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2018年09月04日
拓馬篇−終章4 ★
「わたしかシズカさんみたいな人をさがしていて……それで先生たちはどんないいことがあるの?」
「私も知らされていないのです」
ヤマダは目を丸くした。悪事の動機をよくわからずに犯行をかさねていた、という盲信的な事実に耳をうたがっているようだ。しかし拓馬はその自白を信じる余地がある。
「エリーも同じことを言ってたな」
「わたしがねてたときに聞いたの?」
「ああ、お前に伝えてなかったけど……」
「赤毛さんは聞いてた?」
赤毛──拓馬が忘却していた存在だ。本物の悪党らしき人物は気になる予想を立てていた。
「そういやあいつ、お前とシズカさんの力の使い道を言ってた」
「どう使うの?」
赤毛が例え話にあげたものは、あの時拓馬たちが捜索していた白い狐だ。当時の狐は生死のない状態におちいっていた。それがあちらの世界の犯罪者を罰した状態と同じだという。その状態を正常化させる人間がシズカたちだ。しかしヤマダは狐がどんな状態だったか知らない。彼女がわかりやすい説明はないか、拓馬はなやむ。
「なんて言えばいいか……あ、校長室にいた武者の霊をおぼえてるか?」
「うん、武者のおじさんね」
「あいつ、お前がさわるまで固まってたよな。異界にはそういう状態の人が集められてる場所があるらしいんだ」
「なんで固まった人を集めるんだろ?」
「極悪人は死んだらまた悪人に生まれ変わる、とかなんとか信じられてるんだとさ。それで悪人を生き返らせないように、ずーっと固めたまんまにしとくらしい」
「へー、犯罪者を保管してるんだね」
「悪人連中をめざめさせれば一波乱起こせるって話だが」
「その線はあるの?」
ヤマダはかるい調子で仮説段階の推論をシドにたずねた。彼は「どうでしょうね」とあいまいな返事をする。
「そのような囚人の収容所を突き止めろと命じられたことはありません。私以外の同胞が探っているのかもしれませんけど、私が知りうるかぎり、囚人の解放の可能性は低いかと思います」
「そっか……ほかに、わたしを利用できることはある?」
「あります。言い伝えが真実であるなら、そちらのほうが汎用性が高いでしょう」
「どんなことができる?」
「のぞみをなんでも叶えられる……そんな装置を使えるそうです」
夢のような装置だ。そんなものが異界にあって、シズカもあつかえるという。そうでありながらなぜ彼は地道に不穏分子を対処しているのだろう、と拓馬は疑問がわく。
「それをシズカさんが使えるってんなら、こっちで悪事をはたらくバケモノ連中を出禁にしたらいいんじゃないのか?」
「彼は使わないのです。使用時の代償をおそれています」
「どういう代償?」
「世界が不安定になる……といいます。天変地異が起こりやすくなったり、凶暴な化け物が増えたりするとか」
「あ……それはハタめいわくだな。シズカさんが使わないのもわかる」
「はい。使用者には害が直接およばないところが、厄介な仕組みだと思います」
「自分さえよけりゃいいって考えのやつには格好の装置なんだろうな……」
「そうですね……私たちの種族には被害がありませんし、かえって活動しやすくなるそうですから、わが主がお使いになることに抵抗はないかと」
「さっき言った『凶暴な化け物が増える』ってのは、先生たちのことか?」
「それもあります」
つまるところ、シドとその仲間たちにはメリットばかりの装置の利用、が彼の人捜しの終着点である可能性が高いようだ。
「なにかねがいごとをして、その反動で仲間を活発にさせる……のが最終目的か?」
「確証はありませんが、その方法がもっとも理にかなっていそうですね。主は私のような手駒を増やしたいとお考えのようですし」
「先生はそうしたいと思うか?」
化け物の代表格たる人物は困り顔で「どうとも言えません」と言う。
「まことに同胞たちが皆、外の世界へ行きたいとのぞんでいるなら……かなえたいです。ですが、ネギシさんの推測通りの手段をとるべきだとは思いません」
「先生ならどうする?」
「同胞の自我がはっきりするまで、待ちます」
「待つ……って、ようはなにもしないのか?」
「自我を確立する手助けはしたいと思います。現時点では模索段階ですが……」
「ヤマダを向こうに連れていくってことはないんだな?」
