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2018年07月24日
拓馬篇−9章◇
はじめて人へ変じた異形は小箱の群れを見つめた。役目を終えた道具たちだ。ヤマダという人間がすべての箱の仕掛けを解いた。彼女は解答で使用しなかった木切れを、ふたたび箱の引き出しにもどしていった。そうする意味はとくになかった。その箱はもう二度と使われない。箱を用意した者にも、それを一時的に必要とした者にとっても、もはや無価値の道具だ。異形はその情景を仲間に伝える。
(ねえ見て。ヤマダが箱のなぞなぞをといていったよ)
異形の視界が半分、現在いる教室とは別の場所を映した。ドアノブのついた両開き扉が見える。教室や職員室とはちがった部屋らしい。
『すでに六つおわったか』
視界を共有する仲間が、男性の声で答えた。
(とくときにつかったもの、ちゃんと引き出しにしまっていったの)
『……そうか』
(おかたづけ、すきな子なんだね。あなたといっしょ)
『……そうだな』
仲間は同意を示した。だがその話題にまつわるおしゃべりをしたがらない。
『彼らは七つめに向かったんだな?』
(うん、もういっちゃった)
『そうか。私も定位置につく頃合いだな』
(どこいってるの?)
『校長室だ。私の不注意でこの場にまぎれた退魔師を、ここに封じた。これで同胞の被害は減る』
別室を映していた視界がうごく。大きく広い机のむこうに、うつむく和装姿の男がいた。見た目は人型だが、これも人間ではないのだという。土着の守護霊かなにかだと、仲間は推測している。
『ほかにもここに迷いこんだ者がいるが……そちらはなにもされなかったか?』
(うん。あの竜、イヤなことしてこなかった)
『無事でなにより。おまえが消されないか不安だった』
(あんまり、こわいかんじしない)
『おまえが無垢だからだ。魔族の多くは子どもに甘いと聞く』
(わたし、こども?)
『ああ、まだ赤子くらいだ。ところで、人に化けられるようになったか?』
仲間は事前にそのような指示を出していた。人間から力を吸収し、人型に変じるすべを身に着けよ、と。
(いま女の子に化けてる。ヘンかな?)
『いや……なんとなく、おまえは人に化けるなら女性が合うと思っていた』
(そうなの? あるじさまも、ヤマダの中にいる仲間もそんなふうに思ってるよね)
『そう、だな……なぜだかわからないが、そう感じた』
(女のほうがすきなの?)
『……否定はしない。私はそのような価値観を植えつけられている』
男性型の異形は男の姿で人間や魔人による教育を受けた結果、男性とはこうあるべきという教えを叩きこまれた。とくに武芸全般の師匠は同性を苦手とする男性だったので、彼の性癖が多少受け継がれているのだとか。
『それはいいとして、彼らはどれだけ勘付いている?』
問われた異形は人と竜の会話を思い起こした。無関心のそぶりを見せながらも、彼らの話を盗み聞きしていたのだ。
(だいぶうたがわれてるみたい)
『結構なことだ。利発な子たちだからな』
仲間はあわてる様子なく、人間たちを称賛した。仲間はとうに身分を隠し通すつもりがない。にもかかわらず、彼らに自身の正体は教えるなと忠告する。それが少女の異形にはあまり理解できなかった。
(これからどうする?)
『おまえは彼らを見守れ。大切な客人が到着するまでは丁重にあつかいたい』
(わかった)
『彼らが危険地帯へ行くようなら、校長室にいるコレのことを言え』
(せっかくつかまえたのに、いいの?)
『彼らに死なれては困る』
(その人はヤマダたちをおそわない?)
『きっと大丈夫だ。死神をその身に宿した人間なら……コレも懐柔できる』
(ちょっとしんぱい)
『彼らに同行はするな。おまえの身があやうくなる』
(うん、ほかに気をつけること、ある?)
