2018年07月17日
拓馬篇−8章4 ★
ヤマダは教卓に置かれた木箱を持ち上げた。四方から箱の形状を確認する。上へ下へと観察したところ、上面の問題文が普通に読める位置から見える側面──正面側に、取っ手のついた引き出しがある。
「じゃ、引き出しを開けてみるよ」
ヤマダは引き出しを開けた。中にはアルファベットが書かれた正方形の木切れがある。大きさは二センチ四方ほどの板だ。この木製のピースを使って解答するらしい。
「ピースのダブりはない……みたい」
解答の道具を発見したのち、拓馬たちが改めて英文を見る。「What belongs to you but others use it more than you do?」と書いてあった。
「問題を訳したら……『あなたのものだけどほかの人がよく使うもの』ってことか」
拓馬が発した訳文をヤマダはメモに書いた。拓馬は首をかしげる。
「自分以外の人が使う、自分のもの……?」
「んー、哲学だねー」
二人が考え悩むところを、赤毛がせっつく。
「この箱の枠は木切れ四つ分の空きがあります。当てずっぽうでも正解できますよ」
「そういやそうだね」
ヤマダが箱の引き出しの木切れを教卓にならべた。木切れに記したアルファベットが見やすくなるよう向きを変えていく。その作業中に彼女がはたと顔をあげる。
「ならなんで赤毛さんは挑戦してないの?」
適当に木切れをはめればいい、との助言は、最初に箱を発見した赤毛にも適用できる。その正論を、赤毛はめんどくさそうに「アナタはこまかいことを気にしますね」と答える。
「この箱はたまたま枠が短かったのです。ほかには枠の長いものもあります。すべてを総当たりで解くのは無理なので、力技をやるまえにアナタたちの協力をあおいだわけです」
「なるほど。んじゃテキトーに入れてみる」
ヤマダは試しに「bike」と枠にはめた。箱に変化はない。不正解らしいのを確認し、次は「time」と解答した。またも反応はない。一度解答欄を空にしようとするが、二つ外せなくなった。ヤマダは大げさにうろたえる。
「ピースが、外せない! 呪われた?」
「外せない箇所が正解じゃありませんか?」
「え、あ、そういうことね」
ヤマダは不動の「me」をそのままにし、リュックサックから辞書を出す。それは試験用に貸与されたものだ。
「語尾が『me』の単語ね……」
辞書で正解を探す気でいる。紙の辞書での語尾検索は効率がわるい。そんなことをするより、しょっぱな二文字を当てた勘を行使したほうがたやすく正解を導けそうだ。
(まあ、辞書を繰る練習になるか……?)
ほかの謎解きでは辞書の力が必須になるかもしれない。手持ちの辞書の使い勝手を知るためにも、拓馬はヤマダの好きにさせた。
のんびりする少年少女のかたわら、赤毛は腕組みをして待機する。赤毛が自身のひじを指でかるく打つ様子は、この非効率的な解答方法にいらだちを見せているかのようだった。
(『時間の余裕はない』とか言ってたっけ)
職員室での赤毛がそう忠告してきた。それが拓馬たちのためになる、という論調で。
(どうせシズカさんを待つんだし……いそぐ意味あるか?)
謎解きの数々を考慮するに、ここのボスは拓馬たちに時間をつぶさせたいのだろう。
(こいつがシズカさんに会いたくない?)