「はい、オヤマダさんの力を悪用するつもりはありません。その力をだれかがねらうのも私が阻止する考えでいます」
その一言が聞けて、拓馬は肩の荷が下りる思いがした。ヤマダは人外に興味をもたれやすいが、その対抗手段が彼女にも拓馬にもない。守ってくれる者が増えれば心強いのだ。
「それはたすかる。こいつ、ヘンなのに好かれやすいからさ」
「貴方たちが異空間で会った人物も、オヤマダさんのことを気にかけていそうです。しばらく警戒しておきましょう」
「あの赤毛か?」
「はい、たとえ捕まってもオヤマダさん相手なら丁重にあつかってくれるとは思いますが」
「あいつのこと、どういうやつだか知ってるのか?」
「簡単に言うと……いわゆる、西洋のドラゴンですね。英雄譚でいえば、主人公である勇者の敵役になるような存在です」
「やっぱわるいやつなのか」
「そうとも言えません。悪評は立っていますが、実際に人を害した記録というと、あまりのこっていないようです。その主人が二代目の魔王とよばれた方でして、こちらは不穏な呼び名に反した人格者だったそうです。この魔王の命令を忠実に聞いていた竜だといいます」
「マオウ? なんかおとぎ話じみてきたな」
「はい……その魔王は私の時代だと亡くなっています。もう、過去の話です」
「手綱を引いてくれるやつがいないとなると、あの赤毛がどううごくかわからないんじゃ?」
「無意味に人を傷つけることはしないと思います。幼少期から養育された竜は、そういった主人の言い付けに縛られて生きていく生き物だと聞きますから」
忠犬のような特徴だ。亡き主人の影をずっと追いかけているのだと思うと、あの赤毛もあわれなやつだと、拓馬に同情心が芽生える。
「思ったより、情の深いやつなんだな……」
「その竜のこと、くわしく知りたいですか?」
「いや、もういい。いまは俺らに関係あることを……そうそう、金髪っていまはどうなってんだ?」
この問いには複数の意図がある。もし目覚めてから日数が経過したのなら、彼は現在なにをしているのか。もはや拓馬たちへの報復は考えていないのか、といった危険性の確認。もしまだねむっているのなら、どのように起こすのか。そして覚醒後の彼の危険性はどう解消するか、といった手段の確認だ。
「現在は昏睡状態で、まもなくシズカさんが目覚めさせる手筈になっています」
金髪はこれから活動をはじめる。そうと知った拓馬は質問内容を絞る。
「あいつ、元気になったらまた俺たちや先生にケンカふっかけてくるんじゃ?」
「その対策として、彼の記憶を部分的に思い出せなくさせる予定です」
「そんなことができるのか?」
「貴方が会った白い服の男性ならできます。その際に異界のとある道具を使うのですが、こちらの世界では精気で捻出した贋物を使わざるをえず、効力はだいぶ落ちるそうです。うまくいく確約はできません」
「セイキ……でつくる、ニセモノ?」
「精気とは私たち異界の者の生命力だと思ってください。その生命力をけずることで、姿を実体化したり、なにもないところから物を生み出したりします。先日ネギシさんが痛い思いをしたナックルも、私が精気で創りだした武器です。本物は、異界にあります」
拓馬はナックル攻撃で負傷していた部位をさすった。シズカが上げてくれた防御力を贋物でも突き破ってきたのに、本物ならどれだけの威力になったのだろうと思うと、ぞっとする。
「あ、うん……だいたいわかった。こっちの世界だと道具の性能を完全再現できないってことか」
「そうです。記憶を封じる効果がはやく切れてしまうおそれはありますが……オダギリさんの場合はその特性を逆手にとるつもりです」
「わざと思い出させるのか?」
「いえ、わすれたままでもかまいません。ただ、その状態では本人が不満に感じると思われます。失った記憶を取りもどすのを見返りとし、私との同行を彼が希望する方向へ誘導しようと考えています」
「なんかむずかしそうだな……あいつ、頭いいんだろ? フツーに言ってもこっちが思ったとおりにうごいてくれなさそうなんだが」
「その心配はごもっともです。私も順調にいくとは考えていないので、その都度やり方は変えていくつもりです。シズカさんにいくらかフォローしてもらいますし、おそらく貴方たちの協力も必要になるかと思います。しばしお付き合いを願えるでしょうか?」