『まえもって伝えた内容に変更はない。あとはおまえの好きなようにやるといい』
仲間が命じることの中には実行したくないものもあった。しかしその気持ちを表に出してみても、言いくるめられてしまっていた。会話の知識も技術もとぼしい異形では「わかった」と答えることしかできない。
(うん……そうする)
分かれた視界が一つにもどる。異形は窓から中庭をながめた。そこの噴水に、三人の人影があった。
(ねえ見て。ヤマダが箱のなぞなぞをといていったよ)
異形の視界が半分、現在いる教室とは別の場所を映した。ドアノブのついた両開き扉が見える。教室や職員室とはちがった部屋らしい。
『すでに六つおわったか』
視界を共有する仲間が、男性の声で答えた。
(とくときにつかったもの、ちゃんと引き出しにしまっていったの)
『……そうか』
(おかたづけ、すきな子なんだね。あなたといっしょ)
『……そうだな』
仲間は同意を示した。だがその話題にまつわるおしゃべりをしたがらない。
『彼らは七つめに向かったんだな?』
(うん、もういっちゃった)
『そうか。私も定位置につく頃合いだな』
(どこいってるの?)
『校長室だ。私の不注意でこの場にまぎれた退魔師を、ここに封じた。これで同胞の被害は減る』
別室を映していた視界がうごく。大きく広い机のむこうに、うつむく和装姿の男がいた。見た目は人型だが、これも人間ではないのだという。土着の守護霊かなにかだと、仲間は推測している。
『ほかにもここに迷いこんだ者がいるが……そちらはなにもされなかったか?』
(うん。あの竜、イヤなことしてこなかった)
『無事でなにより。おまえが消されないか不安だった』
(あんまり、こわいかんじしない)
『おまえが無垢だからだ。魔族の多くは子どもに甘いと聞く』
(わたし、こども?)
『ああ、まだ赤子くらいだ。ところで、人に化けられるようになったか?』
仲間は事前にそのような指示を出していた。人間から力を吸収し、人型に変じるすべを身に着けよ、と。
(いま女の子に化けてる。ヘンかな?)
『いや……なんとなく、おまえは人に化けるなら女性が合うと思っていた』
(そうなの? あるじさまも、ヤマダの中にいる仲間もそんなふうに思ってるよね)
『そう、だな……なぜだかわからないが、そう感じた』
(女のほうがすきなの?)
『……否定はしない。私はそのような価値観を植えつけられている』
男性型の異形は男の姿で人間や魔人による教育を受けた結果、男性とはこうあるべきという教えを叩きこまれた。とくに武芸全般の師匠は同性を苦手とする男性だったので、彼の性癖が多少受け継がれているのだとか。
『それはいいとして、彼らはどれだけ勘付いている?』
問われた異形は人と竜の会話を思い起こした。無関心のそぶりを見せながらも、彼らの話を盗み聞きしていたのだ。
(だいぶうたがわれてるみたい)
『結構なことだ。利発な子たちだからな』
仲間はあわてる様子なく、人間たちを称賛した。仲間はとうに身分を隠し通すつもりがない。にもかかわらず、彼らに自身の正体は教えるなと忠告する。それが少女の異形にはあまり理解できなかった。
(これからどうする?)
『おまえは彼らを見守れ。大切な客人が到着するまでは丁重にあつかいたい』
(わかった)
『彼らが危険地帯へ行くようなら、校長室にいるコレのことを言え』
(せっかくつかまえたのに、いいの?)
『彼らに死なれては困る』
(その人はヤマダたちをおそわない?)
『きっと大丈夫だ。死神をその身に宿した人間なら……コレも懐柔できる』
(ちょっとしんぱい)
『彼らに同行はするな。おまえの身があやうくなる』
(うん、ほかに気をつけること、ある?)
