2017年02月22日
【アスペルガーは常識を知らない?】アスペルガー受動型の嫁は知らなくても羞恥心がない(その1)
日本人は特に横並びを良しとして、出る杭にならないように
生活をすることが美徳としているような感覚があります。
日本での常識もどちらかというと暗黙の了解というか、言葉にしなくても
相手の要望を察して行動をするような人は非常に優秀だとか気が利く人間と
思われる風潮なのです。しかしアスペルガーの中にはこういう感覚が芽生えにくい
という面があるため一緒にいると自分が恥ずかしくなると言うようなことも
珍しくありません。
■一般的には恥をかくと学習をするものだが…
定型発達の人が人前で赤っ恥をかいてしまった!大人であればしっているはずの
言葉などを知らずに恥ずかしい思いをした。漢字の読み方をずっと間違っていて
恥をかいた、などなどあげればきりがありませんね。
常識をしらないと一気に自分の株を下げてしまうような行為になるので
まわりから軽んじてみられたり、仕事であれば評価を下げられたりすることも
あると思います。顔から火が出る思いをした場合は次こそは同じミスをしない!
ということが脳裏に焼き付くひとがおおいと考えられます。
■二極化思考のアダルトチルドレン!非常識には憤りも感じる
世の中って本当に広いものです。私はなるべく世間の常識を重んじて足りない知識は
頭に詰め込んで来たように思います。恥をかかないよう、親も恥をかかないようにと
常識人とみられることが大人としてのステータスだ!ぐらいの気持ちはあったと思います。
さらに、二極化思考が強い時期は、
・常識を知らない人
・ルールを守らない人
こんな輩は本当に人間としてくずだと思っていた時期も正直あります。
街を歩いていて非常識な人やルールを守らない人なんて実際は山ほどいます。
だから、イライラして仕方なかったような気がします。
そういう人たちに対してどこか軽蔑したまなざしで見ていたのでしょうね。
今はある程度「いろんな人がいるなぁ。」とあまり怒りを覚えずスルーも出来ますが、
ある意味家の中で非常識のオンパレードで、非常識がインフレ状態だったのかもしれません。
あまり「えっ?!」ということがあってもそんなに驚かなくなったのです。
■アスペルガーの狭い範囲の興味の内容は一定ではなくひとそれぞれ!
アスペルガー症候群の人は一般的に常識知らずとか相手の気持ちを考えないひどい人
など揶揄されることもしばしばです。実際アスペルガーは常識知らずかと言えば
正直個人差があると思います。彼らの特徴的な面は、興味の範囲があまりバラエティ豊か
ではないケースが多いと言うことです。そして興味があるせまーい範疇の話であれば
流ちょうな専門家のように話すことができる人もいるでしょう。ただ社会全体という中で
興味が無いという範囲の方がかなり広い人が多いのではないでしょうか。
いわゆる興味がある分野には過度な集中力を見せるけど、そうではない分野は
まったく知識が頭に入らない、学習しても抜けてしまって定着しないという特徴がでます。
つづく
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生活をすることが美徳としているような感覚があります。
日本での常識もどちらかというと暗黙の了解というか、言葉にしなくても
相手の要望を察して行動をするような人は非常に優秀だとか気が利く人間と
思われる風潮なのです。しかしアスペルガーの中にはこういう感覚が芽生えにくい
という面があるため一緒にいると自分が恥ずかしくなると言うようなことも
珍しくありません。
■一般的には恥をかくと学習をするものだが…
定型発達の人が人前で赤っ恥をかいてしまった!大人であればしっているはずの
言葉などを知らずに恥ずかしい思いをした。漢字の読み方をずっと間違っていて
恥をかいた、などなどあげればきりがありませんね。
常識をしらないと一気に自分の株を下げてしまうような行為になるので
まわりから軽んじてみられたり、仕事であれば評価を下げられたりすることも
あると思います。顔から火が出る思いをした場合は次こそは同じミスをしない!
ということが脳裏に焼き付くひとがおおいと考えられます。
■二極化思考のアダルトチルドレン!非常識には憤りも感じる
世の中って本当に広いものです。私はなるべく世間の常識を重んじて足りない知識は
頭に詰め込んで来たように思います。恥をかかないよう、親も恥をかかないようにと
常識人とみられることが大人としてのステータスだ!ぐらいの気持ちはあったと思います。
さらに、二極化思考が強い時期は、
・常識を知らない人
・ルールを守らない人
こんな輩は本当に人間としてくずだと思っていた時期も正直あります。
街を歩いていて非常識な人やルールを守らない人なんて実際は山ほどいます。
だから、イライラして仕方なかったような気がします。
そういう人たちに対してどこか軽蔑したまなざしで見ていたのでしょうね。
今はある程度「いろんな人がいるなぁ。」とあまり怒りを覚えずスルーも出来ますが、
ある意味家の中で非常識のオンパレードで、非常識がインフレ状態だったのかもしれません。
あまり「えっ?!」ということがあってもそんなに驚かなくなったのです。
■アスペルガーの狭い範囲の興味の内容は一定ではなくひとそれぞれ!
