2018年07月16日
拓馬篇−8章3 ★
三人は何秒ぶりかの床の感覚を得た。赤毛が拓馬たちを解放するとヤマダが「本当に飛んだねー」と感嘆する。
「赤毛さんは飛べる術を使ったの? それとも飛べる生き物が人に化けてるの?」
「いまは無駄話をしていられません」
赤毛は質問を一蹴し、鉄扉の前に立つ。
「ここが怪しい場所です。どうやら札に書かれた文章を解読できれば開くようです」
体育館の扉には見慣れない大きな札が掛かっている。札には記号の群れが記してあった。記号の下には横長の枠があり、枠の中に六つの縦の溝が等間隔で刻まれる。そこになにかをはめ込むのだろう。そのヒントとなる札の記号は、拓馬には皆目意味がわからない。
「どこの文字だ、これ?」
拓馬はヤマダにたずねる。彼女は首を横に振って「知らない」と答えた。赤毛が回答役を引き継ぐ。
「ワタシの世界で有名な文字ですよ。しかし綴りはアナタたちの世界の言葉のようです」
「赤毛さんの世界の文字で、言葉はわたしたちの世界のもの?」
「ですから、ワタシには読めません。この文字がアナタたちの言語でいう何語に対応するのかも、説明できないのです」
八方ふさがりなようだ。拓馬は「だれが解けるんだ、こんなの」と投げやりになる。
「俺らはあんたたちの世界にゃ行ったことないんだぞ」
「つまりこの扉を開く人物はアナタたち以外の者を想定している、ということですね」
「俺ら以外……?」
「双方の世界を解する文化人、でしょうか。なおかつアナタたちとご縁のある人物です」
該当する人物はひとりだけだった。
「シズカさんならわかるのかな……」
「きっと彼は突破できますよ。文字の勉強をしていたようですから」
「シズカさん用の仕掛け、ってことか」
「彼はここへくるのでしょう。アナタたちが異界の者に拉致されたこと、シズカさんが勘付けるように細工してあると考えられます」
シズカが救援にくる。その未来がほぼ確定、との推論は拓馬の精神を安定させた。拓馬は友人も同じ気持ちだろうと思い、顔色をうかがう。ところがヤマダは気難しい顔をする。
「んー、待ってるだけってのはねー」
「でも俺たちじゃこの札は読めないだろ?」
「……文字の置き換えが載ってる表があるといいんだけど」
「そんな都合よく用意されてるわけが──」
拓馬が反論しきらない間に「ありますね」と赤毛が告げた。赤毛は通路の隅にしゃがみ、紙切れを拾い上げる。その紙には札に書かれた文字と同じ種類の文字が羅列してある。文字の横に引いた棒線の先にアルファベットが並ぶ。いままさにヤマダが希望した一覧表だ。
「あ、いいところに! なんかツイてるね」
「ツイてる人は最初からこんな変な場所にこないと思うぞ」
「不幸中の幸いっていうやつだよ」
他愛もないおしゃべりをしながら二人は一覧表を見る。表は札にない文字もアルファベットに対応していた。ヤマダがメモ帳を出し、札の文章を変換させる。変換後の文章は赤毛の予想通り、拓馬たちが読める英文になる。
「ふーいずごっですおぶらっきねす?」
ヤマダが読み上げた。音で聞くかぎりの英単語には馴染みがないものの、スペルを見れば文意がわかる。
「神さま……の女バージョンで、幸運の?」
「『幸運の女神はだれか』と聞いているのか」
文章を解読した途端、赤毛は活き活きとしはじめる。
「ほう! 女神とやらの名前を答えるのですね。この枠が解答欄で、枠内になにかをはめるのでしょう。はめるものはここにありませんから、探さねばならぬようです。枠内の区切りを見たところ、必要となる物は七つありますね。この建物内のどこかに置いて──」
赤毛は堰を切ったように捲くしたててくる。拓馬はげんなりし、制止をかける。