『まえもって伝えた内容に変更はない。あとはおまえの好きなようにやるといい』
仲間が命じることの中には実行したくないものもあった。しかしその気持ちを表に出してみても、言いくるめられてしまっていた。会話の知識も技術もとぼしい異形では「わかった」と答えることしかできない。
(うん……そうする)
分かれた視界が一つにもどる。異形は窓から中庭をながめた。そこの噴水に、三人の人影があった。
タグ:拓馬
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2018年07月23日
拓馬篇−9章4 ★
「一つ、術者が彼女限定で開けられるよう細工した。判別方法は彼女の掌紋なり生体反応なりあるでしょう。二つ、箱になんらかの術がかかっていて、その術を解除する能力を彼女が備えている。これは稀にいます。たとえばシズカさんはその力を持っています」
「シズカさんが……?」
シズカとヤマダの二人だけができること。拓馬は少女が告げた狐救出の条件を思い出した。赤毛が三つめの話に進むのを、拓馬は手を上げて止める。
「さっき、あの女の子が言ってたんだ。シズカさんが俺たちを守るために送ったキツネが、ここに囚われている。そいつを助けるために、シズカさんかヤマダの力がいるって」
これはその能力が関係してるのか、と聞くまえに赤毛は「そうですか」と答える。
「では二つめの仮定が正解ですね。なるほど、奴らも本能バカばかりではないようです」
赤毛は高笑いした。それが長く続いたので、
「漫談やってるの?」
とヤマダがたずねてきた。拓馬は「俺は真面目な話をしてる」とつっけんどんに返した。
赤毛がひとしきり笑った。拓馬は赤毛が落ち着いたのを見計らい、奇行の意味を問う。
「どこが笑いのツボだったんだ?」
「いえね、なかなか斬新な方法を思いつくものだと感心したのです」
「斬新?」
「このナゾナゾの数々はおそらく、彼女が本当に能力者なのか確かめる最終試験なのでしょう。合格したあかつきには異界に連れこみ、その力を悪用するものと思われます」
「鍵の開け閉め程度の力じゃないのか?」
「その応用です。例えばこの空間に囚われた狐。その状態は異界の処刑方法の一種です」
処刑、と聞いて拓馬は背筋がぞっとする。だが少女は狐を「死んでもない」と説明していたので、そこまで酷い状況ではないのだと自身に言い聞かせた。
「大罪人は悪しき魂を所有する、と考えられていましてね。死刑にした罪人が生まれ変われば、また罪を犯すのだと人間は思っています。それゆえ生死のない次元に閉ざし、二度と悪事を働かせないようにするそうです。そんな極悪人が、機密情報として隠された場所に眠り続けるのです。その連中を解き放てば、世界は大混乱に陥るでしょうね」
赤毛の話は突拍子がない。事の重大さが実感できない拓馬をよそに、赤毛は話を続ける。
「ほかにも使い道はありますけど、知りたいですか?」
「いや……べつにいい」
「そうですか。では今度はワタシからアナタに聞きますね」
まだ赤毛はしゃべるつもりだ。拓馬は精神的に疲弊してきたが、内容の要不要が不明なうちは耐えておくことにした。
「ワタシがここへもどるときに白い烏を見かけましたが、アナタの所にきましたか?」
これは必要な情報伝達だ。拓馬は烏が訪問してきたときの状況を思い出す。
「ああ、シズカさんの手紙を届けてくれた。手紙には、白いキツネと連絡が取れなくなって、いまどうしてるかと書いてあった。返信はしたから、こっちの状態が伝わってる」
「ではじきに彼もきますね。それまでに七つのナゾナゾをすべて解けると良いのですが」
赤毛は視線をヤマダに移した。ヤマダは木切れをあちこちに置いては並べなおす作業を繰り返している。赤毛はまだ時間がかかると思ったらしく、ふたたび拓馬を見る。
「そうそう、先程言いそびれた、彼女が引き出しを開けられる三つめの理由ですがね」
「まだしゃべるのかよ……」