拓馬はヤマダと顔を見合わせる。
「俺はかまわないけど……お前はどうだ?」
「わたしもいいよ。でも金髪くんのほうがわたしをイヤがると思う」
彼女はいつぞやのプロレスごっこの一件を言っている。あれで金髪にトラウマを植えつけた自覚があるのだ。その場にいなかったシドは事情を知らないはずだが、彼は「その心配はいりません」と言う。
「オダギリさんには皆さんのこともすべてわすれてもらいます。しばらくは初対面の者同士のように接してよいかと」
「うん、だったらだいじょうぶだね」
直近の計画が決まった。これで金髪の件はみなの納得がいっている。
「なんかほかに聞くこと……」
拓馬はヤマダの書いたメモ用紙に注目した。聞きだせた内容は文頭にペケが書かれてある。話の最中に彼女がチェックしたのだろう。未着手の質問のうち、重要性の高いものは──
「あ、須坂のことを聞いてないな」
メモには「美弥をストーキングした理由」と直球な文が書いてある。書いた本人が「ホントだね」と他人事のように言う。
「美弥ちゃんと先生ってけっこう接点があったと思うけど、これまでの話題でかすりもしなかった。どうして?」
回答を想定しなかった質問らしく、シドは窓に顔をむける。窓辺の猫はうすく開眼したが、すぐに寝顔にもどった。
「私も知らされていないのです」
ヤマダは目を丸くした。悪事の動機をよくわからずに犯行をかさねていた、という盲信的な事実に耳をうたがっているようだ。しかし拓馬はその自白を信じる余地がある。
「エリーも同じことを言ってたな」
「わたしがねてたときに聞いたの?」
「ああ、お前に伝えてなかったけど……」
「赤毛さんは聞いてた?」
赤毛──拓馬が忘却していた存在だ。本物の悪党らしき人物は気になる予想を立てていた。
「そういやあいつ、お前とシズカさんの力の使い道を言ってた」
「どう使うの?」
赤毛が例え話にあげたものは、あの時拓馬たちが捜索していた白い狐だ。当時の狐は生死のない状態におちいっていた。それがあちらの世界の犯罪者を罰した状態と同じだという。その状態を正常化させる人間がシズカたちだ。しかしヤマダは狐がどんな状態だったか知らない。彼女がわかりやすい説明はないか、拓馬はなやむ。
「なんて言えばいいか……あ、校長室にいた武者の霊をおぼえてるか?」
「うん、武者のおじさんね」
「あいつ、お前がさわるまで固まってたよな。異界にはそういう状態の人が集められてる場所があるらしいんだ」
「なんで固まった人を集めるんだろ?」
「極悪人は死んだらまた悪人に生まれ変わる、とかなんとか信じられてるんだとさ。それで悪人を生き返らせないように、ずーっと固めたまんまにしとくらしい」
「へー、犯罪者を保管してるんだね」
「悪人連中をめざめさせれば一波乱起こせるって話だが」
「その線はあるの?」
ヤマダはかるい調子で仮説段階の推論をシドにたずねた。彼は「どうでしょうね」とあいまいな返事をする。
「そのような囚人の収容所を突き止めろと命じられたことはありません。私以外の同胞が探っているのかもしれませんけど、私が知りうるかぎり、囚人の解放の可能性は低いかと思います」
「そっか……ほかに、わたしを利用できることはある?」
「あります。言い伝えが真実であるなら、そちらのほうが汎用性が高いでしょう」
「どんなことができる?」
「のぞみをなんでも叶えられる……そんな装置を使えるそうです」
夢のような装置だ。そんなものが異界にあって、シズカもあつかえるという。そうでありながらなぜ彼は地道に不穏分子を対処しているのだろう、と拓馬は疑問がわく。
「それをシズカさんが使えるってんなら、こっちで悪事をはたらくバケモノ連中を出禁にしたらいいんじゃないのか?」
「彼は使わないのです。使用時の代償をおそれています」
「どういう代償?」
「世界が不安定になる……といいます。天変地異が起こりやすくなったり、凶暴な化け物が増えたりするとか」
「あ……それはハタめいわくだな。シズカさんが使わないのもわかる」
「はい。使用者には害が直接およばないところが、厄介な仕組みだと思います」
「自分さえよけりゃいいって考えのやつには格好の装置なんだろうな……」
「そうですね……私たちの種族には被害がありませんし、かえって活動しやすくなるそうですから、わが主がお使いになることに抵抗はないかと」