シズカはかつて、こちらの世界へ訪れる異界の者を良く思っていない言い方をしていた。赤毛がその原因となる存在ならば、シズカと出会う際に一悶着起きるのかもしれない。
(こっちによくきてるらしいし、くさいな)
拓馬は赤毛とシズカの関係性を明らかにしたいと思った。だが直球で聞いてもムダだろう。なので遠回しに雑談をはじめる。
「あんた、なんでそんなにいそぐんだ?」
「こんな場所でくつろぐ遭難者はいません」
「そりゃわかるが、あんたのせっかちっぷりはちょっとヘンだ。ここへ迷いこむ直前に、なんかやりのこしたことでもあんのか?」
「アナタもしょーもないことが気になる人なんですか?」
また小馬鹿にされて、拓馬はカチンとくる。
「俺にとっちゃ大事なことなんだよ。あんたがシズカさんの敵じゃないかって意味でな」
「おお、剣呑ですねえ。どうすればワタシがアナタたちの味方だと思ってもらえます?」
赤毛は飄々と返答した。拓馬に警戒される事実を痛くもかゆくも思っていないようだ。拓馬の嫌悪感は深まるが、うまい切り返しが思いつけなかった。
「もー、ケンカしちゃだめだよ」
辞書をもつヤマダが二人をたしなめる。
「みんなここを出たいと思ってるのは同じでしょ。出るまでは仲良くしよう」
「出たあとになにかされたら?」
拓馬が不穏な未来を口走る。ヤマダは「そういうのがよくないよ」ととがめる。
「赤毛さんだって言いがかりをつけられちゃ気分わるいでしょ。なにもわるいことやってないんだし。ねえ赤毛さん?」
「ええ、ワタシはアナタたちとワタシが最大限の得をするよう努めているだけですよ」
「わたしたちが用済みになったら襲うってことはないよねー?」
「用済み」の語感は、ヤマダと拓馬が現在赤毛に利用される状態をほのめかしていた。ヤマダとて赤毛への疑念を抱えているのだ。その感情を表に出さなかっただけで。
赤毛は口をとがらせて「信用がないですねえ」とつぶやく。
「シズカさんとお知り合いなアナタたちに、大それたことはできませんよ。彼を怒らせるとワタシもしんどいですから」
切実な主張だ。それは真実らしいと感じたので、拓馬はこれ以上は不問にした。
拓馬が視線を変えると開いたリュックの中身が目につく。極秘と書かれたノートがある。三郎が手掛けた記録物だ。それはヤマダが根岸宅を訪問したおり、拓馬がヤマダへ譲渡していた。拓馬はもと三郎の私物を手に取った。それを赤毛が注目する。
「思い切りのよい字ですねえ。なにについて書いてあるのですか?」
「大男のことだよ。俺たちがここにいる原因もこいつが……あ」
拓馬はノートの氏名欄に印字された「name」を目にする。早速解答枠に当てはめた。箱の上面がわずかに浮く。できた隙間に拓馬が指を入れ、蓋をずらす。中には奇妙な文字が書かれた大きな木切れがひとつあった。拓馬が入手したピースをヤマダに見せる。
「アルファベットだと、なんになるんだ?」
「えーっと……『O』だって」
ヤマダがメモ帳にはさんだ紙を見て答えた。同時に得られたピースが「O」であることを記録する。拓馬はノートをヤマダに返す。
「これのおかげで早くわかった。なにが役立つかわかんねえもんだな」
「『名前』かあ。シャレた答えだね」
ヤマダはリュックに荷物をしまった。移動できる状態になると赤毛がしゃべる。
「同じ物が六つあるはずです。探しますよ」
三人はあらたな目的物を求め、教室を出た。
「じゃ、引き出しを開けてみるよ」
ヤマダは引き出しを開けた。中にはアルファベットが書かれた正方形の木切れがある。大きさは二センチ四方ほどの板だ。この木製のピースを使って解答するらしい。
「ピースのダブりはない……みたい」
解答の道具を発見したのち、拓馬たちが改めて英文を見る。「What belongs to you but others use it more than you do?」と書いてあった。
「問題を訳したら……『あなたのものだけどほかの人がよく使うもの』ってことか」
拓馬が発した訳文をヤマダはメモに書いた。拓馬は首をかしげる。
「自分以外の人が使う、自分のもの……?」
「んー、哲学だねー」
二人が考え悩むところを、赤毛がせっつく。
「この箱の枠は木切れ四つ分の空きがあります。当てずっぽうでも正解できますよ」
「そういやそうだね」
ヤマダが箱の引き出しの木切れを教卓にならべた。木切れに記したアルファベットが見やすくなるよう向きを変えていく。その作業中に彼女がはたと顔をあげる。
「ならなんで赤毛さんは挑戦してないの?」
適当に木切れをはめればいい、との助言は、最初に箱を発見した赤毛にも適用できる。その正論を、赤毛はめんどくさそうに「アナタはこまかいことを気にしますね」と答える。
「この箱はたまたま枠が短かったのです。ほかには枠の長いものもあります。すべてを総当たりで解くのは無理なので、力技をやるまえにアナタたちの協力をあおいだわけです」
「なるほど。んじゃテキトーに入れてみる」
ヤマダは試しに「bike」と枠にはめた。箱に変化はない。不正解らしいのを確認し、次は「time」と解答した。またも反応はない。一度解答欄を空にしようとするが、二つ外せなくなった。ヤマダは大げさにうろたえる。
「ピースが、外せない! 呪われた?」
「外せない箇所が正解じゃありませんか?」
「え、あ、そういうことね」
ヤマダは不動の「me」をそのままにし、リュックサックから辞書を出す。それは試験用に貸与されたものだ。
「語尾が『me』の単語ね……」
辞書で正解を探す気でいる。紙の辞書での語尾検索は効率がわるい。そんなことをするより、しょっぱな二文字を当てた勘を行使したほうがたやすく正解を導けそうだ。
(まあ、辞書を繰る練習になるか……?)