アスペルガー症候群の人は一般的に常識知らずとか相手の気持ちを考えないひどい人
など揶揄されることもしばしばです。実際アスペルガーは常識知らずかと言えば
正直個人差があると思います。彼らの特徴的な面は、興味の範囲があまりバラエティ豊か
ではないケースが多いと言うことです。そして興味があるせまーい範疇の話であれば
流ちょうな専門家のように話すことができる人もいるでしょう。ただ社会全体という中で
興味が無いという範囲の方がかなり広い人が多いのではないでしょうか。
いわゆる興味がある分野には過度な集中力を見せるけど、そうではない分野は
まったく知識が頭に入らない、学習しても抜けてしまって定着しないという特徴がでます。
つづく
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コメントありがとうございます!
あおね様の幼少期は自分自身を肯定してくれるような大人が
家でも学校でもいないという苦しい環境だったのでしょうね。
自尊心と自己肯定感を奪われ続けられる毎日は大変だったと思います。
でも、自分自身で当事者であると言うことを気がついてあげることができて
その点は良かったのかもしれませんね。幼い頃から自分を否定し続けている
ことがくせになってしまっているでしょうから、自己嫌悪感はなかなかぬけないでしょうが。
うちの嫁は幼少期に親や学校の先生が親身に受け入れてくれるようなタイプ
だったので、自己肯定感を下げなかったという点では良いのかもしれませんが、
逆に甘やかされすぎて無知さの加減が本当にハンパない状況です^^
ちなみに嫁の母親も自閉症スペクトラム圏にいる人だと思います。
無難な話をしている際は何ら問題ないことが多いですが、少し踏み込んだ
話をするときはやはり感覚が大きく世間とずれているなぁと感じるタイプです。
幼少期に嫌な思いをしているわけですから、当然心の中では
心に助け船を送ってくれなかった親はどこか見捨てられた感が
残っていたとしても不思議ではありません。無理に好きになろうとせず、
嫌いな事ばかり思い出す中の共通点を探してみるとなにか見えてくるかもしれませんね。
コメントありがとうございます!
アスペルガーの人たちと出会って世の中には、
無意識の非常識(天然も含む)やうっかりの非常識、無知の非常識など
さまざまなタイプがあるように感じられます。個人差があるので見た目では
そんなこと判断できませんし普通の大人に見えてしまうと言うことも相手を
逆なでさせてしまう要因になりえますね。
私は家族の恥は自分の恥という意識を母親にたたき込まれているので、
アスペルガー受動型の嫁が恥ずかしい非常識な行動や発言をするたびに
発狂してしまうぐらい病んでしまった時期もあります。
いままでなるべく世間の常識を重んじて恥はかかないように生きてきた
私にとっては拷問以上にしんどい時期だったと思います。
でも家族とはいえ、妻も子どももやはり別人格なんだということが受け入れられ
始めてからは少し緩和しました。子どもについては保護者として責任はありますが、
配偶者は他人ですしね。
アスペルガーと繊細な気持ちで一緒に過ごしていると疲弊してパンクします。
他人と自分の境界がいまひとつ線引きしにくかった私にとっては配偶者こそ
すべてシンクロして欲しい相手であったのでしょう。しかし100%気持ちがシンクロするひとは世の中にいないことが分かって、嫁は嫁、私は私、
嫁の恥は、嫁の恥、家族がやいのやいの言われたとしてもあまり昔ほど
気にならなくなったことが何とか続いている理由なのかもしれません^^
私は、今はもういい大人ですが、小学校低学年の時から自分で自分のことが嫌いでした。
みんなが出来ることや分かることが、私だけ出来ない分からないことの連続で、同級生からはバカにされてばかりだし、先生にも私だけ名指しでみんなの前で叱られたりなどがあり、そんな自分がかっこ悪くて、とても恥ずかしいと思っていました。
今も、みんなが当然知っていることを知らないのは恥ずかしいと感じます。
そういう時は、本当は知らなくても、絶対に知らないとは言わないようにしてしまいますね。
私は、おそらくアスペルガーだった母を持つ娘の立場でもあります。
母はもう亡くなりましたが、その当時は発達障害のことは全く知らず、知ったのは母が亡くなってから10年近く後のことです。
私の母は、例えば新聞や報道番組で見るような事はよく知っているのですが、「人からあえて教わらないけど、みんな分かっていること」がズレていました。
私がおかしいと指摘しても、私には理解不能な理由で自分が正しいと主張してくるため、当時の私は、「なぜ、この人はこうなんだ?!」と怒りを募らせていました。
また、恥ずかしがるのは気の小ささのあらわれ、という風に考える傾向があり、女性として恥ずかしいのが当たり前のことも「そんなこと恥ずかしがっていてどうするの!」と言って怒ることがあったため、本当に嫌でした。
そんな母ですが、いい所が全くなかった訳ではないのです。
でも残念ながら、現時点では、母との思い出は、嫌だったことの方がメインになってしまっています。
関係性が近くなければ、話のネタとしては面白いですが、配偶者となると連帯責任みたいな感じで、恥も二分割させられる気がしました。
だんだんアスペルガーと行動を共にする事を避けてしまうんですよね…一緒に恥かきたくないし、気を遣えないから全部こちらが配慮してやらなきゃいけないし、周囲の人間(特にアスペルガー側の親戚家族)もアスペルガーさんを通り越してこちらに頼み事してくるし。
最終的には、アスペルガーと一緒に居るとロクなことないと、失礼ながらも本心では思ってしまいます。