「さっき言った『凶暴な化け物が増える』ってのは、先生たちのことか?」
「それもあります」
つまるところ、シドとその仲間たちにはメリットばかりの装置の利用、が彼の人捜しの終着点である可能性が高いようだ。
「なにかねがいごとをして、その反動で仲間を活発にさせる……のが最終目的か?」
「確証はありませんが、その方法がもっとも理にかなっていそうですね。主は私のような手駒を増やしたいとお考えのようですし」
「先生はそうしたいと思うか?」
化け物の代表格たる人物は困り顔で「どうとも言えません」と言う。
「まことに同胞たちが皆、外の世界へ行きたいとのぞんでいるなら……かなえたいです。ですが、ネギシさんの推測通りの手段をとるべきだとは思いません」
「先生ならどうする?」
「同胞の自我がはっきりするまで、待ちます」
「待つ……って、ようはなにもしないのか?」
「自我を確立する手助けはしたいと思います。現時点では模索段階ですが……」
「ヤマダを向こうに連れていくってことはないんだな?」
「はい、オヤマダさんの力を悪用するつもりはありません。その力をだれかがねらうのも私が阻止する考えでいます」
その一言が聞けて、拓馬は肩の荷が下りる思いがした。ヤマダは人外に興味をもたれやすいが、その対抗手段が彼女にも拓馬にもない。守ってくれる者が増えれば心強いのだ。
「それはたすかる。こいつ、ヘンなのに好かれやすいからさ」
「貴方たちが異空間で会った人物も、オヤマダさんのことを気にかけていそうです。しばらく警戒しておきましょう」
「あの赤毛か?」
「はい、たとえ捕まってもオヤマダさん相手なら丁重にあつかってくれるとは思いますが」
「あいつのこと、どういうやつだか知ってるのか?」
「簡単に言うと……いわゆる、西洋のドラゴンですね。英雄譚でいえば、主人公である勇者の敵役になるような存在です」
「やっぱわるいやつなのか」
「そうとも言えません。悪評は立っていますが、実際に人を害した記録というと、あまりのこっていないようです。その主人が二代目の魔王とよばれた方でして、こちらは不穏な呼び名に反した人格者だったそうです。この魔王の命令を忠実に聞いていた竜だといいます」
「マオウ? なんかおとぎ話じみてきたな」
「はい……その魔王は私の時代だと亡くなっています。もう、過去の話です」
「手綱を引いてくれるやつがいないとなると、あの赤毛がどううごくかわからないんじゃ?」
「無意味に人を傷つけることはしないと思います。幼少期から養育された竜は、そういった主人の言い付けに縛られて生きていく生き物だと聞きますから」
忠犬のような特徴だ。亡き主人の影をずっと追いかけているのだと思うと、あの赤毛もあわれなやつだと、拓馬に同情心が芽生える。
「思ったより、情の深いやつなんだな……」
「その竜のこと、くわしく知りたいですか?」
「いや、もういい。いまは俺らに関係あることを……そうそう、金髪っていまはどうなってんだ?」
この問いには複数の意図がある。もし目覚めてから日数が経過したのなら、彼は現在なにをしているのか。もはや拓馬たちへの報復は考えていないのか、といった危険性の確認。もしまだねむっているのなら、どのように起こすのか。そして覚醒後の彼の危険性はどう解消するか、といった手段の確認だ。
「現在は昏睡状態で、まもなくシズカさんが目覚めさせる手筈になっています」
金髪はこれから活動をはじめる。そうと知った拓馬は質問内容を絞る。
「あいつ、元気になったらまた俺たちや先生にケンカふっかけてくるんじゃ?」
「その対策として、彼の記憶を部分的に思い出せなくさせる予定です」
「そんなことができるのか?」
「貴方が会った白い服の男性ならできます。その際に異界のとある道具を使うのですが、こちらの世界では精気で捻出した贋物を使わざるをえず、効力はだいぶ落ちるそうです。うまくいく確約はできません」
「セイキ……でつくる、ニセモノ?」
「精気とは私たち異界の者の生命力だと思ってください。その生命力をけずることで、姿を実体化したり、なにもないところから物を生み出したりします。先日ネギシさんが痛い思いをしたナックルも、私が精気で創りだした武器です。本物は、異界にあります」
拓馬はナックル攻撃で負傷していた部位をさすった。シズカが上げてくれた防御力を贋物でも突き破ってきたのに、本物ならどれだけの威力になったのだろうと思うと、ぞっとする。
