがたかった。ヤマダは他人に憎まれるようなことはしない人間だ。そんなイヤなやつなら拓馬とて友人になっていない。
「いったい、だれがそんなことを……」
「ヤマダはしらない人」
「どういうことだ?」
拓馬はますます混乱した。知りもしない人間から憎悪されることがあるのか。有名でない一般市民ではありえないことだ。
「あのね、ミスミをうらんでるみたいなの」
ミスミとはヤマダの母の名だ。彼女は娘以上に気立てがよく、気遣いもこまやか。こちらも他者から殺意を抱かれる人物ではない。
「母親のほう……? もっとわかんねえぞ」
「よくわかんない……でも、そのせいで、ミスミの子ども……しんでいった」
少女はうつむいた。彼女なりに仲間のしでかしたことを反省しているようだった。拓馬はどう声をかけていいかわからず、だまった。
(それが本当なら……ヤマダの兄弟が早死した説明はつくけど……)
なぜ今日ヤマダに会ったばかりの者にわかるのか、拓馬はその疑念を解消しにいく。
「いろいろ納得はいった。お前はそれをだれから聞いたんだ?」
「仲間がきいたのを、おしえてもらった」
「あの大男にか?」
「うん、あと、いまはちょくせつきいてる」
「いまも?」
「ヤマダのちかくにいると、ヤマダのなかにいる仲間とはなせる」
「だからお前がヤマダにくっついてるのか」
「うん」
少女がヤマダと手をつなぐ理由がわかった。物言わぬ異形の代弁を少女が務めるいま、拓馬はヤマダのための質問をしておく。
「お前が話してるやつは……ヤマダをどうするつもりなんだ?」
「なにもしない。いっしょにいるだけ」
「それでそいつは満足してるのか?」
「うん、いごこち、いいみたい」
「これからだれかの命をねらうことは?」
「ない。もう、イヤがってる」
「殺しは、やらないんだな?」
「うん、やりたくないことだって、やっとわかったんだって」
身近な異形は無害だ。拓馬は一安心する。
「そうか……だったらいまのままでいい」
「いっしょにいて、いいの?」
「ああ、ヤマダも俺も、気にしない」
少女はヤマダの顔をのぞく。しばらくしてから拓馬を正視する
「ありがとう、だって」
「仲間が、そう言ったのか?」
「うん」
「なんだ、意外と世渡りのうまいやつだな」
拓馬が半分冗談で言う。少女は「そうかなぁ」とふたたびヤマダの顔を見つめた。
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