拓馬は長話にげんなりしている。赤毛は動じず「まあ聞きなさい」と会話を強行する。
「ワタシは彼女に一定の望みを叶える権限が与えられたのだとも考えました。扉の問題文を見た彼女が言ったでしょう、『文字の置き換えが一覧になった表がないか』と。その言葉の通り、表がそばに落ちていました。あれはワタシが初めてあの場に立ったときも、我々三人がきた直後にもなかった。あのとき、彼女の思いを反映して用意されました」
「たしかに出来すぎなタイミングだったけど……なんで監禁した側が俺らを甘やかす?」
「よい質問ですねえ」
疑問をもらした直後、拓馬は自分から赤毛におしゃべりのネタをやったのだと後悔した。
「論理的な思考で言えば、ズルを認めても最終的な結果に差がないと判断したのでしょう。希望をちらつかせてからの絶望は見物ですし、自信家がやる手です。力量を把握できない三下はそれで足をすくわれるわけですが」
赤毛が悪役の心境を洞察する。その指摘には説得力があり、赤毛自身にも身に覚えのある思考のようでもある。
(こいつがそういう悪人なのかもな)
と、拓馬が邪推するかたわら、赤毛はおもしろくなさそうに口元をゆがませる。
「……感情的な見方をすると、怪物の親玉は彼女と接触を重ねるうちに情が湧いたのでしょう。我々人でない者にも感情はあります。自分に良くしてくれる対象には、すくなからず愛着が出てくるものです。そのせいで非情になりきれないのだとしたら、悪党には向かない相手だと言えますね」
赤毛は対極な犯人像を打ち出した。そのどちらが真相に近いか、拓馬は決めあぐねる。
(先生……どっちも当てはまりそうだな)
犯人候補の教師がかつて不良少年に見せた冷徹ぶりは前者、平時の穏やかな人柄は後者に思えた。とりわけヤマダに対しては親切そのもの、徹底して優しかった。
「ま、敵の心中は考えなくてよろしい。嬢ちゃんを上手に誘導すれば我々に有利になる、とだけ思っていてください。ワタシからは以上です。ほかに、アナタがワタシに聞きたいことはありますか?」
拓馬は気が乗らないものの、質問すべき謎が残っていないか模索する。赤毛の話には、ヤマダに知らせないほうがよい話題が多かった。彼女が箱の問題に熱中する間に話し合っておくべきことはあるか。そのように考えを深めていくと、あらたな疑問が出る。
「あんたの世界じゃ、だれでも自由に見た目を変えられるのか?」
「だれでも、とは言えませんがよくあることです。ワタシ自身、時と場合によって体の大小を変えます。それがどうかしましたか?」
「俺らをここに閉じこめたやつが先生だろうってことはわかった。それとは別に、ヤマダに手を出してきた男がいて……」
赤毛が手を打ち「ああ、大男と言ってましたね」と主旨を理解する。
「その大男は偽教師の別形態ではないか、と思うわけですね?」
「どうせなら同じ人であってほしい、って願望だな。どっちもすごく強かった。もし二人同時に戦うことになったら、シズカさんでも勝てそうにない」
「ワタシがいれば敵が何人でも同じですよ」
赤毛は自信満々に笑い飛ばす。その自信がどこから来るのか、拓馬にはわからない。
(口だけでなけりゃいいが)
と拓馬が疑う最中に「終わったよー」とのんきな声が飛んでくる。
「そっちの話は済んだ?」
「ええ、次のナゾナゾへ行きましょうか。そこまでワタシが運んであげます」
赤毛は銀髪の少女にゴーグルを向ける。
「アナタも一緒にきますか?」
少女は「ひとりでいく」と断った。それは後で拓馬たちに合流するとも、別行動後の再会はしないという意味にもとれた。少女のそばで、ヤマダが机上に散乱した文具と木切れをまとめる。拓馬も片付けを手伝うと、机上に出た木切れが箱五つ分もないことに気付く。
「もしかして一回一回、片付けてたのか」
「うん、箱とセットになってるピースでなきゃ認識しない仕組みかもしれなかったから」
「ありえそうだな。でも最後に解いた分はほっといていいんじゃ?」