「あ、うん……だいたいわかった。こっちの世界だと道具の性能を完全再現できないってことか」
「そうです。記憶を封じる効果がはやく切れてしまうおそれはありますが……オダギリさんの場合はその特性を逆手にとるつもりです」
「わざと思い出させるのか?」
「いえ、わすれたままでもかまいません。ただ、その状態では本人が不満に感じると思われます。失った記憶を取りもどすのを見返りとし、私との同行を彼が希望する方向へ誘導しようと考えています」
「なんかむずかしそうだな……あいつ、頭いいんだろ? フツーに言ってもこっちが思ったとおりにうごいてくれなさそうなんだが」
「その心配はごもっともです。私も順調にいくとは考えていないので、その都度やり方は変えていくつもりです。シズカさんにいくらかフォローしてもらいますし、おそらく貴方たちの協力も必要になるかと思います。しばしお付き合いを願えるでしょうか?」
拓馬はヤマダと顔を見合わせる。
「俺はかまわないけど……お前はどうだ?」
「わたしもいいよ。でも金髪くんのほうがわたしをイヤがると思う」
彼女はいつぞやのプロレスごっこの一件を言っている。あれで金髪にトラウマを植えつけた自覚があるのだ。その場にいなかったシドは事情を知らないはずだが、彼は「その心配はいりません」と言う。
「オダギリさんには皆さんのこともすべてわすれてもらいます。しばらくは初対面の者同士のように接してよいかと」
「うん、だったらだいじょうぶだね」
直近の計画が決まった。これで金髪の件はみなの納得がいっている。
「なんかほかに聞くこと……」
拓馬はヤマダの書いたメモ用紙に注目した。聞きだせた内容は文頭にペケが書かれてある。話の最中に彼女がチェックしたのだろう。未着手の質問のうち、重要性の高いものは──
「あ、須坂のことを聞いてないな」
メモには「美弥をストーキングした理由」と直球な文が書いてある。書いた本人が「ホントだね」と他人事のように言う。
「美弥ちゃんと先生ってけっこう接点があったと思うけど、これまでの話題でかすりもしなかった。どうして?」
回答を想定しなかった質問らしく、シドは窓に顔をむける。窓辺の猫はうすく開眼したが、すぐに寝顔にもどった。
タグ:拓馬
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2018年08月27日
拓馬篇−終章3 ★
3
シドが才穎高校へ再就任する方向で話が落ち着いた。ヤマダはさっそく「いま校長に言ってみたら」と催促するが、教師はこばむ。
「いえ、まずは双方の疑問を解消しましょう。そのうえで貴女たちが私をそばに置いてもよいと思うのか、たしかめたいのです」
「先生の疑問って……わたしたちが先生の裏の顔を知って、どう感じたかってこと?」
「そうです。私はさきほど、自身が犯した罪を告白しました。それを知ってなお、私の復職を希望する理由はなんですか?」
「先生がほんとうはわるい人じゃないと思ってるから、だけど……」
彼女の本心は拓馬も感じている。しかしその信頼がなにに依拠するものか、相手方には伝わっていない。
「でも、勝手にわたしがそう思いこんでるんだよね。先生がどんな気持ちでそうしてきたのか、知らないから」
願望にも似た思いこみをヤマダが自覚した。意図した話題に誘導できたシドはうなずく。
「私を知るために貴女が必要だと思う情報を、引きだしてもらえますか?」
ヤマダが拓馬の顔色をうかがう。
「タッちゃんからの質問は、どうしようか?」
「順番なんか気にすんな。俺は自分のタイミングで聞くから」
実際、ヤマダによる質問の話題の中に拓馬の問いを織り交ぜていた。そういった自由な形式でよいと拓馬は思った。
「……じゃ、つっこんだことを聞いてくよ」
ヤマダがシドに向き直る。
「先生はあるじって人の言うとおりにしてきたんだよね?」
「はい、どんなことも手をくだしてきました」
「先生がやりたくないと思うことを、いっぱいしてきた?」
「……はい」
「よく、ずっと耐えてきたね」
ヤマダは子どもをさとすようなやさしい口調で言った。気遣われた大人はヤマダから視線をそらした。そのいたわり方を予想だにしなかったために、困惑しているようだ。
「どうして我慢してきたの? あるじさんが、こわかった?」
「いえ……恐怖に縛られての従属ではありません」