「ゆっくり言ってくれ。頭がこんがらがる」
「ようはこの札と関連していそうな、怪しい物を探せばよいのです。ワタシに心当たりがあります。ついて来てください」
「また飛ぶのか?」
「いえ、すぐそこですから歩きましょう」
赤毛がすたすた歩きだした。拓馬たちは早歩きでついていく。ふと拓馬は赤毛の指示に従い続ける状況に疑問をもつ。無駄のない赤毛の行動は、拓馬たちに思考する隙を与えないでいるようにも感じる。その疑いをヤマダも持ったのか、複雑そうな表情を浮かべて「ちょっと聞いていい?」と赤毛に言う。
「七つのなにかが必要だと、わたしたちに会うまえからわかっていたんでしょう?」
「はい」
「それがほかの場所にあると知ってて、どうして集めてないの?」
拓馬はその通りだと思った。赤毛がわからなかったことは、扉の質問文の内容のみ。その解読以外、赤毛ひとりで処理できたはずだ。
「その理由こそが、アナタたちに協力せざるをえない原因ですよ」
赤毛は立ち止まらずに言う。ヤマダはそれ以上追究しなかった。現物を見れば疑問が解消すると判断したようだ。二人が赤毛の案内を受けた先は一年生の教室。教卓の上に小さな棚のような木箱がある。赤毛が箱を指さす。
「これと同じものがほかの場所にもありました。アナタ、触ってみてください」
「わたし?」
赤毛はヤマダを指名した。ヤマダが教壇にあがる。よばれていないが拓馬も付き添う。
箱の上面には英文が書かれている。その文章の下に横長のくぼんだ枠があった。体育館の鉄扉の前にある問題と似たつくりだ。
「体育館にあった問題のミニチュア版って感じだな。こっちははじめから英語、か……」
異界の住民による解答を想定していない仕掛けだとわかった。赤毛の口が笑う。
「これでわかったでしょう。ワタシがアナタたちを連れるわけが」
「うん、これは赤毛さんひとりじゃ解決できないね。納得しました」
二人は赤毛への不信感を払拭した。
「赤毛さんは飛べる術を使ったの? それとも飛べる生き物が人に化けてるの?」
「いまは無駄話をしていられません」
赤毛は質問を一蹴し、鉄扉の前に立つ。
「ここが怪しい場所です。どうやら札に書かれた文章を解読できれば開くようです」
体育館の扉には見慣れない大きな札が掛かっている。札には記号の群れが記してあった。記号の下には横長の枠があり、枠の中に六つの縦の溝が等間隔で刻まれる。そこになにかをはめ込むのだろう。そのヒントとなる札の記号は、拓馬には皆目意味がわからない。
「どこの文字だ、これ?」
拓馬はヤマダにたずねる。彼女は首を横に振って「知らない」と答えた。赤毛が回答役を引き継ぐ。
「ワタシの世界で有名な文字ですよ。しかし綴りはアナタたちの世界の言葉のようです」
「赤毛さんの世界の文字で、言葉はわたしたちの世界のもの?」
「ですから、ワタシには読めません。この文字がアナタたちの言語でいう何語に対応するのかも、説明できないのです」
八方ふさがりなようだ。拓馬は「だれが解けるんだ、こんなの」と投げやりになる。
「俺らはあんたたちの世界にゃ行ったことないんだぞ」
「つまりこの扉を開く人物はアナタたち以外の者を想定している、ということですね」
「俺ら以外……?」
「双方の世界を解する文化人、でしょうか。なおかつアナタたちとご縁のある人物です」
該当する人物はひとりだけだった。
「シズカさんならわかるのかな……」
「きっと彼は突破できますよ。文字の勉強をしていたようですから」
「シズカさん用の仕掛け、ってことか」
「彼はここへくるのでしょう。アナタたちが異界の者に拉致されたこと、シズカさんが勘付けるように細工してあると考えられます」