「んー、ここまできたら最後もキレイにしときたい」
二人がいらぬ片付けまで行なう中、赤毛は一足先に廊下へ出る。拓馬はちらっと少女を見る。彼女はじっとヤマダを見つめていた。
ヤマダがリュックサックを背負うと、拓馬の手をとる。
「次いこ、次」
ヤマダは空いてる片手で少女に手を振る。
「また会おうね」
少女はこっくりうなずいた。彼女をひとり教室に残し、拓馬とヤマダは赤毛と合流した。
「シズカさんが……?」
シズカとヤマダの二人だけができること。拓馬は少女が告げた狐救出の条件を思い出した。赤毛が三つめの話に進むのを、拓馬は手を上げて止める。
「さっき、あの女の子が言ってたんだ。シズカさんが俺たちを守るために送ったキツネが、ここに囚われている。そいつを助けるために、シズカさんかヤマダの力がいるって」
これはその能力が関係してるのか、と聞くまえに赤毛は「そうですか」と答える。
「では二つめの仮定が正解ですね。なるほど、奴らも本能バカばかりではないようです」
赤毛は高笑いした。それが長く続いたので、
「漫談やってるの?」
とヤマダがたずねてきた。拓馬は「俺は真面目な話をしてる」とつっけんどんに返した。
赤毛がひとしきり笑った。拓馬は赤毛が落ち着いたのを見計らい、奇行の意味を問う。
「どこが笑いのツボだったんだ?」
「いえね、なかなか斬新な方法を思いつくものだと感心したのです」
「斬新?」
「このナゾナゾの数々はおそらく、彼女が本当に能力者なのか確かめる最終試験なのでしょう。合格したあかつきには異界に連れこみ、その力を悪用するものと思われます」
「鍵の開け閉め程度の力じゃないのか?」
「その応用です。例えばこの空間に囚われた狐。その状態は異界の処刑方法の一種です」
処刑、と聞いて拓馬は背筋がぞっとする。だが少女は狐を「死んでもない」と説明していたので、そこまで酷い状況ではないのだと自身に言い聞かせた。
「大罪人は悪しき魂を所有する、と考えられていましてね。死刑にした罪人が生まれ変われば、また罪を犯すのだと人間は思っています。それゆえ生死のない次元に閉ざし、二度と悪事を働かせないようにするそうです。そんな極悪人が、機密情報として隠された場所に眠り続けるのです。その連中を解き放てば、世界は大混乱に陥るでしょうね」
赤毛の話は突拍子がない。事の重大さが実感できない拓馬をよそに、赤毛は話を続ける。
「ほかにも使い道はありますけど、知りたいですか?」
「いや……べつにいい」
「そうですか。では今度はワタシからアナタに聞きますね」
まだ赤毛はしゃべるつもりだ。拓馬は精神的に疲弊してきたが、内容の要不要が不明なうちは耐えておくことにした。
「ワタシがここへもどるときに白い烏を見かけましたが、アナタの所にきましたか?」
これは必要な情報伝達だ。拓馬は烏が訪問してきたときの状況を思い出す。
「ああ、シズカさんの手紙を届けてくれた。手紙には、白いキツネと連絡が取れなくなって、いまどうしてるかと書いてあった。返信はしたから、こっちの状態が伝わってる」
「ではじきに彼もきますね。それまでに七つのナゾナゾをすべて解けると良いのですが」
赤毛は視線をヤマダに移した。ヤマダは木切れをあちこちに置いては並べなおす作業を繰り返している。赤毛はまだ時間がかかると思ったらしく、ふたたび拓馬を見る。
「そうそう、先程言いそびれた、彼女が引き出しを開けられる三つめの理由ですがね」
「まだしゃべるのかよ……」
拓馬は長話にげんなりしている。赤毛は動じず「まあ聞きなさい」と会話を強行する。
「ワタシは彼女に一定の望みを叶える権限が与えられたのだとも考えました。扉の問題文を見た彼女が言ったでしょう、『文字の置き換えが一覧になった表がないか』と。その言葉の通り、表がそばに落ちていました。あれはワタシが初めてあの場に立ったときも、我々三人がきた直後にもなかった。あのとき、彼女の思いを反映して用意されました」