「じゃあ、あるじさんが好きなの?」
「その表現が近いと思います。私の記憶がはじまった以後、私をふくめた同胞はみな主を慕いました。なんの疑問ももたず、主の指示にしたがうのを最良の行為だとみなしていたのです」
「そう……生まれたときから、あるじさんの言うことを聞くのが当たり前だったんだね」
「愚かだとお思いでしょう?」
「ううん、その環境じゃ、だれでもしたがっちゃうと思う」
「なぜ、そう思うのですか?」
その問いと同時にシドがヤマダを直視した。温厚な教師の目つきにするどさが見え隠れする。安易な同情か否かを見極めるつもりらしかった。ヤマダはカップを両手でつつみ、器の中の茶を見る。
「わたし、これでも小さいころはいろんな習い事をしてたの。生け花だとか、お茶だとか、ずいぶん昔の女の子らしいお稽古は、ひととおりね。なんでわたしがそういうことをやってたと思う?」
「……家族が、すすめたのですか?」
「うん、どれもお母さんがわたしに習わせたことだよ。わたしがやりたいと言ったおぼえ、ないんだけどね」
ヤマダは拓馬に視線をやって「タッちゃんもだよね?」と聞く。
「格闘技を習ったきっかけは、親のすすめ、だったよね」
「ああ、父さんがな……むかし自分が習いたくてもできなかったからっつって、俺にやらせたんだ」
べつにイヤじゃなかったけど、と拓馬は自分の意思を表明した。その思いは、この会話に関わる要素だと感じたからだ。
「うん、わたしも、お母さんがかよわせてくれた習い事はきらいじゃなかった。でも、イヤなことはひとつおぼえてる」
ヤマダが手中の茶をぐいっと飲んだ。半分減った茶を、あらためて見ている。
「タッちゃんが格闘技をやってるのを見たら、わたしもやってみたくなった。それをお母さんに言ったら、ことわられちゃった。『ケガをするからダメ』って……だったらタッちゃんはどうなの? って聞いたら、タッちゃんは丈夫で強いからいいんだって。そんなの、体の弱い人が丈夫で強くなるためにやったっていい習い事なのにね。いま考えたらヘンな理由だけど、そのときはあきらめるしかなかった」
「親の言うことが絶対……だったのですね?」
シドの目にヤマダへの猜疑がなくなっていた。
「そうなの。結局はジュンさんやタッちゃんが戦い方を教えてくれたから、まったく格闘技が学べなかったわけじゃないけど……でも、小さいときはすごーくかたよった価値観で生きてたの。親が世界のすべてって感じで。そういう子どもの時期って、だれにでもあると思う」
「私も、盲目的に親にしたがう子どもであったと言いたいのですか?」
「うん、同じだと思う」
ヤマダは年長者を幼子と同一に見る。そんな変わった視点を持つ者が顔を上げる。
「先生は、親の言いなりになる時期がとっても長かった。いまやっと反抗期に入ったとこだね」
外見的にも実年齢的にも成熟した大人を、成長過程にある未熟者だと断ずる──そんな言い方ができるのはヤマダだけだ、と拓馬は彼女の特異性を感じた。
「先生は心がどんどん成長していってる。もう、むかしのようにはならないよ」
「私が心を入れ替えたとしても……罪深い私が安穏と生きるのを、貴女は不服には思いませんか?」
真剣なまなざしで罪人が問う。対する感性の特殊な女子は首をかしげる。
「被害者がのぞんでるんだったら、いいじゃない」
「それは私の被害を受けた人のひとりが希望したことです。貴女の意思とはちがいます」
「わたしも先生が教師をやっていけばいいなぁと思ってるよ」
「どうしてです?」
「わたしや校長やサブちゃんとか、先生を気に入ってる人がたくさんいるから。ほんの数ヶ月いて、これだけ好かれる先生って、なかなかいないと思うよ」
「……わかりました。貴女がそのように評価するのであれば、その言葉を信じます」
「『信じる』って、そんなおおげさに言わなくていいんだけど……先生は自分のこと、教師むきじゃないと思ってる?」
「はい、最初から貴方たちをだますつもりで就いた職務です。よこしまな理由でえらんだ仕事が適職だとは思えません」
「そうは言うけどね、けっこう就くまでがたいへんでしょ? 何年も勉強したりスクールにかよったりしなきゃいけない。ホントにむいてない人はそこでもう挫折してるよ」
潜伏時の職業選択が話題となり、拓馬は気になった質問をはさむ。
「そういや、なんで教師になろうと思ったんだ?」