シズカが救援にくる。その未来がほぼ確定、との推論は拓馬の精神を安定させた。拓馬は友人も同じ気持ちだろうと思い、顔色をうかがう。ところがヤマダは気難しい顔をする。
「んー、待ってるだけってのはねー」
「でも俺たちじゃこの札は読めないだろ?」
「……文字の置き換えが載ってる表があるといいんだけど」
「そんな都合よく用意されてるわけが──」
拓馬が反論しきらない間に「ありますね」と赤毛が告げた。赤毛は通路の隅にしゃがみ、紙切れを拾い上げる。その紙には札に書かれた文字と同じ種類の文字が羅列してある。文字の横に引いた棒線の先にアルファベットが並ぶ。いままさにヤマダが希望した一覧表だ。
「あ、いいところに! なんかツイてるね」
「ツイてる人は最初からこんな変な場所にこないと思うぞ」
「不幸中の幸いっていうやつだよ」
他愛もないおしゃべりをしながら二人は一覧表を見る。表は札にない文字もアルファベットに対応していた。ヤマダがメモ帳を出し、札の文章を変換させる。変換後の文章は赤毛の予想通り、拓馬たちが読める英文になる。
「ふーいずごっですおぶらっきねす?」
ヤマダが読み上げた。音で聞くかぎりの英単語には馴染みがないものの、スペルを見れば文意がわかる。
「神さま……の女バージョンで、幸運の?」
「『幸運の女神はだれか』と聞いているのか」
文章を解読した途端、赤毛は活き活きとしはじめる。
「ほう! 女神とやらの名前を答えるのですね。この枠が解答欄で、枠内になにかをはめるのでしょう。はめるものはここにありませんから、探さねばならぬようです。枠内の区切りを見たところ、必要となる物は七つありますね。この建物内のどこかに置いて──」
赤毛は堰を切ったように捲くしたててくる。拓馬はげんなりし、制止をかける。
「ゆっくり言ってくれ。頭がこんがらがる」
「ようはこの札と関連していそうな、怪しい物を探せばよいのです。ワタシに心当たりがあります。ついて来てください」
「また飛ぶのか?」
「いえ、すぐそこですから歩きましょう」
赤毛がすたすた歩きだした。拓馬たちは早歩きでついていく。ふと拓馬は赤毛の指示に従い続ける状況に疑問をもつ。無駄のない赤毛の行動は、拓馬たちに思考する隙を与えないでいるようにも感じる。その疑いをヤマダも持ったのか、複雑そうな表情を浮かべて「ちょっと聞いていい?」と赤毛に言う。
「七つのなにかが必要だと、わたしたちに会うまえからわかっていたんでしょう?」
「はい」
「それがほかの場所にあると知ってて、どうして集めてないの?」
拓馬はその通りだと思った。赤毛がわからなかったことは、扉の質問文の内容のみ。その解読以外、赤毛ひとりで処理できたはずだ。
「その理由こそが、アナタたちに協力せざるをえない原因ですよ」
赤毛は立ち止まらずに言う。ヤマダはそれ以上追究しなかった。現物を見れば疑問が解消すると判断したようだ。二人が赤毛の案内を受けた先は一年生の教室。教卓の上に小さな棚のような木箱がある。赤毛が箱を指さす。
「これと同じものがほかの場所にもありました。アナタ、触ってみてください」
「わたし?」
赤毛はヤマダを指名した。ヤマダが教壇にあがる。よばれていないが拓馬も付き添う。
箱の上面には英文が書かれている。その文章の下に横長のくぼんだ枠があった。体育館の鉄扉の前にある問題と似たつくりだ。
「体育館にあった問題のミニチュア版って感じだな。こっちははじめから英語、か……」
異界の住民による解答を想定していない仕掛けだとわかった。赤毛の口が笑う。
「これでわかったでしょう。ワタシがアナタたちを連れるわけが」
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