「たしかに出来すぎなタイミングだったけど……なんで監禁した側が俺らを甘やかす?」
「よい質問ですねえ」
疑問をもらした直後、拓馬は自分から赤毛におしゃべりのネタをやったのだと後悔した。
「論理的な思考で言えば、ズルを認めても最終的な結果に差がないと判断したのでしょう。希望をちらつかせてからの絶望は見物ですし、自信家がやる手です。力量を把握できない三下はそれで足をすくわれるわけですが」
赤毛が悪役の心境を洞察する。その指摘には説得力があり、赤毛自身にも身に覚えのある思考のようでもある。
(こいつがそういう悪人なのかもな)
と、拓馬が邪推するかたわら、赤毛はおもしろくなさそうに口元をゆがませる。
「……感情的な見方をすると、怪物の親玉は彼女と接触を重ねるうちに情が湧いたのでしょう。我々人でない者にも感情はあります。自分に良くしてくれる対象には、すくなからず愛着が出てくるものです。そのせいで非情になりきれないのだとしたら、悪党には向かない相手だと言えますね」
赤毛は対極な犯人像を打ち出した。そのどちらが真相に近いか、拓馬は決めあぐねる。
(先生……どっちも当てはまりそうだな)
犯人候補の教師がかつて不良少年に見せた冷徹ぶりは前者、平時の穏やかな人柄は後者に思えた。とりわけヤマダに対しては親切そのもの、徹底して優しかった。
「ま、敵の心中は考えなくてよろしい。嬢ちゃんを上手に誘導すれば我々に有利になる、とだけ思っていてください。ワタシからは以上です。ほかに、アナタがワタシに聞きたいことはありますか?」
拓馬は気が乗らないものの、質問すべき謎が残っていないか模索する。赤毛の話には、ヤマダに知らせないほうがよい話題が多かった。彼女が箱の問題に熱中する間に話し合っておくべきことはあるか。そのように考えを深めていくと、あらたな疑問が出る。
「あんたの世界じゃ、だれでも自由に見た目を変えられるのか?」
「だれでも、とは言えませんがよくあることです。ワタシ自身、時と場合によって体の大小を変えます。それがどうかしましたか?」
「俺らをここに閉じこめたやつが先生だろうってことはわかった。それとは別に、ヤマダに手を出してきた男がいて……」
赤毛が手を打ち「ああ、大男と言ってましたね」と主旨を理解する。
「その大男は偽教師の別形態ではないか、と思うわけですね?」
「どうせなら同じ人であってほしい、って願望だな。どっちもすごく強かった。もし二人同時に戦うことになったら、シズカさんでも勝てそうにない」
「ワタシがいれば敵が何人でも同じですよ」
赤毛は自信満々に笑い飛ばす。その自信がどこから来るのか、拓馬にはわからない。
(口だけでなけりゃいいが)
と拓馬が疑う最中に「終わったよー」とのんきな声が飛んでくる。
「そっちの話は済んだ?」
「ええ、次のナゾナゾへ行きましょうか。そこまでワタシが運んであげます」
赤毛は銀髪の少女にゴーグルを向ける。
「アナタも一緒にきますか?」
少女は「ひとりでいく」と断った。それは後で拓馬たちに合流するとも、別行動後の再会はしないという意味にもとれた。少女のそばで、ヤマダが机上に散乱した文具と木切れをまとめる。拓馬も片付けを手伝うと、机上に出た木切れが箱五つ分もないことに気付く。
「もしかして一回一回、片付けてたのか」
「うん、箱とセットになってるピースでなきゃ認識しない仕組みかもしれなかったから」
「ありえそうだな。でも最後に解いた分はほっといていいんじゃ?」
「んー、ここまできたら最後もキレイにしときたい」
二人がいらぬ片付けまで行なう中、赤毛は一足先に廊下へ出る。拓馬はちらっと少女を見る。彼女はじっとヤマダを見つめていた。
ヤマダがリュックサックを背負うと、拓馬の手をとる。
「次いこ、次」
ヤマダは空いてる片手で少女に手を振る。
「また会おうね」
少女はこっくりうなずいた。彼女をひとり教室に残し、拓馬とヤマダは赤毛と合流した。