「私がこちらでお世話になった人がすすめました。その人のお子さんがたまたま教師をめざしていて、その教材を再利用させてもらったのです」
「へえ、そういう縁でか」
身近にあった選択肢が教師だった、というのはしごく単純な成り行きだ。その疑問は解消できたが、またあらたに謎は生まれる。
「でも先生に偽装の職業なんて必要あったか? 姿を消して、活動できるのに──」
人さらいをするだけなら、こちらの人間として潜伏しなくてもよい。異界の生き物はねらった対象に気付かれることなく、接近できるすべがあるのだから。ただ、その手段が通用しない相手がいる。
「もしかして俺みたいな、見えるやつをねらってたのか?」
「はい、ネギシさんのような方も捕獲対象に想定していました。精神体の者が見える人は、あちらの世界とつながりを持っている可能性が高いので」
「むこうの世界とつながりがあるってことが、大事なのか?」
「はい、おそらくは……オヤマダさんのような力を持つ方は、あちらの世界と縁故があるはずです。その力はこちらで役に立つ機会がありませんし」
あちらでどう役に立つのかも拓馬たちは明確に知らされていない。そのことをヤマダが問いはじめた。
シドが才穎高校へ再就任する方向で話が落ち着いた。ヤマダはさっそく「いま校長に言ってみたら」と催促するが、教師はこばむ。
「いえ、まずは双方の疑問を解消しましょう。そのうえで貴女たちが私をそばに置いてもよいと思うのか、たしかめたいのです」
「先生の疑問って……わたしたちが先生の裏の顔を知って、どう感じたかってこと?」
「そうです。私はさきほど、自身が犯した罪を告白しました。それを知ってなお、私の復職を希望する理由はなんですか?」
「先生がほんとうはわるい人じゃないと思ってるから、だけど……」
彼女の本心は拓馬も感じている。しかしその信頼がなにに依拠するものか、相手方には伝わっていない。
「でも、勝手にわたしがそう思いこんでるんだよね。先生がどんな気持ちでそうしてきたのか、知らないから」
願望にも似た思いこみをヤマダが自覚した。意図した話題に誘導できたシドはうなずく。
「私を知るために貴女が必要だと思う情報を、引きだしてもらえますか?」
ヤマダが拓馬の顔色をうかがう。
「タッちゃんからの質問は、どうしようか?」
「順番なんか気にすんな。俺は自分のタイミングで聞くから」
実際、ヤマダによる質問の話題の中に拓馬の問いを織り交ぜていた。そういった自由な形式でよいと拓馬は思った。
「……じゃ、つっこんだことを聞いてくよ」
ヤマダがシドに向き直る。
「先生はあるじって人の言うとおりにしてきたんだよね?」
「はい、どんなことも手をくだしてきました」
「先生がやりたくないと思うことを、いっぱいしてきた?」
「……はい」
「よく、ずっと耐えてきたね」
ヤマダは子どもをさとすようなやさしい口調で言った。気遣われた大人はヤマダから視線をそらした。そのいたわり方を予想だにしなかったために、困惑しているようだ。
「どうして我慢してきたの? あるじさんが、こわかった?」
「いえ……恐怖に縛られての従属ではありません」
「じゃあ、あるじさんが好きなの?」
「その表現が近いと思います。私の記憶がはじまった以後、私をふくめた同胞はみな主を慕いました。なんの疑問ももたず、主の指示にしたがうのを最良の行為だとみなしていたのです」
「そう……生まれたときから、あるじさんの言うことを聞くのが当たり前だったんだね」
「愚かだとお思いでしょう?」
「ううん、その環境じゃ、だれでもしたがっちゃうと思う」
「なぜ、そう思うのですか?」
その問いと同時にシドがヤマダを直視した。温厚な教師の目つきにするどさが見え隠れする。安易な同情か否かを見極めるつもりらしかった。ヤマダはカップを両手でつつみ、器の中の茶を見る。
「わたし、これでも小さいころはいろんな習い事をしてたの。生け花だとか、お茶だとか、ずいぶん昔の女の子らしいお稽古は、ひととおりね。なんでわたしがそういうことをやってたと思う?」
「……家族が、すすめたのですか?」
「うん、どれもお母さんがわたしに習わせたことだよ。わたしがやりたいと言ったおぼえ、ないんだけどね」
ヤマダは拓馬に視線をやって「タッちゃんもだよね?」と聞く。
「格闘技を習ったきっかけは、親のすすめ、だったよね」