ほかの謎解きでは辞書の力が必須になるかもしれない。手持ちの辞書の使い勝手を知るためにも、拓馬はヤマダの好きにさせた。
のんびりする少年少女のかたわら、赤毛は腕組みをして待機する。赤毛が自身のひじを指でかるく打つ様子は、この非効率的な解答方法にいらだちを見せているかのようだった。
(『時間の余裕はない』とか言ってたっけ)
職員室での赤毛がそう忠告してきた。それが拓馬たちのためになる、という論調で。
(どうせシズカさんを待つんだし……いそぐ意味あるか?)
謎解きの数々を考慮するに、ここのボスは拓馬たちに時間をつぶさせたいのだろう。
(こいつがシズカさんに会いたくない?)
シズカはかつて、こちらの世界へ訪れる異界の者を良く思っていない言い方をしていた。赤毛がその原因となる存在ならば、シズカと出会う際に一悶着起きるのかもしれない。
(こっちによくきてるらしいし、くさいな)
拓馬は赤毛とシズカの関係性を明らかにしたいと思った。だが直球で聞いてもムダだろう。なので遠回しに雑談をはじめる。
「あんた、なんでそんなにいそぐんだ?」
「こんな場所でくつろぐ遭難者はいません」
「そりゃわかるが、あんたのせっかちっぷりはちょっとヘンだ。ここへ迷いこむ直前に、なんかやりのこしたことでもあんのか?」
「アナタもしょーもないことが気になる人なんですか?」
また小馬鹿にされて、拓馬はカチンとくる。
「俺にとっちゃ大事なことなんだよ。あんたがシズカさんの敵じゃないかって意味でな」
「おお、剣呑ですねえ。どうすればワタシがアナタたちの味方だと思ってもらえます?」
赤毛は飄々と返答した。拓馬に警戒される事実を痛くもかゆくも思っていないようだ。拓馬の嫌悪感は深まるが、うまい切り返しが思いつけなかった。
「もー、ケンカしちゃだめだよ」
辞書をもつヤマダが二人をたしなめる。
「みんなここを出たいと思ってるのは同じでしょ。出るまでは仲良くしよう」
「出たあとになにかされたら?」
拓馬が不穏な未来を口走る。ヤマダは「そういうのがよくないよ」ととがめる。
「赤毛さんだって言いがかりをつけられちゃ気分わるいでしょ。なにもわるいことやってないんだし。ねえ赤毛さん?」
「ええ、ワタシはアナタたちとワタシが最大限の得をするよう努めているだけですよ」
「わたしたちが用済みになったら襲うってことはないよねー?」
「用済み」の語感は、ヤマダと拓馬が現在赤毛に利用される状態をほのめかしていた。ヤマダとて赤毛への疑念を抱えているのだ。その感情を表に出さなかっただけで。
赤毛は口をとがらせて「信用がないですねえ」とつぶやく。
「シズカさんとお知り合いなアナタたちに、大それたことはできませんよ。彼を怒らせるとワタシもしんどいですから」
切実な主張だ。それは真実らしいと感じたので、拓馬はこれ以上は不問にした。
拓馬が視線を変えると開いたリュックの中身が目につく。極秘と書かれたノートがある。三郎が手掛けた記録物だ。それはヤマダが根岸宅を訪問したおり、拓馬がヤマダへ譲渡していた。拓馬はもと三郎の私物を手に取った。それを赤毛が注目する。
「思い切りのよい字ですねえ。なにについて書いてあるのですか?」
「大男のことだよ。俺たちがここにいる原因もこいつが……あ」
拓馬はノートの氏名欄に印字された「name」を目にする。早速解答枠に当てはめた。箱の上面がわずかに浮く。できた隙間に拓馬が指を入れ、蓋をずらす。中には奇妙な文字が書かれた大きな木切れがひとつあった。拓馬が入手したピースをヤマダに見せる。
「アルファベットだと、なんになるんだ?」
「えーっと……『O』だって」
ヤマダがメモ帳にはさんだ紙を見て答えた。同時に得られたピースが「O」であることを記録する。拓馬はノートをヤマダに返す。
「これのおかげで早くわかった。なにが役立つかわかんねえもんだな」
「『名前』かあ。シャレた答えだね」
ヤマダはリュックに荷物をしまった。移動できる状態になると赤毛がしゃべる。
「同じ物が六つあるはずです。探しますよ」
三人はあらたな目的物を求め、教室を出た。
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