「ああ、父さんがな……むかし自分が習いたくてもできなかったからっつって、俺にやらせたんだ」
べつにイヤじゃなかったけど、と拓馬は自分の意思を表明した。その思いは、この会話に関わる要素だと感じたからだ。
「うん、わたしも、お母さんがかよわせてくれた習い事はきらいじゃなかった。でも、イヤなことはひとつおぼえてる」
ヤマダが手中の茶をぐいっと飲んだ。半分減った茶を、あらためて見ている。
「タッちゃんが格闘技をやってるのを見たら、わたしもやってみたくなった。それをお母さんに言ったら、ことわられちゃった。『ケガをするからダメ』って……だったらタッちゃんはどうなの? って聞いたら、タッちゃんは丈夫で強いからいいんだって。そんなの、体の弱い人が丈夫で強くなるためにやったっていい習い事なのにね。いま考えたらヘンな理由だけど、そのときはあきらめるしかなかった」
「親の言うことが絶対……だったのですね?」
シドの目にヤマダへの猜疑がなくなっていた。
「そうなの。結局はジュンさんやタッちゃんが戦い方を教えてくれたから、まったく格闘技が学べなかったわけじゃないけど……でも、小さいときはすごーくかたよった価値観で生きてたの。親が世界のすべてって感じで。そういう子どもの時期って、だれにでもあると思う」
「私も、盲目的に親にしたがう子どもであったと言いたいのですか?」
「うん、同じだと思う」
ヤマダは年長者を幼子と同一に見る。そんな変わった視点を持つ者が顔を上げる。
「先生は、親の言いなりになる時期がとっても長かった。いまやっと反抗期に入ったとこだね」
外見的にも実年齢的にも成熟した大人を、成長過程にある未熟者だと断ずる──そんな言い方ができるのはヤマダだけだ、と拓馬は彼女の特異性を感じた。
「先生は心がどんどん成長していってる。もう、むかしのようにはならないよ」
「私が心を入れ替えたとしても……罪深い私が安穏と生きるのを、貴女は不服には思いませんか?」
真剣なまなざしで罪人が問う。対する感性の特殊な女子は首をかしげる。
「被害者がのぞんでるんだったら、いいじゃない」
「それは私の被害を受けた人のひとりが希望したことです。貴女の意思とはちがいます」
「わたしも先生が教師をやっていけばいいなぁと思ってるよ」
「どうしてです?」
「わたしや校長やサブちゃんとか、先生を気に入ってる人がたくさんいるから。ほんの数ヶ月いて、これだけ好かれる先生って、なかなかいないと思うよ」
「……わかりました。貴女がそのように評価するのであれば、その言葉を信じます」
「『信じる』って、そんなおおげさに言わなくていいんだけど……先生は自分のこと、教師むきじゃないと思ってる?」
「はい、最初から貴方たちをだますつもりで就いた職務です。よこしまな理由でえらんだ仕事が適職だとは思えません」
「そうは言うけどね、けっこう就くまでがたいへんでしょ? 何年も勉強したりスクールにかよったりしなきゃいけない。ホントにむいてない人はそこでもう挫折してるよ」
潜伏時の職業選択が話題となり、拓馬は気になった質問をはさむ。
「そういや、なんで教師になろうと思ったんだ?」
「私がこちらでお世話になった人がすすめました。その人のお子さんがたまたま教師をめざしていて、その教材を再利用させてもらったのです」
「へえ、そういう縁でか」
身近にあった選択肢が教師だった、というのはしごく単純な成り行きだ。その疑問は解消できたが、またあらたに謎は生まれる。
「でも先生に偽装の職業なんて必要あったか? 姿を消して、活動できるのに──」
人さらいをするだけなら、こちらの人間として潜伏しなくてもよい。異界の生き物はねらった対象に気付かれることなく、接近できるすべがあるのだから。ただ、その手段が通用しない相手がいる。
「もしかして俺みたいな、見えるやつをねらってたのか?」
「はい、ネギシさんのような方も捕獲対象に想定していました。精神体の者が見える人は、あちらの世界とつながりを持っている可能性が高いので」
「むこうの世界とつながりがあるってことが、大事なのか?」
「はい、おそらくは……オヤマダさんのような力を持つ方は、あちらの世界と縁故があるはずです。その力はこちらで役に立つ機会がありませんし」
あちらでどう役に立つのかも拓馬たちは明確に知らされていない。そのことをヤマダが問いはじめた。